ゲイルラバーズと未踏破エリア再訪
「……それでは、依頼内容は上層モンスターと相対した時の護衛義務、期限は未来遺物を持ち帰る、あるいはそれに失敗してギルドに戻ってくるまで、報酬は護衛が収集した未来遺物の六割、ということでよろしいですか?」
「はい。……なにか問題がありますか?」
「……いえ、上層で探索をするなら大丈夫でしょう。確かに受理しました。そしてゲイルさん達がこちらを受けると?」
「あぁ、パーティ登録はしてあるよな?」
「はい。それではパーティ『ゲイルラバーズ』……がこちらの依頼を受けるということで……はい。確かに処理いたしました」
金髪のゲイルのパーティ名を見た若い女性のギルド職員があきれ顔をしたが、処理自体は滞りなく進めてくれたらしく、あっという間に護衛契約が成立した。
ダンジョンへ向かおうとする鼠が、ゲイルが来ないことを不思議に思って振り返ると、ゲイルはカウンターに身を乗り出して職員のお姉さんを口説いていた。
「よかったらお姉さんもパーティに入るか? 事務とか経理をやってくれる裏方も募集中だぜ?」
「お断りします」
素っ気なく断られているゲイルのイヤリングをパーティの女性の一人が引っ張って、ゲイルをカウンターから引きはがす。
(あはは……すごいな。そんなに悪い人でもないのかな?」
(今のところはそうみたいだね)
(……ラスもああいう風に口説かれたりするのが嬉しかったりするの?)
(ラスには恋愛感情はないけど、悪い気はしないかも……? 鼠も試してみる?)
(違うって。興味があっただけ)
揶揄うように上目遣いでにししと笑うラスから目を離すと、ギルド職員の女性から引き剥がされたゲイルがようやく鼠の傍までやってきた。痛そうに右耳をさすっている。
「なにしてんだ? 先に潜っていったパーティもいる。早く行こうぜ」
「お前が言うな」
◆
未踏破区域までは警戒しながら歩いて二時間半くらいだ。しかし先を歩くゲイルが女性と雑談しながらすたすたと進んでいるので、一人で行った時よりは早く着きそうなペースだと鼠は感じた。
「それにしても、ゲイルは強いんだな」
「あ? あぁ、この辺なら問題ないな。この俺の」
鼠に反応して顔だけ振りむいたゲイルは、そう言いながら背中の機甲大剣を親指で指し示す。
「光学機甲大剣ハスティーナGS-R-IVの機能を使うまでもねェ。エネルギーシリンダーは節約してェからな」
「へぇ……」
半光学式と言われて鼠はマジマジと大剣を観察する。刃に近い部分になにやら開きそうな可動部があった。また剣身の柄に近い部分にハスティーナGS-R-IVと刻印されていた。
「まァ、未来遺物をあんだけ持ち帰ったんだ。お前も買えるんじゃないか? ……その身体じゃ使えねェか!」
そう言って手を叩いて笑うゲイルに少しイラっとする鼠だったが、自分の身体を見下ろしてゲイルの言うことももっともだとため息をつく。細い腕に痩せこけた身体。ゲイルの大剣よりも低い身長。
「とはいえ、《魔纏》を取ってれば無理でもねェか。答えたくなけりゃいいが、お前レベルいくつだ? どれくらい戦えんだ?」
(……ラス、答えていいのか? そもそも《魔纏》ってなんだ?)
(《魔纏》はマナで身体を覆う汎用魔法のことだよ。応用で武器や乗り物にも拡張できる。身体能力や防御力・攻撃力が上がったりする。汎用魔法っていうのは鼠の《爆破》みたいな固有魔法とは違っていくらでも取得可能な魔法。それでなにを答えていいかだけど、《魔纏》は持ってないことと、それでも上層の浅いエリアなら問題なく戦えることくらいは教えてもいいかな)
(……いや、ちょっと待て。《爆破》が固有魔法ってどういうことだ? 他の、例えば時空魔法やら闇魔法やらは覚えられないってことか?)
(正解! さすが鼠くん!)
