未来遺物と護衛依頼
しかしダンジョンは、モンスターは、鼠が未踏破区域を見つけた感動に浸っていようがおかまいなしにその命を奪いにかかる。
そこかしこに金属片や鉄屑のようなものが転がっている。人が四人ほど並んで歩ける広めの通路のようだった。ところどころ崩れている壁は、その向こうの部屋を僅かに覗かせている。その中にどのようなものがあるかは、遠くて鼠にはよく見えない。
ラスはマナが漏れ出ていた扉の左下部分、次いで資料室側の壁を焦がす爆発痕に目をやる。
(なるほど、これのせいで扉が少し歪んだのかな。それでマナが……ってあっ)
視線を未踏破区域の方に戻したラスが急に叫び声を上げる。鼠がラスの方を向こうとするが、その行動を阻止するかのようにラスの言葉が被せられた。
(前方に《爆破》ッ! 全力ッッ!!!)
その剣幕に反射的に左腕が前に突き出される。
「《爆破》ッ!!!」
直後、左手の先から前方へ爆発が起こる。最初に装甲ゴブリンを倒した時よりかなり絞られた威力だったが、それは飛来していたなにかに当たり、誘爆を引き起こした。
(隠れて! 早く!)
爆発が視界を覆う中、ラスの指示が響き渡る。鼠は横へ跳ね飛び、開いた扉の横で身を隠して荒い息を吐く。
(なんだったんだ今の? どこにも魔物なんて)
(いや、いたよ。装甲ゴブリンほど大きくなかったけどね。それとゴメン、一つ言い忘れてたことがあった)
(な、なんだよ?)
(私はマナが見える。でもマナを保有しているのは、生物だけ)
(つ、つまり?)
(生体部分のない完全機械系のモンスターは動かない限り、私は気が付けない。今は発射の準備でモンスターが動いたから気がつけた。周りのマナの流れが変わるからね)
(な、なるほど。それで今はどうなってるんだ? 顔を出してのぞいてもいいのか?)
(……本当は鼠の訓練にならないからあまりやりたくないんだけど、ナイアーラMHG-BE-Iの銃口だけ壁から出して、未踏破区域に向けて三発撃って)
(わかった)
鼠は壁から銃口だけを出して未踏破区域へ向け、見もせずに引き金を三回絞る。直後に爆発音が一回とバキッという破砕音が二回聞こえ、扉の前で奥を睨んでいたラスが、小さく息を吐いて笑顔を鼠に向けた。
(もう出て来ていいよ。でも注意を怠らないでね)
鼠は恐る恐る壁から片目だけを出し、通路を覗き込む。大きな爆発の痕が一か所あった。
(あそこを見て)
爆発痕の手前に機械で出来たようなカメが一匹、腹を撃ち抜かれて地に伏している。爆発痕の奥の方にももう一匹いた。二匹とも大きさは直径二十センチほどだ。
(あいつが?)
(そう。浮遊要塞機械亀・ベイビー。個体ごとにマナ弾以外の様々な弾丸を放ってくる)
(フロート? 浮いてなかったけど……)
(ベイビーはあまり浮けない)
(なるほど。それとベイビーってことはもしかして……)
(うーん。上位種もいるかもね、成体とかマザーとか。中層浅部のモンスターなら上層奥部に出て来てもおかしくないし。成体は全長五メートルの戦車くらい、マザーは体長二十メートルくらいの大きさだったかな)
(わかった。まぁその大きさなら見てすぐわかるだろ)
(まぁでも、そいつらと戦う必要はないみたいだよ)
(え?)
