外話 樹海にて 後編
今回も残酷な表現が入ってます。
苦手な方は戻るボタンで回れ右してください。
それでは本編をどうぞ。
「お前何者だ?」
「この様な状況で名乗ると思います? 藍征会光仁組の吉澤さん?」
駐車場で出会った男は会った時の少年の様な無邪気な雰囲気は一切なく、自身溢れる不敵な笑みを浮かべていた。
黒のロングコートを羽織り、その下には濃紺のフォーマルスーツに似た軍服を中に着込んでいた。
「確かにだが…てめぇ、どこで俺の名前を知った?」
「いやいや、臓器売買シンジケートで飛ぶ鳥を落とす勢いの吉澤さんの顔は有名ですから」
「タヌキめ」
吉澤と呼ばれた男は、しかめっつらで言い捨てる。
彼の言うことはあながち間違いではない。
吉澤と言う男は、日本に置ける自殺者と行方不明者の相関に目をつけていた。
日本に置ける年間行方不明者の数はおおよそ10万人ちかく、しかもそれは警察に受理されただけでそれ以上いるとされている。
では、逆に自殺者数はと言えばどのくらいか?と言えば二万から三万だ。
そこで吉澤は気付いた、自殺者数の統計は行方不明者数で発見された人間がほとんどなのではないかと言うことに。
逆に考えれば、行方不明者が自殺者と言う形で発見されれば自殺者数がもっと増える可能性が高いと言うことだ。
であれば、自殺者を生きている時に捕まえ、売れる場所を切り取り売る事が出来れば買い手が多いんじゃないかと吉澤は考えた。
それは吉澤の思惑通り売れた、新鮮な臓器が届くのだ売れないはずがない。
そしてそれは商売を始めた吉澤の名を、裏の世界に売るには充分だった。
だがしかし、吉澤は一つだけ気をつけている事があった。
「俺は一度も顔をシンジケートの会合以外に出した覚えはねぇ」
そうなのだ、シンジケートの会合以外では吉澤は下の者はおろか顔すらだしていない、外注から発送まで総てネットワーク上での話なる。
だからこそ、名前はともかく顔と藍征会光仁組の組み合わせは繋がらない筈なのだ。
しかし、目の前の男は簡単に言い当てた。
それを警戒し、吉澤は女の髪を掴んでいた手を離し、ベルトに挟んでいた拳銃を取り出し構えた。
「おい、手前ぇら。こいつ捕まえろ、こいつの背後調べて潰すぞ…? おい?」
拳銃で動きを封じている内に男を捕まえるつもりだったのだろう、吉澤は後に居る手下の男二人に指示を出す。
だが、いつになっても二人は動き出さない。
不審に思った吉澤は振り返った。
「飯田? 吉井? 手前ぇらどこに行った?」
振り返ったがそこには誰も居ない、居るはずの手下二人どころかひきずって来た女すら居ない。
まるで最初から居ないかのように、吉澤の声のみが響く。
「…ククク」
獣の唸り声に似た含み笑いに吉澤が見れば、男が顔を手で押さえて笑いをこらえていた。
「てめぇ何がおかしい!!」
「いえいえ、天下の光仁組の吉澤さんが手下二人が居なくなっただけで不安げに声をあげる…これを笑わずにいろと? 無理な話ってもんですよ?」
「…ふざけんな!!」
不安とないまぜになった怒りに任せたまま吉澤は、拳銃の引き金を引き絞る。
銃声は三発、身体の中心・頭と心臓に一発づつ。
教本通りの撃ち方、距離はおおよそ五メートル外すはずがない。
吉澤は殺ったと確信し笑う。
しかし、その瞬間
「甘い」
吉澤の左側頭部に衝撃が抜ける。
一瞬意識が飛び、何が起きたか解らない吉澤。
右手の拳銃は叩き落とされ、両肩に何かが乗っている感覚しか頭にしか入らない。
そして、吉澤は次に来た両肩に走る強烈な衝撃で意識を落とした。
「相変わらず、えげつないっすね隊長?」
「何がだ?」
吉澤の身体が有り得ない形に折り畳まれ、崩れ落ちたあと何も無い空間から男と同じ服を着た数人の男達が現れる。
中には担がれた消えた吉澤の部下や女性もいた。
「突然の登場、相手の素姓を待機中のあいつらの部下から聞いておきアッサリとばらし動揺と恐怖の種を仕込む。更に相手に気付かれ無いように一人にして挑発、発砲をさせた上に強襲。拳銃を踏み潰すシャイニングウィザードから肩に乗り震脚、背骨の複雑螺旋骨折初めて見ましたよ…丁寧に相手の心を砕いて再起不能まで破壊…相手が外道とはいえ鬼ですね」
「…人間を無理矢理売り物にする外道には充分だ」
「隊長…充実してますね」
隊長と呼ばれた男に、後から現れた男が苦笑い気味に尋ねる。
答えた隊長の表情は、充実感に溢れた笑顔だった。
「俺らの力は理不尽な暴力に対する力だ!!」
「良い感じで纏めないで下さい」
「えげつない事の片棒担いでいるのはどいつだ?」
「あースミマセン。んで、奴らはどう処理します?」
適当に答える隊長に突っ込む男だが、鋭い切り返しに話を変える。
その変えた先は、気絶した二人の男と不自然に崩れ落ちた吉澤だった。
「さっき捕まえたワゴン車の奴らにやらせろ、流石に臓器が届かないと困る人間が居るだろう?」
「マジで鬼っすね」
「因果応報知ってるか? 奴らのやった事はそのまま帰ってくる。自分の罪は自分で償うべきさ」
そこまで隊長は言うと目線で下がらせる、そしてまだ倒れ伏す女性に向き合った。
「ねぇ、お姉さん?」
「はっハイ!?」
明らかに今さっきまでの隊長と比べると、何かを抑えた雰囲気だ。
そのギャップと整った隊長の顔に先程までの生命の危機、女には『とある感情』が芽生えていた。
それは『吊橋効果』と 言われている。
「俺のモノになれ」
「はい」
それを去りながら見る先程の男は、相変わらずだと呟きながら樹海の夜に消える。
深夜の樹海、アスファルトの道を歩く隊長は、月に照らされながら電話で会話をしていた。
「あんたの情報通りだ。奴らの日本に置ける験体ルートはこれで総て潰した、ああそうだ」
先程までの戦闘服ではなく、深緑のパンツに黒のインナーにグレーのジャケットを羽織っている。
携帯を持つ逆の手にある水の入っているペットボトルをあおる。
「後は、海外のルートを虱潰しにすればいいが…ああ、いくらなんでも無理がある。出来るのは潜入している奴に期待だ。…俺か?それはどうかな?」
男は愉しそうに話ながら歩く、先程までの戦闘なんて関係ないように。
「まあ、詳しい話は明日の夜に。オヤスミ、灯さん」
手慣れた動きで男は携帯を切り畳むとポケットにいれ、背伸びをする。
「さて、明日は高見原か〜忙しいなぁ!!」
男は見上げる先は十六夜の月が浮かんでいた。
この話は『いつもの日々に戻るまで』に続きます