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魔銃と回復薬

 なにから言えばいいのかわからずまごついた鼠だったが、店主の鋭い視線に射竦められ、なにか言わないと、と率直に用件を口に出す。

「武器が……魔銃がほしい」

「あぁ? そこらにあんだろうが。勝手に見やがれ。だがテメー、金はあんのか? 盗んだ金だろうがなんだろうが構わねぇがな。なけりゃ話にならねーぜ」

「金はない。だから……しゅ、出世払いにしてほしい」

 

 一瞬言葉に詰まった銀腕の店主は、しかし大口を開けて笑い出した。

「フ、ハ、ハハハハハァハハハ!!!! しゅ、出世払い? 他のクソガキ連中にそこの路地奥の寝床を取られて、泣きべそかきながらどっかに消えてったガキが、出世払いだと?」 

 

「……ッ、なんで知って……」

 これが鼠がこの店に近づきたくなかった理由だった。およそ半年前、二年間ほど住んでいた路地裏の一角を数人の浮浪児グループに奪い取られたのだ。そのグループも他のグループとの競争に負けて、寝床に困っているような連中だった。数年もその場所が奪われなかったのは、そこには一人分の雨を凌げる場所しかなかったからだ。


「偶々見ただけだ。それよりアタシが片目と片腕を失うような間抜けだと思って舐めてんのか?」

 銀色の機械製の左腕が駆動し、カウンターに置いてあった分厚いガラス製の灰皿を上から鷲掴みに握る。次の瞬間、バキリという音共に分厚い灰皿は砕かれた。

 

「ムカつくぜ。アタシはテメーが大嫌いなんだ。見てたぜ? 奴らが来た時、テメーは少し小突かれただけで戦いもせずに逃げ出したよな? 何年もそこで寝てたくせによ」


 銀腕の店主は額に青筋を浮かべ、怒りに震えすらしている生身の右手で、吸っていた煙草を灰皿へ押し付けようとする。しかし自分が直前に砕いていたことを思い出し、舌打ちをしたあと煙草の先を右手で握り込んで消した。


 火の消えた煙草を灰皿のあった場所に放ると別の一本を口に咥える。火をつけて一口吸い、長く吐き出すと、やや落ち着いた声で言った。


「消えろ、ガキ。アタシは慈善家じゃねぇ。自分の居場所の為にすら戦えねぇやつに未来があるとは思えねぇ」


 そして銀腕の店主はもう視線すら寄こさず、煙草を吸い始める。煙草の匂いがより濃く店内に漂い、鼠の鼻腔をくすぐった。


 鼠は激しい動悸と共にフラッシュバックした記憶と戦っていた。あの記憶はひどく苦く、情けないものとして鼠の心の深いところに刻まれていた。

 それまで転々としていた寝床の中では一番長くいた場所だった。腹が減って死にそうなときも、得体のしれない病気にかかって苦しんでいる時も、色んな思い出があの場所にはある。


 とはいえ、ストリートチルドレンにとって力関係が変化すれば寝床や生活の場所を移すことは当たり前にあることだ。そういう意味では銀腕の店主が言うことは幾分的外れであり、路上生活を知らない綺麗事だとも言えた。


 しかし鼠は違和感を持つ。この聡明そうな女性店主がそのことを察することができないものだろうか。それに何年も僕のことを見ていた……? 

「もしかして、あの回復薬……?」


 得体のしれない病気にかかった時のことだった。ゴミを漁る路上生活ではままあることだ。本当にマズイものは食べないようにしていたが、運が悪かったのかもしれない。何度か意識を失ったり取り戻したりを繰り返したあと、気がついたら回復していた時があった。傍には半分に減った回復薬(ポーション)が置かれていた。メッセージのようなものは何もなかった。

 残った半分の回復薬(ポーション)はゴミなどを食べて具合が悪くなるたびに少しずつ飲んだ。しかし残り五分の一ほどになった時に、寝床と一緒に奪われた。


「……このビルはこの辺りじゃあ結構高ぇ。路地奥はよく見えるんだよ」

 そう呟くように言って煙を吐く銀腕の店主の姿が、滲んで歪む。鼠は目元を拭うと、ポケットにあった装甲ゴブリンの角骨を掴み、女性に向けて突き出した。

「これを……装甲ゴブリンの角骨です。僕が、倒しました」

 

