201話 ~ 最終話
玉座の間の天井に描かれた見慣れぬ星座を眺めていると一人の女性が現れた。彼女はまっすぐ皇帝に駆け寄りぎゅっと抱きしめる。「よくぞご無事で」「心配をかけたのう」「雷の女神を連れて戻られたと聞きましたが」そう言って私の方を見る。なんて綺麗な人だろう。それに胸も大きい。
【雷 / 星座 / 抱きしめる】
皇帝も彼女を抱きしめ金の髪をなでた。「紹介する。我が妃、ミッピィじゃ」……既婚だったんですか? そりゃあ、最初っからウサギ男とうまくいくはずないと思ってたけどさ。所詮住む世界が違うって。文字通り過ぎて笑っちゃう。表現できない苦痛に襲われて私は床にしゃがみこんだ。
【抱きしめる / 金 / 表現】
それからどうしたって? 私は元の世界に戻り春哉と結婚した。二人揃って電撃寿退社。私達、憧れの田舎暮らしを始めます。退職願いから一ヶ月春哉を引きとめ続けた上司は諦め顔で私達の指のプラチナの指輪を眺めた。結婚届を出す時、春哉が聞いた。「未練はないんだね?」「うん」
【諦める / プラチナ / 月】
私達は車に乗り込んだ。新生活を始めるためにこのまま引っ越し先へと向かう。私達はきっと最初から運命の輪で繋がっていたのだ。ミラーから吊るされた小さなビーズの人形がくるくると踊った。秋の空はどこまでも澄み渡っている。後部座席の籠の中で真っ黒い子猫がニャーと鳴いた。
【踊る / ビーズ / 運命の輪】
色づき始めた楓の森に車を乗り入れる。程なく現れたブラックホールを抜ければそこには皇帝が待っていた。私を迎える笑顔が土産の金平糖と幻獣『猫』を見てさらに大きくなる。あの時、泣き崩れた私に彼は慌てて説明してくれた。ミッピィは妃だが二人は恋愛関係にはないのだと。
【楓 / 金平糖 / ブラックホール】
皇帝がこの歳で后を迎えぬわけにはゆかぬからのう」彼の言葉にミッピィは銀の王冠をはずした。「陛下が運命の方を迎える時にはお返しするつもりでおりました」ほかにも側室のような女性が何人もいるらしい。「世継ぎのためじゃ。快楽を追うておるのではないぞ」そこは嘘っぽいな。
【快楽 / 銀 / 王冠】
彼を信じてもいいんだろうか。天窓から差す太陽の光の中で皇帝は私を抱きしめた。「ショウコよ。余の妃となれ」「やだよ。他にも女の人がいるんでしょ?」「これからはショウコだけじゃ。余には分かる。そちとは最初から黄緑色の糸で結ばれておったとな」糸の色が気になるんだけど。
【抱きしめる / 糸 / 太陽】
絵の具で染めたような皇帝の青い瞳が私を見つめる。「余のそばにいてはもらえぬか。そちの乳がたとえ半分の大きさであったとしても、余はそちに恋しておったぞ」彼がそこまで言うなんて受けないわけにはいかないか。幼い頃に夢見た王子様にはウサギの耳はついてなかったけれど。
【夢 / 絵の具 / 青】
その後すぐに私は元の世界に戻った。身辺整理のためだ。魔法の国のウサ耳皇帝に嫁ぐなんて親の理解が得られないのは分かりきっていたから、春哉が偽装結婚を思いついてくれて助かった。でもまさか彼まで一緒に来るなんて。星空が綺麗なこの世界を歩いて旅してみたいと彼は言うのだ。
【歩く / 耳 / 理解】
皇帝の危機を救った偉大なる魔法使いとして春哉は一躍人気者になった。褒美に貰った宝石を売れば元の世界で一生不自由なく暮らせるけど、魔法の国の英雄でいるほうが面白いよと春哉は笑う。フーカーがハルヤ将軍に命じた初仕事は帝都にアイスクリームの製造施設を作ることらしい。
【宝石 / 魔法使い / 魔法】
