第1話 Extra Fantasy② 笑う鬼畜、猛る戦士
「それにしても、さみーな。」
標高何メートルだろうか。
あの峡谷の頂上だけあって遮蔽物はない。
寒すぎる空気と時折吹く激しい冷たい風が身を震わせる。
漸く最初の目標地点に到達したというのに、オレは罰を受けていた。
パンツ一丁で岩場に正座。
身包み剥がされたので上半身は裸。
パンツは、パンツでも下着の方で普通のMMOならハラスメント警告や通報待ったなしだが、身内ということでセーフのようだ。
身包み剥がす行為なんて犯罪だが、身内贔屓のシステムセーフがうぜぇ。
麻素材のボクサーパンツは、通気性がよく吸水・吸湿性に優れていて、繊維が伸びにくく硬く汗をかいても肌に張り付かず夏場や激しい運動をしても快適に過ごせるが生地が薄い性かクソ寒い。
そんな状態での正座は、反省というより拷問に近い。
いやいや。とこんなことしてる場合かと首を高速で左右に振る。
普通に脛に砂利が当たって痛いし、鼻水垂れるし、風邪ひくんだけど!?
っていうか―――。
「こんなことしてる暇ないだろ!」
当然の叫びだった。
現在の時刻は15時34分。
画面表示を開いて確認したから間違いない。
聞いていた作戦開始時間は、15時。
とっくに過ぎている。
「馬鹿には丁度いい薬になるんだ。そこで反省してろ!」
正座させられている後ろで女が答えた。
但し女性の声ではなく、男性の見知っている声がした。
平謝りしたオレの頭部。
額を砂利に押し付けて、ごりごり大根おろしの如く擦る鬼畜。
誠意が足らないなぁ。と警察官が犯人を取り押さえる時の逮捕術っぽい技を高速でかけられて身体を拘束され身包み剥ぐ女帝。
上半身を裸にさせられてパンツ一丁で正座を強要した鬼畜女帝。
オレと後輩君とコイツと参謀の四人で結成したクラン『デルタシックス』のクランリーダー。
<デフォルト>だ。
オレは略してデフォと呼んでいる。
デフォは、容姿が可愛ければ媚びれるという理由で女性を選択した所謂ネカマ。
身長180cm。
本日のコーディネートは、黒光りするラバースーツ。
露出が少ない筈なのに頭部と四肢以外の全身をぴっちり覆っている。
そのせいか無駄にエロく見える。
オッパイとお尻と太ももは、拘って作ったとかで理想の形と大きさらしい。
そんなん知らんわ。と嚙みついたら30分以上も理想のオッパイとお尻と太ももについて耳にタコができるまで聞かされる始末。
デフォの女性アバターは、人間族ではない。
より正確に表すなら人間と機械を融合させた種族。
半機人族。
表情や肌から感じ取れる体温・触感・質感などの五感は人間と変わらない。
異なるのは内面の話になる。
血液の代わりに魔力潤滑油が流れている。
機械心臓を介してマナオイルが全身を巡って循環する。
そうすることで人間以上の身体能力が見込める。
現にデフォのステータスの一部の数値はオレの2倍くらい。
但し、毎日のようにバイタルチェックとメンテナンスは欠かせないのだとか。
少しでも怠れば体に異変が起きる。
例えば、マナオイルの交換をしなければコアエンジンの調子が悪くなる。
冷却・潤滑の不良を伴って内部の金属同士の摩擦部分が加熱して溶けてくっついて焼き付きを起こし、自らの寿命《HP》を縮めることになるのだとか。
毎日の燃費消費が高く、面倒ごとが多いので不遇な種族ではある。
ただデフォは、一度たりとも燃費がどうのこうの愚痴を溢したことはない。
寧ろ、そういう自分で工作《DIY》とかメンテナンスとか技術的なものが大好きでしょっちゅうアニメの話題や激推しのアニソン寄りアーティストの話題に敏感、好きなアニメキャラのフィギュアが売ってないからという理由で、一からフィギュアを作る生粋のオタクだ。