 銀腕の店主が眼帯のない右目の視線を角骨に向ける。そして目を細めたあと、疑うような視線を鼠に向ける。

 装甲ゴブリンの角骨はもはや素材としての価値はほとんどない。なのでダンジョン近くや冒険者の住居近くのゴミ捨て場などで拾おうと思えば、それなりに時間はかかるが見つけることが出来る。


「お前が倒しただぁ……? ちったぁマシな嘘をつけ。装甲ゴブリンはモンスターの中では最弱クラスだが、テメェみてぇなガキに倒せるようなやつじゃねぇんだ」

「レベルアップしました。戦っている最中に。それで……魔法で」


 それを聞いて銀腕の店主は腕を組んで考える素振りを見せた。ありえない話ではないからだ。戦っている最中に吸収するマナはモンスターを倒したあとに比べればはるかに少ないとはいえ、普通に生活をしているよりはずっと多い。

 

 疑念の度合いが僅かに減少した店主に追い打ちをかけるように、鼠が言葉を畳みかける。

「疑うのであれば、見てください。僕の魔法を」

 鼠が掌を上に向けて、腕を突き出す。しかしそれを見て銀腕の店主は呆れたように息を長く吐いた。

「やめておけ。仮に本当だとして、魔法は冒険者にとっての切り札だ。おいそれと他人に見せるものじゃねぇ」


 見た目で分かる武装とは違い、魔法は格好を見ただけではわからない。そのため、冒険者同士で諍いが起きた場合、相手の魔法を知っているかどうかは大きく勝敗を左右する。知られていなければ初見殺しができるからだ。


 有名税のような形で名のある冒険者はその魔法の一部を広く知られてしまってはいるが、それほどの実力者であれば当然、表に出さない切り札を隠し持っていたりする。

 魔法は本来、よほど信頼している者にしか見せないものなのだ。


「……それを言わせるのは野暮ってものなんじゃないですか?」

 見ず知らずの浮浪児に回復薬(ポーション)を渡すような店主のことは信頼していることを、鼠も少し格好をつけて伝える。そしてラスに念じた。

(頼んだぞ)

(任せて♪)

 鼠の後ろから楽しそうな声が返ってくる。どこか嬉しそうでもある。


 嬉しそうにしているラスを鼠は少し怪訝に思いながらも、今は右手に集中する。体内のマナを送り込み、魔法を起動。

「《爆破》」

 手のひらから数センチ離れた虚空を起点として、天井へ向けて小規模な爆発が起こる。その爆発は天井に届くぎりぎりの高さで霧散し、建物には一切の傷や衝撃を与えなかった。

(おおー、すごい。ありがとう、ラス)

(これくらい余裕だよ。でも感謝は受け取っておこう)

(何様だよ……)


 鼠の《爆破》を見た銀腕の店主は内心で唸る。

(マジか。今のが全力って感じじゃねぇ。よく制御されてやがる。無駄もねぇ。話しぶりからするにレベルアップして魔法を覚えたのは最近なはず。それでコレなら……)

  

 銀腕の店主は闇に閉ざされていない右目で、ボロボロのネズミのような少年を見る。その少年はどこか怯えつつも、店主の瞳を見返している。これでダメならどうしようもないと覚悟を決めつつ、必死に瞳で訴えているように見える。 


 そして、少年の全身から発されているマナは、奇妙なほどにその訴えに説得力を与えていた。全てのマナが店主の女性に向けられているようで、それが圧力となって熱風のように銀腕の店主の肌を押す。


 だが、銀腕の店主はそれだけでは動かない。この程度の実力者は今までに何人も見た。いくら才能があろうとも死ぬときは死ぬ。だから銀腕の店主の心を動かしたのは、少年の才能でも能力でもなかった。


(……あぁ、こいつは今、自分の人生を変えるために戦ってるのか)

