拳士 対 戦士
「…驚いた、名乗る奴とは思わなかったわ」
「本名ではないですが、出会った人に名乗るのは礼儀だと思うのですよ Fr"aulein(お嬢さん)」
「…ウザイ。後、年は変わらないはずだからお嬢さん呼ばわりするな」
誠一の隣から心底嫌そうな声が上がる。
実際、誠一からみても正直ウザイので気持ちは解る。
しかし、そんな彩の声とは裏腹に発せられる励起法の波動はユックリと強まっている。
「…!!」
それは明らかに彩が目の前の男を警戒している証でもあり、誠一には衝撃的な事だ。
先程の彩の修練を積んだ動きを見て解る尋常ではない彼女の実力。
その彼女が警戒するレベルが目の前の、フランベルジェだ。
「…なぁあいつ強いのか?」
「さあね、名前と噂だけよ。話を聞くだけなら名うての掃除屋らしいわ」
「掃除屋?」
「問題を解決したり、イザコザを解消したりとかね? まあ、そこのフランベルジェと言う男は武力専門の掃除屋らしいけれどね?」
本来、裏の世界の掃除屋ともなれば何かしらの表に出せない不祥事を秘密裏に処理する、その道のプロ。
しかも、その中の武力専門ともなればフランベルジェと呼ばれる男の力量はどれ程なのか計り知れない。
その為か、彩は隙を作らない様に気を張り詰め、励起法の深度を深めていた。
しかし、そんな彩の臨戦体制を無駄にする影が彼女の前に出た。
「ちょっと、何考えてるの?」
「俺にやらせてくれないか?」
「正気?」
「やりたい事がある」
前に出た誠一の背中を見ながら、彼の考えている事はきっとくだらなく短絡的な事だと彩は考える。
それはとても正解に近い。
「目の前の理不尽をブッ潰す!!」
「馬鹿な事言わないの、あんたの力量じゃ」
「…違うんだよ彩さん。俺は決めたんだ、自分の目の前で起こる理不尽をすべて潰すって」
「潰すってまた曖昧な…」
「それにね、女の子の後で戦うなんて嫌だ」
それが一番の本音かと彩は溜め息を付きながら一歩足を退き、誠一と背中合わせになるように立つ。
「…わかったわ、任せたわ。そのかわり励起法の深度を深めなさい、じゃないと…死ぬわよ」
その言葉に誠一は無言で頷くと腰を落とし、深く身体を探る様に励起法の深度を深めた。
その誠一を満足げに笑って見ているのは敵である筈のフランベルジェだった。
「何がおかしい!!」
「いや何、少し嬉しくてね。私の事を正確に評価し、なおかつそれを素直に受け止めて戦う準備を行う…いいね」
クククとフランベルジェが愉しそうに笑う。
何か嫌な予感を彷彿とさせる笑顔を浮かべながらフランベルジェはユックリと腰を落とす。
「私はね、強くなりたいんだ。最強の一角とも言われている兄に勝ちたいんだ。だから、悪いと思っているが…貴様らは私の経験の糧となれ!」
突如膨れ上がる殺気と同時に、フランベルジェが低い位置から飛び込む様に間合いを詰めてきた。
攻撃方法はおそらく組技、ヨーロッパ辺りで活躍していたと聞く限りではレスリング…汎用性を考えれば総合格闘技だろう。
動きを制限されそうなスーツを着ているので、予想も出来ない攻撃方法だ。
しかし誠一は慌てない。
誠一が思惟に師事してから六年、様々な技を教えて貰っていると思われがちだが実際は違っている。
誠一が教わったのは基礎の動きと、基礎の技のみである。
その中で、誠一は一つの動きと一つの技を組み合わせる。
「!!」
フランベルジェは見た。
低い位置からのフランベルジェのタックルより、さらに低い位置から放たれる拳を。
「くっっ!!」
腰を極限まで落とした低い位置からショートアッパーの一撃と予想外の衝撃にフランベルジェは、ガードした腕に走る痛みにくぐもった呻き声をあげる。
先制の一撃は誠一だった。
しかし敵はさるもの、ヨーロッパにおいて名を知られるフランベルジェもただではやられない。
「ぐうっ!!」
誠一の放った技(運足『地龍』と拳技『小龍』の組合せ)と同時にフランベルジェは蹴りを放っていた。
普通ならば打ち込まれ、体勢を崩された状態での蹴りは余り威力はない。
しかし、効果は軽く蹴ったソレは絶大な威力を持っていた。
二人は驚きに満ちた表情でお互い同じ様にフランベルジェは右腕、誠一は右脇腹を押さえうずくまる。
フランベルジェは歯を食いしばりながら考える。
(何だ今の一撃は、あんな体勢で異常に重く鋭い一撃…手が痺れて動かんか、少し相手を甘く見ていたか。それと…何故効かない?)
(今のは蹴りか!? あんな体制からの蹴りが、こんなに痛い…肋骨に痛みが走る。励起法の守りも相手に寄るのか?)
お互い疑問だらけの思考、一瞬だがお互いの動きが止まる。
だが空白の時間はすぐに破られる。
実戦経験の差だろうか、フランベルジェがいち早く痺れる手を無理矢理動かし誠一の腰に腕を絡み付かせる。
「もらった!!」
これに誠一は慌てる。
息をしても響く肋骨の痛みに、動きが鈍っている時に捕まる。
それと先程の予想外の攻撃に警戒している為だ。
しかし、その時だった。
「…っ!!」
誠一の身体に異変が起きる。
いや、誠一の自分自身に対する認識が変わっていた。
それは、励起法の起動に近い感覚。
しかしそれは身体の筋繊維一つ血管、神経まで感じ、身体の生物としての全てを引き上げる励起法の感覚とは違った感覚であった。
その感覚の先は、身体の中に存在する『水』。
「何だと!! 何故だ!!」
フランベルジェの驚愕の声とは他所に、誠一は今の状況を正確に把握していた。
どういう原理かは解らないが、密着するフランベルジェから恐ろしいまでの『振動』を感じ、自分の身体の中の『水』がそれを和らげ受け流しているのだ。
先程の肋骨の激しい痛みは、多分この『振動』が原因かと誠一は当たりをつける。
「ならば!!」
しかし誠一が完全に理解するよりも先にフランベルジェが低い声で叫ぶと、『振動』が一段階ギアをあげていく。
「くうっああああああぁぁぁぁぁ!!」
密着された状態で、この攻撃はマズイと本能で感じた誠一はこの状態で打てる技を無意識で選択して…打った。