機械的な義手義足は、指先まで細かく動作するように関節が作りこまれている。
今でこそ戦闘用にカスタムされた義手義足を装備しているが、生身の肌を模した人間を装うものもあれば、今でこそ男の声をしているが女性の声に変えることもできるなど自分好みにカスタムできる。
そういうのが刺さるプレイヤーには、需要があるのだろう。
改めてデフォルトを見る。
めちゃくちゃ作りこんでやがる。
亜麻色の長髪。
時折金髪が雑じって見え、太ももまで伸びた髪はさらさらと風と共に靡く。
目がぱっちりとしていて、オレンジの瞳が澄んでみえる。
眉毛は細すぎず太すぎない綺麗な形で、顔が左右対称で各パーツの配置が黄金比。
薄くメイクして頭髪のケアも十全。
引き締まったくびれ、美しいボディライン。
キャラクリだけで何時間いや何日を費やしたのか。
街中で歩くだけでナンパかスカウトされても、おかしくないビジュアルだ。
美女———ではある。
しかし、中身はオレと同じ男子高生だというのを忘れてはいけない。
見ていたオレに気付いたデフォルトは、口角を上げてニヤリと笑う。
「なんだぁ?」
笑みも怖ければ、声のトーンを低くした聞き知った声でも凍り付いてしまう。
顔を背けるがじぃっと見てくる。
あれだけ美しい顔なのに鬼気迫る女がどこにいるよ。
こんなんにギャップ萌えする奴は大抵Mだ。
「いえ、あのですね。そろそろ、ね?」
許して下さい。と土下座。
深く頭を地面につけた。
「あの本当に悪かったと思っています。はい。」
「具体的に何が悪かったのかは、後日書面で説明を―――!」
言葉を並べた陳謝も空しく、デフォルトは追い打ちをかける。
「デフォ!待って、それは―――。」
長時間の土下座をしているとアレが来るもの。
いくら参謀とおじいさんに稽古つけてもらっても。
ゲームの中まで耐久力は持ってはこれないわけで。
指先で太ももをツンツンはヤバい。
「ぬおー。やめ、止めてくれぇ!」
痺れがきた足に刺激を喰らって根をあげて叫ぶ。
コイツ、絶対弄んでやがる。
だって目が嬉々として笑ってるもん。
はいはい。とパチパチと両手を叩く音がした。
そこまでですよ。とこの漫才に終止符を打ってくれたのは後輩君だった。
どうぞ。とデフォルトに差し出されたのは白い湯気が立つカップ。
そういえば・・・と思い返す。
オレが反省させられている最中、携帯焜炉を焚いて何かを沸かしてたな。
「ユウマさんも反省してるみたいですし、僕に免じて許してあげてください。」
後輩!お前ってヤツは、とオレは涙ぐむ。
痺れが治ったら飲んでください。とオレにも同じものをくれた。
ナッツのような香ばしい香りが鼻を抜ける。
珈琲だ。
コーヒーについて詳しくないオレでも香りだけで満たされる気がした。
名称は〔目覚めの珈琲〕とAR表示が、カップの上に浮かんで見えた。
味は、うん。めっちゃ苦い。
コーヒーって大抵同じ味でオレには分からん。
「ローストアーモンドのような風味に、ブラウンシュガーを感じさせる甘さ。まぁ、悪くない。コーヒーに免じて許してやるよ。」
この苦みの中に甘味なんてあるか?
コーヒーの味がわかるのか?って言おうとしたが何を言われるか分からない。
大人しく黙っていよう。と静かに飲むことにした。
うーん。まあ味は兎も角。
こういうちょっとしたティータイムは落ち着きますなぁ。
お茶請け基、焼き菓子なんかで苦みを緩和させたいがそれは贅沢か。
ほのぼのとしていると思い出す。
「おい!こんなことしてる場合か!?」
そうだよ。
何をほのぼのしてんだ!?
