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ハスティーナGS-R-IVと次元収納

 ゲイルの固有魔法《烈風》と汎用魔法《魔纏》の統合魔法《風鎧》。

 身体からマナの奔流が立ち昇り、渦を巻き、風の鎧へと変換される。その勢いは隣を走る鼠の身体が浮くほどだった。


「援護しろォッ!」


 集団から一人飛び出して、ゲイルは叫びながら駆けていく。鼠はその背中を見送りながら硬質な床に足をつけると、無数の小型ミサイルがゲイルへと軌道を変えたことをに気がついた。


(ラス、全力か?」

(流石にそうだね。ちょっときついけど、気合入れて!)


 鼠が構えたナイアーラMHG-BE-Iから無数のマナ弾が放たれる。その一発一発全てが軌道を曲げ、小型ミサイルに着弾。小型ミサイルをゲイルから離れた空中で起爆させ、到達を阻む。

 無数の小型ミサイルへ対処するには無数のマナ弾を放つしかない。マナが急速に減っていくことの反動が鼠を蝕む。吐き気、頭痛、意識の混濁。それらが次々と鼠の意識を刈り取ろうと鼠に襲い掛かっていた。鼠は脂汗を浮かべながらも歯をくいしばる。


 放たれる全てのマナ弾が、軌道を曲げて小型ミサイルに命中している。その神業じみたマナ制御技術にゲイルラバーズの女性たちは驚愕していた。しかし毎度いち早く気を取り直したミユの指示で、鼠が迎撃している小型ミサイルではなく、浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の甲羅から突き出た主砲と副砲に銃撃を浴びせ始めた。ミユの持つアサルトライフル以外は銃器本体には僅かな傷跡を残すだけだったが、弾丸の何割かを撃ち落とすことには成功している。


 副砲としてマシンガン、グレネードランチャー、ショットガンなど様々な銃器が甲羅から生えている。それらから放たれる銃弾の幕がゲイルを襲う。弾種は光学弾と実弾の割合がおよそ半分ずつだ。

 ゲイルラバーズの女性陣が放つ弾幕は副砲からの銃撃をかなりの程度薄めていた。特にグレネードランチャ―は鉄の弾であろうと衝突すればその衝撃で起爆するタイプであり、周囲の弾丸を巻き込んで爆発する。

 

「助かるぜ……ハッ、ちょっとした見世物だな」


 光学機甲大剣ハスティーナGS-R-IVを盾のように構え、剣腹で弾丸を受けながらゲイルは弾幕の暴威の中を駆ける。弾丸の嵐に包み込まれているような状態なのにもかかわらず、鼠とゲイルラバーズの女性達の援護、そして光学機甲大剣ハスティーナGS-R-IVの防御力のせいでゲイルの肉体まで辿り着く弾丸はごくわずかだった。


 ゲイルラバーズの援護射撃と大剣での防御をすり抜けた副砲からの銃弾がゲイルの足へと向かう。しかし残りニ十センチほどまで近づくと、ゲイルが纏う【風鎧】に軌道を逸らされ、床に弾痕を残した。マナを消費しながらそのようなことを幾度となく繰り返す。


「ど、オラァッ!」


 ゲイルはおおよそ二メートルの高さに浮いている浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の元までたどり着いた。マナにはまだ余裕がある。浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の顔の下に大剣の刃を叩きつける。使い捨てのエネルギーシリンダーから大量のエネルギーが供給され、ハスティーナGS-R-IVの刃を覆う光が一層輝きを増した。より硬く、より鋭く強化された光刃が浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の下の甲羅に僅かに食い込む。


「ハァァァアアアッッッ!!!」

 全身の力を込め、【風鎧】の床との反発も利用する。頭部から尾までを走り抜けながら、ハスティーナGS-R-IVを振り抜く。底部の甲羅が浮遊装置ごと一直線に斬り裂かれた。


「浅い……だが」


 浮遊装置が光を失う。浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)はその浮遊能力を失い、轟音を立ててゲイルの目の前へ墜ちた。

 機械の亀に備え付けられた火器類は全て前方に向いていた。浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の後方へ駆け抜けたゲイルは浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)が墜落すると跳躍。浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の甲羅に乗り、抵抗らしい抵抗も受けないまま、甲羅から生えている銃を全て斬り飛ばした。

 浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の火器は露出している部位の中では最も脆い。とはいえダンジョン素材なので地上素材の実弾や鼠のマナ弾では傷をつけるのが精一杯だ。しかし上層奥部のそれなりに高価なダンジョン素材をふんだんに用いた上に、光刃まで纏ったハスティーナGS-R-IVの相手ではない。

 

「これで、終わりだッ!」


 浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)の主砲は効率よくエネルギーの供給を受けるため、メインジェネレーターの真上にある。主砲を斬り飛ばしたことで露わになった供給機関を、ゲイルの大剣が真上から貫く。

 その刃は深く沈み込み、メインジェネレーターにまで届いた。全身にエネルギーを供給しているジェネレーターを貫かれた浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)はその全機能を停止させる。

 

 沈黙した機甲亀の上でゲイルが勝ち誇ったように嗤う。鼠はマナ弾を撃ち続けて小型ミサイルを迎撃しながら、むすっと口を尖らせた。

「ハッハァ! テメェに活躍の機会はやらねぇよォ鼠ィ!」

「あーすごいすごい」

(なんか悔しいな)

(思ったよりもゲイルが強かったね)


 ゲイルは浮遊要塞機甲亀(フロートタートル)から滑り降り、巨体の陰に隠れてハスティーナGS-R-IVの柄から空のエネルギーシリンダーを排出した。同時に腰のポーチから満タンのエネルギーシリンダーを引き抜いて柄に差し込む。その慣れた手つきは銀腕工房のルイナが煙草を吸う場面を彷彿とさせた。 


「よっしゃ! 今日は乗ってるぜ! マザーもいけるんじゃねェか?」

「ゼッタイ、駄目」

 

 機甲亀の陰から飛び出そうとしていたゲイルを低く、ドスの利いた声が引き留めた。鼠も驚いて声の主を見る。ミユだった。

「そもそもありえないけど。更に絶望的な情報を教えてあげる。情報収集機器に反応があるわ。今倒した成体クラスが見えているだけで十二体。マザーの奥にも同じくらいいるでしょうね。こいつらの相手をしながらマザーを倒すのは絶対に無理よ。撤収するわ」


「……チッ、にしてもだったらなんであの女のパーティは全滅したんだよ。情報収集機器にそんなのが出てるんなら、近づかないだろ、普通」

「おそらくだけど、マザーたちがいる開けた場所……おそらくなにかの発着場だと思うんだけど、その前にとても多くの力体反応とマナ反応があるわ。さっきのコンビニとは比較にならない数よ」

「……それだけを回収しようとしたらマザーの攻撃範囲に入っちまったってことか?」

「でしょうね」


 ゲイルは舌打ちをしながら、大剣の光刃を収めた。その様子に微かに微笑んだミユはきびきびと指示を出した。

「それじゃあすぐに退却するわよ。小型ミサイルが追って来ないところまで戻って、できる限りの未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)を回収して帰還するわ」


 ◆


 小型ミサイルを鼠が撃ち落としながら来た道を戻る。女性冒険者とすれ違ったところからさらに少し走ったところで、ようやくミサイルは追って来なくなった。

「よし、それじゃあここから探索ね。次元収納袋とリヤカーがいっぱいになったら帰還するわ。おそらく今逃げてきた道を戻っても、マザーのいる開けた場所の周囲まで近づかなければ狙われないとは思うけど、わざわざ危険を冒す必要はないわ。こっちにも未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)は十分にあるもの」


 鼠にとって聞きなれない単語が出た。ラスに視線をやると、それくらい自分で聞きなさいというふうに手を振られた。それで鼠は隣を歩いているミユに顔を向ける。


「……すいません。次元収納袋ってなんですか?」

「えっ? ……そっか、ストリートチルドレンじゃあ見る機会もないか。ミヤビ! リヤカー出しちゃって!」


 ミユがそう言うとゲイルラバーズの中でもあまり攻撃に参加しなかった女性が腰のポーチだと思っていたものを開いた。その中に片手を突っ込み、もう片手を荒れた床に向ける。

 マナの奔流が床へ向けた手から噴き出すと次の瞬間にはそこに折りたたまれた状態のリヤカーが鎮座していた。ミヤビは気分が悪くなったように口元を抑える。


「ありがと、ミヤビ。まぁ見てのとおりね。私達のやつはある程度魔法に素質がある人間なら誰でも使えるタイプで、さらに直接袋の口を通さないから、大きい物でも容量が許せば入れることが出来るわ。まぁ容量は一立方メートルしかないんだけど」

