外話 サイファ学園都市 後編
雲一つない漆黒の空、天に浮かぶ月。
中天に浮かぶ真円の蒼月は、津々と高見原の地を優しく照らしていた。
森林都市と呼ばれる高見原だが、近代的な高層ビルもある。
その証拠に上空から見た高見原は、緑の絨毯に所々ほつれビルが突き出ていた。
特にビルが集中しているのは高見原の中央、巨大な中洲の山側にあるなだらかな丘。
場所の名前は高見原市桜区楼閣町。
ここは高見原一の繁華街だ。
高見原市桜区楼閣町 桜花ビル15階 ダイニングバー『月乃森』
高見原の真ん中には、巨大な中洲がある。
大きな三角形の中洲、その山側の頂点には海側の底辺にある険しい岩山とは違い、なだらかな丘。
丘の真ん中には神社があり、そこを中心に繁華街が拡がっている。
その丘の中腹に近い場所に立つ、ビル群の中の一つにそれはあった。
黒のミラーガラス張りビル。
その最上階の一室に『月乃森』はある。
ドアを開けると、そこは高見原よろしく薄暗い緑に包まれている。
蒼い月の光を連想させる様な淡い照明と、本物の植物をパーテーションに使い店内は鬱蒼としながらも静かな森をイメージさせる。
その中の一画、数個のグラスキャンドルに照らされたテーブルを囲み彼等は静かに密会を行っていた。
「しかし、敵地で『八方塞』の会合を行うとは大胆だな砕破」
「色々と都合が良かったんですよ」
透き通った氷が浮いた琥珀色の液体が入ったグラスを傾けながら、風文は誰となく呟く様に喋る。
それに対するのは、彼の左側に座る人物。
薄暗い闇にボウッと浮かび上がる程の真白い顔。
体調不良等で浮かべる青白い顔と違い、まさに言葉通りの真っ白。
髪も睫毛も唇もベージュのスーツから覗く肌も総て白く唯一、風文を見る瞳のみが赤色と言うアルビノ(遺伝学において色素の遺伝子に異常がある事を指す)の男。
サイファグループのトップにして、『八方塞』と言う組織の長それが彼だ。
「風文も知っての通り、この高見原の地のほとんどの植物が固有種『珠木』だ。この特殊な植物は能力者の『神域結界』を阻害する働きがある」
「ヘイヘイ、細目総務部長に言われんでも解ってますよ」
「貴様ッ!!解ってないみたいだから説明しただけだ」
「ハッ、そりゃあどーも。情報部統括役は何でも知ってるなぁ!!」
砕破の後に言葉を継ぐのは、彼の左側に座りカクテルを飲む男。
頭を七三に分け灰色のスーツを着た、体格の大きな小肥りの中年。
彼の名は細目公一、サイファグループの総務と裏では情報部門を取り纏めている。
どうやら彼と風文は犬猿の仲らしく、細目は歯軋りが聞こえる程に歯を剥き出しにし風文はどこ吹く風と酒を傾けている。
そんな二人の間に入るのは一人の老人。
「こりゃ二人ともいい加減にせんかい、折角の酒がまずうなるわい。こう言う乙な席じゃ、ゆっくり酒の味を愉しむもんじゃぞ」
砕破の正面に座る白髪と白い髭をたくわえた好々爺然とした大柄な老人は、盃に注がれた日本酒を呑むとしたり顔で語る。
「むっ…」
「ふんっ…多々良老の言う通り、酒の味を愉しむとするか」
お互いに視線を反らしながらも、不機嫌な顔ながらも二人の険はなりをひそめる。
そんな二人を見ながら多々良老は溜め息を吐く。
「この二人は…どうして仲が悪いかのぅ。神鉄造りの過程でもこうはならんぞ?」
「老、二人が同じ固相と言う前提が間違っていると思いますが?」
「いやいや紫門よ、水と油ならば両親媒性の物質があれば混ざり合うじゃろ?」
「誰かが間に入れば混ざり合うと?」
「科学も人も同じ世界の法則に支配されとる、そう大して変わらんと言う事じゃて」
溜め息に対するのは多々良の右側に座る男。
大柄でも小柄でもない中肉中背の黒髪の青年、整った顔ながらもあまり記憶に残らない顔をした男−−七凪紫門−−が多々良に合いの手を入れていた。
「と言う事で紫門、お主間に入らんか?」
「勘弁してください」
「そうそう、無理よ。あの二人は金気と木気、互いに相容れない相剋関係ってやつ」
紫門の逆隣りの小柄な女性が、多々良の日本酒を強奪しながら話に割り込む。