急いで大規模作戦に移らないと急ぎ支度をするが、首根っこを捉まれた。
ぐぇ。
またしてもデフォルトだった。
「やっぱり反省してなんか、いなかったなぁ。ユウマぁ。」
ひぇー。
鬼畜女帝様が再び降臨成すってしまった。
女の顔で仁王様。金剛力士像を彷彿させる表情をする。
でも、なんでだ?
オレは、ちゃんと《《ゴールドスター》》から作戦開始時間を聞いたぞ。
「なあ、ユウマぁ。何も好きで怒ってるんじゃないんだよ。」
それは分かってますとも。
怒るのが好きとか。
相当ストレス溜まってる奴しかしないよな。
ユウマさん。と言って後輩が尋ねてきた。
「ゴールドスターさん達と違って、僕たちはウェーブ戦には参加しません。そこまでは大丈夫ですか?」
心配そうに確認をしてきた。
それは聞いた。知ってる。と頷いて答える。
この黒鉄砂城の城主が侵入者避けに斥候を赤黒い砂丘の各地を巡回させている。
発見され次第、あの商人たちのように襲撃を受ける為、目立った行動・戦闘を避けて基本は素早く隠密移動を心がける必要があった。
ウェーブ戦には、ある程度の広さにちょっとした遮蔽物を利用して陣地を築き峡谷がはっきり目視で捉えられる地点を第一目標地点と定めた。
その場所を選んだ理由はオレ達が挑む大規模作戦を始める前に、ある程度城主が産み続けることで体力を消耗させておく必要があるからで・・・。
「あ!」
ああ、これは忘れてたとかじゃなくて。
ただ端に・・・。
勘違いです。なんて口が裂けても言えない。
「ユウマ。」
呆れ声で呼ばれた。
「どうやら反省の味が足りなかったらしい。」
にこやかさが逆に怖い。
冷や汗が止まらない。
デフォの手には、先ほどのコップがあった。
ただコーヒーの香りじゃない。
こぽこぽと科学の実験みたく泡が出来ては割れを繰り返す赤い何か。
ただの液体じゃない。
ドロッとしていて溶けているようにも見えるダイラタンシー現象。
イヤだ!と振り切るが後輩君の拘束魔法に捕まった。
「裏切り者おおぉ!!」
叫んだが手遅れだった。
布切れで両手足を拘束されて硬質化魔法までかけ振り落とすことも許されず。
死ぬ気で食い縛って閉じた口も脇こちょこちょという安易な方法で打開。
何か得体の知れない液体もどきを飲まされた。
おぇ。
「オレに何飲ませやがった!?」
コーヒーの苦みの方がまだマシだったかもしれん。
生々しくクソ不味い昔の小さい頃に誤って食べたあの味を思い出した。
海のパイナップルとかいうアレだ。
「大丈夫、だいじょうぶ。ちゃんと正規のルートで取引———。」
けふん。と咳払いして言葉を濁す。
おい!?絶対ヤバいやつだろ!
「うん、問題ないよ☆」
☆じゃねぇーよ。
説明をしろ。説明を!