 戦っている最中にレベルアップして魔法を覚えたと言った。ならばこいつはレベル0の状態でダンジョンに潜り、おそらくは死を覚悟したうえで装甲ゴブリンと戦ったのだ。

(そして今、人生を切り開くために必要な武器を、わたしに求めている)

 銀腕の店主は少年の戦う意思を感じ取った。

 

「……わかった、いいぜ。魔銃だったな」

 少年の顔が明るく輝き、激しく頭を上下に降る。その年相な態度を可愛いなと思いつつ、銀腕の店主はカウンターを出た。魔銃やそのカスタムパーツが並べられている一角に来ると、そのうち一丁のハンドガンとそばに掛かっているガンベルト一本を手に取る。


「ナイアーラMHG-BE-I。魔銃を多く製造しているナイアーラ社のレベル1冒険者向けビギナーモデルだ。癖がなく、上位モデルや他社の魔銃に乗り換えてもスムーズに慣れることが出来る。初心者向け装備のお手本のような魔銃だ」


 説明をしながらカウンターに戻ると、尻尾を振っている犬のような少年が待っていた。さっきの悲壮な覚悟を決めた少年とはまるで別人のようだ。案外感情表現が豊かな方なのかもしれない。


「ほらよ。いきなりいい武器を渡したりはしねーぞ。上流階級のガキじゃねぇんだからな」


 安全装置がかかっていることを確認すると、鼠に渡す。鼠は大袈裟に両手で受け取り、何度もお辞儀をした。ナイアーラMHG-BE-Iに視線を落とし、食い入るように見つめる。

 

 現在の上流階級は企業を所有していたり、人類の生存圏の中に巨大な土地を所有していたり、一応存続している政府の上官だったりする連中である。彼らのように金にものを言わせていい武器を揃えれば、ロクな戦闘経験がなかったとしても中層や深層に到達することは可能だ。死線をくぐらないことで本人の判断力や戦闘技術が向上しにくいという点はあるが、多くの場合においてその差すらも良い装備は埋め合わせることが出来る。


 しかし銀腕の店主はそこまでするつもりはない。魔銃は高価だ。三種の銃の中では最も高価で、同クラスであれば最も安価な実銃のおよそ三倍の値段がする。とはいえ実銃の弾丸や、光線銃のエネルギーシリンダーのような消耗品がないため、数カ月も使えば元が取れるが。

 武器屋の店主として一人の人間に肩入れしすぎるのは、信頼に関わる。三十万近くする魔銃を一丁、出世払いと言っているとはいえ渡すのも、グレーどころかほぼアウトなのだ。

 

 ナイアーラMHG-BE-Iを受け取った鼠はお礼をいい、出世払いを約束して店を出て行こうとした。

「おい! テメェ名前はなんて言うんだ!」

 スキップでもし出しそうな少年に後ろから怒鳴る。少年はニマニマとした気色の悪い顔で振り返った。

「名前は鼠です。今日決めました」

「……そうか。いい名前だと思うぜ。アタシはルイナ。紅鷹ルイナだ。まずはダンジョンから生きて帰れよ」

「……ハイ!」


 おもちゃを買って貰った子供のように全身から幸せオーラを漂わせながら店を出て行く鼠を、銀腕のルイナは苦笑しながら見送った。

 

 ◆


(……あの店主に銃を貰ったことを他の人にバレちゃダメだからね?)

(ん? ……ああ、他の浮浪児にたかられても困るからか。わかった)

 嬉しさのあまりスキップでもし出しそうな鼠にラスは釘を刺す。腰に巻かれたガンベルトは膝近くまであるコートで隠れている。元は大人の腰丈までのジャケットなのだが、小柄な鼠が着るとそうなってしまう。


 あちこち穴が空いていたり破れていたりするのでちらちら見えてしまってはいるのだが、銃もベルトも光沢のないマットな黒色だったので、それほど目立たないのが幸いだった。

(こんな良いものを持ってるなんてバレたら、寝ている間に奪われかねないしな)

(……あれ? それって今日も外で寝る前提になってない?)

 

 ラスに指摘され、鼠は心が沸き立つのを感じた。

(そうか。必ずダンジョンからなにかを持ち帰ってやる。それで、今日は絶対にホテルのベッドで寝るんだ!)