結局戻って来るまでに一ヶ月もかかってしまった。「やっと会えたのじゃ」皇帝は私を抱きしめたまま幸福げにささやく。「ショウコ殿が早く戻られるよう陛下は毎晩星に祈りを捧げておりました」今も彼の護衛を続けているポンパーの言葉に皇帝はふくれた。「それは秘密じゃというのに」
【幸福 / 秘密 / 星】
皇帝の話では帝国はほぼ元の状態に戻ったようだ。ホッピイは監禁され審判が下されるのを待っている。「ポンパーからも知らせがあるのじゃ」皇帝はポンパーの隣の女性を差し招いた。レースをあしらったドレスが似合っている。彼女はポンパーに背を押され恥ずかしそうにお辞儀した。
【押す / レース / 審判】
長剣を下げ皮のブーツを履いたポンパーが嬉しそうに女性を紹介する。「ようやく救い出すことができました。妹のピッパにございます」愛おしそうに妹を見つめる横顔は皇帝よりもりりしい。「へえ、ポンパーにそっくりだ。可愛らしい妹さんだね」春哉の言葉にピッパは顔を赤くした。
【横顔 / 剣 / ブーツ】
皇帝の予想通りピッパはホッピイに捕らわれていた。幸い彼の好みではなかったのか厨房で働かされていたのだ。ふわふわ耳の妖精みたいな彼女は春哉をうっとり見つめている。ポンパーの顔が曇った。苦心して取り戻した妹が今度は異国の男に惹かれていては安心してはいられないだろう。
【耳 / 妖精 / 安心】
皇帝のたっての希望で三日後にはロイヤルウェディングが執り行われた。将軍ハルヤの運転する銀色の戦車に先導されてパレードは大通りを進む。お父さん、お母さん、嘘ついてごめんなさい。落ち着いたら戻って本当のことを話します。お父さんの休みの日にこっちに招待するからね。
【休む / 銀 / 戦車】
私たちの輿の後ろには地方の王国の代表者が続く。ポンパーが私達の警護につくと譲らないので年老いたポムポム国王の代理はピッパが務めている。沿道を埋め尽くす人々は興奮した様子でウェディングドレス姿の私に手を振った。教皇を一撃で倒したという異国の女神に興味津々なのだ。
【興奮 / ドレス / 王国】
隣に立つフーカーもにこやかに手を振り返している。彼が指輪をくれた夜が遠い昔のように偲ばれる。『皇帝の証』の対の石がはめこまれた私の指輪は皇帝の配偶者が持つのが古よりの慣習だと王宮魔術師が教えてくれた。それを知りながら私に指輪を与えたのだと思うと顔が緩んでしまう。
【偲ぶ / 指輪 / 魔術師】
パレードも終盤に差し掛かった頃、恐ろしい出来事が起こった。緑の衣服に身を包み黒い髪を振り乱した男がフーカーの上に落下してきたのだ。鋼色の刃が振り下ろされ皇帝が苦痛の叫びをあげる。ポンパーが男を引き離したが時すでに遅し、男の短剣は皇帝の胸を刺し貫いていたのだった。
【髪 / 鋼 / 緑】
ポンパーの剣が男を打ち倒し、私は悲鳴をあげてフーカーに駆け寄った。彼の顔は石膏でできた細工物のように血の気がない。だが彼の目がぱちりと開いた。「フーカー?」私が皇帝を抱き起こすと彼は愛憎の交じり合った眼差しで弟ホッピイを見下ろした。「正義は成されたようじゃの」
【愛憎 / 細工物 / 正義】
「峰打ちにございます。術師を使い陛下の頭上に『門』を開いたのですな」ポンパーが告げる。「貴様、不死身か」憎憎しげなホッピイに皇帝が笑った。「この世界では余が力の根源であるからの、梅干の効用も強いようじゃ」血に濡れた彼の胸にはオパール色の傷跡が薄く残るだけだった。
【憎む / オパール / 根源】
皇帝は輿の上に立ち上がると真珠に縁取られたローブを翻し両腕を高く上げた。固唾を呑んで見守っていた沿道の人々が彼の無事を知って踊り出す。後から聞いた話では私の奇跡の技が彼の命を救ったのだと噂になっているそうだ。梅干を食べさせたのは私だし、まんざら嘘でもないよね?
