表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

戦果と銀腕工房

 目を覚ますと知らない白い天井だった。

 顔だけを動かして周囲を見渡すと簡素なベッドが並んでおり、補助服や防護服を着込んでいない比較的貧弱な装備の冒険者が数人寝させられている。意識はなさそうだが、見た感じ外傷はないので、治療のあとなのかもしれない。


 自分の身体も良くなっているかもしれない、と装甲(アーマード)ゴブリンの殴打を受けた左のこめかみに手を当てるとやはり傷口は塞がっている。

 掛け布団もない硬いベッドの上に身を起こし、そのままぼうっと今日起きたことを思い返す。


(……結果だけ考えれば、ラストロット……ラスに出会えたのは運が良かった。でも、ラスはどういう存在なんだろう? モンスターの一種?)

 しかし慌ててその疑念を振り払う。ラスのおかげで生きて帰って来れたのだ。それにこれからもなんらかのサポートをしてくれるらしいのに、機嫌を損ねてそれをふいにするわけにはいかない。ラスの力を借りなければドブネズミのような生活が続くことになる。


(そうだ……僕が倒した装甲(アーマード)ゴブリンは? あれを売れば少しでもお金になるはず……)

 周囲を見渡しても装甲(アーマード)ゴブリンの死体はない。しかしよく考えれば、あんな不衛生なものをベッドが並ぶ病室に置くわけもない。少年はベッドから降り、ふらついたりしないことを確かめると病室を出た。


(そういえば、ラスがいないな……ダンジョンの中だけしか存在できない、とか?)

 ふとそんなことを考えるが、そもそも出現条件がよくわかっていない。深層意識の中に隠れて鼠を操っているなんてことも考えられる話だった。が、考えるだけ無駄なのでいったん鼠は棚上げにした。

 

 部屋の外は見慣れない廊下になっていたが、床の人工石材だけには見覚えがあった。ここは東京中央ダンジョンの出入り口を管理する、冒険者管理機関(ギルド)の東京中央支部らしい。

 

 鼠がとりあえず誰かいないかと角を曲がろうとすると、ナースのような格好をした女性とぶつかりそうになった。身長は小柄な鼠よりも更に低い。童顔いっぱいに驚きと、次いで申し訳なさを表現して鼠に謝る。


「あっ、目が覚めたんですね! ごめんなさい、少し呼ばれちゃいましてっ」

 本当はつきっきりでいなければいけなかったのかもしれない。しかし鼠にはそんなことより、未だに汚らしい格好をしている自分に、こうして優しく接してくれたのが衝撃だった。思わず言葉を忘れ、胸の名札に目を走らせてしまう。タカナシと言うらしかった。

 そのまま大きめの胸に留まってしまいそうな視線を、鼠は慌てて逸らす。


「え、えっと……あの、僕が狩ってきた装甲(アーマード)ゴブリンは……?」

 今度はタカナシが気まずそうに目を逸らす番だった。

「その、治療費として払えそうなものがなかったもので……お代としていただいています。本来の治療費には足りていないのですが、差額は冒険者福祉の観点から国が出しています。……でもこれだけは渡しておけって解体屋の方から預かってます」


 そう言ってタカナシがナース服のポケットから取り出したのは装甲(アーマード)ゴブリンの生身部分の角骨だった。装甲(アーマード)ゴブリンの角は小さく、親指ほどもない。とはいえ装甲(アーマード)ゴブリンを倒したという証にはなる。


 そういった事情の知らない鼠は、大部分が負傷の治す代金として回収されてしまったらしいと聞いて、気絶してまで得た初めての獲物だったのに、と膝から崩れ落ちそうになっていた。あまりの落胆っぷりにタカナシが心配そうに口を押さえて、鼠の顔を覗き込むほどだった。

