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12/22

12.寧ろ、嬉しいので

 シャルルは車内を見回して、感嘆の息を吐いた。最後にアイリスへと顔を向けて、へにゃりと気の抜けるような笑みを浮かべる。


「何度乗っても慣れなくてね~」

「車にですか?」

「ポプラルース王国にはないんだ。移動手段は未だに馬車だよ」

「ばしゃ、ですか??」


 アイリスは、流石に驚いてしまい目を丸めた。エンティクルブ王国では、車も鉄道も当たり前に普及している。まぁ、車は値が張るため皆が皆所持している訳ではないが。


「うん。くるまは便利だとは思うけれど……。ポプラルース王国では普及しないだろうね。精霊が嫌がって、まったく寄ってこない」

「え!? 精霊さまは車がお嫌いなのですか?」

「みたいだよ。王都の特に盛り場付近には、精霊の影も形もない。まぁ、護衛がいるから心配はいらないとは思うけど……。精霊が傍にいないのは、落ち着かないものだな~」

「精霊さまがいないと、魔法は使えないということでしょうか?」

「おそらくね~。ただ、周辺にはいるだろうから魔力さえ届けばあるいは?」


 ポプラルース王国では、精霊が傍にいないという状況にはまずならないのだろう。だから、“おそらく”としか言いようがないらしい。

 アイリスは知的好奇心が刺激されて、思わず「試されないのですか?」と口に出していた。それに、シャルルがキョトンと目を瞬く。


「あ、いえ、申し訳ありません。気になってしまい……」

「いざという時のことを考えて、試しておくというのは間違いではないよ。けど、不確定要素が多いことを王都の盛り場、つまりは人が多い場所でやるのは危険なのも確かでしょう?」

「危険があるのですか?」

「そうだなぁ。暴走するような失態は犯さないけど、魔法が身近ではないこの国では、少しのことでも大騒ぎになる可能性が高いってこと」

「なるほど。大勢の人がパニックになれば、怪我人が出るかもしれないと言うことですね」

「そうそう」


 シャルルはさらっと言ったが、精霊魔法は暴走する可能性もあるようだ。不確定要素が多い中で、暴走するような失態は犯さないと言い切れるシャルルは、やはり優秀なのだろう。


「魔法が使えないから落ち着かないってだけじゃないけどね……」


 シャルルが車窓から外の様子を眺める。その横顔が酷く寂しげに見えて、アイリスまでもが胸を締め付けられるようであった。


「お寂しいのですね」

「……んん?? そんな風に見えた?」

「え? ええと、はい」

「さみしい。そっか。うん。きっと、そうなんだろうね」


 一変して、シャルルの表情に喜色が滲む。柔らかに微笑まれて、アイリスは疑問符を浮かべるしかなかった。


「もうすぐ、目的地に到着いたします」

「そう、ありがとう。流石の速さだなぁ」


 シャルルが感心したようにそう呟く。アイリスは思案するように、目を伏せた。精霊達が車の何を嫌がっているのかが分かれば、将来的にはポプラルース王国でも普及する可能性はあるだろうか。


「少し残念だね」

「何がでしょうか?」

「馬車ならもっと長くお喋りが楽しめたのにな~なんて」

「お、お戯れを……」

「これは受け取ってくれないのか~」


 シャルルの言動をどう解釈するべきか分からずに、アイリスは煩くなる心臓を静めようと努めることしか出来なかった。

 ほどなくして、仕立て屋に到着したのか車が路肩に止まる。運転手が開けてくれた扉からシャルルは先に出ると、アイリスが車から出る時にエスコートしてくれた。


「ありがとうございます」

「いえいえ。さて、行こうか」


 仕立て屋に入ると、直ぐ様ソファー席へと案内され紅茶が出てくる。シャルルはドレスの商品目録を貰うと、ページを開いた。


「華やかだな~」

「エンティクルブ王国では現在、緻密な刺繍を金糸か銀糸で施すのが主流でございます。女性の正装には広範囲に、男性の正装にはワンポイントにお入れします」

「なるほど。代わりに生地の色味は深い色合いなんだね」

「左様でございます」


 当たり前なのだが、仕立て屋の者が全て説明してしまいアイリスは何も言えずに口を閉じる。割って入る隙もなかった。


「スタジッグ伯爵令嬢は何色が好き?」


 呼び方が元に戻ったことが残念で、アイリスの返事が不自然に一拍遅れてしまう。あの時は、オリヴィアもいたのだ。下の名前を呼ばなければ紛らわしいことになってしまうとの判断であっただけの話なのであって。