うげぇ。キモチワルイ。と結局説明なくユウマは項垂れる。
そんなユウマを見て、にやりと笑みを溢すデフォルト。
その後、後輩君に何か指示を出すように耳元で囁く。
時間が経過した為か、拘束魔法が解徐され一瞬だけ歓喜したユウマは、青くした顔で裏切り者を追いかける。
それを嬉々として笑うデフォルト。
「任せたよ。」と伝えて何処かに行ってしまった。
デフォルトは、表情を一変させ真剣な眼差しである場所を目指した。
そこは平坦に開き、やや下った傾いた斜面。
その場所には何かを隠すように布があった。
下に置かれている何かが押し上げて布に凹凸ができている。
実際には【湿気除け】【防塵】の効果を持たせた布であって隠してはいない。
ゴールドスター達よりも早く此処へ来て色々準備する必要があった。
まず目標の城主に認識されない場所を選ぶこと。
正確な距離を割り出し、風向き、気温と湿度といった環境データを取得。
箒で邪魔な砂利を払い、《《狙撃》》に適した環境づくりをする。
それがどんなに慣れた兵士でも準備には、それなりの時間を要する。
バサッと布を捲り上げ、しゃがんでうつ伏せになる。
自分の得物を手に取って構えて静止する。
黒いラバースーツが静止行動に反応して、濃い茶色の地面をした迷彩柄に変わる。
手に取ったのは、特注の超大型狙撃銃。
全長330cm。
着脱式の装填弾倉は最大で10発。
50口径のボルトアクション方式を採用したマテリアルライフル。
遠距離の目標に対して正確な狙撃をする為に銃床先端部に二脚を装備。
全ての部品を複数の鉱石を溶かし複雑な配合したハイグレードチタニウムで作られている。
ハイグレードチタニウムは、チタニウムの5倍の強度を持つ一方で、質量は凡そ10倍と非常に重くなっている為、総重量150kgを超えてしまっている。
これを一人で運ぶには骨が折れるが、それぞれの部品に分解して複数人で運べば大した問題にはならない。
銘は〔アガートラム〕。
〝銀の腕〟を冠すケルト神話に登場する神ヌアザの別称からきている。
ヌアザの剣は、何者にもこの剣から逃れることはできず一度鞘から抜かれれば、これを耐えられる者はいなかったとされている。
剣ではなく銃だが、そこは気にするだけ無駄ってものだ。
このアガートラムから射出される弾丸は、あの城主の強靭な狂骨を穿てるだろう。
最大有効射程は5000メートル未満。
試し撃ちしたから間違いない。
それでも距離が足りない。
あの城主に察知される訳にはいかないからだ。
そこで専属技師に頼んで銃身に【制御】【加速】【冷却】の魔法刻印を刻んでいる。
これにより距離6500メートルまで埋められるようになった。
今回の俺の役回りは、ユウマの超遠距離支援をすること。
少しでも不備があれば、この作戦は失敗に終わる。
失敗は仲間の死を招く。
銃弾を保管した専用のジュラルミンケースを横に置いて中身を確認する。
用意したのは、5種類の特殊な銃弾を装填させた弾倉が10。
はっきり区別できるよう弾頭に、それぞれ異なる色で配色している。
「問題なそうだ。」
「此方デフォルト。配置についた。」
無線連絡を大規模作戦に参加する他のクランリーダーに飛ばした。
「オイラ、違った。クラン『吞兵衛の会合』。了解だべ。」
田舎っぽい方言で返す声の主は、<ドン・クライス>。
小人族と巨人族の混血。
声の印象とは裏腹に、身長は俺よりも高い230cm。
巨人族の中では、比較的小さいと揶揄されている。
しかし、人間の視点から見れば充分大きく威圧的な存在感を放っている。
クラン『吞兵衛の会合』は、酒好きのプレイヤーが築いたコミュニティだった。
この世界《ゲーム内》の各地の酒を調べ、飲み比べ、語る。
酒を飲み呑まれ、語る。
一から、原料になり得る素材を選んで酒を造る物好きも現れた勢いでクランを作ったらしい。
所属するプレイヤーの八割以上が粗野な荒くれ者が多く。
貴族との相性は最悪。
揉めに揉めて、家族が踏み倒したり暴れたりした借金返済のために応募してきた。
正直言って大半はクズだが、クランリーダーは話の分かる相手だと踏んでいる。
なぜならクラン同士で連盟を組んで今回の大規模作戦をする。と決まった時のこと。
「オイラ達に学はねぇだ。クズの集まりだって言われてるけど、みんながみんなじゃねぇーだ。アンタのことは受付嬢から聞いてるだ。凄腕の策士だって。だからオイラ達は、アンタを信じてる。ついて行くだけの金魚の糞だと思ってコキ使ってくれんか。」
頭を下げて頼んできた。
コキ使うかは兎も角、そこまで言われたら全力で応えるだけ。
『吞兵衛の会合』には、下調べで魔法使いが多く所属していることが分かった。
そこで大規模作戦の遠距離支援の助力をお願いした。
因みに、超大型狙撃銃の部品運びもしてくれて助かっている。
魔法使いは魔法を使う際、決まりがある。
決まりと言っても、基本中の基本として最初に教わることがあるってだけだ。
Lvを上げ魔法使いとして成長すると慣れて薄れていくから忘れているだろう。
先ず魔法を使用するには、座標を絞り、範囲を指定。
あとはタイミングを見計らって必要な詠唱文を唱え、指定の座標へ魔法を放つ。
それが基本で基礎だ。
座標を絞る方法は各プレイヤーで異なり、それなりに時間を要する。
そのため今回は、予め【グリッド】という基盤魔法を展開している。
何処へ?
