ヒャハと霧の中の攻防
鼠の指示が響き渡る。
「次の交差路で横に跳んでッ!」
その声と鼠の構えを見て察したクロエは、高速移動の中で全身のバネとレベルボーナス〈身体強化〉を生かして、スパイクアルマジロをギリギリまで引き付けてから交差路を直角に跳んで曲がった。スパイクアルマジロは咄嗟のことで反応できず、そのまま直進する。
ナイアーラMAR-S-r-IIIを構えた鼠は巨体の中央に照準を合わせ、エネルギーシリンダーが挿入されている前方のグリップのロックを外した。
(……ラス? なにをしてるんだ?)
鼠が右肩で構えているアサルトライフル型魔銃のさらに右側からラスは両腕を伸ばし、両手で上下から銃口を挟み込むようにした。
(特に意味はないけど、演出。シリンダー半分使うつもりでね)
ロックを外したことにより、エネルギーシリンダーに封入されている光学エネルギーが使用可能になっている。鼠はゆっくりと引き金を絞った。
マガジンの横に表示されているメーターが半分まで減る。同時に光学エネルギーで爆発的な加速を得た魔弾が大きく引き伸ばされて射出された。
(硬化、回転、速度調整っと)
放出された魔力の弾丸が硬化し、ジャイロ回転が加えられる。転がって高速で前進してくるスパイクアルマジロの丸まった腹部分には、切れ目のない背中部分とは違い、折りたたまれた脚と頭部の隙間が存在する。速度調整によりタイミングを合わせた魔弾は、狂いなくその隙間へと飛び込んでいった。
回転を加えられた弾丸がスパイクアルマジロの腹をぎょりぎょりと穿孔する。身体深くまで進んだ魔弾は、ラスの力で強化された鼠の固有魔法を発動した。
「《爆破》」
爆発時の轟音はスパイクアルマジロの身体によって防がれ、くぐもった爆発音になった。内部を破壊されたスパイクアルマジロは慣性でしばらく転がると、鼠の前で身体を広げて通路に伏した。
「……すごい」
ラスの力で一撃でスパイクアルマジロを倒した鼠は思わず呟いた。
(でしょー? 鼠とクロエだけでも倒せなくはなさそうだったけど、たまにはラスの力も見せて、有用性をアピールしておかないとね! 鼠が契約解除したいだなんて言い出さないように!)
(そんなこと言い出さないって……)
◇
鼠が倒れ伏したスパイクアルマジロに近づいて解体の仕方を考えていると、曲がり角からクロエが顔を出し、軽く駆けて戻って来た。
「お~、綺麗に倒したっスね! どうやったんスか?」
「……たまたま隙間に魔弾が入り込んだんだよ」
誤魔化す気しか感じられない鼠の答えに、クロエは微笑みながら腕を組んで頷く。
「まぁ隠したいこともあるっスよね~。でもそれだけデキるならむしろ頼もしいっス!」
◇
鼠とクロエは概ねスパイクアルマジロの解体を済ませた。一仕事終えたような弛緩した空気が流れた直後、ラスの表情が強張る。
(今すぐ部屋に跳び込んでっ!)
(え?)
(間に合わない……!)