(うざ……まじか……)
(どっちにせよあの場では《爆破》を習得するしかなかったでしょ)
それはそうだけど、と未練を残しながらも鼠は気持ちを切り替える。鼠が考えるフリをしながらラスに相談している間、待ってくれていたゲイルに顔を上げる。
「レベルは秘密だ。《魔纏》は持ってない。だけど上層の浅いエリアのモンスター相手なら問題なく戦える」
「あ? なんだそりゃ。そんな格好と装備で装甲ゴブリン相手は問題ない? ……だがこの道ならモンスターと遭遇しないわけがねェな」
ゲイルは少し考えて眉をひそめた。ゲイルは浮浪児が運よくモンスターに出会わずに行って帰って来れるような浅い部分に、ダンジョンの変容によって未踏破区域が出現したのかと考えていた。しかしすでに三十分は歩いており、何匹も装甲ゴブリンを屠っている。
非力な浮浪児に擬態している身体換装者か……? と振り返って鼠に不審げな視線を投げる。しかしゲイルの目には生身に見える。
「……ま、能力次第じゃそういうこともあるか。他の冒険者の能力をしつこく聞くのもな」
深く追求することはなく、ゲイルは肩を竦めてまた正面に向き直った。
◆
『ゲイルラバーズ』の索敵を担当しているミユという女性が情報機器に反応を見つける。
「ゲイル、二十メートル先の部屋の中に装甲ゴブリンが三匹いるわ。……うち一匹はレア個体ね。多分銃器を持ってる」
「了解だ。装甲ゴブリンのレア個体じゃ期待できねェが、モノによっちゃ高く売れるかもなァ」
声を落としながらゲイルはそう言うと、背中のハスティーナGS-R-IVを身体の前で構える。他の女性たちもそれぞれ銃を構えた。
ミユが示した部屋にゆっくりと近づいていき、破れた大窓からゲイルが中を覗き込む。
「……」
無言でゲイルが手を振る。ククリと呼ばれていた女性がゲイルを追い越して窓の方へ散弾銃を構えた。そこで「ギェアッ?」という装甲ゴブリンたちの慌てた声が聞こえてきた。
「遅いぜ」
ゲイルの呟きと共にククリの散弾銃が火を噴く。実弾銃であるそれは先に細かい金属の弾丸を吐き出し、直後に大粒のスラッグ弾を発射する。
爆発音が聞こえた。ククリの散弾銃は通常のスラッグ弾の代わりに炸裂弾を装填している。モンスターと対峙した時の初撃で、ある程度の被害をモンスターに押し付けるための装備だ。
「グガァッ!」
しかし装甲ゴブリンは今ククリが使用しているような地上素材の安い弾丸では、死亡するようなダメージは受けない。生体部分に散弾が食い込んで動きが鈍っているものの、剥き出しの殺意に衰えはない。
「充分だぜェ!」
ゲイルが大窓を跳び越えて荒れ果てた部屋に踏み込む。爆発の煙が薄れて姿を現した装甲ゴブリンの一匹に、両手で握った機甲大剣を振るう。装甲ゴブリンは鉄屑を集めて固めたような棍棒でそれを受け止めようとした。
しかし、地上素材の武器なら受け止められるその棍棒は、あっさりと切断された。同時に装甲をもお構いなしにその身体を斜めに真っ二つにする。
次の瞬間、死体となった装甲ゴブリンの背後から、無数の光弾が飛んできた。ゲイルは舌打ちをして大剣の腹で受ける。光弾を放っているのは、装甲ゴブリンが手にしているアサルトライフルのような光学銃だった。
「ちっ、動けねェ……」
大剣を銃器を持つ装甲ゴブリンがいる右に向けているゲイルは、左側で棍棒を振りかぶる最後の一匹の装甲ゴブリンに対処できなかった。
「ミユッ!」
「大丈夫よ」
ゲイルの次にいい装備を与えられているミユがランク3相当のアサルトライフルを構える。放たれた無数のランク2相当の実弾は装甲にヒビを入れ、生体部分を貫いた。
情けない悲鳴を上げながら倒れていく装甲ゴブリンを見て笑みを漏らしたゲイルは、大剣を掲げたまま銃器を持つレア個体に突っ込んでいく。
「愛してるぜミユッ!」
「はいはい」
光弾を腹で受けている大剣をそのままレア個体にタックルをし、勢いよく壁に叩きつける。衝撃でトリガーから指が離れた装甲ゴブリンのレア個体を、ゲイルは振りかぶった大剣で一刀両断にした。
◆
「んー、使えねェな。認証でもあんのか?」
「ダンジョン産の武器では珍しくもないでしょ」
レア個体が持っていた光学銃を回収し、トリガーを絞りながらぼやくゲイルを、ミユがたしなめている。
鼠は倒された装甲ゴブリンを見て感嘆していた。
(やっぱりすごいな。ダンジョン素材の大剣っていうのは)
(ミユの実銃もなかなかだけど、あの大剣だけ格が違うね。ところでミユのアサルトライフルはナイアーラ社製だよ。気づいた?)
(そうなのか。実銃も出してるんだな。ところでミユさん、めちゃめちゃ連射してたけど、僕の魔銃でも同じことができるのか?)
鼠は装甲が砕け、生体部分を穴だらけにして横たわっている装甲ゴブリンの死体を見下ろしてラスに聞く。凄まじい破壊力だ。
(できないことはないよ)
(え? ハンドガンだぞ?)
