クロエと浮遊要塞機甲亀
鼠が数歩前を進むゲイルラバーズに後ろから声をかける。
「左奥から誰か近づいて来てるみたいです。警戒してください」
ミユが怪訝そうな表情を浮かべ、視線操作で情報収集エリアを絞り、距離を大幅に伸ばす。
「……情報収集機器に反応はないわ。それにあなた、機器なんか持ってないでしょ……えッ!?」
ミユが漏らした驚愕の声の意味を正しく理解したゲイルは、光学大剣ハスティーナGS-R-IVを背中のホルダーから抜き、身体の前で先端を床に刺して楽に構える。
「左か?」
「そう。こっちに走って来てる。女の子が一人だけ。かなり慌ててるみたい」
「……そうか」
ゲイルが何度目かの不審げな視線を鼠に投げる。それに釣られてミユを始めゲイルラバーズの面々が鼠を気味悪そうに見る。
(言わない方がよかったか?)
(まぁ、この場合は仕方ないよ。そういう能力だって思ってもらえばいいんじゃない?)
「あーえっと、実はそういう能力持ちでして。今までは問題なかったので黙ってたんですが」
「……まァ、護衛対象が優秀なことに文句はねェよ。だが、どうする? 冒険者が一人で、それも慌てて奥部から戻ってくるっていうのは……」
「十中八九、全滅したんでしょうね」
一般に死亡者がパーティの半数を越えた場合は、全滅と言われている。ミユがコンタクトレンズ型モニターの情報をにらんで厳しい表情で告げた。
「全滅する原因になった存在も探知範囲に入って来たわ。浮遊要塞機甲亀の成体クラスね。マザーではないわ」
「そうか。でも成体クラス相手に全滅なんかするか?」
「……成体クラスの奥から小型追尾ミサイルを撃ってるのがいるみたいね。成体クラスだったらすぐに撃ち切っちゃいそうな数の」
「……ってことはマザーもいるのか。どうしたもんかな」
「一応言っておくと、逃げてる人は情報阻害煙幕を張りながら走ってるけど、道が広くて効果は薄いわ。それでも直撃は避けてるけど、時間の問題でしょうね」
「……なるほどな。それで依頼主はどうしたい?」
ゲイルは通路の奥に視線を向けて、鼠の方を見ずに聞いた。
(ラス)
(……助けて逃げるだけならできなくはないよ。でも全力を出すことになるし危険だからあんまり)
(なら、助けよう)
ラスの念話を遮って鼠が声に出してゲイルに答える。はぁーとラスはため息をつく。
「僕は救援に行く。護衛の範囲外ならゲイルたちはいいよ」
「……俺たちはお前を上層モンスターから護衛する義務を負ってる。浮遊要塞機甲亀の成体クラスはギリ上層モンスターだ……残念ながら護衛の範囲内だな」
やれやれ、というように首を振るゲイル。しかしその表情はどことなく嬉しそうだ。逆にゲイルラバーズの面々は頭を押さえてため息をついている。
「しゃぁねェ、ついて行って可愛い子ちゃんを助けてやるとするか! 護衛だからしょうがねェよな!」
ゲイルラバーズの女性たちにいいところを見せ、新しい女の子とも知り合える。ゲイルはご機嫌に口笑った。
「あー、もう」
いち早く気を取り直したミユが不満げに悪態をついた。
「またなの? マザーの攻撃を受けるかもしれないのよ? もうちょっとなんとかならないの?」
「悪いな、ミユ。みんなも。だが中層に行くんだぜ? 中層浅部のマザーの攻撃くらい対処できなきゃな。それに」
そこでゲイルはごつごつとした大きな手でミユの頭を撫でた。ゲイルは大柄だ。ミユは女性にしては身長が高い方だが、ゲイルと比べれば頭一つ分ほどの差がある。ゲイルはミユの黒真珠のような瞳を見下ろしながら、諭すような声で続けた。
「お前は、知らない女を見捨てるような俺に惚れたのか?」
ミユはさらに紅潮していく頬と緩む口元を隠そうとするかのように、ゲイルを見上げていた顔をそむけた。悔しそうな表情も浮かべながら、肩からストラップで掛けていたナイアーラ社製のアサルトライフル型実銃を身体の前で構え直す。
「……はぁ。もうわかったわよ。ついて行けばいいんでしょ!」
ミユが怒鳴ると他のゲイルラバーズの面々も諦めたように、しかし少し嬉しそうにしながらそれぞれ銃を構える。
好きな男が女を助けようと頑張る。ゲイルにはその実力がある。自分達が同じように困った時もきっと助けてくれる。『ゲイルラバーズ』というふざけたパーティ名ではあるものの、その看板に嘘偽りはなかった。
◆
クロエは念のために買っていた情報阻害煙幕を何個も消費しながら、駅の構内を駆けていた。小型ミサイルは何個も近くに着弾している。身体機能を向上させる柔らかくも頑丈な補助スーツがなければすでに何発も直撃しているし、近くで起こる爆発で身体が千切れ飛んでいる。
(本体が操作するタイプじゃなくてミサイルに探知機能が付いているタイプで助かったっス! 本体が誘導するタイプならもう終わってたっス!)
