副話 彼らの知らない場所で 後編
「思惟さん!! あれは何ですか!?」
「能力者モドキの成れの果て」
皮膚がひりつく様な圧迫感。
大気をビリビリと震わせる鳴き声と共に、その白い−−フェンリルと呼ばれた−−ケモノは爆撃されたと間違う程の踏み込みで思惟と明日香に攻撃をしかけた。
しかし、瞬間移動さながらの攻撃にも拘わらず、二人は危なげもなく跳躍して避けていた。
「能力者モドキって?」
「あーっ説明は後っ!! 来るわよ!!」
明日香が見れば、フェンリルは彼女の方を見て喉を鳴らして今にも飛び掛からんとしていた。
「ええっ何で私!?」
フェンリルは四肢を屈め胸を地につくように身体を引き絞ると、先程と同様に爆発的な突進を明日香に仕掛けていた。
今度のタイミングは明日香にとっては少々シビアなタイミングで、辛うじて身体をねじり相手の攻撃を掠らせながら倒れ込むように避ける。
しかしフェンリルの攻撃は終わらない、相手も身体をねじる様に方向転換をして再度突撃する姿勢をとっていた。
「ヤバ」
明日香が気付いた時にはもう遅かった。
励起法によって強化された明日香の目に、限界まで開かれた禍禍しい牙が生えた口がスローモーションで映る。
死ぬと明日香が思った瞬間、フェンリルの横っ面に何かが飛来して激突したかの様に弾け飛んだ。
「……釘?」
軽く死を覚悟していた矢先の出来事に、明日香は呆然としながら何かが飛来してきた方向を見る。
そこには何かを投げたかの様に手を伸ばした思惟がいた。
「明日香!! 早くこっちに来なさい!!」
怒鳴る思惟に、明日香は母親に怒られたかの様に身を肩をすくめると慌てて彼女の下に駆け寄った。
「ごめんなさい」
「全く、能力者ならば自衛の為に少しは身体を鍛えなさい。まあ…それよりも、風文!! あんた少しは助けるか何かしなさい!!」
明日香とフェンリルの間に入りながら、思惟は目だけを動かし風文に怒る。
明日香もつられて見れば、そこには変わらずコンテナに背を預ける風文の姿があった。
「ハハハッ、明日香君は以前うちに体験入隊した事があったからな、今の実力を見たくて放ってみた」
「命に関わりそうなのを放っておくなー!!」
怒りながら思惟は手を閃かせ何かを投擲し、フェンリル牽制する。
思惟の後ろにたつ励起法を最深度まで行っていた明日香には、その動きは良く見えていた。
手品の様に思惟の手に現れる五寸(約6cm)程で先の尖った金属の棒を、手首のスナップと腕の振りのみで投げている。
「いやいや、実力を見たかったのは明日香君だけではなくてね」
「私もって事か」
「君の神速の呪釘、衰えてなくてなによりだよ」
そこでようやく風文は、重い腰を上げたかの様にコンテナに預けた背を戻す。
「さて、聞くべき事は聞いた。知るべき事は知った。時間も稼いでもらった後は、目の前の障害を排除するだけだ……フレイヤ!!」
あんた全部解っててやってるんじゃないでしょうねと、思惟は誰にも聞こえない程の声で忌ま忌ましげに呟いて明日香と共に跳び退いた。
フェンリルが飛び掛かってきた訳ではない、両者の間を分ける様に光の塊が降り注いだのだ。
フェンリルは光の塊が降ってきた方向を仰ぎ見る。
積まれたコンテナの上に立つ金髪の女性。
何時もはポニーテールにしている長い金髪を一つにまとめ、七分丈の黒い戦闘服を上下に身に纏っている。
もっとも目につくのは赤い剣と黄色い槍の刺繍をされた手袋と、猫の柄の入ったブーツだ。
「フレイヤ、合図と共にサンダージャベリンを撃ち続けろ」
「Aye, Sir」
風文の指示と共にフレイヤは、黄色い槍の刺繍の描かれた手袋をした手を天に掲げた。
瞬間、バチバチバチと激しく弾ける音と共に、白く輝く光の塊が数十個フレイヤの周りに浮かぶ。
弾ける音と光を背負い、風文はフェンリルに数歩歩み寄る。
「さて、名もなきケモノよ。いや元は人だったから名はあるかもしれんが、死に逝くモノに名前は聞かんよ」
風文が手を挙げ振り下ろすと同時に、フレイヤも右手を振り下ろす。
その途端、光の束は陸上競技の槍投げの槍の形になりフェンリルに降り注ぐ。
しかし光の槍はフェンリルには届かない。
風文が手を振り下ろすその寸前、フェンリルは天に向かい高らかに遠吠えをあげた。
するとどうだろう、フェンリルに放たれた光の槍は悉く散らされるか掻き消される。
「磁界操作系の能力者か。フレイヤのプラズマ操作と相性が悪いな………だが!!」
撃っても散らされるがフレイヤは命令通りに光の槍を撃ち続ける。
その光景は機銃で掃射しているかのよう。
「やはり、磁界操作中は動くのは難しいようだな。終わらせてもらう…」
音はしなかった。
励起法で最大限まで強化していた明日香の目には映らなかった。
言い表すならば一瞬。
「三剣神道流 奥義 三の風」
思惟には見えていた。
フェンリルの爆発的な突進とは対極の流れる様な踏み込みからの疾風の如き三連撃が、いつの間にか風文の手に握られていた刀によって行われていた。
明日香は目をしばたたかせる。
彼女にとって風文の姿が一瞬消えたかと思えば、フェンリルと立ち位置が替わっていたからだ。
遠吠えは、いつの間にか止んでいた。
フェンリルの首がユックリと落ち、胴体は十字に分かれ崩れ落ちる。
「フレイムソード」
それを見たフレイヤはコンテナから飛び降り、左腕を横に振り抜く。
フレイヤの声に合わせる様に、剣の形をした光の塊がゴウと過ぎ去りフェンリルの骸を炎が包む。
「相変わらずね。あなたも腕前が変わらずで安心したわ」
「なんだ、さっきのお返しか?」
「何よ、友の心遣いは素直に受け取りないつもり?」
「有り難〜く受け取っておくさ」
風文は思惟と軽口を叩きながら明日香へと近付く。
明日香の目前にまで来た風文は、ニッコリあからさまな営業スマイルを浮かべる。
「さて、用件を聞こうか明日香君」
その笑顔を見て明日香はスッゴイ胡散臭いと思った。
これでこの副話は終わりです。
少々尻切れトンボ気味ですがご容赦をー