15.もっと、貴方のお側にいたい
パーティー会場に控えている使用人に頼み、宝飾品を付けて貰ったのは良いのだが……。アイリスは鏡に映る自分の姿に、照れから眉尻を下げた。
シャルルが買ってくれていたピンクダイヤモンドの宝飾品は、ネックレスだけではなかったのだ。イヤリングにブレスレットまで。
髪飾りもピンクダイヤモンドが散りばめられたピンクゴールドのもの。全て花モチーフなのは、ポプラルース王国の感覚で買ってしまったからだとシャルルが言っていた。
早くシャルルの待つ部屋へと行かなければならないことは重々理解している。しかし、これは余りにも……。婚約者でもないのに、シャルルカラー過ぎではないだろうか。
「いえ、でも、王子殿下が贈ってくださったのだから」
堂々とするのが、正解なのかもしれない。きっとシャルルに他意などないだろう。変に意識している方が恥ずかしい気もしてきて、アイリスは澄ました顔を心掛けシャルルの元へと戻った。
「わぁ、想像以上にオレが独占欲の強い男みたいに見えるね」
シャルルの第一声がそれであったものだから、呆気なくアイリスの澄まし顔は崩れる。思わず口から素っ頓狂な声が出たのは、仕方がないことだろう。
「あっ、思わず……。気を悪くしたかな」
「い、いいえ! 気にしません!」
「気にしません、か」
シャルルはそうポツリと呟くと、アイリスを手招きする。二人がけソファーの隣に座るよう促され、アイリスは緊張で浅く腰かけた。
「その“気にしません”は、どちらの意味だろう」
「……?」
「答えによっては、期待してもいいよね」
ゆったりとシャルルが目を細めた。心の内を全て暴かれてしまいそうなその瞳から、アイリスは逃げ出したい衝動に駆られる。しかし、どうしてかシャルルから視線は逸らせなかった。
「あ、まり……そのようなことは」
「ん~?」
「勘違いしてしまいますので」
「いいよ。勘違いではないから」
もはやアイリスは一杯一杯だった。シャルルの言動に翻弄されて、顔を真っ赤にすることしか出来ない。これは、本気なのだろうか。それとも、戯れなのだろうか。
「どうして、そんな、いつから??」
混乱して考えていることが口から全部出てしまっているが、それに気付く余裕などアイリスにはなかった。
「さてね~。いつからだったかな?」
「うぅ、王子殿下……」
「そんな目で見ないで。あのね~……。オレだって恥ずかしいとか思ったりするんだよ」
シャルルが困ったように笑む。それに、アイリスはキョトンと目を瞬いた。
「まぁ、いいか。最初はそんな気、一切なかったんだけどね。いつからか……は、やっぱり内緒です。ただ、そうだな」
シャルルは言葉を探すように、目を伏せる。見つけたのか、フッと優しく空気が揺れた。
アイリスに戻ってきたシャルルの瞳は、穏やかで優しくて。それでいて、確かな恋情を奥に孕んでいた。
「キミの隣は息がしやすい」
シャルルの声に、“愛しい”という感情が乗る。どれだけ求めても、手に入らなかった。与えて貰えなかったもの。
「わ、私は」
「うん」
「王子殿下に救われました。多くを望むつもりなどなかったのです。それなのに、私は……」
シャルルの柔らかな笑みに、アイリスは泣きそうになる。
「もっと、貴方のお側にいたい、など、と……」
「いいよ、いて。お願いだから」
耐えきれずに、アイリスの瞳から涙が溢れ落ちた。それをシャルルが指の背で拭ってくれる。それだけで、アイリスの胸は幸せで一杯になった。
「ずっと、隣にいてよ」
「……え?」
「ん?」
「そ、それは、つまり……っ!?」
「あ~……。もしかして、もっとロマンチックなのを希望してた?」
「とんでもございません! しかし、それは、えぇ!?」
「いや、そうか。些か早急だったとは思うけど、そんな悠長にしてたらオレが帰っちゃうからなぁ」
シャルルの留学は、一年間のみ。秋には自国へと帰ってしまう。分かっていたことではあるが、本人の口から聞くと急に寂しいという感情が湧き上がった。
「婚約を結びたいのは、確かだよ。でも、それはちょっと先の話になるとは思う」
「ええと……」
「ただ、オレの気持ちを分かってて欲しかったのと。キミの気持ちをオレが知りたかったんだ」
「はい。あの、私も……」
「私も?」
先を促すように、シャルルが小首を傾げる。アイリスは何と言えばこの気持ちが伝わるのかと懸命に考えた。しかし、どのような言葉も足りない気がして、もどかしさに眉根を寄せてしまう。
「私も」
「うん」
「お慕いしております。だけでは、足りないので」
「うん??」
「お側でこの気持ちを沢山お伝えし続けとうございます。ずっと」
シャルルは虚をつかれたように、キョトンと目を丸める。次いで照れたように、はにかんだ。
「あははっ、オレの心臓がもつかなぁ」
「大丈夫です。私の方がもちませんから」
「それは、光栄だ。オレにドキドキしてくれるんだね」
「……っ! そ、そういうことを」
「二人っきりだから、平気だよ。露見しなければ、怒られない」
シャルルが、悪戯っぽく笑む。そういえば、ハープの演奏も歌も秘密にしてくれと言われた。城内で歌うわけにいかないとも。
しかし、シャルルの演奏は長らくハープに触れていなかったという風ではなかった。もしかしなくても、隙をついて演奏していたりしたのだろうか。
「でも、露見すれば、怒られる」
「……え?」
「それが、世の常だからね~」
シャルルの雰囲気が、一瞬で切り替わる。一変して真剣な表情を浮かべたシャルルに、アイリスも居ずまいを正した。
「さて、スタジッグ伯爵令嬢」
「……はい」
「意図せずキミの妹君が墓穴を掘ってくれたお陰で、ことは上手く運ぶと思うんだ。手筈も整えてある。あとは、キミの選択次第なんだけど」
「私の選択……?」
「キミは、家族と縁を切りたい? それとも、まだ諦めたくない?」
シャルルはアイリスの意思を尊重してくれるようだ。選択を委ねられて、アイリスは逡巡するように目を伏せた。
勉強会の日、あの時は確かにまだ諦めきれずにいた。しかし、どんどんと反抗心のようなものが芽生え、あの家族に縋り付く意義が見出だせなくなってきていたのも確かであった。
「私が、伯爵令嬢でなくなっても……。変わらずにいてくださいますか?」
「勿論だよ。でも、除籍にはならないんじゃないかなぁ。キミが問題を起こした訳ではないから」
「そう、なのですか?」
「まぁ、伯爵家からは抜けた方がいいか。キミが望むなら母方の伯母か叔父か。養子にしてもいいと言ってくれてるよ」
そこまで手を回してくれているのかと、アイリスは驚きに目を丸める。母の生家は伯爵家で、弟が継いでいる。母の姉は、侯爵家に嫁入りした。
「こんな私に……」
「キミだから、オレは頑張ったんだよ」
困ったように眉尻を下げたシャルルに、アイリスは何度も頷く。涙が止まらなかった。
「申しわ、け、ありません。みっともな、い……」
「いいんだ。泣きたい時に泣けるのは、とてもいいことだからね」
「……?」
シャルルの笑みが自嘲しているように見えて、アイリスは不思議そうに目を瞬く。その様子に気付いたシャルルも不思議そうに小首を傾げたのだった。