空だ。
曇天に息を潜めるように、魔力の線を格子状にさせたものが【グリッド】だ。
本来は建築や改築に扱う魔法だが交差する点が座標になる。
例の部品運び協力してもらった後、魔法使い各自に魔力を可視化できるコンタクトレンズを配布している。
これで容易且つ、的確に魔法を連続生成できる仕組みが完成した。
因みに基盤魔法【グリッド】を展開しているのは、ウチの後輩<ユナイト>だ。
ユナイトも今回の作戦のキーパーソン。
今もユウマの相手をしながら指示通り動いてくれているはずだ。
ズ、ズズズズン―――。
また音がした。
この崖上から見ることができる。
城主の骨身から何かが剥がれ落ちる複数の音。
真っ白な砂丘に落ちた衝撃で、粉塵が舞い散って何かが動いている。
産まれたばかりの小鹿のように脚を震わせる狂骨魔獣。
暫くの硬直の後に各方々から狂骨戦士が騎乗していく。
あっという間に群れができてしまった。
数えて6回目の群れだ。
鍍金たちは、何とかして耐えているようだ。
間隔も短くなった。
まあ、そうしてもらわないと困るからな。
「準備は十全に整った。」
そろそろ消耗しきった城主が第二形態に移行する頃合いだ。
あとはユウマの技量と切り札を携えた剣に賭けるしかない。
キィ―――――。
突如、甲高い高出力の音波が衝撃波を伴って黒鉄砂城を駆け巡る。
城主が動いた。
時間を少しだけ遡る。
何飲ませたかなんて、この際どうだっていい。
追い掛け回すのも大変なんだ。
ユウマは、デフォルトに無理矢理飲まされたのは諦めていた。
それよりも許せない存在がいたからだ。
信じていた後輩に裏切られたのだ。
ならすることは、ひとつしかないよな。
「教えてもらおうか。」
どうせ、デフォルトに訊いても教えてくれるはずがない。
それならユナイトに訊いた方が早いし、あの鬼畜女帝のことだ。
何かを企んでいてもおかしくはないからな。
「えーと。拒否した場合はどうなります?」
「拒否?」
そんなん認める訳ないよね。と凝視するが口を割ってくれそうにない。
仕方ない。
この手はオレ向きじゃない。
どちらかと言えばデフォがやる手口だ。
真似るのは癪に障るが致し方ない。
そういえば・・・、と切り出して後輩の弱点を突くことにした。
「時雨さんのこと好きなんだって?」
安い挑発だが、後輩君には効果抜群のようだ。
時雨さんの名前を出した途端に分かりやすく反応した。
異性としてとは、一言も言ってはいないのに真っ赤になる顔。
わかりやすー。
「どうして知ってるんですか?」
らしくない声で荒げて詰め寄ってくる。
詰められて、どーどー。と興奮する後輩を両手の掌を広げて止める。
「そりゃあ知ってるさ。」
あれだけ視線を送っていれば、好意があることぐらいオレでもわかる。
時雨さんとは、桜咲く坂で桜坂。
桜坂時雨。
同じ学年だけど学科が違う。
参謀と同じ普通科の女学生で文学少女。
放課後は、図書委員に属していることもあって図書室にいることが多い。
司書の仕事の合間に、春は桜。夏は青葉。秋は銀杏。冬は雪景色を堪能しながら読書を興じている。
誰にでも優しく振る舞って勉強も運動もできる。
容姿端麗で可愛いく〝図書室の聖女様〟と言われるほど有名な美少女だ。
「でも、デフォは知らないと思うぜ。」
ちょっとした脅迫だ。
あの鬼畜女帝は、悪魔だ。
この手の話を取引道具にしか使わない。
オレも使ってる時点で同類にはなる。
だけど狡猾な悪魔ほど粘着気質な性格ではない。
噂に尾ひれをつけて売ったり広めたりなんて野暮はしない。
「はぁ。わかりました。」
折れてくれた。
流石にあの悪魔には知られたくないみたいだ。
さぁ、教えてくれ給え。
どんな指示を受けたのかを。