「だ、大丈夫ですか……?」

「い、いえ、ただ今日も路地で寝ることになりそうだなーって。あはは……」


 落ち込む鼠から視線を外し、タカナシは考え込む。ちらちらと鼠の服装や顔に視線を走らせたあと、一つ大きく唸ってからおずおすと切り出した。


「あの、もしよければなんですけど、今日ウチの家……」


 しかし、その台詞は鼠の表情によって遮られた。目を大きく見開いて、タカナシの背後を注視してたのである。

 タカナシは驚いて後ろを振り向く。しかしそこには誰もいない。再び鼠の顔に視線を戻すも、やはり虚空を見つめている。時折何かを呟いているかのように口がもごもごと動く。


(ダンジョンに潜ったせいで、おかしくなっちゃったんだ……)

 

 ダンジョンのせいで精神に異常をきたす冒険者は少なからずいる。この少年もその一人に成り果ててしまったのか……と哀れみの視線を向けていると、急に少年が顔を向けて視線を合わせてきた。びっくりして思わずひゃぅっと変な声が漏れる。

「ありがとうございました! もう一度ダンジョンに潜ってきます」

 

 その瞳は虚ろで、明日がない者の暗闇を煮詰めたような黒さだった。

 が、タカナシはその中に一片の希望も読み取ることが出来た。


 タカナシの身体を避けてすたすたと歩いて行く鼠に、タカナシはあっと声を上げて呼びかける。

「あの! ダンジョンの入り口でしたら反対です!」

 少年が踵を返し、恥ずかしそうに戻って来た。そしてすれ違いざまに少し赤い顔で会釈をしてナース室の反対側、ダンジョンの入り口の方へ歩いて行った。


 ◆


(恥ずかし~い)

(来たことないんだからしょうがないだろ!)

 鼠は東京中央ダンジョンの入口へ向かいながら、隣をふよふよと浮きながら移動するラスに向けて言い返した。勿論念話である。

(折角かっこつけたのにね。……ところでああいうのが好みなの?)


 ラスは胸の前で弧を描くように手を動かして見せる。随分と下品な仕草だ。

(ち、ちが、……)

(じゃあやっぱりラスみたいなのがってこと?)

(それはない)

(なんでいきなりスンってなるの!)

 

 急に真顔になった鼠にラスはぎゃいぎゃいと喚く。

(……それはいいから、その未踏破エリアについて教えてくれないかな。どうやって見つけたのか、とか)


 先ほどタカナシと話していた最中に戻って来たラスは、未踏破区域を見つけたからそこに行こうと言ってきた。

 未踏破区域とは、ダンジョン内で未だに攻略されていない場所の総称だ。理由は主に二つに分かれ、モンスターが強いなどの理由で誰も攻略できていないか、あるいは時折起こるダンジョン内構造の変容によって踏破済区域の近くに出現したが、誰も気がついておらず踏破者がいないか、のどちらかだ。


(私はね、マナの流れを感じられるんだ。操作するのは接続できて許可をくれた鼠のものだけだけど)

(へぇ……マナの流れを感知できて……それでなんで未踏破区域を見つけられるの?)

(人間はモンスターを倒したあとだけじゃなくて、ダンジョンの中でも外でも常にマナを吸収してるのは知ってる? ダンジョン内で吸収したマナは基本的に外に持ち去られちゃうから、人が多く行き来する踏破済区域はマナが薄いんだよね。マナは少しずつ濃いところから薄いところに流れるから、中層へ向かうわけじゃないマナの流れを遡ってみたんだ)

(なるほど、便利な能力だな)

 

 それで鼠は未踏破区域に関するもう一つの噂話も思い出す。

(それで未踏破区域ってモンスターも沢山いるんじゃなかったっけ? 僕が行って大丈夫?)

 誰も探索をしていないダンジョン内部。勿論そこに生息するモンスターを倒した者も、またいない。


(そう。だからとりあえず鼠に行ってもらうのは武器屋の方だね)

(武器を買えるような金なんてないぞ?)