通路をふよふよと漂っていったラスは崩れた壁の隙間から中を覗き込んだ。ちょいちょいと手招きをされて鼠が近づいていく。驚きの声を上げる。
「うわっ」
壁の向こうは七メートル四方程度の小さな部屋であり、数多くの棚には様々な商品が手つかずの状態で並んでいた。
「なんだろう。化粧品みたいなものに、雑誌、食料品もある? コンビニかな?」
(それに近いものなんだろうね。今日はここにあるものを持ち出せるだけ持ち出すよ)
◆
「買い取り……査定? お願いします」
時刻にして二十三時、カウンターに座っていた買い取り担当の女性ギルド員ミズキは、夜勤シフトに内心で呪詛を吐きながら眠い目を擦っていた。今日が夜勤シフト一日目であり、本当は昼から夜に備えて寝なければいけなかったのだが、ついつい女友達と遊びに行ってしまったのである。
さすが二十三時にもなると買い取りカウンターに来る冒険者もほとんどいなくなる。気を抜けば本当に寝落ちしてしまいそうだった。
そんなミズキだったが、いきなり目の前に置かれたレジ袋に胡乱気な視線を向ける。面倒くささを押し殺して愛想よく挨拶しようとした矢先に、二つ三つとカウンターの上に並べられていく。袋の上にも何袋か重ねて置かれ、合計十袋のレジ袋が全て未来遺物でいっぱいになっていることに気がつくとミズキは唖然としてしまった。
ミズキは思わず持ってきた人物と未来遺物とを見比べた。
ボロボロのコートから僅かに見える銃。武器といえばそれくらいであり、防具のようなものは一切身に着けていない。明らかに浮浪児とわかる身なりであり、更に言うと少しすえたような臭いがする。
ミズキは最初、少年が荷物持ちとして雇われたのにもかかわらず、預かった荷物を持ち逃げしてきたのではないかと考えた。
しかしそれにしてはレジ袋というのがおかしい。未来世界のレジ袋は確かに薄い上に耐久性に優れていて便利ではある。しかし手が塞がる、という冒険者にとっての最大の欠点があること、手に持つような袋にしてもより廉価な改良版が出回っていることから、使っている冒険者は皆無と言っていい。
また、中層に挑むような冒険者であれば、その利便性から次元収納袋を買うものだ。
レジ袋で買取所に未来遺物を持ち帰るなど、幸運にもスーパーやコンビニなどレジ袋が置かれている未探索の店を見つけたときぐらいしか思いつかないが……。
完全に覚醒した頭で瞬時に思考を巡らせるミズキだったが、鼠の言葉に我に返る。
「あの、これをここに置いたままもう一度探索に行ってもいいでしょうか?」
確定だ、とミズキは思った。未踏破区域だ。このろくに装備もないような少年が、行って帰って来れるような場所で未踏破区域が見つかったのだ。
今、この未来遺物を持ち帰ったことで、明日には未踏破区域が存在することが知れ渡る。それまでになるべく多くを持ち帰るつもりなのだ。そうミズキは結論付けた。
すでにたまたま夜遅くにダンジョンから帰って来てこの状況に出くわした数個のパーティのうち一つは、頷き合った後にダンジョンへと引き返している。探索は早い者勝ちだ。少年の移動経路を追えるだけの観測機器や魔法を含めた能力があれば、未踏破区域に辿り着くことはそう難しくないだろう。
その数個のパーティのうちの一つから、ぴっちりした薄手の補助スーツをまとった薄着の少女が観測機器を手に少年の背後に忍び寄ってきた。防護服を着ていないのは探索で破れたのかもしれない。
近くまで来ると鼻をぴくつかせて顔を僅かに歪めたあと、観測機器を突き出す。臭跡を追うために機器に覚えさせているのだろう。マナーがいいとはいえないが、わざわざギルド職員が口を出すほどのことでもない。
三つのパーティの最後の一つは何やら真剣に話し合いながら少年の方をちらちらと見ている。今の発言が聞こえたなら、この少年の後を追った方がいいなどと相談しているのかもしれない。
ミズキは素早く脳を回転させた。ギルド職員は国家公務員であり、冒険者上がりでもない限り基本的にはエリートの仕事である。そして優秀なパーティや冒険者に専属職員として指名されれば給料は跳ね上がる。