そうだ。オレはあくまでもあの時にどんな指示を受けたか知りたかっただけ。
耳元で囁いた言葉には、なにかしらの悪意に満ちた企みがあると思ったからだ。
それなのに―――。
オレは聞くにつれて血の気が引くのを感じずにはいられなかった。
「・・・という訳です。」
正直諦めてた。
知って後悔した。
教えてくれたのは、無理矢理飲ませた赤いドロッとした液体。
あのダイラタンシー現象を起こした物の正体だった。
飲ませたのは〔ニトロカフェイン〕という遅効性の毒物。
劇薬の類らしく、戦闘開始から300秒後に効果が発揮するそうだ。
効果は以下の通り。
状態異常〖集中過剰〗によって600秒間、集中力が大幅に向上。
状態異常〖発狂〗が確率で発生。
状態異常〖発狂〗によって状態異常〖狂乱化〗を促進させる。
状態異常〖発狂〗によって状態異常〖憤怒〗を促進させる。
「やっぱり悪魔じゃねぇか!?」
なんてもん飲ませてんだ。
「絶対に許さん!」
怒りに燃え上がるユウマを見て、ユナイトはそういうことかと納得した。
あの時、囁かれた言葉は「任せたよ。」という一言だけ。
それなのにその後も立て続けて「任せたよ。」と言う。
意味が分からなかった。
しかし、漸くその意味を理解した。
態と僕に耳元で囁いて、言葉を聞き取れないように遮った。
ユウマさんの性格上、デフォルトさんがいなくなれば僕に訊いてくる。
そう踏んだんだ。
立て続けに同じこと言うなんて、普通は思わないし考えない。
人は、より強烈な出来事に意識を向けてしまう傾向にある。
だから僕は、あの飲ませた薬の話だと思い込み誤解して話してしまう。
薬の話をしてしまえば、誰だって怒るのが当たり前。
デフォルトさんは、あの行動だけで状態異常〖怒り〗を誘発させたんだ。
策を練るのもそうだけど、改めて彼の怖さを実感した。
もしも敵に回したら―――悪魔なんて生温い〝魔王〟だ。
ちらっとユウマを見る。
既にユウマさんは、状態異常〖怒り〗になったアイコンが出ている。
普通のプレイヤーは、ここまで早く状態異常になることはない。
そうさせているのは、ユウマさんのエクストラスキルによるものだろう。
《《僕達》》プレイヤーは、〝神々から賜る贈り物〟を受け取ってゲームが始まります。
最初は、誰もが【只人】というエクストラスキルからです。
ですが、次第に真価を発揮します。
発揮するのは、【只人】を与えられてから48時間が経過したあたりから。
プレイヤーがどんな行いをしたか。
その時の心理状態や感情はどうだったか。
プレイヤーが体験したこと経験したことを神々は、天界から覗いているのだとか。
そうして自身の分身とも言える最適なエクストラスキルに変化するそうです。
例えば、僕のエクストラスキルは【賢者】でした。
【賢者】は、複数の魔法を同時に展開することができる特性を持っていました。
勿論、最初はそんな簡単に扱えたら苦労なんてしません。
ひとつの魔法を放てるだけで精一杯。
ふたつめなんて、とてもじゃないですが生成さえ出来ませんでした。
そんな悩んでいた当時の僕に、友人が声をかけてくれました。
中学からの友人であり1個上の先輩。
ユウマさんとデフォルトさんが「参謀」と呼ぶ大輝さんでした。
何故そう呼ぶのか訊いたことがあります。
ひとつは単純に本名を語ってしまえば、いつの間にか広まってもおかしくはない時代。
安易に本名を入力したユウマさんはさておき、MMOで身バレは面倒事しか生まないとはデフォルトさんの言葉。
もうひとつは大輝さんの知略にあります。
出来事には、何かしらの理由があってそうなるという解釈を深掘りして考える。
そうした思考は誰でもとはいかないものの考え至ることはできます。