(鼠の運次第だけど、とりあえず試す価値はあるから)


 鼠が眠っていた間に時間は既に夕暮れに差し掛かっている。ちらほらダンジョンから戻って来た冒険者が実銃、魔銃、光学銃、機甲剣など様々な武器を腰に下げたり背負ったりしたまま帰還の手続きをしている。

 冒険者たちの列の後ろを通り抜けた少年は、冒険者管理機関(ギルド)の中を少し歩いてそのまま東京の街に出た。

 

 ギルドと呼ばれる冒険者管理機関、その東京中央支部を出ると、すぐ横には古く錆び切った巨大な鉄塔だったものが、地に伏している。

 かつて東京タワーと呼ばれ、世界的にも東京のシンボルだったらしいこの電波塔は、ダンジョンが出現し地上にモンスターが溢れた時に折れてしまったらしい。


 結局モンスターたちによる人類の蹂躙が終わったのはマナの薄い地表を嫌ったリーダー格のモンスターたちがダンジョンの奥へと戻って行ったからだった。しかしながらそのリーダー格と同じダンジョンに戻ることを良しとしなかった一部のモンスターなどは地表に居座り、独自の支配域を持ったりしている。

 当時一億人以上いた日本の人口はこのモンスターの氾濫で三分の一以下になった。しかし世界的に見ればかなりマシな方で、小国の中には消滅した国も少なくない。


 氾濫時に荒された農村地域や、地上に居残ったモンスターたちが支配する地域のせいで分断された交通網は、食料の生産と輸送に大きな制限をかけていた。そのしわ寄せは貧困層へ向かう。

 当然治安が悪化し、鼠のようなストリートチルドレンが生まれ、ギャングやマフィアが蔓延る。そんな社会になった。しかし辛うじて政府や天皇家を頂点とする国家形態は保たれている。


 冒険者管理機関(ギルド)の外に出た鼠に、ラスは色々武器屋を周ってみるように言った。この辺りは鼠が物心ついた時から生活をしている街なので、どこに武器屋があるかは隅々まで把握している。

 とはいえ、中に入ったことはないので、緊張しながらいくつかの武器屋に入っていく。その全てでボロ布を纏った鼠は警戒され、入ってから出るまで、店員のねめつけるような視線が離れることはなかった。


(……わかってはいるけど嫌になっちゃうな)

 最後の武器屋を出て大きくため息をつくと、ラスに話しかける。

(それで、どうするんだ? 結局店の中を歩き回っただけだけど)

(一つ前の武器屋に戻って)

 鼠は顔を顰める。女性の店主らしき人に一際視線を向けられた店だ。それにあの辺りには個人的に苦い思い出もある

 それでも先に進むために、少年は歯を食いしばって過去の記憶を振り払う。

 

(……なにをするのか、もう少し具体的に教えてくれないかな。なにも知らないまま動くのはあまり気分がよくない)

(あ、ごめん。そっか鼠はSAIとは違うんだもんね。ごめんごめん)

(……SAIって?)

(下級人工知能、他の人工知能の指示を受けてその通りに情報処理をする人工知能。人間でいうところの上司と部下の関係に近いかな……まぁ、それはともあれ)


 ラスの存在は本当に得体が知れない。ラスのような存在は噂でも聞いたことがない。今の話にも突っ込みたいところは山ほどあったが、ラスが話題を戻したので鼠は黙っていた。下手なことを聞いて協力関係が崩れてしまうのは惜しい。

 契約があるとはいえ、反故にされない保証はない。やっと見つけた適合者、なんてことも言っていたが、鼠以外に適合者とやらがいないとも限らないのだ。

 そしてラスとの契約が白紙に戻るということは、鼠の人生もまた、希望の見えない元の状態に戻るということ。それだけは絶対に御免だった。

 

(鼠には店主の彼女を口説き落としてもらう)

