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16/22

16.そのような効果があるのですね

 あの後、化粧を直さなければならなくなり、舞踏会への参加が更に遅れてしまった。申し訳なくて平謝りのアイリスに、シャルルは大丈夫の一点張りで。

 シャルル曰く、外遊に来ているから呼ばれただけで、ポプラルース王国の主賓は兄の王太子だそうだ。それに、遅れる旨は伝えてあるので問題にはならないとのこと。

 完璧に仕上げられたドレス姿のアイリスを見て、シャルルは愛おしそうに目を細めた。それに、アイリスは気恥ずかしくて目を伏せてしまう。


「何があっても、オレが守るよ。任せてくれるかな?」

「勿論でございます」

「うん。キミは堂々としていてね。何も悪くないんだから」

「分かりました。負けません!」

「気合い充分だね~。じゃあ、行こうか」


 シャルルと腕を組んで、扉を潜る。ゆったりとしたワルツの演奏が、耳朶に触れた。シャンデリアに照らされた金銀の刺繍が、踊りに合わせて華やかに煌めいている。


「シャルル!」


 会場に入って直ぐ、呼び止められてシャルルは足を止めた。合わせて、アイリスも立ち止まる。

 視線を向けた先、シャルルと同じ輝く黄金の髪が目に入り、アイリスは一気に緊張した。シャルルを呼び捨てにしていることからも、彼がポプラルース王国の王太子で間違いはなさそうであった。