但し、僕達プレイヤーの多くは長年ゲーム脳に依存してしまっています。
そういうフラグが立ったのかだとか、別クエで進行しないと行けないのか、など思考を放棄・停止することがあります。
しかし、大輝さんは家の事情でこのゲームができないとのこと。
ゲーム脳に依存しない第三者からの意見は貴重です。
勿論それだけではありません。
大輝さんは、何処となく戦略性を纏った思考の寄り方をしているからです。
例えば、地形を把握する。と言えば周辺の地理や環境、歴史までを調べ上げる。
どうしてその地形に成り得たか徹底したリサーチが常。
今回の大規模作戦にもひと役買ってくれている凄い先輩だ。
|Extra Fantasyは、大輝さんの友人を介して聞いているらしく知っていました。
そこで初めてお二方。
ユウマさんとデフォルトさんと出逢い、色々教えてもらったという訳です。
彼等の紹介もあって、北欧地方の魔法学院へ入学を勧められるがままに。
入学して本を読み、先生から学び、学生と競う。
そういったイベントをこなすことで初めて魔法を理解しなければ、僕のような凡人にエクストラスキルなんてものを正しく運用もできなかった。
いまの僕が基礎魔法【グリッド】を使いながら、5種類まで魔法をマルチキャストするなんてできなかったでしょう。
デフォルトさんのエクストラスキルは尋ねても教えてはいただけませんした。
というよりも本来なら公開しないのが普通なこと。
それはそうですよね。
エクストラスキルであって個人情報なんですから。
ただ、ユウマさんは、軽い挨拶をするように教えてくれました。
ユウマさん曰く、参謀の友達に悪い奴はいないからというシンプルな理由でした。
ユウマさんのエクストラスキルは【狂戦士】。
【狂戦士】は、自身が負ったダメージと感情の高ぶりで強化を施す。
そう感情の高ぶりでです。
【狂戦士】固有の状態異常〖感情制御不能〗がそうさせているのだとか。
感情の浮き沈みが激しく自分でコントロールできないほどに。
ユウマさん自身、決して短気な性格ではありません。
お世辞にもデフォルトさんとは仲が良好とは言えませんが―――。
クスっと笑ってしまった。
鼻で笑ったユナイトに気付いたユウマは、胸倉を掴んできた。
「そういえば、お前はオレを拘束してくれたよな。」
しまった。とばかりに飛び火した怒りに拍車が掛かるが―――。
それは唐突にやってきた。
キィ―――――。
突如、甲高い高出力の音波が衝撃波を伴って黒鉄砂城を駆け巡った。
城主が動いたのだ。
「いまの音、聞こえたな!」
デフォルトさんからのメッセージだった。
デフォルトさんから予め聞かされていた。
作戦開始の合図は、第二形態になるときに放つあの甲高い高出力の音だと。
「ええ、こちらの準備は万端です。」
あなたが用意した爆弾は盛大に引火して飛び火もしてますからね。
状態異常〖怒り〗がいつ〖憤怒〗に変わってもおかしくない。
「ユウマ。暴れる時間だ。」
ユウマは最高に燃えていた。
今まであれやこれやに怒っているわけではない。
世界が状態異常《怒り》を勝手にそうさせただけ。
既存のオンラインゲームは、他のプレイヤーからの罵声や嫌味などの言葉の暴力によるハラスメントから生じる精神的ダメージは兎も角として。
物理的ダメージを受けてもゲームの中だから痛みはない。
それが当たり前だった。
でも、このゲームは違う。
受けてしまったダメージは痛みを伴ってしまう。
「死んだから」「殺されたから」「取り忘れたから」という失敗は許されない。
電源を切ってもリセットはされない。
《《何度も》》生き返っての復活はできない。
それではゲームとして成立しない。という理由から復活や蘇生は《《可能には》》なっている。
