19.よろこんで
国王陛下への挨拶を済ませた後、第三王女殿下に「伯爵家に帰ると危ないわよ」と侍女の名目で保護してくださるという話を聞かされた。
その辺りの手抜かりもないらしい。まだ話に着いていけていない部分もあるが、整理する間もなく貴族達が押し寄せ。彼らをシャルルが華麗に捌いてくれたため、二人はやっと一息ついていた。
先程の騒ぎなどなかったかのように舞踏会は続いているため、アベラールとソフィアは踊りに行き。アイリスとシャルルは遠慮して、今は会場の隅に二人っきりであった。
シャルルが無意識なのだろう。大きく「ふぅ……」と気が抜けたかのような息を吐く。瞳が微かに翳ったようにアイリスには見えて、様子を窺うようにじっと見つめてしまった。
その視線にシャルルが気付かない筈もなく、直ぐ様目が合う。アイリスは驚いて、思わず目を逸らしてしまった。見すぎただろうか。
「熱烈な視線~」
「いえ、あの、申し訳ありません。お疲れなのかと思いまして……」
「あ~……。そっかぁ。うん。スタジッグ伯爵令嬢には敵わないな~」
先程までの雰囲気から一変して、いつも通りに気の抜けるような笑みを浮かべたシャルルに、アイリスはどこかほっとした心地になる。当の本人は、困ったように頬を人差し指で掻いた。
「まぁ、でも……。このくらいは頑張るよ。ほら、オレは格好つけたいお年頃だから」
それはあの時ソフィアが言っていた言葉であった。“好いた人の前では”、と。それを思い出し、アイリスは何も言えずに頬を赤に染めた。
「あらら、そんな顔してくれるとは。もっと頑張れちゃうかも」
「う、嬉しいです。けれど、ご無理だけは……」
「しないしない」
「……本当ですか?」
何だかんだと言いながらもシャルルが皆の前で完璧な王子像を崩した所は見たことがなかった。なので、アイリスは疑いの眼差しを向ける。
それにシャルルは、誤魔化すような微笑みを浮かべた。まぁ、立場的に無理をするなと言う方が難しいのだろう。アイリスとて伯爵令嬢だ。そのくらいは理解できた。
「頑張ったご褒美に、またオレの歌を聞いてよ」
「それは……。私の方がご褒美になりませんか?」
「オレの歌を楽しんで貰えると、オレも楽しいんだ~。でも、そう。ご褒美になるほど、オレの歌を気に入ってくれてるんだね」
「勿論です! 王子殿下の歌が世界で一番好きです!」
言いきった後に、アイリスは凄いことを言ってしまったと我に返る。しかし、嘘は言っていない。ここで否定するのも違う気がして、アイリスは堂々とする選択をした。
「……うん。嬉しいなぁ。ありがとう」
シャルルは心の底から歓喜するような。それでいて、泣きそうに瞳を細める。
その時ちょうどワルツの曲目が変わった。シャルルは恭しく、アイリスに手を差し出す。
「オレと踊って頂けますか?」
「…………」
「スタジッグ伯爵令嬢?」
「あ、アイリスと……」
アイリスが言えたのは、そこまでであった。恥ずかしさに負けて、口ごもってしまう。しかし、シャルルはアイリスの言いたいことを汲み取ってくれたようだ。優しく「フッ」と空気が揺れる。
「お手をどうぞ、アイリス嬢」
「はい、よろこんで」
アイリスは迷うことなくシャルルの手に手を重ねた。
「オレのことは、シャルルって呼んでくれてもいいんだよ」
「それは、あの、練習致します!」
「あははっ! じゃあ、楽しみにしてるね」
シャルルに手を引かれて、会場の中央へと歩を進める。舞踏会で踊るなど、いつぶりだろうか。今日のため自主的に練習はしたが、本番となると緊張してしまう。
「肩の力を抜いて~。笑って笑って~」
へにゃりとシャルルが笑うのに釣られるようにして、アイリスも頬を緩めた。それに、シャルルが満足そうな顔をする。
「うん。世界で一番かわいい」
アイリスがその言葉に素っ頓狂な声を出すのと同時に、ダンスが始まる。崩れそうになった体勢はシャルルがフォローしてくれたが、アイリスは目を白黒させた。
「おっと、大丈夫?」
「も、申し訳ありません。ですが、あの、えぇえ??」
「あははっ、可愛いなぁ」
「うぅ……」
ここで上手い返しが出来ないのが、情けないやら恥ずかしいやら。アイリスは、ばつが悪そうにシャルルを見上げる。
合ったシャルルの瞳が、どこまでも優しげで。“愛しい”そう言われているように感じたアイリスの頬の熱は、冷めてくれそうにもなかった。
「きゃー! シャルル王子、歌ってー!!」
「んん??」
不意に会場に響いた声に、シャルルが面食らったように目を丸める。アイリスも驚いて、声のした方へと視線を向けた。
そこには扇で口元を隠し、「あらやだ、誰かしら。おほほ~」と全く誤魔化せていないが、誤魔化そうとしている第三王女殿下がいた。
「えぇ~? あれじゃ、誤魔化しきれないでしょ……」
「です、よね……?」
「相変わらず、マチルダ王女は思いっきりがよすぎる方だなぁ」
シャルルが困ったように笑む。逡巡するように目を伏せたかと思えば、直ぐに諦めたような顔をした。
「歌だけなら何とかなる、かな~。どうだろう。まぁ、いいか」
吹っ切れたようにシャルルが悪戯に笑う。
「でも、ワルツ曲かぁ。三拍子、この曲の譜面は確か~……」
もしかしなくても、今この瞬間に作詩するのだろうか。しかも、アイリスをリードしながら踊っているこの状況で。
ソワソワとシャルルを見つめていれば、ふとシャルルの視線がアイリスへと戻ってきた。ゆるりとシャルルの目尻が下がる。息を吸う音にさえ、心が惹き付けられるようであった。
「《風薫る若葉の都 咲くは君の花笑み
それは黎明 天使の梯子
焦がれて僕は歌う 永遠に咲けよと祈り込め
君に幸多く 降り注げよ天水のごとく》」
穏やかで優しい歌声が、会場に響き渡る。“君”が誰を指し示しているのかなど、一目瞭然であった。
アイリスはあれだけ泣いたというのに、また泣き出してしまいそうになる。けれど、それをぐっと飲み込んだ。
シャルルが紡いだ詩歌に応えるように。胸中を満たす幸福のまま、花が咲くように笑んだのだった。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!!
10話前後の予定だったのに、書いていると何故か長くなっていく……。難しいですね。
楽しんで頂けていれば、嬉しいです!
今回はアイリス視点のみで書いたので、本編はここで終了なのですが。シャルルの過去とか番外編で書けたらなぁとは思っております。ご興味ありましたら、また余暇のお供にでもしてやってください。
ブックマーク、評価、ありがとうございます!
このお話楽しんで頂けてるんだなぁと“いいね”がつくたびに喜んでおります!