 一立方メートルということは一メートル×一メートル×一メートルか。それだけの空間にものを自在に出し入れできるなら、だいぶ便利なように思える。

「便利だけど、本来ならかなり高いわよ。でも入れ物がないせいで持って帰れる素材が減るのは企業としても損失だから、半額分くらい補助が出てるのよね。私たちの収納袋は四千万で買ったけど、本来ならもっとしたわ」

「た、高いですね」

「ええ。ちなみにゲイルの剣の方が高いわよ」

「す、すごい世界ですね」

「なに言ってんのよ。あなたもその世界に入ったでしょう? あなたが自分で持ち帰った分と今から持ち帰る分……合わせて今日だけで一億は堅いと思うわよ?」

 

 ふらり。鼠は立ちくらみを感じて額に手を当てた。今の鼠にしてみれば途方もない金額だ。視界の端で飛んでいたラスが目の前にやって来て、忠告する。


(一億程度で満足してちゃだめだからね? 中堅以下の装備を揃えるだけでも足りない額なんだから!)

(そ、そんなにか? 確か普通の人が一生かけて稼ぐ金額が二億じゃなかったっけ? その半分だぞ? しかも今日だけでってことは……)

(いい装備はそれくらいするの! それとも契約、忘れたわけじゃないよね?)

 ラスは腰の後ろで手を組むと顔を近づけて鼠の瞳を覗き込んで来る。整った可愛らしい少女の顔が僅か十数センチのところまで近づき、鼠は慌ててそっぽを向いた。

(そ、そんなことしないよ。約束は守る)

(期待してるからね!)

 ラスは天真爛漫にけらけらと笑う。


 呆気に取られた顔をしたり、顔を赤くして壁の方を向いたりした不審な鼠の様子を見て、ミユは微笑んだ。

「私も初めて未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)を見つけたときはゲイルとなにかを……なんて妄想したけどね。まだダンジョン内よ? あとにしなさい。……あ、そこの部屋に二人はいるみたいよ」


 一行がミユの指し示した部屋に近づくと、ゲイルラバーズの一人と、背負われた女性冒険者が出てきた。向こうも情報収集機器を見ていたのだろう。

 背負われた女性冒険者は年齢は鼠の一つか二つ上くらい、背は低く、短い髪と豊かな表情から活発な印象を受ける。

「ありがとうっス! あ、自分、クロエっス! ど、どこまで進んだっスか?」

「……どこまで……? 成体を倒したら戻って来たわよ」

「そ、そっスか。それじゃあ死体は……」

「そのままね。見たわけじゃないけど」


 クロエは目を潤ませ、唇を噛んで顔を伏せた。少しして再びミユへ顔を向ける。

「あ、あの、もしよければ……」

「無理よ。マザーの迎撃範囲がどの程度かわからないし、仮に装備をくれるって言っても、ここにある未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)を持ち帰れば同じかそれ以上の値段になるでしょう。それにあなたくらいの冒険者がいるパーティが小型ミサイルなんかで全滅するわけないんだから、他にもなにかあったのよね?」

 ミユはクロエの装備や身のこなしを見てレベル2の上位かレベル3の冒険者だと推測した。


「あ、そ、そう……っスね。成体二体と小型ミサイルはなんとか捌いてたっスけど、急に飛んできた誘導炸裂光弾に崩されたっス……」

「誘導炸裂光弾っ……? 行かなくて正解だったわね。それは主砲なの? それとも副砲?」

「自分達が戦ったところからはマザーは見えなかったっスけど……光弾の大きさ的に多分副砲っス。それが何発も飛んできたっス」

「……とんでもないわね。悪いけど今日は諦めなさい。ゲイルも絶対ダメだからね」

 女性が困っていると助けずにはいられないらしいゲイルも渋々うなづく。

「……わーってるよ」

 クロエは嗚咽を漏らし、その頭を背負っている女性冒険者が軽く撫でる。

「う、うぅ……」


 ミユが一行の雰囲気を変えるためにか大声で言った。

「……あなたが助かっただけでもよしとしなさい! ほら未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)の収集を始めるわよ! ゲイルと、クロエを背負ってるナコはその辺を警戒しておいて! 他の人たちは未来(フューチャー)遺物(アーティファクト)を片っ端から詰め込んで!」

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