【踊る / 真珠 / 技】
翌日夕食の席で皇帝が言った。「術師の見立てでは永劫に生き続ける事はないそうじゃ。そちと死に別れるのは切ないからのう。スーパーの梅干で幸いじゃった」「永遠の命より招子がいいんだね」笑う春哉に彼が答える。「当然であろう。ハルヤこそそろそろ伴侶を迎えてはどうなのじゃ」
【切ない / 梅 / 永劫】
「ピッパがそちに夢中のようじゃ。あの娘なら身分に不足はないと思うが」「王女様か。勲章を貰うよりも嬉しいな。でも大事な妹を貰っちゃってもいいの?」春哉がポンパーを振り返る。「ハルヤ殿が望むのであれば喜んで」羽根のように耳を震わせる彼に春哉が言った。「嘘つき」
【羽根 / 勲章 / 嘘】
責めるような春哉の言葉にポンパーはうつむいた。やっぱり最愛の妹を失いたくないんだ。「では陛下。ポムポム国の王女を私にいただけますか?」そう言うと春哉はポンパーの腕を取った。「私が欲しいのはこちらの第一王女ですが」驚いたポンパーの耳が跳ね上がり青い宝石が揺れた。【腕 / 言葉 / 宝石】
驚いたなんてもんじゃない。王女だって? ポンパーが? 「思えばポムポム王国の世継ぎはおなごであったの。多忙のあまり忘れておったわ」指についたクリームをなめなめ皇帝が笑う。おい。「女の子だって気付いてたの?」「うん。身体検査した時にね」春哉がいつもの笑顔で答えた。
【驚く / 指 / 王国源】
「いけませぬ。耳に傷のある女など、ハルヤ殿にはふさわしくはありませぬ」ポンパーの喉の奥から絞りだされたか細い声は初めて女らしく聞こえた。「誰が俺にふさわしくないのかは俺が決めるよ」春哉は手をのばすと彼女の耳にはめられた小さなトルコ石に触れた。「それとも……」
【耳 / トルコ石 / 喉】
「……ポンパーは俺が嫌い?」春哉はずるいなあ。嫌いだなんて言えるはずないじゃない。彼女がいつもあなたを見てた理由がやっと分かったよ。「ハルヤの言葉に嘘はないようじゃ。余はそなた達を祝福しようぞ」春哉は皇帝に頭を下げると真っ赤になったポンパーの唇にそっと口付けた。
【唇 / 嘘 / 祝福】
「俺だって好奇心だけじゃないんだよ」彼の意味深な言葉に困惑したのを思い出す。雲が晴れたようにはっきりと私はその意味を理解した。春哉の狙いはポンパーだったんだ。ひたむきなハスキーボイスのお姫様にいつしか彼も惹かれてたんだね。それにしても、貧乳にもほどがあるでしょ?
【困惑 / 雲 / 理解】
元の世界を懐かしむ間もなく数ヶ月が過ぎた。雲のない夜には皇帝と春哉は星を見に出かける。これじゃ春哉と付き合ってた頃と変わらないよ。ポンパーは本人の希望で私達の警護を続けている。お姫様は性に合わないらしい。フーカーが春哉を側近に任命したので結局四人はいつも一緒だ。
【懐かしむ / 雲 / 星】
冬も終わりに近いある日、窓から外を眺めていた皇帝が私を呼んだ。見ればまだ雪の残る庭を春哉とポンパーが歩いている。春になれば彼らは式を挙げる事になっていた。「余も散歩するのじゃ」「二人きりにしてあげればいいのに」寒さの苦手な私は渋々厚手のブーツを履いて表に出た。
【冬 / 雪 / ブーツ】
朝の日差しは思ったよりも暖かかった。広い庭の一角には小さな山や池がしつらえられ、さながら帝国を縮めて箱庭に納めたようだ。先頭を行く皇帝が声を上げた。「ショウコよ。こちらに来るのじゃ」興奮した様子でまつげをぱちぱちさせている。彼の足元を見て私も思わず声をあげた。
【朝 / 箱庭 / まつげ】
そこにはなんと梅干の種が芽を吹いていたのだ。「これは縁起が良いのじゃ」興奮した皇帝は耳をぱたぱた、三月ウサギのように辺りをぴょこぴょこ跳ね回る。「陛下、桜の実からも芽が!」ポンパーが赤いゼリーみたいな小さな芽を指さした。「もうすぐ春だね」春哉がのんびりと言った。
【耳 / ゼリー / 月】
梅干の種を埋め毎日じょうろで水をやる皇帝を見て、芽が出ないと知れば悲しむだろうと案じていたけど、愚鈍なのはいつまでも向こうの世界の常識に囚われている私の方だったね。「民のためにも大きく育ちスーパーの梅干をたくさん実らせるのじゃぞ」彼は優しく梅干の芽に語りかけた。
【悲しむ / じょうろ / 愚鈍】
「世継ぎのできる予兆かもしれぬのう」皇帝が嬉しそうに私の肩を抱く。世継ぎってあなたと私の? 私にはウサ耳はないんだけど……。私はもう一度梅干の芽を見た。紫の双葉には朝露がダイヤモンドのように輝いている。そうだね。この世界でなら何が起きたって不思議じゃないかもね。
【見る / ダイヤモンド / 皇帝】
-おわり~