幕間
数日後。
サイファ学園都市 商業区画 『刃物の多々良』 2階客間
誠一は畳の上で仰向けに転がり顔を引き攣らせながら、書類片手にウンウン唸っていた。
書類の内容は此処に転がり込んだ次の日に、精密検査をされた結果とそれによる誠一の能力についてのレポートだった。
多々良に学園都市付属大学病院に連れていかれ、流れで検査をさせられ。
その結果だと渡されたのだが正直な話、誠一は何が書いてあるか全然解らない。
しかしながら解らないと言って放り出すのも悪い気がするので、誠一は何とか理解する為に書類と睨めっこしているのだ。
とその時、客間の衾が叩かれる。
「誠一君?」
「はい、どうぞ」
ボスボスと気の抜けたノックに、促した誠一の言葉。
開けて入って来たのは予想通り彩だった。
「誠一君って、どうしたの?」
明らかに顔色が悪い誠一に彩は驚き声をかける。
それに対して返事もしないまま誠一は彩に、持っていた書類を無言で手渡す。
「『検査結果』? よくわからないけど、参考標準値内だから健康そのもの………ん、違う? 三ページ目?」
話すのが億劫なのか、誠一が頭を指差し心を読めとジェスチャーしたので、彩が心を読むと三ページと聞こえたのでページをめくる。
「ゲッ」
女性らしからぬ声を上げる彩の口元も引き攣った。
さもありなん、その書類の内容は………。
「ナノサイズ以下のコロイド分子を中心に水分子操作する、その有効最小濃度はc.m.cに依存………」
「………彩さん解る?」
「………専門外、解る訳無いわ」
だよねーと言いながら誠一は、突っ返された書類を旅行鞄に突っ込むと諦める。
「私達能力者は基本的に本能で制御してるものね。何となくは解るけど、専門用語で言われるとちょっとね〜」
確かにと頷く誠一も納得顔だ。
能力者の処理能力は元々サヴァン症候群(別名賢人病)、と呼ばれる脳の変異からきている病に似た脳神経の異常からなる。
サヴァン症候群とは自閉症等の精神疾患がありながらも、特別な能力を持つ。
そう、人並み外れた特別な超高々度の演算能力はそこからきている。
その為に、能力者の力は本能に近い物から根付くのだ。
「でも、一応勉強はしていた方が良いわよ? 受け売りだけど、自分自身の能力を知っていると知らないとでは戦術の幅が違うから」
「解ってるんだけど、今は勘弁して彩さん」
完全に脳をショートさせ、やる気が無くなっている誠一。
彩は仕方がないなぁと息を吐くと、寝転がる誠一の横に座る。
「それはともかく、今後の行動を決めましょう?」
「それは良いけど………やっぱりやるの?」
「もちろんよ」
数日前に聞いていた手掛かり、彩の姉が勤めていたと言う『第七研究所』に潜入を仕掛ける事。
彩は数年かけてやっと見付けた明確な手掛かりに息巻いていたが、誠一としてはやる気がなかった。
なぜなら誠一と彩とは能力として差がありすぎるからだ。
いや、能力と言うより持ちうるスキルと言えば良いだろう。
「やる気なさそうね」
「………解ってると思うけど、俺が隠密行動とれると思う? この間から無理っぽいと思い出してさ」
そんな考えに至ったのは高見原タワーの一件からだった。
一応気を使いながら監視や尾行をしていたのだが、ちょっとした騒ぎで結果的だが見付かってしまった。
あんな初歩的な事で見付かってしまったのが、誠一には不安要素だ。
「それは大丈夫、それについては私に考えがある」
「考え?」
自信満々に胸をはり頷く彼女を見て、誠一はやや訝しげにみながらも了解の意を返す。
「………となれば、後の問題は」
「あの変態ね」
以前の話の通り、あの変態パッションレッドは邪魔でしかない。
