情熱の赤
ズンと重く響く音と、砂煙が裏路地の終着の袋小路にハラハラと舞う。
何事かと宣夫が目をやると、彼は体中に巡る脱力感と戦いながら警戒をする。
「また増えたよ」
「やかましい、好きでやってんじゃない!!」
宣夫が思わず呟いた言葉だったが、どうやら聞こえていたらしい、ヤケクソ気味に返される。
増えた闖入者。
黒革のアウターにジーンズのパンツ、シンプルな組み合わせの服装をした中肉中背の青年。
特筆するべくは青年の被っている仮面だ。
顔の上半分を覆う蜥蜴の黒い仮面。
「いや、角がついてるから龍か?」
鹿の様な角が耳の後の辺りから伸びていた。
爬虫類の頭に鹿の角、それは東洋の龍。
いや、そんな事は問題じゃないと宣夫は頭を切り替える。
こんな場所の異常な状況に『わざわざ』飛び込んできた闖入者。
宣夫としては切り抜けないといけないこの状況において、この闖入者は状況を治めるのか、もしくは混乱させるのかを見極めなければならない。
相手の立ち位置しだいでは敵対するかもしれない今では余計気が抜けないのだ。
いつでも動けるように励起法を維持しつづけ、宣夫は周囲を注意深く見る。
見れば全身タイツの変態と桜坂の剣士も警戒したのか、今までの戦いを止めて闖入者を見ていた。
いや、全身タイツの変態は何故かソワソワとしながら見ている。
あれは恐らく闖入者が名乗りをあげるのを楽しみにしているのだろうと、宣夫は脱力感と抗いながら確信した。
龍の仮面の青年と同じ様に着けているプロレスラー風のマスクの口元が、楽しそうに笑ってるから間違いはない。
それをあの龍の青年も気付いているのだろう、頭を軽く押さえている。
「あーうー。…まああれだ、こっちの事情でそこの剣士に聞きたい事があるんだ………だから、少し介入させてもらう。………護天八龍が一、水龍参る」
別に名乗りをあげる必要なんてないのにと、宣夫は心で呟きながら闖入者は意外とお人よしだと判断する。
そうこう言いながら龍の青年は、腰を深く落とし。
「………嘘だろおい。また高レベルの能力者かよ」
その宣夫の呟きを肯定するかのように、激しい崩壊音と消える龍の青年。
今回、宣夫には見えていた。
大地が陥没するほどの踏み込みと共に、全身タイツの変態の前に瞬間移動もかくやのスピードで迫る。
「ふっ!!」
「はああぁ!!」
水龍の放つ中段の掌底、それを驚くべき事に変態ことパッションレッドは腹で受け止めた。
『励起法』それは人と言う枠を超える能力者特有の技だ。
しかし実際はそれは常人にとっては脅威どころの話ではない。
誠一が車に轢かれて傷一つなく、慌てながらも平然としていたのを皆さんは覚えているだろうか?
