撤退
『何なんだコイツは!?』
水龍こと誠一は、龍の口の部分で口元を隠して歯がみしていた。
それもそうだろう、一番最初に打った中段の掌底『龍打』は、毎朝の修業の時に東哉に打ち込んだら彼が水平に吹き飛ぶと言う偉業を成し遂げた程の力はいれたのだ。
しかし結果は腹で受け止められ、挙げ句には微動だにしなかった。
更には反撃のコンビネーションは、反応は出来たが打ち返す事が出来なかったのである。
誠一は完全に圧倒されていた。
原因は誠一の実戦の経験不足などが挙げられるが、最大の問題は相性の悪さ。
『一番の問題は、攻撃速度と奴の異常なまでの防御力だ』
攻撃速度は今戦っているかぎりだと自分のスピードより二段階程上、同じ様に高速戦闘を得意とするであろう桜坂の剣士と同等か少し下ぐらいだろうと誠一は見ていた。
そしてそれが異常なまでの防御力と相まって、異常な戦闘力に昇華しているのだろうと誠一は分析する。
『戦闘スタイル的に相性が悪すぎる。しかも、一番問題なのは、あの………』
考えながらパッションレッドの攻撃を捌き、耐えていたが限界を迎えていた。
何発目かのボディが、誠一の膝をつかせた。
「ぐうぅ!?」
「さて、良く耐えたね。ここで提案だが、私と一緒に正義を目指さないか?」
「言ってる事が悪者だぜレッド? 答えはノーだ」
「残念だ。君を悪として倒さなければならないとは。共に正義の道を歩めるかと思ったのだけどね」
それこそ言ってろだと呟きながら誠一は、身体を動かそうと励起法を使い最大限まで治癒能力を引き上げる。
がしかし、ユックリと拳を振り上げるパッションレッドを見れば間に合いそうにない。
桜坂の剣士を探すが、ついさっき木刀に合わせたアッパーカットに吹き飛ばされて姿は見えない。
隙さえあれば何とかなりそうだが隙がない。
万事休すかと誠一が歯がみしていた、その時。
「水龍ーーー!!」
「何だ?」
自分が名乗った名前を呼ぶ声。
誰が発したかは解らないが、パッションレッドの目が一瞬だがそちらを向いたのを確認するより早く、誠一は震える足を叱咤しながら励起法で大きく声のした方へと跳んだ。
ヒュンと耳の側を猛スピードで通り過ぎる銀色のアルミ缶。
「耳塞げぇ!!」
とても聞き覚えのある声に従って、誠一は耳を塞ぐ。
次の瞬間、光と轟音が袋小路を満たした。
深夜12時 桜区北川端公園内ベンチ
街路灯に照らされた五人掛けのベンチに男三人並んで座っていた。
一人は肩で息をしながら俯いて、もう一人は同じく手を広げて空を仰ぎ息を切らせて、最後の一人はタバコを燻らせながらむせていた。
「あーヤバかった」
「ヤバいどころか、どーして此処に居るんだよ。普通の人間だろお前は? それに、なんだあの爆音と閃光は」
「………ふっふっふっ、あれは米軍の対能力者戦用スタングレネード『シャイニングフラッド』。米軍からの横流し品をパクったは良いけど使い所がなくて困ってたんだが、あんなに凄いものだとはなーあっはっは」
笑いごっちゃないわと言いながら誠一は、そこでようやく龍の仮面をとる。
「凄い所じゃない。笑い事じゃないぞ、至近距離で破裂したら人が吹き飛ぶ威力だ………まあ、しかし助かったよ。すまないな桂二」
「おうよ親友」
「………おまえ、誠一っ? 誠一か?」
誠一が出した拳に拳を当てながらだれる二人。
そんな二人に突然、煙草を吸っていた男が誠一の顔を見て驚く。
「え? 筧さん? 筧さんじゃないですか!!」
「やっぱり誠一か!! 大きくなったなぁ。前は子供っぽかったのになぁ」
「よして下さいよ、筧さんが出てからもう三年ですよ?」
「おい誠一、知り合いか?」
桂二が聞けば誠一は振り返り、ああと頷き筧を紹介する。
「この人は筧宣夫さん、俺の住んでる所を三年前に出た人だ。筧さん、こっちは桂二だ。知ってるだろ?」
「ああ、三年前にも聞いた腐れ縁の友達か。筧だ、さっきは助かったよ。疑って悪かったな」
「いや、こっちも手伝って貰って助かりました。七瀬桂二です」
何があったかは解らないが、誠一を挟んで不敵な笑みを浮かべながら握手しあう二人。
誠一は怪訝な表情をしながら二人を眺めていた。
「しかし、筧さんは何であんなとこに?」
「そりゃ俺の台詞だ。俺は最近噂の『桜坂の剣士』に追い詰められていたんだ。逆に聞くが、お前は何であんな所でいたんだ?」
「いや、あー」
どこまで話して良いのか困った誠一は言葉に詰まる。
自分の目的は自分だけの物ではない、彩との約束の延長線上の物だ。
だからこそ言っていいか、誠一は解らない。
そんな葛藤は次の一言で破られる。
「私が頼んだから」
「うわわわわっっっ!!!!」
いきなり後から声をかけられ、三人全員がベンチから転がり落ちるように距離をとる。
しかし、声をかけた人間を見た誠一は肩の力を抜いた。
「彩さん。驚かせないでよ」
「アハハハ、ゴメン。でも結構前からいたのよ? でもあまりにも男っぽい雰囲気だから入り込みにくくてね?」
そう言いながら彩は、柔らかく笑う。
そう柔らかく、彩は笑う様になった。
彩の過去を聞いた日から、彼女の表情は柔らかくなった。
今まで彼女はずっと独りで戦っていたのだ、姉と生き別れ他人の心を読める能力故に一切気の抜けない生活をしていたのだろう。
そんな彼女が出会い心情を吐露したのが誠一だ。
誠一は彼女の笑い顔を見ると幸せになる。
以前みたいな張り詰めた笑い顔も綺麗だったけど、今みたいな柔らかい笑顔が一番綺麗だと誠一は考えて。
「アイタッ」
彼女が持っていた飲んでいないコーヒー缶を全力で投げられた。
「アタタタ。彩さん、怪我しないけど痛いよ」
「あなたね………恥ずかしい事を考えない!!」
見れば顔を真っ赤にした彩がそこにいた。
どうやら誠一の心は相変わらず読まれていたらしい。
この話でGW進行は終わりになります。