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番外編 第二王子にとっての世界1

 ただ、自由に生きたかっただけ。それが許されないことなのだと知らなかったのだ。

 シャルルはポプラルース王国の第二王子として生まれた。最も精霊に愛される魔法使いとしての資質を持って。

 シャルルには、兄がいた。代々、第一王子が王となり国を治めてきたため、兄が王太子になることはシャルルが生まれる前から決まっていた。

 だから、という訳ではない。シャルルには元々、王になる気など微塵もなかった。物心付く頃には、そういうことは性に合わないと悟っていた。

 兄は優秀らしい。周りの者が口を揃えてそう称えるのだから、そうなのだろう。アベラールは、シャルルの自慢の兄だった。

 幼い頃一緒に遊んだような記憶が、うっすらと残ってはいた。しかし兄は次期国王、忙しいらしくいつしかシャルルとは遊んでくれなくなった。


「そうなんだ。つまらなくってさ」


 シャルルの遊び相手は、専ら精霊達であった。王宮の美しい庭園で、魔力を配れば沢山の精霊達が寄ってきてくれた。シャルルはこれが普通なのだと信じて疑っていなかった。


「なぁ、聞いたか? 今、王都の広場に吟遊詩人が来てるらしい」

「それは、いいな。今度の休みにでも聞きに行ってみるかな」


 それは、使用人達にとっては何気ない日常の会話であった。偶々そこを通り掛かったシャルルが、その会話を耳にしてしまい。尚且、興味を引かれたのがいけなかったのだ。


「ねぇねぇ!」

「……っ!? お、王子殿下、どうされましたか?」

「吟遊詩人ってなに?」

「そうですね。詩や曲を作り、各地を訪れて歌う人々のことでございます」

「へぇ~……。僕も聞いてみたい! 王都の広場なら直ぐ近くだから、行ってもいいよね?」


 純粋にそう言った。ちょっと出掛けるくらいならば、許されると思ったのだ。しかし、返ってきたのは、使用人達の困ったような表情であった。


「それは、無理かと……」

「貴方様はこの国の第二王子でございます。気軽に外出は……。許可が下りないのではないかと存じます」

「……え、あ、そうなんだ」


 シャルルの世界は、王宮内で事足りていた。不自由など、感じることがそれまではなかったのだ。それが、初めて外へと意識が向いた、向いてしまった瞬間に、シャルルの世界は一変した。

 息苦しい。その日から、シャルルは度々そう感じるようになってしまった。王宮という何不自由ない檻は、シャルルにとっては息が詰まる場所になっていった。


「シャルル殿下は、この国一番の魔法使いになれる素晴らしい力をお持ちなのですよ」


 ある日の精霊魔法の授業中、家庭教師がそう言った。だから、もっと真面目に云々と何か言っていたが、シャルルの耳には入ってこなかった。

 そんな筈はなかった。だって、シャルルにとっての一番は、いつでも何でも兄であったのだから。


「きっと、兄様の方が凄いに決まってる。煽ててやる気にさせる気なんだ」


 シャルルは不貞腐れた様子で、兄を探した。忙しいのは承知しているが、どうしても話を聞いて欲しかったのだ。それも、間違いであった。

 精霊達に教えて貰って辿り着いた先で、シャルルは兄を見つけた。見つけたが、声を掛けることは出来なかった。

 兄は地面に踞り、苦しげに嘔吐いていた。シャルルは衝撃に、思わず物陰に隠れてしまったのだ。側に駆け寄れなかったのは、隣に立つ家庭教師の放った言葉のせいであった。


「貴方様は次期王なのですよ! そのような魔力量ではお話になりませぬ!! さぁ、続きを! 弟君に負けているのですから!!」


 アベラールはフラフラと覚束ない様子で、それでも立ち上がる。


「猶予はあと一年しかありませぬ! 泣いている暇などないとお分かりですね?」


 シャルルは迫り上がってくる今までに感じたことのない吐き気を口を手で覆うことで耐えた。何とかそれを飲み下し、その場から離れる。

 シャルルの脳裏に、褒められた沢山の言葉が浮かんでは消えていった。大袈裟だと思っていた。しかしそれは、大袈裟ではなかったのだ。

 シャルルにとって、兄は自慢だった。では、兄にとっては? 先程の家庭教師の言葉が頭にこびりついて離れない。


“弟君に負けているのですから!!”


