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変わる世界  作者: オピオイド
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拳士の世界

日本の南西部に高見原と言う都市がある。

その都市はあらゆる方面から注目を集める都市だった。

十数年前までは森の中にある隠し里のような小さな村だった。

しかし、現在は電車や地下鉄まで完備されている人口が100万人超えた政令指定都市に認定されているのだ。

十数年でここまでの大都市に成長するのは噂にならないはずは無い。

しかも、それに拍車をかけるモノがこの都市にはあった。

この都市の最大の特徴をその名前は表していた、『森林都市』の異名である。

開発工事の時点で森の開拓を最小限にして都市開発をした、森と同居する都市それがこの高見原である。



高見原市 桜区石上町 『石上神社』公園

午後21時00分



広大な土地に広がる高見原市の中央にある巨大な中洲。

その中州の沿岸部は大きな岩山になっていた。

岩山の上には神社があり、神社の境内と公園が合わさった様な広場で彼『水上みなかみ 誠一せいいち』は一心不乱に身体を動かしていた。


「フッ!フッ!フッ!」


切る様な吐息と共に拳が闇を貫き、踏み込む足が大地を抉っていた。

演舞を髣髴させる手付きと杭打ち機を連想させるような足運びが特徴だった。

誠一は妙なモヤモヤとした思いを振り切るように拳を振るう。


「フッ!フッ!フッ!」


拳の運びは簡単だった。

しかし簡単な動きだが身体にかかる負担は果てしなく大きかった。

その証拠に止め処も無く流れる汗が誠一の頬を伝う。

腕を回転させるように打ち下ろし、逆の手で打ち、そしてもう一度最初に打った手を同じ方の足と共に打ち出す。

それの逆を行い何度も反復する、それだけ。


「フッ!フッ!フッ!」


誠一は考える、今日起こった事を。

いつも友達と集まる喫茶店のマスターの灯には、やんわりと説き伏せられていたが納得はしていない。

実の所、彼は車がぶつかる瞬間から喫茶店に駆け込むまでの事をしっかりと覚えていた。

桜中町の交差点に彼女は居た。

この辺では見たことの無い濃紺の学生服、ショートカット髪から見える項が綺麗だったので少し見蕩れていた。

その所為だった彼女の異変に気づいたのは、信号が変わったのにも拘らず彼女は動かずに居た。

誠一は気付いた、理由は解らないが彼女は動けないで居ると。

だから誠一は、走って彼女をやや突き飛ばすように押し、…そこからは喫茶店で話した通りだった。

納得していないのは自分の身体の事もだが、それ以上に納得できてないのは突き飛ばしたときに見た彼女の表情。


「…何で驚いてたんだろう?」


彼女は驚いていた、少し釣り目がちな彼女の目が強張るように開かれたのがとても印象的で意外だった。


「誰が驚いてたの?」

「おうわっ。」


突然背中から声がかかり誠一は手を止めて振り返る。


「思惟さん。来てたんですか?」

「来てたわよー、今日も頑張ってるわね。感心感心。」


声の先、神社本殿の縁の下。

そこには杯を片手に出来上がった酔っ払い…もとい、笑顔を振りまく小柄な女性が居た。

彼女の名前は『時枝ときえだ 思惟しい』。

この神社のある岩山の麓に鍼灸院を構える女性院長であり、誠一に『名も無き拳術』を教える師匠でもある。


「頑張って感心だけど、どうしたの?一つの技ばかりで先に進まないで。悩んでる?」

「はあ…。」


酔っ払っているようだが、さすがに師匠である分その目は鋭かった。

拳一つの打ち方でも何かを感じたらしい。

むしろ聞かれた誠一は誠一の方で少し困っていた。

彼自身としては今日見た事、感じた事を話したかった。

相談したい事は山々だが、つい数時間前に灯に『それは気が動転してみた妄想』と判断された矢先、それは憚れた。

むしろ少し恥ずかしかった。


「…まあ、良いわ話したかったら教えてね。」

「すみません。」

「そんな時にいくら練習しても身に付かないわ…今日はもう帰りなさい。」


すみません、と謝罪の言葉を重ね誠一は消沈した表情で一礼し踵を返す。


「先生、一つ良いですか?」

「なあに?」

「先生の技で車に轢かれて大丈夫な技ってありますか?」


誠一が振り向くと思惟は杯を傾けていた。

酒を飲みきると、思惟はその年とは裏腹で可愛らしい顔に似合わない不敵な笑みで返した。


「一般常識で考えて見なさい。」

「ですよねー。」


さも当然とばかりに言い放たれた言葉に誠一は苦笑いしながら去っていく。

外灯が灯った仄暗い境内を眺めながら、思惟は再び杯に酒を注ぎ、あおった。


「世界全体の一般常識だけどね。あなたの知らない事実ではあるわねぇ、誠一君。」


あおった後の思惟の顔は、少し皮肉げな笑顔だった。

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