彼は車と言っていたが、実際はワゴン車に猛スピードで轢かれている。
皆さんならば解るだろう、2t近い重量の物体がスピードをあげてぶつかった時の威力を。
そう、人や超人どころか生物の域を軽く越えているのである。
そんな能力者が、しっかりとした武術と戦闘を覚えて攻撃を仕掛けると言う事はどれだけの威力になるかは筆舌につくしがたい。
少なくとも一撃としては、とんでもない威力を予想される水龍の攻撃をあの変態ことパッションレッドは耐えるどころか受け止めたのだ。
その光景に宣夫や剣士のみならず、打った水龍自身も驚愕して一瞬固まる。
「フンッ!!」
その隙を相手も見逃す訳もなく、パッションレッドは受け止めガード体勢から打って変わり、水龍に左右のショートスマッシュから右ストレートと言うコンビネーションを叩き込む。
「ぐぅっ」
最後の右ストレートは辛うじて手で受けたものの、最初の二発は見事に受けて軽く宙に浮いていた為に水龍は元の場所まで戻される。
「ハハハッ素晴らしい力だ!! しかし、このパッションレッドには通用しない!! 諦めたまえ悪の使者」
「あんたの中で、俺がどんな扱いかわかんないが………悪ね」
「そう、悪だ!! そこの剣士は夜な夜な悪を倒しているらしいが、君達には足りないものがある!!」
「なんだそりゃ」
反射的に思わず聞き返した宣夫に、レッドは胸を張り高らかに言い返す。
「君らに足りないもの、それは絶対なる意志だ!! 人を動かす衝動!! 熱い魂が足りない!!」
もうなんか嫌だ。
見た目のおかしさと言動のウザさに、虚無感とか何か全てを投げ出したい雰囲気が漂う。
「やかましい!! 貴様がどんな信念があろうが正義があろうが知らんが、俺は俺の意志で闘う!!」
そんな雰囲気を破る様に、水龍は怒りを含んだ返答を返す。
「………そうね、あなたにどんな意志があって、どんな正義があろうとも。私は私の信念にそって剣を振るう」
小柄な身体から、おそらくは子供か女性だと感じていた。
今聞いた声は明かな女性特有のソプラノ。
『女、しかも若い』
宣夫と水龍は同じ様に気がついた。
しかし水龍だけは、どこかで聞いたような声に頭を傾げる。
「君達には私と共に戦って貰いたいのだけどね」
「出来ると思うか?」
「戦い合ったら友情が産まれるらしいが?」
「………もういい、ダマレ」
「何を言う!! こうやって語り合う事も素晴らしいだろう!! ………まあいいさ、戦おう。千の言葉より一の拳の方が解りあえる。本気で行くぞ」
思ったよりマトモな返答で終わり、肩透かしを食らわせられたかの様になる。
しかし次の瞬間、宣夫はともかく水龍と剣士は異様な圧迫感を感じ構える。
「私の本気、全力の情熱を受けとめろ!! パッションブースト!!」
「何っ!!」
次の瞬間パッションレッドの背中が爆発したかの様に炎が上がり、文字通り飛ぶ様に突っ込んで来る。
「はああああっっ!!」
「ううっ」
飛び込みからの左ジャブ・右フック・左ストレート・右ストレート・左ボディブロー。
一瞬にして繰り出されるコンビネーションブローに、水龍は頭だけを守りつつ耐えるしかなかった。
「遅い!!」
「しかし甘い!! パッションアーマー!!」
その攻撃の隙を狙ったのか、剣士が身体を開く様に木刀を掬い上げる様に切り上げる。
しかしその攻撃もパッションレッドは、身体で安々と受け止める。
「何だありゃ。技自体は洗練とした攻撃なのに、防御が異常だ」
何度も言うようだが、あのパッションレッドとやらの言動や服装だけを見ればただの変態だが、ボクシングスタイルを主体とした攻撃方法と未知の能力による戦闘力は一級品と言っても差し支えない。
そして何よりも、
「二人掛かりでも圧倒されているか………マズイな」
「っっ!!」
宣夫の後にいつの間にかに人が立っていた。
慌てて振り向くと、そこにはミリタリージャケットを羽織る男。
胸元を開いた着こなしをし、そこから見える銀色のネックレスと口許に浮かべる笑みが軽薄さを醸し出している。
「誰だ」
「ちょっと野暮用で来ただけだよ。…っと励起法は止めてくれよ? こちらとら普通の人間。ただの一般人なんだから」
ヘラヘラと笑いながら返してくる男に、宣夫は警戒心を拭えない。
目の前の人物からは励起法や能力者からは、何らかの『力の波動』は感じないので確かに普通の人間だろう。
しかし、この距離まで気配を消して近づき、能力者達の戦いに違和感も感じずいる男が一般人とは考えにくい。
「うん? さっきの答えはお気に召さない?」
「当然だ」
「うーん、それは困るね。俺としてはあそこで負けそうになっている奴…龍の被り物をしてる奴を助けなきゃいけないんだが?」
「………それを何故、俺に言うんだ?」
「………あんたも能力者だろう? ちょっとさ、手伝って欲しいんだ」