 兄は優秀なのだ。それは勿論、魔法使いとしても、だ。シャルルさえいなければ。シャルルさえ生まれなければ。あんな苦しい思いはしなくて済んだのかもしれない。

 シャルルは、そう考えてしまった。


「はっ、はぁ、くるしい」


 息が上手く出来ない。苦しい。息苦しい。誰か。誰でもいいから。


「たすけて……」


 その言葉に寄り添ってくれたのは、精霊だけであった。

 その頃から更に、シャルルは自由を渇望するようになった。逃げたかった。この息苦しい檻から、逃げなくてはと思った。自分はここでは生きていけない、と。

 そんな折、転機が訪れた。父が晩餐会に吟遊詩人を招いたのだ。シャルルは初めて聞いた吟遊詩人の歌に魅了された。

 自分もこんな風に、他者を楽しませることの出来る人間になりたいと思った。シャルルは元来、人を喜ばせるのが好きだった。

 精霊魔法を使えば、周りの人は喜んでくれた。シャルルも嬉しかった。しかし、その裏で兄は苦しんでいた。それでは、意味がない。

 精霊のことは大好きだ。けれど、国一番の魔法使いの称号などいらない。そんなものは足枷で、シャルルを更に不自由にしかしないのだから。

 父がその吟遊詩人の歌を気に入ったため、暫く王宮に滞在することが決まった。シャルルはチャンスが巡ってきたと思った。

 王宮を飛び出し、吟遊詩人として世界各国を旅する。幼いシャルルは本気だった。本気で、そうするつもりでいた。

 吟遊詩人は、気さくで優しい男であった。吟遊詩人はシャルルに使わなくなったハープをくれた。自分は父からリュートを譲り受けたから貰ってくれと言われた。

 シャルルはお礼をしようとしたが、「大事に使ってくれりゃ~良いのよ」とだけ男は言った。男はシャルルにハープの使い方を丁寧に教えてくれた。

 シャルルは、ハープの弦を初めて弾いたこの感動を一生忘れないだろうなと思った。それ程までに、夢のようなひと月であった。


「本当に行っちゃうの?」

「あぁ、オレは吟遊詩人だからな~。風の吹くまま気の向くまま、色んな世界を歌にするのさ」

「また会える?」

「さてなぁ? まっ、風に聞きな~」


 男は最後にシャルルの頭を無遠慮にわしゃわしゃと撫でて、旅立っていった。シャルルはその自由に憧れた。それが、許されないと思いたくはなかったのに。父は許してくれなかった。


「まったく……。お前は、自分が王族であるということを自覚しなさい」


 シャルルの目の前で、ハープが壊れていく。


「王族の威信が揺らげば、国が危うくなる。民のために、王族らしく振る舞いなさいと何度言えば理解するのだ」


 自由が壊れていく。


「お前には国一番の魔法使いとして、王族の力を示して貰わねばならない。兄を支えなさい」


 大事にすると約束した。その約束一つ守れなかった。情けなさや後悔が渦巻いたが、シャルルはただその顔に完璧な微笑みを浮かべた。


「分かったな? シャルル」

「はい、父上」


 檻の中ではそれがルールだ。いや、それを家庭教師はマナーと呼んでいた。

 やはり、国一番の魔法使いなど足枷でしかなかった。いらなかった。こんな力なければ良かった。不出来な役立たずならば見放して貰えたかもしれないのに。

 どうすれば良いのか分からなくなった。幼いシャルルには、この息苦しい場所で笑みを張り付け生きる道しか見えなくなってしまったのだった。

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