桜坂の剣士だろうが、第七研究所であろうが横槍を入れられたら困る。
「どちらにしろ、奴を倒してからになる」
「でしょうね、奴を倒してから第七研究所に行くしかない………ところで、武器の方はどうなの?」
「………今日中って聞いたんだけど、あっ」
その時、充電器に繋いでいた誠一の携帯が着信で震える。
着信名は『多々良』と標示されていた。
高見原市 高見原中央区 サイファ総合警備保障
桂二は普段の胸元が開いた軽薄な服装とは違い、何故か背広姿でそこにいた。
何故か同様に、背広姿の宣夫も隣にいた。
「おい桂二、何で俺が此処にいるんだ? しかも、こんな堅苦しい服」
「はははっ!! 実はですね………俺の趣味と実益を兼ねたバイト先の上司にですね、先日の変態の一件を報告したら宣夫さんを『是非連れて来い』と………頼みますよ〜上司、目茶苦茶怖いんですよ」
軽く涙目で頼んで来る桂二に、宣夫は胡散臭げに見つめる。
明らかに嘘臭い涙はともかく、趣味と実益を兼ねたなんて、どうせロクな物ではない。
それに彼の『上司に』『変態の一件を報告』と言う言葉は、宣夫に何等かしらの第三者の意図を感じさせた。
「………解ったよ」
「いやいや、すみません。こっちです」
しかしながら、桂二は胡散臭いながらも一つだけ信じられる所がある。
それは誠一の親友で、憎まれ口をたたき合いながらも相手と協力していく彼等の話を聞いていて、何となく信じられる。
自分の前を先導してあるく桂二を信じたのは、そんなたわいの無いちょっとした事。
「あっフレイアさん!!」
そんな事を考えながらビルの中を歩いていると、目の前に二人の女性が歩いて来ていた。
一人は金髪の美女、長く綺麗な金髪をシニョンに纏め眼鏡をかけた如何にも出来るビジネスウーマン。
もう一人は、少し幼さの残った顔付きの黒髪の美少女だ。
「フレイアさん、お疲れ様です。えっと隊長います?」
「いま自室にいらっしゃいます………彼が、報告に上がってた?」
「はい、筧さんです。筧さん、こちら秘書のフレイア・ディールさんと…」
「えっと篠崎です。初めまして」
そこで一緒にいた女性の名前を知らず言い淀んだ桂二に対し、彼女は慌てて名乗った。
「えっ!? 篠…崎?」
「はい、篠崎莉奈です。どこかで会いましたか!?」
「………いや、何でもない多分勘違い………」
何かに気付いた桂二が、唸る様に頭を抱えるがフレイアが肩を叩いたところで何かと折り合いをつけたのだろう直ぐに立ち直る。
「桂二君、こんな所で道草を喰っている場合じゃないわ。隊長がお待ちよ」
「げっマズイ、約束の時間だっ失礼しますっフレイアさん!!」
腕時計を確認して顔色を変える桂二に、苦笑するフレイアと不憫そうに見る莉奈。
急ぎ足で行く桂二についていく為に、女性二人の横を通り過ぎるその時、宣夫はフレイアの目をまともに見てしまう。
「っっ!!」
宣夫を映す銀色の瞳、表情は笑顔だが瞳は感情もない無表情。
違和感ありまくりのアンバランスさに、宣夫は此処に来るまでに考えていた事についての仮定が現実になりそうだと感じた。
(やっぱり、ここは能力者の溜まり場かっ!! 来るんじゃなかった!!)
心の中で叫ぶが、もう遅い。
宣夫のその身は本拠地の中心部、此処で逃げるのは逆にマズイ。
何か良い手はないかと宣夫は思索するが、何も思い付かない。
そうこうしている内に。
「失礼します」
扉が開かれる。
宣夫はこの時の扉を忘れない。
「ようこそ、筧宣夫君? 君を歓迎するよ」
扉の先に彼は、悪魔の様な優しい笑顔を見たのだから。
今回は少々拙い文章です。
書き直すかもしれません。