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変わる世界  作者: オピオイド
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励起法


「ブフゥッ!!」


本の集まる静かな場所、いわゆる図書館で抑え切れない笑い声が響く。

図書館利用者達の視線が集まる先は、閲覧ブースで机に震えながら突っ伏す女性だ。


「ちょっと、どうしたの!! いきなり突っ伏して!?」


周りの非難の視線に怯えた隣の女性が、何事かと慌てて突っ伏した女性に小声で問い掛ける。

突っ伏した女性は起き上がることなく、腕だけを動かしてトントンとさっきまで読んでいた新聞紙を指差した。


「ん? 読んでってこと?」


意図が解らず聞き返すと、彼女は突っ伏しながら震えつつ頷く。

言われた通りに指差した場所を読む。


「………えっと、新聞の投稿記事………はあっ?」


思わず素っ頓狂な声をあげ彼女は、再び視線が集まり縮み上がり口をふさぐ。

ナニコレと小声で呟きながら新聞を読む。


「『情熱の赤に告げる、望月が中天に浮かぶ時、朽ちし始まりの地にて待つ。』って………」


呟いた瞬間、隣の突っ伏した女性が再び震え出す。

ああ、彼女はこう言う厨二っぽい台詞がツボだったと思い出す。


「朽ちし始まりの地………ね、どこなんだろう?」




高見原市 海原区 某所




海原区の海岸沿いには、広大な敷地がある。

そこは高見原都市開発の前線基地があった場所。

広い敷地のほとんどは資材置場で、今でも朽ちた資材が残っており子供の背丈程の雑草が生えている。

近隣の人間には『草の森』と呼ばれ、深夜にもなれば誰も近寄らない場所。

そんな草の森の奥には、資材管理や労働者が寝泊まりしていた鉄筋コンクリートのビルがある。

今では誰も住んでいない『朽ちた廃墟』。

そう此処が、朽ちた始まりの地だ。

実はあの新聞に載っていた投稿記事は誠一が桂二に頼み、変態ことパッションレッドをおびき出す為に載せた物だ。

高見原に帰ってきた誠一達がまず考えた事は、あの変態をどうやって見付けるかだった。

桂二の情報網でも奴の出現場所が絞れない、まさに神出鬼没の相手。

そこで桂二が一計を案じ、奴の性格や意外と高いであろう知能を見取り、ヒーローオタクが好きそうな厨二っぽい台詞を新聞に載せて奴をおびき出す事にしたのだ。

その作戦は見事に的中、草の森におびき出す事は成功していた。

しかし、


「これは予想しなかった」

「そうね」


ビルの一階は壁が崩れ落ち広々ととしている。

その中の崩れ落ちた壁の一つから覗き込んでいた誠一と彩は、目の前の事態にどうしようかと考えていた。

目の前ではおびき出した赤い変態パッションレッドと、漆黒のレインコートを羽織った桜坂の剣士が争っていた。

剣士の得物はレインコートと同じ黒塗りの木刀、対する変態は拳一つ。

普通の武道と言う意味ならば『剣道三倍段』、しかし二人の見た光景は拳士が剣士を圧倒すると言う武道の定石を打ち崩す物だった。


「イアアアァ!!」

「ハアアアァ!!」


お互いの裂帛の気合いで空間をビリビリと振るわせ、高速で移動しながら何度も交差していく。


「彩さん………あれは?」


一歩間違えれば大怪我どころではない、恐ろしいまでのスピードで交差する二人に誠一は気付き彩に聞く。


「気付いた? あれこそが霧島の一族に伝わる儀式織により編まれた『霧衣』。あらゆる衝撃、熱や冷気を吸収する霧島一族を頂点へとのし上げた神器」


彩の説明にある通り、パッションレッドの攻撃は桜坂の剣士には届いていなかった。

パッションレッドのコンビネーションブロウが剣士の身体に届く瞬間、何かに受け止められたかの様に止まるのだ。

しかしながら、パッションレッドも似たような装甲、ERA(Explosive Reactive Armour)を持っている。

攻撃が通らない装甲を持った二人の戦い、どう考えても千日手にしかならない状況。

しかし、二人が見ている内に戦況はパッションレッドに傾いていく。