それほど高価でもない情報阻害煙幕は広い構内の通路を覆うことはできず、一部の情報を遮断するに留まっている。その中に突っ込んだ小型ミサイルには効果があるが、広い通路の両脇を通るような小型ミサイルには効果が薄い。その部分からマザーにも位置情報が洩れているはずなのでマザーが直接誘導しているなら既に直撃していておかしくないが、未だに直撃がないということは性能の低い小型ミサイル自体の追跡機能でクロエを狙っているということだ、とクロエは考えていた。
その広い通路中央の情報阻害煙幕が濃い部分を突き破って、浮遊要塞機甲亀が姿を現す。大きさは戦車や大型の自動車と同程度だ。全身が機械で出来ており、甲羅からは中央の主砲の他に様々な口径の副砲が姿をのぞかせている。
足の代わりに地上走行用の無限軌道が付いているが、浮遊している現在はその役目をはたしていない。副砲が生えている底部の中央には円形の発光部位が見えている。パーティの都合であまり得意とは言えない情報収集役を担っていたクロエは、その部位が何の役目を果たすのかということを知っていた。
(確か反重力素子を利用した浮遊装置だったっスか? 破壊した方が移動速度は落ちるから破壊したいっスが、自分の火力じゃ無理っスね!)
クロエの装備は短剣と実弾のハンドガンである。短剣には一度の使用で自壊するとっておきがあったが、接近しなければ使えない。小型ミサイルが飛び交うこの状況では不可能だ。また実弾のハンドガンは仮に当たったとしても上層奥部のモンスターに通用するかは微妙だし、そもそもクロエは遠くに狙いを定めるのがそれほど得意ではなかった。基本的に近距離戦での補助武器である。
情報阻害煙幕を抜けて探知機器が正常に機能するようになり、クロエの位置を正確に探知した浮遊要塞機甲亀は主砲の光学砲にジェネレーターで生成されたエネルギーを溜め始める。
「くそッス! もう情報阻害煙幕はないっス!」
今のクロエでは放たれたあとのレーザー砲をかわすことはできない。クロエが着ている補助服はクロエが起こそうとした行動を即座に読み取り、それを強化するものだ。そもそもクロエには反応が出来ず、行動を起こそうとするまでに到達するレーザー砲は、狙いを定めて発射された時点で終わりだ。
なのでクロエは浮遊要塞機甲亀が情報阻害煙幕を抜けてくるたびに足元へ発生装置を叩きつけるということを繰り返していた。しかしもう情報阻害煙幕は使い果たしている。
「ッ……!」
だがクロエは情報操作が示す存在を認知し、ここで足と補助服を使い潰すつもりで出力を上げた。性能の限界まで能力を引き出された補助服はその寿命と内部の人体の安全と引き換えに、更なる加速を着用者にもたらす。
(キツ、キツいっス! 骨が折れて筋繊維がブチブチ千切れていくのが分かるっス! で、でもこれが最後の希望っス!)
クロエの後方でチャージの完了した浮遊要塞機甲亀の主砲から直径五十センチほどのレーザー砲が放たれる。クロエがせめてもと盾にした射線上にある頑丈な柱をくり抜きながら極太の光線がクロエに迫る。
無数のマナ弾がクロエとすれ違う。軌道を曲げ、クロエの背後を隙間なく埋め尽くしたマナ弾は、レーザー砲に触れると同時に次々に《爆破》した。
◆
(防げてるのかっ?)
(大丈夫だよ。そのまま撃ち続けて)
(それにしても《爆破》をマナ弾に乗せて撃てるなんて)
(鼠がやってることは魔銃を構えてできる限り狙いを定めて撃ってるだけだけどね。ほぼ直線でよかったよ。これでマナ弾を何度も曲げなきゃいけないとかだったら今のわたしじゃキャパオーバーだった)
(あと気分がすごく悪いんだけど)
(マナを急速に消費してる反動だよ。さっきのミユのアサルトライフル並みに連射してる上に、威力を抑えてるとはいえ《爆破》も乗せてるからね。……あ、もういいかな。防ぎきったみたい)
(……視界がふらふらしてるんだけど)
(マナを三分の一くらい一気に消費したからね。助けるって決めたのは鼠なんだから我慢して)
揺れる視界の中、鼠はなるべく足の裏の地面を感じながら駆ける。
そして逆方向からこちらへ駆けてきていた、全身をぴっちりした補助スーツに覆われている女の子が、会話可能な距離まで近づく。死にそうな顔でゲイルに問いかけた。
「た、助かったっスか?」
「もう大丈夫だッ! その辺の部屋に隠れろッ!」
女の子とゲイルが短い会話を交わし、すれ違う。事前に相談していた通りゲイルラバーズの一人が安全確保も含めて女の子に付きそうために反転し、女の子を抱きかかえながら道を戻って行った。
「主砲はミユの指示でかわすぞ。他は障害物を立てにして回避しつつ、なるべくマザーの小型ミサイルを撃ち落としてくれ。《風鎧》を使うから多少の被弾は問題ないが流石に直撃を何度も食らうときつい」
ゲイルラバーズ全員がゲイルの言葉に頷く。
(僕はなにをしたらいいんだ? 迎撃でいいのか?)
(基本はそれでいいんじゃないかな。でもゲイルがまずそうだったら、ラスたちで倒そう)
(倒せるのか? いや、わかった)
「鼠もそれでいいか?」
「あぁ、モタモタしてたら僕が倒すからな」
「……ハッ、言うじゃねェか」
頬を歪めて笑ったゲイルは光学機甲大剣ハスティーナGS-R-IVを構え直す。そして鍔のすぐ下の柄部分をひねった。
刃に沿って配置されている開口部がごく薄く開かれる。そして装填されているエネルギーシリンダーからエネルギーを得て、光学式の刃が大剣の刃部分を覆った。
「なら俺も全力だぜッ! 《魔纏》×《烈風》――《風鎧》ッ!」