鼠が羽織っている防護外套〈黒熊〉の袖がひとりでにまくれあがり、鼠の頭部を覆った。
「な……」
衝撃。
◆
「……どうだ、ヒャハ?」
「……マジか。ブモ、防がれた」
話しているのは男二人だった。ブモと呼ばれた一人は背中から機工腕を二本生やし、その先に二枚の巨大な盾を取り付けた大柄な冒険者だった。回転式多銃身機関銃を片手で握って床に置き、狙撃銃を発砲したばかりのヒャハに目線をやっている。
床に寝そべって狙撃銃を撃った痩せぎすのヒャハは急いで立ち上がると、狙撃銃を次元収納に入れた。代わりに実弾の突撃銃を出現させて構える。
「〈俊足〉持ちの俺が先に行って足止めしておく。お前も速く来い」
「了解。成金小僧は勢い余って殺すなよ。生きてなきゃ口座から金を引き出せねぇんだからな」
「分かってるって」
ヒャハは叫ぶように返すと直線通路に足を踏み出した。〈俊足〉と〈身体強化〉のレベルボーナスを持つヒャハは風のような速度で通路を駆けていく。
巨漢のブモも重厚な装備を装着したまま後を追うが、〈身体強化〉しか持たないブモとヒャハの距離は見る見るうちに離されていく。
(単独行動にはリスクが伴うが……レベル2、いいとこレベル3の相手にレベル5のヒャハが後れを取ることはまずないだろう。逃げられるよりはマシだ。……それにしても、未踏破区域を見つけて金持ちになりやがったガキを、冒険者狩りの噂が流れているこの時に見つけるなんてな。しかもこんな主要通路から外れた人の通らねぇところで……。神かなんかが俺達の借金返済に使えと言っているようにしか思えねェぜ)
鼠を脅し、所持金を鼠の口座から奪い、冒険者狩りの仕業に見せかけて殺す。そのつもりでブモとヒャハは鼠たちを襲撃していた。
ヒャハは身体強化と俊足により常人の数倍の速度を持つ。高価な情報収集機器も使いこなし、ヒャハとブモのデュオパーティでは索敵と攪乱、そして遠距離狙撃の役割を担っていた。
鼠を狙撃した時は一瞬だけ情報収集機器の精度を上げることで長距離狙撃によるヘッドショットを狙った。衝撃弾による脳震盪を起こさせ、即時戦闘不能にするつもりだった。ラスが察知したのはこの精度を高めた時に一瞬強くなったマナの揺らぎだった。
ヒャハは通路の壁に沿って疾走しながら、自分の狙撃を防御した鼠の防護外套について考える。勿論レーダーによる前方の警戒も忘れていない。
(防護外套が勝手に動いて顔を防御したって感じだったな……。情報収集機器に連動して自律行動を行うタイプか? オートとマニュアルを切り替えられるタイプかもしれないが……マニュアルのみよりも厄介なことに変わりはない)
突撃銃に装填されているレベル3の実弾の次元弾倉に目がとまる。
(金がねぇせいでこんなクソしょうもねぇ弾丸しか使えねぇ……まぁ銃はレベル5だからそれなりの威力は出るはずだが、俺の狙撃を防いだあの外套は貫けねぇだろうな)
ヒャハは自身の持つ手段では鼠の防御を貫く方法がないことを確認し、それでも薄ら笑いを浮かべた。
(まぁ……貫く必要はねぇけどな。ブモが追いつくまでの数十秒、あいつらを足止めできればいい)
精度を最大まで高めた情報収集機器から送られる鼠たちの現在位置を見ながら、ヒャハは次元収納から片手用携行ロケット砲を取り出す。
(こいつの弾数も残り少ねぇ……。あいつの有り金を奪えなきゃ、全財産だけじゃなく人権まで奪われちまう)
ヒャハは自室に高級娼婦を派遣させ、その際に冒険者としての武力を笠に着て契約にない行為を強要させた。結果、娼婦を派遣した大元の企業から法外な違約金を要求されている。
それまでツケで利用していた一般の酒屋や風俗店も、そのことを知ってからは手のひらを返したように支払いを要求した。回収のための武力を持たない彼らのほとんどは保険会社に債権を売って支払いを受け、代わりに保険会社がヒャハから金を取り立てようとしている。
金で支払えなければ人権を売り払うしかない。治験、労働奴隷、性奴隷。まだ若いヒャハの肉体はかなり高額な価値を持つ。
片手用携行ロケット砲から小型ロケットが発射される。それは情報収集機器から周辺の情報を受け取り、既に軌道と目標地点を設定されていた。次元弾倉から次々に小型ロケットが装填され、それぞれ個別に設定された目標地点へ発射される。
(さて……無策で突っ込んで来るような馬鹿なら楽なんだが)
◆
「複数の反応が……僕らを追い越していく……?」
鼠とクロエは襲撃者たちから逃走し、ゲートへ向かって駆けていた。情報収集機器のマップに映っている一つの反応から、無数の小型の反応が現れ、鼠たちを大回りしながら追い越していく。
鼠たちの進路を塞ぐように回り込んだ反応達は次々に爆破していく。
「エラー……? 情報収集機器がデータを収集できない……!?」
鼠の視界には情報収集機器から送られたデータが視覚的に表示されている。前方一帯が情報取得不可能を示す赤い表示で塗りつぶされた。
鼠ほどの精度はないながらも、自前の情報収集機器で前方を確認したクロエが叫ぶ。
「ジャミングミスト……情報収集を阻害する霧っス! 成分表に合わせたチューニングをしてない限り、霧の中の情報を取得するのはほぼ無理っス!」
「つまり……」
「見えないのは自分達だけで、相手からは丸見えってことっスね!」
鼠たちよりも数段上の速度で疾走する襲撃者の反応は鼠たちから離れたまま、鼠たちを迂回してジャミングミストの中に消えた。
(敵に有利なフィールドに突っ込んでいかなきゃいけないのか……? ラス、後ろからもう一人来てるんだよな?)
