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09.あまりにも失礼です!!

 シャルルと舞踏会に行くことは、両親にもオリヴィアにも誰にも報告はしなかった。いずれは耳に入るだろうが、どうしてか自分からは言いたくなかったのだ。

 もしかしたら、両親は褒めてくれるのかもしれなかった。けれど、褒めて欲しくてシャルルと舞踏会に行くの? と自身に問われ、アイリスは迷わずそれを否定した。

 家族に対して感じたもやもやとした嫌悪感にも似たそれに従って、アイリスは口を噤んだ。初めての経験であった。不思議と秘密にすることに罪悪感は覚えなかった。


「どんな手を使ったんだい?」


 目の前に立ち塞がったジェイデンが、挨拶もなしにそう言った。威圧的に見下ろされて、アイリスは萎縮する。

 放課後の人気のない外廊下に二人きり。特別に思っていた筈なのに、もはやアイリスは恐怖しか抱けなかった。


「なんの、おはなしで」

「君はそればかりだな」

「申し訳ありません……」


 苛立ちを隠しもせずに、ジェイデンはアイリスを睨み付ける。逃げなければと思った。しかし、足が竦んで動きたくても動けなかった。


「隣国の第二王子殿下のパートナーになったそうだね」

「はい。その通りです」

「婚約を解消したばかりだというのに……。やはり君は、卑しい女だったようだ」

「そのようなことは……」

「体でも使ったか」


 その言葉の意味を理解した瞬間、アイリスの顔が怒りから赤くなる。気付けばジェイデンを睨み返していた。


「王子殿下はそのような方ではありません! あまりにも失礼です!!」

「……っ!? 煩い! 王子殿下は君に騙されていらっしゃる! でなければ、君を選ぶわけがないのだから!!」


 ジェイデンはどこか必死に、まるでそうでなければ困るとでもいうように、声を張り上げた。アイリスは怒声とも取れるジェイデンの声に、怯みそうになるのを撤回して欲しい一心で耐える。

 そのアイリスの態度が気に食わなかったのだろうか。ジェイデンが一歩アイリスに近付き、捕らえようと手を伸ばしてくる。

 アイリスが身を守らなければと感じるより先、強風がジェイデンを襲った。凄まじい風にアイリスも思わず目を瞑る。

 踏ん張りきれずに、ジェイデンは足を後退させた。その先の床が何故か凍っており、足を滑らせたジェイデンが尻餅をつく。


「……っっ!? 何なんだ!?」


 風が止んだため、床に座り込んだままの体勢であったがジェイデンは顔を上げる。その声に、アイリスも目を開けた。

 二人の間、アイリスを守るようにして水の塊が宙に浮いていた。それに二人は、目を丸める。


「精霊さま……」


 いつもニコニコ笑顔の形になる水の塊が、頗る腹立たしいというようにプンプンと怒った顔をしていたのだ。つまり、強風も床に氷を張ったのも精霊達ということ。


「これが、精霊……?」


 昨日の放課後、ジェイデンはあの場にいなかったらしい。水が宙に浮いているという初めて体験する奇妙な光景に、後退ってしまっていた。


「そんなわけ、ない……。魔力も持たない君にこんな。いったい何をしたんだい? 何か仕掛けがある筈だ」


 ジェイデンがそう思うのも仕方がない。ここは、遥か昔に魔法を失った国。全ての事象は科学的に証明できるのが当たり前なのだから。


「私は何も」

「では何故、水が宙に浮いている?」

「これは、精霊さまが」

「精霊が君の味方をしたとでも言うつもりか?」


 そう言われてしまうと、途端にアイリスの自信はなくなっていく。シャルルはアイリスが精霊に好かれていると言っていたが、それを証明する手段をアイリスは持っていなかった。