聞いたはいいものの無理だと思っていた鼠はその返答に驚いた。
(ラスのサポートがなきゃできないけどね! でもこの銃でやるとマナを大量に消費するし、無駄弾が多いからやらない。急所に一撃で仕留められればそれでいいのに、今回のミユの銃撃の九十五%は無駄弾だから)
(無駄弾っていうのは、ラス基準だよな?)
(うん。同じレベル帯の冒険者と比べれば、ミユの射撃の腕はまぁまぁじゃないのかな? ミユは索敵が本職みたいだし、それを踏まえれば良い方だと言えるかもね)
ミユはレベル3、他の女性たちはレベル2だと話している時に聞いた。ゲイルたちは比較的情報開示に抵抗がないらしい。『ゲイルラバーズ』の基本的な戦闘スタイルはゲイルが前衛、他の女性たち全員が後方からの支援である。
一般的なパーティの戦い方と比べるとかなりバランスが悪いが、女を危ない目に遭わせたくないというゲイルの性格からこの方針になったらしい。
◆
光学銃だけを回収してその場を後にした『ゲイルラバーズ』と鼠は、その後も滞りなく未踏破区域までの道を進んでいった。レア個体も出現せず、ゲイルが大剣でばっさばっさと斬り倒していく。
倒した装甲ゴブリンの死体は未来遺物を回収する余地をなるべく大きくするため、放置したままだ。
そして未踏破区域への入口がある部屋に辿り着いた。入口の隠し扉は閉めることができなかったため開きっぱなしである。
「おォ、すげェ!」
鼠が指さした壁の亀裂からのぞく品物の数々を見て、ゲイルが喜色を満面に表している。ゲイルにとって初めて見る未踏破区域は一瞬我を忘れさせるような魅力を放っていた。鼠が持ち出せるだけ持ち出したのでかなり減ってはいるが、それでも半分以上は残っている。
「落ち着いて。力体探知と熱源探知にひっかかってるものが多数ある。未来遺物らしきものは問題ないんだけど、モンスターの死骸もあるみたい。鼠は前ここに来た時、光学銃を撃って来たり光学爪を使ってくるような敵を倒した?」
「えっ……とすいません、分からないです。三体倒して、一匹は榴弾系でしたが、あとの二匹は攻撃される前に倒したので」
「……そう。反応は十個以上ある。他の冒険者が倒したのね」
敵の武装もわからないまま倒す。つまり先制攻撃をして反撃を許さずに倒すということだ。ミユは鼠の評価を一段階引き上げた。
ミユは腰に付けた情報収集機器から送られた情報をコンタクトレンズ型モニターで見ている。
「……近くにはいないみたい。近場の未来遺物を取らずに奥に進んだ? ……奥の方がいいものがあることは珍しくないけど、珍しいわね」
(……ラス、冒険者は探知できるか?)
(マナの痕跡から奥の方へ向かってるのは間違いないかな。でも少し距離があるから具体的にどこにいるのはわからない)
(なるほど。力体探知ってなんだ?)
(光学銃とかで使うエネルギーを探知してるんだよ。ゲイルの大剣で使うエネルギーシリンダーとかもそれを使ってる)
(ラスはそれを探知できないんだっけ?)
(そうだね。だから今回手に入るお金で防具と情報収集機器を絶対買うよ! マナで情報を出力してくれる情報収集機器が買えれば最高!)
(お、おう……わかった)
少し思案したミユはゲイルに提案する。
「先に来たパーティがなにを考えていたかはわからないけど、わざわざ危険を冒す必要はないわ。この辺で回収して帰りましょう」
「あ、あァ、そうだな」
未踏破区域を前にしてうっとりとしていたゲイルが我に返ったように答える。鼠はそれを聞いてゲイルが見つめていた未来のコンビニを指さした。
「それなら、あそこのコンビニはどうですか? まだ未来遺物残ってたと思います」
ミユがこめかみに手を当てる。虚空を見つめ、正確には情報収集機器から送られてきた情報を見て、それでいいんじゃないかしらと答える。
「ほら、ゲイルもしゃっきりしなさい!」
感激が抜けきらないようで、また呆然としていたゲイルの背中を叩き、ミユは先に進む。
「お、わりィわりィ。にしてもここはなんだ? 駅ビルの中って感じか?」
ゲイルも続く。他の女性冒険者たちも後に続き、鼠も未踏破区域に足を踏み入れる。
(……先に言っておくけど、近くではないよ。だけど、警戒して)
(ッ! なにかあったのか?)
(冒険者が奥から走って来てる。なにかから逃げてる……? かなり必死みたい)