Lvを上げる度に《《オレ達》》には、2つの選択肢を委ねられるようになった。
Lvが上がる度、ステ振りに使うSPを5つ獲得してステータスを成長させるか。
HPがゼロになって倒された時、強制復活する魔道具を獲得するか。
・・・という2つの選択肢だ。
この世界にも完全回復薬や蘇生魔法があるとは聞く。
しかし、そういった品が露店で売られている訳はない。
仮に大手の商会で、鑑定済証明証が記されたアイテムが売られていても。
ゲームを始めたての初心者に、相当な強運やコネがなければ中々手を出せない。
右も左も分からない初心者もそうだが、熟練者でさえ呆気なく最期を迎える。
それを鑑みた運営が苦肉の策を設けた。
それがLvアップの際に強制復活魔道具を得ること。
それが〔生命再臨の鈴〕というアイテムだ。
それでもプレイヤー同士で譲渡はできず、上限は2つまでとされている。
どうして2つなのか。
デフォ曰く、仏の顔も三度撫でれば腹立てる。ということわざから来てるそうだ。
オレのエクストラスキルは【狂戦士】。
ユナイトへ言った自身が負ったダメージと感情の高ぶりで強化されること。
これに間違いはないが微妙に違う。
【狂戦士】|固有状態異常〖感情制御不能〗《システム》によって、些細なことで〖怒り〗状態にはなるが通常の〖怒り〗状態とは異なる。
これは他の状態異常も該当することだが、【狂戦士】の場合効果内容が1.5倍になる。
例えば、状態異常〖出血〗は身体から出血が起きた時に発生するデバフ。
効果は20秒毎に2のダメージを受けること。
更なる攻撃や自傷などを受けて傷口が損傷し広がった場合は〖出血2〗となる。
最大で10までの段階が用意され、1つの段階毎に2のダメージが追加される。
まあ、つまりは通常は最大で20秒毎に20のダメージを受けることになる。
しかし、オレの場合はダメージを1.5倍。
20秒毎に3のダメージを受け、最大で30のダメージを受ける計算になる。
それも通常〔包帯〕〔消毒液〕などの治療道具で完治するがオレには効果がない。
効果がないとは言え、永続してダメージを受けることはない。
治療道具がなくともプレイヤーが持つ代謝で自然治癒で完治することができる。
因みにオレの場合の自然治癒による完治時間は300秒。5分だ。
オレのHPが1200を以てしてもデバフ1つで最大450のダメージを受ける。
最大での計算でもダメージを負うデバフは2つまでにしたいものだ。
なぜ、そう言った思考に至るか。
それは【狂戦士】だけが持つ破格の恩恵が今回の作戦では大きな鍵を担うからだ。
大前提としてソロで挑むこと。
ソロとは単独や単騎で挑戦することを指すが、別に1人でなくとも問題はない。
敵がオレという1人のプレイヤーだけを認識していれば、超遠距離からの狙撃による攻撃や死角からの魔法攻撃を与えようと認識できないなら問題ない。
重要なのはここからだ。
〔生命再臨の鈴〕を未所持で状態異常〖満身創痍〗になる必要がある。
〖満身創痍〗は、HPが1割を切り状態異常〖出血〗を10分以上保ったまま他3つ以上のデバフをつけた状態のことを指す。
そうして戦闘中に限り、全ステータス15倍という破格の恩恵【孤高の逆鱗】を手にすることができる。
但し、破格の恩恵を得る代償がある。
【孤高の逆鱗】状態でのダメージのすべてが15倍で受けるというもの。
つまり当たったら即死のノーダメ戦闘を強いられる。
これで燃えないわけないだろ。
オレは防塵用の外套をユナイトに投げた。
メラメラ燃えるのは闘志だけじゃない。
「暴れる?馬鹿云え、オレはいつだって愉しむだけだ!」
魂が強者を求めて、欲して、最高に燃えているぜ!