「兄様、お久しぶりですね」

「あぁ、本当に久しぶりだ。元気にしていたか? 体調など崩していないか?」

「元気ですよ。兄様こそ、お変わりありませんか?」

「もちろんだ」


 王太子殿下の声が震えている気がして、アイリスは小首を傾げる。凛々しい深紅の瞳にみるみる涙が溜まっていくのが見えて、アイリスは酷く驚いた。


「あちゃー……」

「あらあら、あれだけシュミレーションを重ねたというのに……。しっかりしてくださいませ、アベラール様」

「すま、ない、ソフィア。耐えられないか、も」

「流石に耐えてくださいな」

「ぐぅっ……!」

「お変わりないようで~」

「耐えているだけ、大成長でしてよ」


 凛とした佇まいで王太子、アベラールの隣に白銀の髪をした女性が並ぶ。彼女の薄い紫の瞳がシャルルからついとアイリスへと移った。


「ごきげんよう。わたくしは、ソフィア・パジェ・ネネルシオ。そして、こちらで泣くのを耐えていらっしゃる方が、アベラール・スエ・ポプラルース第一王子殿下よ」

「ご機嫌麗しゅうございます。私は、アイリス・スタジッグと申します。よろしくお願いいたします」

「えぇ、よろしく」

「よろしく、たのむ」


 ソフィアのドレスは、確かにレースフリルをあしらったクリームイエローのふんわりとしたものであった。

 しかし、可愛らしいというよりも上品という表現の方がよく合っていて、シャルルの言っていた意味がアイリスにはよく分かった。

 そして何よりも目を引いたのは、ソフィアの至るところで咲く深紅の薔薇。あしらわれているのは、ルビーだろうか。


「今日は一段と兄様カラーだね~」

「当たり前ですわ。これは、アベラール様はわたくしの婚約者なので、手を出したら只では済まさないという警告でしてよ」

「あぁ、うん。そっち?」

「あら? 貴女は違うのかしら」


 そう話を振られて、アイリスはキョトンと目を瞬く。今の自分の格好を思い出して、気付けばアイリスは「な、なるほど!」と言っていた。


「そのような効果があるのですね」

「そうよ。相手の戦意を削ぐと同時に先制攻撃が出来るの」

「やめてやめて。ソフィア嬢、待って。変なこと教えないで」

「大事なことですのに」

「兄様も何か言って……。駄目だ。真っ赤になって固まってる」

「涙がおさまって何よりですわ」


 気安い雰囲気に三人の仲の良さが窺えて、アイリスは緊張が解れていく。気付けばアイリスも頬を緩めてしまっていた。


「まぁ、愛らしいこと。正式に婚約を結ぶのでしたら、手順を踏まねばなりませんわよ。大事なのは忍耐ですわ、シャルル王子」

「うん? え? オレのこと何だと思ってる?」

「男は皆と言いますから。あぁ、いえ。手を握るのでさえ緊張されていたアベラール様の弟ですものね。大丈夫かしら」

「ソフィア!?」

「兄様が泣きますよ」

「本当のことですもの。来年には結婚式が控えているというのに。誓いの口づけは大丈夫なのですよね?」

「ままま、任せなさい」

「兄様……」

「最終手段として、わたくしからすることも検討します」


 ソフィアはクロエと同じくらいに強く見えた。アイリスは王族の方と婚約を結ぶのなら、このくらい強くならなければならないのかもしれないとソフィアを熱心に見つめる。


「貴女……。アイリス嬢と呼んでもいいかしら」

「勿論でございます」

「では、アイリス嬢」

「はい」

「シャルル王子は困った方でしょう? 何かあったら、わたくしに言い付けにきなさいな。幼少期から知っていますからね。弱みの手札が沢山ありましてよ」

「弱み……。王子殿下に、そのようなものがあるのですか? それに、困るようなことは何も」

「あら、そうなの。好いている人の前では、格好をつけたいお年頃なのねぇ」

「勘弁して欲しい。あと、弱みの手札ってなに? ソフィア嬢が言うと怖いんだけど……」


 シャルルに向かって、ソフィアはニコッと意味深に微笑むだけであった。それに、シャルルは頬を引きつらせる。


「安心してくださいませ。アベラール様の方が多いですから」

「なに!?」

「何も安心できない」

「弱み? 弱みとは一体どれのことを」

「この場で言ってよろしいの?」

「よろしくないので、やめてくれ」


 焦るアベラールを見て、ソフィアはころころと笑うだけ。それに、アベラールは仕方がないと言いたげに苦笑した。


「あぁ、そうだ。シャルル、例のジェイデン卿に会ったぞ」

「何か言っていましたか?」

「オレのことを優秀な魔法使いだと勘違いしていてな」

「勘違いではないでしょう」

「いや、我が国で最も優秀な魔法使いは弟であるシャルルだと自慢しておいた」

「兄様~……」

「本当のことですもの。何か困ることがおありなのですか?」

「困るっていうか」


 シャルルが何処と無く気まずそうな顔をする。それに気付いているのだろう。アベラールが寂しげに眉尻を下げた。

 何とも言えない空気感になってしまった。そんな二人に、ソフィアはやれやれと言いたげに息を吐くと何故かアイリスを見遣る。


「アイリス嬢は、シャルル王子に魔法を見せて頂いたかしら?」

「は、はい! とても凄かったです」

「他には?」

「え? あの、素敵でした!」


 アベラールとソフィアが満足そうに頷く。それにシャルルは、不服そうに口をへの字に曲げた。

 初めて見る幼さの残る仕草に、アイリスはソワソワとした心地になる。もっとこういう一面が見たくなった。空気を読んで、口に出すことはしなかったが。


「それは、狡いですよ」

「何のことか、分かりかねますわ」


 しれっとした顔で小首を傾げるソフィアに、シャルルは「はぁ~……」と諦めたような深々とした溜息を吐き出す。次いで、アイリスへと視線を向けた。


「素敵だった?」

「はい! とても素敵でした!」

「あ~……。そっかぁ。うん。じゃあ、きっとそうなんだろうね」


 教室で魔法を使った時と同じ、何とも複雑そうな笑みを浮かべたシャルルに、アイリスは曖昧に笑い返すことしか出来なかった。

 ポプラルース王国で最も優秀な魔法使い。誇っていい筈のその称号は、シャルルにとって喜ばしいものではないのだろうか。


「あら、大変。アベラール様の涙腺が崩壊したわ」

「何で!? ちょっと、兄様~!」

「すまない……っ!!」


 どうやら、アベラールは随分と涙脆いお方のようだ。いつもの事なのか、ソフィアとシャルルは慣れた様子で慰めに掛かっていた。


「シャルル王子とご一緒に国王陛下へご挨拶に行かれるのでしょう? 泣き止んでくださいませ」

「うむ。もう大丈夫だ。落ち着いた」

「オレを待っていたんですか?」

「いや、最初にお祝いの言葉は言ったんだがな。やはり、兄弟揃ってもう一度と」

「分かりました。では、行きましょうか」


 アイリスはシャルルとパートナーなのだ。自然と挨拶の席にも同行することになり、アイリスの心臓が緊張から早鐘を打つ。この顔ぶれの中に、自分が混ざっていいのだろうかと不安になった。


「アイリス嬢」

「は、はい!?」

「先程、貴女の伯母である侯爵夫人にお会いしたのだけれど」

「伯母様に……。私はあまり関わりがなく」

「あら、どうして? とても良い方でしたのに」

「その、お母様が嫌がるので」

「まぁまぁ、そうなの」


 ソフィアは口元を扇で隠して、何事かを考えるように目を伏せる。しかし途中で、何かに気付いたように視線を上げた。


「ふふっ、アイリス嬢」

「……? 何でしょうか」

「貴女の妹は、随分と愉快な人のようね」

「え?」


 ソフィアが瞳を意地悪そうに細める。それさえも酷く優雅に見えて、アイリスはドキドキとしてしまった。それにしても、どうしてここでオリヴィアが出てくるのか。疑問に思った瞬間であった。


「シャルルさまぁ!」


 鼻にかかった甘たれた声が、許可もなくシャルルの名を呼んだのは。それに、アイリスの心臓はあらゆる意味で一気に冷えた。

 涙を瞳に沢山溜めたオリヴィアが、不躾にもシャルルに抱き付く。シャルルはそれを抱き止めるでもなく、しかし避けるでもなく、されるがままで立ち止まった。

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