吐露
こちらは今年最後の更新になります。
皆様、良いお年を〜
「ふぅん」
自分達の苦労が水の泡になったと彩に言った誠一は、返ってきた返事が淡白さを伴っていて拍子抜けした。
「何? 私の反応が予想外?」
「俺がガックリとしたから彩さんもするかと思ってたんだ」
「いいえ、逆よ。」
「逆?」
深夜2時 高見原市岩戸町三丁目 『児童養護施設・森ノ宮』104号室
児童養護施設・森ノ宮は個人が経営する施設としてはとても広い。
無駄に広い。
何故かと言えば、この町の始まりから原因がある。
十数年前、高見原が市ではなく村で、森の様な町ではなく森の中にある村だった頃。
突然、桃山財閥と言う企業が森の一部を買い取り工場や研究所を建てた。
桃山財閥とは日本に古くからある企業で、太平洋戦争を乗り切った大企業として有名だった。
しかし、この話は高見原『村』だけではなく、日本の各界においても意外だったらしい。
建てるのは良いが、色んな意味でデメリットが多過ぎるのだ。
例えば土地の値段と言う意味では安いだろう。
しかし、場所が当時日本の秘境と呼ばれた高見原。
まずは工場を建てるために道を作り、森を切り開く。
その労力にかかる金額が幾らになるか、途方もない金額になるのは火を見るより明らかだ。
当時の経済誌にも『有名企業の無謀な賭け』と叩かれる程の事。
しかし事態はおかしな方向へ行く。
国が『自然と融和する街』のテストケースとして、高見原を開発すると言い出した。
これが何を起こすか?
日本中の企業が利権を狙い殺到し始めたのだ。
その後の結果は今の高見原を見ればお分かり頂けるだろう。
人口が千人に満たない小さな村が、今では百万人を超える政令指定都市になっているのだ。
そしてそれに伴う人口増加と弊害。
問題は今は割愛させて貰う、結果としてこの孤児院は建てられた。
高見原の発展期に建てられた為に無駄に広い上に『空室』がある。
彩はそこに目を付け、誠一の隣の部屋が空いているのを良いことにいつの間にか住み着いていた。
『これじゃ俺も変わんないな。東哉の奴をリアルギャルゲー野郎とか言えない…』
隣の部屋にいる非日常を連れて来た美少女、以前友達から借りたライトノベル見たいだと誠一は感じた。
「私が美少女と言うのは置いといて」
「ちょっとー!!!! 俺の心をアッサリと読まんでください!! 俺のプライバシーは!?」
「読心系の能力者の前では無い」
「ヒドッ」
打ち捨てられたかの様にうなだれる誠一は、ニッコリと笑いながら言う彩にサドだと思いながら口に出すのをやめた。
幾ら相手が読心系の能力者でも、口は災いの元なのだ。
「ん、偉い偉い」
「…また、いいです。話を戻しましょうよ」
「解ったわ。とりあえず進めましょう…逆と言ったのは理由があったからよ。その理由は目的地の場所」
「場所?」
「そ、話から聞けば地下施設っぽいじゃない? 入るのは簡単そうで良いけど、どうやって出る?」
「あ」
誠一は高見原タワー前でどうやって入ろうかを考えていたが、出る事を考えていなかった。
確かに侵入するのは良いが出る時、この場合は逃げる時はかなり危険だ。
何せ相手のフィールド、誠一達にとってはアウェーだ。
例え色々な準備をして行っても、罠があったら一たまりも無い。
そう考えると東哉は運がとても良かったのだろうと、誠一は思った。
「確かに彼は運が良かったと思うわ。だからこそ、彼の話には重要な情報があるわ」
「重要な情報?」
「そう。一つは相手の規模、少なくとも銃を警備員に配備出来る程。二つ、多くの科学者が何らかの研究をしている事。三つ、研究の一つに能力者を作る実験がある…これは確定。これらと今まで私達が聞いたり調べた結果…」
「裏にいるのは桃山財閥って事か」
誠一が継いだ言葉に、彩はそうねと複雑そうに返す。
前述した通り、この街の始まりは桃山財閥の開発から始まり同財閥の主導で進んだ。
つまり、それだけ大きな地下施設を造れる資本がある上に、造る事が出来るのは開発の初期だと推測出来る。
しかも『能力者を造る』研究、多分…話を聞いている内に彩は気付いたのだろう。
自分の姉が、その研究に手を染めている事に。
しかも話の流れとして、その『研究』は彩や別の能力者達の為。
複雑そうな表情の裏には、おそらく嵐の様に感情が渦巻いているのだろう。
そこまで考えると誠一は彩に聞いた。
「彩さん………どうする?」
正直、彩には時間が必要だと誠一は思ったからだ。
しかし、そこまで聞いて誠一は彩の目を見て驚いた。
「…まだよ」
見れば彩の吊り目がちの瞳には、光りがある。
そしてその目は、全てを見透かす様に誠一の目を見ていた。
「心配してくれるのは嬉しいわ。けど、私は知りたいの。………姉さんが居なくなる前、姉さんと喧嘩したの」
彩はふと誠一から目をそらす。
「キッカケは忘れるくらい、ささいな喧嘩だったわ。姉妹だけあって同じ読心能力を持ってた。そのせいで姉さんに癇癪を起こして、喧嘩したの。居なくなる最後にかわした言葉は『姉さんは私の事を考えていないんだ』って、笑っちゃうわよね同じ能力だから心の底まで読めるのに考えていないはずは無いのに」
「彩さん、もういいよ」
誠一は見て居られなくなった。
心を知る読心能力者が内心を吐露する、その怖さや苦しさはある意味『読めない人間』以上なんじゃないかと誠一は思ったからだ。
しかし彩は止めない、首を振り言葉を続ける。
「姉さんの最後に見た顔は泣き笑いだった。解ってなかったのは私。同じ能力だから、同じ悩みを苦しみを持ってるはずなのに私は………だから、私は見付けたい。姉さんに会って『ごめんなさい』って言うの」
彩の表情も泣き笑いだった。
笑い顔は彼女自身の人に対する優しさ何だと誠一は気付いた途端、彩を抱きしめていた。
「っ!!!!」
「彩さん、少しだけこうしてよう」
くぐもった泣き声が部屋の壁に吸い込まれる。
しばらくして目元を赤く腫らした彩の隣に座る誠一は、少しだけ彼女に安心していた。
実のところ誠一は、彩の能力が『心を読む能力』と聞いて恐れていた。
人間誰しも心なんて、読まれたくないのは当然だからだ。
しかし、彼女とここ数ヶ月行動する事で慣れたらしい。
彼女はむやみやたらに人の心を読まないし、だいたい誠一が心を読まれるのは自身の不徳のなすところだったりする。
しかし彩は、大概の事は笑って許してくれるし誤って読んだ時は謝っている。
そんな事が積み重なって、誠一自身が彩に心を許していると言うのもあるかもしれない。
お互いが信頼しあう関係。
そのせいか彼等は何となく居心地が良かった。
「なあ彩さん。続けるのは良いけど、どうする?」
そんな一時から今を見る言葉をかけたのは誠一からだった。
少し不満げに口を尖らした彩は、それ以上は何も言わないとばかりに顔を引き締め言葉を継ぐ。
「確かに何をしていいか解らないわ。ところが、もう一つ当てがあるの」
「当て?」
「姉さんが居なくなる前に、姉さんと親しくなった人が一人いるの。一度だけあった人なんだけど、不思議な格好をしてたわ。雨も降ってないのに白銀のレインコートを羽織った長身の男の人」
「白銀のレインコート…それって」
「そう、桜坂の剣士」