「スタジッグ伯爵令嬢??」

「私は何色でも……。王子殿下のお好きなものを選んで頂ければそれで」


 アイリスと呼んでくださいなどと言う勇気は流石になかった。そこまで親密な関係でもないのだから、当たり前なのだが……。


「じゃあ、金糸と銀糸ならどっちが好み? どちらでもは受け付けません」

「え!? ええと……」

「うん。ゆっくりで構わないよ」


 アイリスには特段拘りはなかった。いや、今まで意見を求められることがなかったのでよく分からないが正しいのかもしれない。

 ふとシャルルの輝くような黄金の髪が目に入って、アイリスは気付けば「金糸が好きです」と口にしていた。


「金糸か。じゃあ、刺繍は金糸でして貰おう。刺繍はデザインを揃えて。あとは、色味だけど」

「王子殿下は何色がお好きですか?」

「オレはね~。スタジッグ伯爵令嬢に似合う色なら何でもいいよ」

「わ、私にですか!?」

「あっ! この深い青色、絶対に綺麗だ」


 とあるページで、シャルルは商品目録を捲るのを止める。藍色と紺色の中間くらいの色味だろうか。金刺繍が映えそうであった。


「どう思う?」

「素敵かと」

「うん。じゃあ、青系統で揃えてオレのは少し淡めにして貰おうかなぁ。深い色味は着こなせる気がしないから」

「そうですか?」


 確かにウエストコートは白だが、上に着ているフロックコートはこの国らしく黒色だ。普通に似合っているとアイリスは思うのだが。


「ポプラルース王国は淡い色味が主流なんだ」

「真逆ですね」

「そうだね~。オレも吃驚したよ」

「他にも違いはありますか?」

「ん~、なんだろう。あぁ、ドレスは刺繍よりもレースフリルっていうの? あれが使われててフワフワしてる感じ」

「可愛らしいですね」

「そー……うかな? いや、うん。デザインと着る人によりけりなんじゃないかな~」


 誰を想像しているのか、シャルルが何とも言えない顔をする。それに、アイリスは小首を傾げるしかなかった。


「実際に見ると分かるかも。兄と兄の婚約者が舞踏会に参加するらしいから」

「婚約者……ソフィア様ですね」

「そうそう。流石はスタジッグ伯爵令嬢、よく覚えてたなぁ。一回しか名前を出してないのに、凄いね」

「そうでしょうか……」

「オレは覚えられないかな~」


 それは、意外だった。何でもそつなくさらっとこなしそうなイメージをアイリスはシャルルに抱いていたからだ。しかし、そう言われれば仕立て屋の名前を書いたメモをクロエに貰っていた。


「では、デザインの方ですが……。試着してみられますか?」

「そうだね。まずはドレスから決めようかな」


 その後、あれはどうか、これもいい、と少しずつ違うデザインのドレスを何着も合わせ、アイリスはこんなにも大変なのかと採寸等全て終わる頃にはぐったりとしてしまっていた。シャルルは慣れているのか、顔色一つ変えずに終えていたが。


「よし、正装はこんなものかな。完成を心待ちにしているよ」

「畏まりました。誠心誠意取り組ませていただきます」

「頼むね」


 やっと終わったと喜ぶ気持ちと、もう終わってしまったと残念な気持ちと。アイリスは複雑そうに息を吐く。


「お疲れ。少し休憩しようか」

「よろしいのですか?」

「勿論。この後、宝飾品も見に行くからね」

「……え?」

「ん?」


 お互いに、キョトンと目を瞬く。


「ドレスと宝飾品は一緒に贈るものだよね? あれ? もしかして違うの?」

「ええと、我が国では?」

「そっか。でも、受け取って欲しいな~」

「ドレスだけでも光栄ですのに」

「ん~……。オレが嫌なんだよ」


 嫌とは何がだろうか。王子殿下の隣に立つのだからと、父が高価なものを買ってくれそうな雰囲気だ。なので、みすぼらしい事にはならないとは思うが……。


「他の男が買った宝飾品をオレの隣で身に付けるの?」


 シャルルの目がスゥ……と細くなる。その瞳に得も言われぬ感情が滲んだ気がして、アイリスは目が逸らせなくなった。


「なんて事を我が国では結構気にしたりするんだけど~……。この国では重かったりする?」


 一変して、シャルルは困ったように眉尻を下げる。次いで、葛藤するように目を瞑ると唸りだした。


「スタジッグ伯爵令嬢がそんなの困りますって言うなら、オレが……耐える」

「い、いいえ! 困りません! 寧ろ、嬉しいので……」


 言い終わった後で、とんでもないことを口にしてしまった気がすると思ったが、後の祭りとは正にこの事。アイリスは恥ずかしくて、顔を俯かせるしかなかった。


「あ~……。嬉しい、か。そっかぁ。うん。じゃあ、一式贈るよ」

「えぇ!?」

「受け取ってくれるでしょう?」


 はにかむように笑ったシャルルは「ね?」と、強請るような声音を出す。驚きはしたが嫌なわけではなかったアイリスは、頷くことで答えたのだった。

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