(くどッ……? 無理だよ。彼女どころか女の子の友達がいたこともないんだぞ? あんな大人っぽい人……)

(違うよ、お願いして武器をタダで融通してもらうってこと)

 くっくっとラスは顔を赤くした可笑しそうに笑う。

 

 鼠はそんなラスから目を逸らしつつ、ぶっきらぼうに聞く。

(タダで? この格好の僕に? どう考えたって無理だろ)

(大丈夫。私がサポートする。お願いする武器は魔銃にしてね)

(魔銃? そんなの使えな……あ、そっか)


 魔銃。使用者のマナを弾丸の代わりにして発射する銃のことだ。値段は他の実銃や光学銃などと同じくピンキリだが、使用者にマナ操作の素養がなければ扱えない。


(そう、私がサポートする。鼠はモンスターに向けて引き金を引くだけでいいから)

(……短剣とか、実銃のハンドガンとか、初心者でも使いやすい武器の方がいいんじゃないのか?)

(短剣とか近接武器は、鼠に近接戦闘の心得がないから却下。実銃も光学銃も素人の鼠じゃ絶対に当てられないから却下。魔銃が現状ベストな選択肢なの)

(それでもマナ切れとか……魔法も一発でマナ切れになっちゃったし)

(あぁ、あれは)


 ラスは苦い物を口にしたような表情を見せた。

(そんなことはもう起こさせないから大丈夫。あの《爆破》も装甲(アーマード)ゴブリンには過剰威力だったし、マナをきちんと絞ればもっと燃費が良くなるよ。多分威力が五分の一くらいでも倒せたんじゃないかな)

(そんなに?)

(うん。直前にマナを一本化したでしょ? あのせいでマナ効率が極限まで高まっちゃって、普通なら全部は到底出し切れないのに、するっと全部放出しちゃったみたいなんだよね)

(へぇー)

(多分あの威力なら中層の双頭(ツインヘッド・)装甲(アーマード・)(ボア)……の片方の頭を潰すくらいはできるんじゃないかな)

(絶妙に分かりにくい例えをありがとう……まぁでも、中層でも通用する威力だったってことか)

(いや? マナを全部使ってモンスター一匹に痛手を負わせるだけなんて通用するって言わないよ。最弱のモンスターには本当に過剰火力だけど)


 話しながら歩いているうちに一つ前に来た武器屋の前に着いてしまった。武器屋の名前は『銀腕工房』。

(それじゃあ頑張ってね。私もできるだけサポートするけど、自分で何とかするつもりで頑張って。あとポケットに入ってる装甲(アーマード)ゴブリンの角骨も忘れないで使ってね)

(そういえばあったな、そんなのも)


 初めての獲物が全く金にならなかったショックで忘れていたが、ナースのタカナシさんから貰った角骨がどこかにあったはずだ。あれでも一応装甲(アーマード)ゴブリンを倒した証にはなる。なにかの交渉の材料に……。

(なるのかなぁ?)

 最弱のモンスターの、素材にすらならないからくれた部位である。何の役に立つのか。


「ふぅ」

 ようやく見つけた角骨をポケットの中で握りしめ、息を吐いて鼠は『銀腕工房』の引き戸に手を掛ける。

 ここで武器を融通してもらえるかが、鼠の未来を左右する。ダンジョンで成り上がるか、ドブネズミのまま野足れ死ぬか。命がかかっているという意味では、ここもダンジョンの中も同じかもしれない。


 引き戸を勢いよく横へ滑らせる。それほど広くない店内で陳列された数々の装備の向こう、カウンターに肘をついて気だるげに煙草を吹かしている女性の腕は、銀色の義手。他に客はいない。

 黒い眼帯で隠されていない右目が入口に向けられ、細められた。


「またか……何の用だ、ガキ」


 先ほど来た時も客はいなかったせいか、顔を覚えられていたらしい。吐き捨てられた言葉に鼠は怯みかけるも、未来への一歩を踏み出した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