「やっぱり………」

「やっぱり?」

「以前戦った感触と誠一君から聞いた前回の話から核心に変わったわ………多分、あの娘は剣士として日が浅い」

「浅い?」


そうよと頷く彩、その視線は戦いから外れない。


「ねえ誠一君、あなたは励起法を使えるまでどれくらいかかった?」

「えっ? ああ、修練してからって意味なら…7・8年ってとこかな?」

「でしょうね、私も5・6年かかった。でも知ってる? 励起法を使うだけなら一ヶ月かからないのよ?」

「へっ?」

「時間をかけて修練させて、励起法を習得させるのは理由があるの。解る? 一つは術者の心を鍛える為、励起法をいきなり使える様になって、無思慮に犯罪に使われたらどうなると思う?」


それは困ると誠一は考える。

励起法の恐ろしさは誠一は良く解る。

軽く本気で打った龍打で修練仲間の東哉が地面と平行に吹き飛んだり、実験でコンクリートの壁を発泡スチロールの様に砕いたり、軽の自動車の端を持ち片手で苦もなく掲げた事が誠一にはあるからだ。

そこまで考え誠一は、とある事を思い出す。


「この間、身体検査の検査結果のレポートにかいてあったんだけど。励起法の欄に複雑な数式が書いてあったんだけど、もしかして?」

「そうよ、あの数式が励起法による強化定数の判定式。基となる身体から、どれだけの深度=強化定数による乗数強化が行われてるかを判定するの」

「じっ乗数って」


乗数強化、数値化した基の身体のスペックに励起法の深度を乗数する。

倍数ではなく乗数と言うところに、誠一は顔を引き攣らせながらも納得する。


「と言う事は、励起法の効果は基の身体のスペックに左右されるって事か」

「そう言う事。基の身体が弱ければ励起法は弱い身体を乗数する。基の身体が強ければ強い身体を乗数する。乗数による強化だから、励起法を使った結果は、かなり大きな変化になるわ。だから励起法を習得させるまで時間をかけるの。励起法を使っている身体は成長しないから」


そこまで聞いて、誠一もやっと納得がいく。

何故、桜坂の剣士が圧倒されているか。

それは基の身体のスペックの差。

今見ている中で、戦う二人の励起法特有の波動から見れば二人の深度は、ほとんど同じくらいだろう。

しかし、スピードは若干パッションレッドが早い。

その理由を考えれば、先程の彩が言った『剣士として日が浅い』と言う事だろう。

誠一がその考えに至ったのは東哉だ。

誠一が彼と修練を始めて不思議に思ったのが、彼の力の弱さだった。

拳を交じ合わせれば打ち負ける、スピードも遅くこんなんで大丈夫かと誠一が思ったのは何度もある。

しかし、その理由が今解る。

桜坂の剣士も東哉も、基の身体を鍛え上げていないのだ。


「剣士としての経験や才能は高いのかも知れないわ。でも同等のレベルの相手が出て来た時にはああなるのよ」


戦いに目を戻すと、戦いは一方的だった。

先程の激しい戦いはなりをひそめ、パッションレッドの拳を防戦一方で受けていた。


「………マズイわ。霧衣の耐久度が限界値を超える」


彩の呟いた瞬間、パッションレッドが猛烈なダッシュで剣士の懐に入り『サンライズアッパー』と言う掛け声と共に膝のバネを使った拳をが突き上がる。


「っっ!!」


今まで身体を守っていたレインコートが吹き飛び、桜坂の剣士の顔が曝される。


「やっぱり、蒼羽天子」

「知り合い?」

「ちょっとした、ね」


レインコートのフードのしたから現れたのは、サイファ学園都市に行く前に東哉のクラスで会った彼の友達。

誠一の、あの時の予感は的中。

剣士が知り合いだった、誠一にとってはそれだけで理由は十分。


「助けに行くの?」

「ああ、そうだね」


少し拗ねた様な顔をした彩の顔を見ず、誠一は『水龍』の面を被る。


「彼女の目的は知らない。けれど今までやってきた結果は、悪を駆逐する行為。………ならば、理不尽に打倒する俺が助けない理由にはならない。だから………」



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