周りに居る大柄な人物達から比較すれば、とても小さな身体だろう。
しかし、作務衣に包まれたその態度は、周りに立ち込める能力者特有の圧迫感をものともせず極自然。
彼女の名は『時枝 思惟』水上誠一の師匠。
「こりゃ思惟、儂の酒をっ」
「また頼めば良いじゃない? ………いい味ねぇコレ」
「だからといって、酒を強奪していい理由にはならないぞ思惟」
「浄あんた相変わらずガッチガチに硬いわ。助手の良子さん困らせてない?」
「余計な心配だと返しておこう」
気ままに振る舞う思惟を諌めるのは、思惟の隣に座る灰色のスーツを着こなす紳士。
長身でしなやかさを彷彿させる鍛え上げた身体に似合わず、理知的な輝きと怜悧な表情を持つ中年は、教え子達に振る舞う様に思惟に語る。
彼の名は『重金 浄』、サイファ学園都市の大学部で教鞭をとる若き教授である。
話がテーブルを中心にして一回りした、と砕破が考えた頃。
彼は白い顔を引き締め号令をかける。
「八方塞の諸君、定例会議を始めよう。各々方、神域結界を最大にして頂きたい」
その場にいる全員意識を統一し、世界が書き換わる――
――Sound only――
「風文、計画の方はどうだ?」
「予定表通りだ。ただ『鳥籠』計画の方はスケジュールの約八割で遅れて気味だ」
「原因は?」
「人数が多すぎる。今はフレイアが手伝ってくれているが、俺一人では総て教えきれないのもある。自転車操業さながらだな」
「間に合うのか?」
「間に合わせる」
「解った。細目はどうだ」
「私の方は順調です。しかし、以前の予想通り芝川組系列の暴力団の取り込みは無理そうなので、対立関係をとりそうです」
「対処は?」
「あたしが行こうか?」
「思惟………頼めますか?」
「闇の事は闇の住人に頼みなさい。細目、後でリストアップして頂戴。総て始末するから」
「インビンジブルの再びか………了解だ、一両日中で用意しよう」
「では、次だ。紫門さん?」
「こちらも少し難航している。思いの外、相手のガードが硬い。以前の作戦の影響だろう」
「ああ、不安の種作戦か。あれは大当りだったからなぁ」
「相手の中枢に不和や嘘の種をばらまいて、疑心暗鬼で同士討ちさせる。相変わらず風文の立てた作戦って、どっちが悪人か解らなくなるわよね」
「褒めるなよ」
「褒めてない」
「それはともかく、その影響で相手側の膿が出て結束が強まったのは違いない」
「………仕方がない。紫門さんは現状維持で続行で。多々良老?」
「神器の生産は上手くいっておるがの…」
「何か問題が?」
「それは私から話そう、多々良老の問題は私の方が原因だ」
「教授がですか? 研究がうまくいっていないのですか?」
「以前からの問題点『共鳴器』と『儀式』の連動が、ここに来て浮き彫りになった」
「では?」
「浄の研究が進まなければ、神器の強化はしばらく無理だと言う事じゃわい」
「そうですか、解りました。サイファの方からは資金援助は惜しみませんので、なるだけ急いで下さい」
「解った」
「………さて、今回の会合で一人足りないのですが、誰か知っているか?」
「確かに…あいつ何処に行ったのかしら?」
「んー恋する乙女は目の付け所が違うな」
「風文!?」
「思惟の嬢ちゃん…風文の坊主が言わんでも、みんな知っておるわい」
「ええっ!?」
「まあ、あれだけ頬を染めたり熱烈な視線送っていたら俺が言わんでも気づくわ。一度振られてるんだから諦めれば…」
「風文!! あんたねぇ!!」
「スマン、口が滑った…とまあ謝ったついでだ実は、俺の頼みで霧島の奴はアフガニスタンの山奥に行って貰っている」
「風文さん? 計画の一貫ですか?」
「そうだ、場所が場所だからな。俺が行くと山の形が変わる上に焦土と化しかねん」
「解りました。では後で今回の会合の話を伝えておいてください………さて報告の方は終りました。では、本題にいきましょう。我等、世界の安定を続行するべく『災厄』総てを払い封じ込める『八方塞』の次の議題は………………」