(うん。もっと強い冒険者がね。このジャミングミストはマナ探知も阻害するからいまいち力になれないし……)
(……どーする?)
迷いながらも足を止めることはしない。ジャミングミストが噴霧された一帯へと高速で近づいていく。鼠の表情は不安と恐怖で歪んだ。
そんな鼠の様子に気がついたクロエが、不思議そうに、なんでもなさそうに聞く。
「あれ? どうしてそんなに怯えてるんスか?」
「どうしてってそりゃ……」
「自分の《固有魔法》忘れたんスか? ジャミングミストは滞留させるために粘性を多少持たせてると言っても、しょせんは霧なんスよ」
「……あー、そういうことか」
「あ、でもフードは被っておいた方がいいんじゃないスかね」
◆
(ジャミングミストが、吹き飛ばされてやがるッ!)
ヒャハの視界に表示されるマップには適合済みのジャミングミストの範囲が緑色で表示されている。鼠たちが進む先で緑色のエリアが次々と円形の型でくり抜いたように消滅していく。
(榴弾を持っていたか、爆破系の固有魔法か……とにかく相性は悪ぃ。が俺も後には引けねぇ)
鼠たちの前方はすでに通路に沿って真っ直ぐ霧が晴れている。上下左右から霧が流れ込むためすぐにまた見えなくなるが、駆け抜けるだけであれば十分な猶予だ。鼠たちの反応はその霧の腫れた通路に足を踏み入れるところだった。
(だが前方ばかり気にしているな……側方からの銃撃に対する警戒がまるでねぇ。馬鹿が)
鼠たちが通るであろう十字路に狙いを定め、突撃銃を構える。ヒャハが持つ狙撃銃では連射は出来ず威力が心もとないため、フルオート可能な突撃銃を選んだ。
「……まぁいい装備をしてるなら死にはしねぇだろ」
鼠たちの反応が十字路に差し掛かる直前に、ヒャハはフルオート設定にした実弾突撃銃の引き金を絞った。
音も光もエネルギー検知も、そしてマナの揺らぎも。あらゆる情報を遮断する霧を貫いて、無数の弾丸が鼠たちに襲い掛かる。
◆
無数の弾丸が音速を越えて鼠とクロエに着弾する一瞬前。
具体的には弾丸がクロエから半径二十メートルに入った瞬間。
クロエが反応した。
「……ッ!」
言葉にする時間もなく、クロエは鼠を床に押し倒し自分も床に転がる。襲撃者が姿を消した方向に鼠を配置して進んでいたため、床すれすれに放たれた数発の弾丸は鼠が防護外套〈黒熊〉で受けた。フードに覆われた頭部にも直撃したが、〈魔纏〉とフード自体の防御力で意識を飛ばされずには済んだ。
「ぐぅッ!」
しかし一発の弾丸が鼠の外套で隠れていない、脚のすねの下部に直撃する。〈魔纏〉を貫き、鼠の左足を貫通して、右脚の〈魔纏〉に当たったところで推進力を使い果たして地面に落ちた。。
鼠により弾丸を一発も受けなかったクロエは、腹這いのまま鼠を掴み、器用に地面を蹴る。十字路を抜けてその先の通路に転がり込んだ直後、ラスが鼠に叫んだ。
(未来遺物の回復薬っ! 塗り薬タイプのやつを今すぐに足の銃創に塗り込んでっ!)
(……ッ!)
痛みのせいで念話を返す余裕もないまま、鼠は全速力で次元収納からチューブ状の回復薬を取り出した。大量に手に取り、痛みが響く足の銃創に叩きつけるように塗り込む。
(回復に十数秒かかるよ。今はその時間のロスは致命的。だから――)
「走れそうっスかッ!?」
「……ぶ」
「え?」
鼠はまだ通路にへたり込んでいる。クロエの問いかけに、恥ずかしそうに顔を伏せつつも、僅かに赤らんだ頬までは隠せずに応える。
「……おんぶ……して」
ズキュゥゥゥゥゥウウン、と心のなにかを撃ち抜かれたクロエは真顔で答えた。
「お姉ちゃん、って言ってみないっスか?」
無言で銃口を向けた鼠に、クロエは首を振って諦める。丁寧に鼠をおぶると謎の胸の高鳴りを覚えながら急いで駆け出した。