ミズキは少年を見定める。自分が唾をつけるに値する冒険者なのかを。果たしてダンジョンの変容で現れた未踏破区域を偶然最初に見つけた幸運者か、それとも他の人物では発見できない未踏破区域を探し出せる実力者なのか。
中層以下を探索する実力者は上層を隅々まで探索したりしない。それはギルドもだ。初心者への最低限の支援として照明くらいは張り巡らせているが、それすら端の方では放置されている部分もある。
初心者冒険者には見つけられないが、そうした実力者が探せばあっさり見つかるような未踏破区域が上層に現れていた、ということも十分考えられる。ただし、その場合はこの少年が中層以降の探索能力を持つということになるが……。
(どちらにしても、今できることはない、か)
ミズキは判断を一度棚上げにした。もう一度探索に行きたいとのことだが、そこで死んでしまう可能性もある。
「かしこまりました。それではお預かりして査定の方を進めさせていただきます」
「よろしくおねがいします」
◆
鼠がダンジョン入り口の受付へ向かおうとすると、背後から呼び止める声がした。
「よォ、ちょっと待てよ、お前、未踏破区域を見つけたのか?」
声は男性のものだった。鼠はゆっくりと振り向く。五人の女性冒険者を従えて、大柄な男が一人、鼠を見下ろしていた。おそらく地毛ではない金髪を逆立てて、サロンで焼いたような肌色をしている。耳には大きなピアスをつけ、背中には機甲大剣を背負っていた。黒いライダースジャケットにデニムパンツを合わせているが、袖口から僅かに薄手の補助インナーが見えた。
鼠がなんと答えたらいいか迷っていると、金髪の男は鼻で笑って続けた。
「まァ、その格好でその量の未来遺物はそれしかねェだろ。取引だ。俺らを連れていけ。俺達が持ち帰った遺物の四割をお前にやる。それとまぁ、お前の護衛もしてやる。今回はたまたま魔物に会わずに済んだみたいだが、次もそう上手くいくとは限らないだろ?」
男は鼠がモンスターを倒さずに未来遺物を見つけて運んできたと思っているらしかった。
(どうする、ラス?)
(うーん、断っても付いてくるのは止められないしなぁ)
ダンジョン内では無法。もし金髪男のパーティが鼠を追うつもりであれば、鼠は金髪男たちを実力で排除しなければいけない。しかし、ラス曰くそれは難しそうだとのこと。
(一人二人ならなんとかなっても六人はね。……それにマナの感じからして男はレベル4、そろそろ中層で探索を始めてもおかしくないレベルだし)
(レベル4……世界最高はレベル12だったっけ?)
(そう。日本最高は11。まぁ金髪男以外はいくらかレベルが下がるみたいだけど、それにしても六人は無理かな)
鼠とラスが念話で相談してると、金髪男が懸念を察したのか表情を和らげた。
「怪しいか。まぁそうだよな。ならギルドを介した正式な依頼にしてもいいぜ。あぁ、冒険者を始めたばかりなら、ギルドを介すことの意味が分からないか?」
ダンジョンは無法と言えども、それが公に認められているわけではない。監視の目などないから、実質無法というだけである。
またその入り口はギルドに管理されている。ギルドは登録されている冒険者の依頼達成率や過去の遺物持ち込み履歴、あれば犯罪歴なども閲覧することが出来る。よほどの場合はダンジョンへの立ち入りを拒否可能だ。また、高レベル冒険者とも契約をしており、無法な行いが発覚した冒険者を狩ることもある。
ギルドを介して結ばれた契約は冒険者にとって非常に重い意味を持つ。安易に破ることは死を意味する。ギルドの存在は実質無法のダンジョンにおいて、一定の秩序をもたらしている。
その辺りのことを金髪男は鼠に説明する。
「それで、どうだ?」
(……ラスはマナの流れから相手の感情がわかるんだよな? どうなんだ?)
(……意外なことに、嘘は言ってないみたいだね。こっちを陥れようとしてるとか、そういう感情は見えない)
「……一応聞くけど、それでそっちにどんなメリットがあるんだ?」
「はぁ? 上層の未来遺物は取り尽くされてるんだ。四割をお前に渡したって十分利益が出る。なに言ってんだ?」
「そ、そうか。わかった。それじゃあ護衛依頼を出す。どうすればいいんだ?」
「よーし。依頼はあっちのカウンターだ。これで中層に行く装備が揃いそうだぜ」