 上手く言葉が出てこなくて、アイリスは黙り込む。ジェイデンはそんなアイリスの様子を見て冷静になったようで、小馬鹿にするように鼻で笑った。

 それに怒りを露にしたのは、精霊達であった。宙に浮く水の表情が更に険しくなる。抗議するように、中庭の木々が音を立てて揺れた。


「何がどうなって……」


 再びジェイデンが怯んだように、表情に不安のようなものを滲ませる。アイリスは止めようにも方法が分からず狼狽した。精霊が言うことを聞いてくれるとは思えなかったのだ。


「えぇ? これはどういう状況なのかな?」


 不意に聞こえてきたのは、混乱を含んだシャルルの声で。アイリスはそれでも安心感を覚えて、ほっと息を吐く。

 シャルルは慌てて走って来たのか、少し息が乱れているようであった。未だに床に座り込んでいるジェイデンと、困り果てているアイリスを交互に見て、最後に宙に浮く水へとシャルルは視線を遣る。


「うわぁ……。びっくりするくらい怒ってる」


 シャルルが手を差し出すと、水の塊はその手の平の上に移動する。「うん、それで? うん」とシャルルは相槌を打ちながら、精霊の話を聞いているようであった。


「へぇ?」


 瞬間、空気が不穏に揺れた気がした。シャルルの鋭く細まった瞳といつもよりも低い声に、アイリスは唾を呑む。

 しかしそれは一瞬のことで、剣呑な空気もシャルルの雰囲気も嘘のように元通りになる。シャルルはいつも通り、隙のない笑みをその顔に浮かべた。


「大丈夫かな? 必要ならば手を貸そうか?」

「いえ! お見苦しい所をお見せしました」


 ジェイデンは慌てた様子で立ち上がり、さっと身なりを整える。先程とは打って変わって、にこやかに笑った。


「王子殿下は、何故こちらに?」

「あぁ、精霊が呼びに来たんだよ。焦った様子で早く早くと急かすものだから、只事ではないと思ってね」

「精霊、が……?」

「精霊はスタジッグ伯爵令嬢が好きみたいでね。あまり意地悪をしないことだ。次はもっと痛い目を見ることになりそうだよ」


 どこまでも柔和な声音と発言の内容が合致しなくて、ジェイデンは上手く呑み込めなかったのかポカンとした顔をする。やはり精霊は、アイリスの味方をしてくれていたようだ。

 周囲の木々を揺らしていた風は止み、今はシャルルの周りだけを漂っている。柔らかそうな猫っ毛がふわふわと風に揺れていた。

 只者ではない感とでも言えばいいのか。それを感じたらしいジェイデンの瞳に滲んだのは、魔法使いへの恐怖であった。


「それは、脅しですか」

「人の親切をそのように言うものではないよ。感心しないな、ジェイデン卿」

「それは失礼しました。では、お礼に俺からも“親切”を。その女は止めておかれた方がよろしいかと。実の妹を虐げる最低で卑しい女ですからね」


 その言葉に、アイリスは傷付いた顔で俯く。シャルルにだけは、知られたくなかった。内容の真偽やシャルルが信じる信じないかよりも、そのような話があるということ自体が恥ずかしくて堪らなかった。


「親切心は受け取っておくよ。でも、心配はしないで欲しい。オレには人を見る目がある、そう自負しているからね」


 何のてらいもなく、当たり前のことを言うような声音だった。それに、ジェイデンは返す言葉が見つからなかったらしい。焦燥を滲ませながらも押し黙った。


「卿は次期公爵だ。未来の公爵夫人足る人物かどうか、婚約者の身辺はしっかりと調査したんだよね?」

「それは、どういう……」

「ちょっとした忠告だよ。卿の歳が離れた弟君は、優秀だそうだね。最近は、お父上のようになりたいと更に自己研鑽に励んでいるとか」


 シャルルの言葉の端々に棘のようなものが見え隠れする。言葉の裏に込められた意味が分からないほど、ジェイデンもアイリスも幼くはなかった。


「……ご忠告、痛み入ります」

「構わない。卿によい結果がもたらされることを祈ってるよ」


 ジェイデンはシャルルに一礼すると、顔色悪く去っていく。その後ろ姿が完全に見えなくなったのを確認し、シャルルは脱力したように大きな溜息を吐き出した。


「似合わないことは、するものじゃないね~」

「ええと……? とても堂々としていらっしゃって」

「そうかな~? オレにこういうのは、向かないよ」


 一変して、軽い調子になったシャルルの声にアイリスはキョトンと目を瞬く。シャルルは心底困ったように、眉尻を下げたのだった。

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