 時間は宵。ほとんど日は落ち切っている。今からダンジョンに潜れば確実に日を跨ぐだろうが、装甲ゴブリンにやられて数時間寝てたせいで眠気は問題ない。

 鼠は駆け出しそうになる気持ちを抑えて、東京中央ダンジョンへと足早に向かう。

 

 少し歩いた後、早足を緩めることなくダンジョンへ向かいながら、鼠はラスに話しかける。

(それにしても、色んな武器があったな)

(ね。ヌンチャクなんて誰が使うんだろ?)

 ラスは鼠の前の宙を漂いながら、けらけらと笑う。


(装甲ゴブリンくらいの大きさの銃もあったけど、それよりすごかったのはあの斧だな)

 鼠はカウンターの中、銀腕のルイナからすぐに手の届く場所の壁に立て掛けられていた、機械式の巨大な両刃斧のことを思い出す。

 

(あれは多分店の中にあったもので一番高いだろうねー、使い込んだ痕もあったし、本人の魔法や戦闘スタイルに合わせたオーダーメイドなんだろうね。……いや、販売店みたいな感じじゃなくて工房って書いてもあったし、自分で作ったのかも?)

(オーダーメイドか……自分で作るのは無理そうだけど、一点物は僕もいずれほしいな)

(勿論。あのダンジョンを攻略するには、それくらいは強くなってくれないと)


 何気なく発されたようなラスの言葉だったが、鼠に緊張が走る。契約はラスにドブネズミのような生活から抜け出すための力を貸してもらう代わりに、ダンジョン攻略に人生を捧げること。

 真顔になってしまった鼠を見て、ラスはけらけらと笑う。

(ごめんごめん! そこまで深く考えなくていいよ! 少しずつ強くなっていけばいいから!)


 鼠はニマニマしてた顔から真顔への落差がおかしかったのか、腹を抱えて笑うラスを嫌そうに見てから話題を銀腕工房に戻す。

(……ルイナさん、元々冒険者だったのかな?)

(だろうね。マナの感じとかすごかったよ。誇張なしに本来の鼠の百倍すごい)

(……今後に期待しておいてくれ)

(もちろん!)


 少女は励ますように微笑む。ふよふよと自分の前を漂う少女に目線を向ける人はいない。鼠は今更ながらに他の人には見えないんだなと思った。


(そういえば、なんであの店にしたんだ? 結果的に店主が僕を知ってるルイナさんで良かったけど)

(人が無意識に発してるマナには感情が乗るからね。入ってもらった武器屋の店員の中で彼女だけが激しく反応したんだ。一番浮浪児に同情的な人がいるところにしようかと思ってたけど、想定以上に深い感情を持ってた人がいてラスも驚いたよ!)

(だから最初は店に入って歩き回るだけだったのか)

(うん。でも思ったよりサポートが必要なかったね。鼠から無意識に発されるマナをいじったりはしたけど。予想以上に性能のいいキャ……話せる人たったから嬉しかったよ♪)

(……なにを言おうとしたのかはさておき、回復薬にこの銃に……恩返しをしなきゃな)

(ルイナさんも言ってたけど、そのためには絶対に生きて帰らないとね)


 話しながら歩いていると鼠はふと銀腕工房に置かれていた一本の短剣のことを思い出した。他の商品と同じように並べられていたその短剣は不思議と鼠の目に魅力的に映った。

 するとラスが鼠のその思念を読み取る。

(短剣なんか絶対ダメだよ。今の鼠の装備で近距離まで近づかれたら死体になる一歩手前なんだから。マナあまり関係ないからラスじゃほとんど手助けできないし)

(わかってる。でも短剣にはなんだかロマンを感じちゃうんだよね)


 裏路地から覗く冒険者パーティ、その中にいる自分達と似たような格好をした斥候(スカウト)に対する憧れを鼠は持っていた。鼠が短剣を手にした時にダンジョン探索を決意したのはその影響もある。


 話しているうちに鼠は冒険者管理機関(ギルド)の東京中央支部に到着する。探索を終えた冒険者がぞろぞろと出てくる中を不審気に見られながらも逆行していった。


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