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10/22

10.ままならないものね

 アイリスは安請け合いなどするものではないなと自室で悩ましげな溜息を吐き出していた。シャルルにこの国の正装の流行りを教えて欲しいと頼まれたのだ。

 舞踏会に着ていく正装の流行り廃りは顕著で、その国々によっても少しずつ違っているらしい。せっかく外遊に来ているのだから是非ともエンティクルブ王国の流行りで揃えたい、と。

 エンティクルブ王国では、あまりパートナーと衣装を合わせる文化はない。そのことは伝えたのだが、ポプラルース王国では普通のことのようで残念そうな顔をされてしまった。

 そうなっては、“あまりないだけで、あるにはあります”と言うしかなかった。勿論、嘘はついていない。ジェイデンと合わせたことなど一度としてないのも確かだが。

 しかし問題はそこではなく。最たるは、アイリスが有名な仕立て屋を知らないという点であった。流行りはパーティーには参加していたので、何となく分かるには分かるのだ。

 アイリス自身は、ジェイデンが贈ってくれたドレスを着るか、妹のお下がりを仕立て直して着ていた。そのため、自分でドレスを選ぶ機会が全くなかったのだ。


「どうしたら……」


 一緒に仕立て屋に選びに行こうと誘われ、二つ返事で了承してしまった。だって、絶対に行きたかったのだ。どんどんと我が儘になっていっている気がしてならない。自制しなければ……とは思うが、今回は許して欲しい。

 今更、詳しくないなどとは口が裂けても言えなかった。こうなったら、親友を頼る他ないだろう。クロエならば、教えてくれる筈だ。アイリスはクロエを信頼していた。


「ふふっ、楽しみ」


 こんなに心が踊るのは、いつぶりだろうか。アイリスは頬が緩むのを抑えられなかった。

 しかしそんな幸せな時間は、父が呼んでいると伝えに来た使用人によって終わりを迎える。心当たりなど、パートナーの件しかアイリスにはなかった。遂に、耳に入ってしまったようだ。

 怒られるようなことはないだろうとは思う。だというのに、いつも以上にアイリスは足が重く感じたのだった。


「アイリスです」

「入りなさい」

「失礼いたします」


 執務室には、父の姿しかなかった。それにアイリスは酷く緊張して、思わず視線を下へと落とす。


「ポプラルース王国の第二王子殿下のパートナーに選ばれたというのは、本当か?」

「はい」

「何故、直ぐに言わなかった?」

「お、お忙しいようでしたので……」


 アイリスの様子に、父親は深々と溜息を吐き出す。それに、アイリスは肩を跳ねさせた。


「まぁ、いい。どんな手を使ったのかは知らんが、よくやった。隣国の王族に気に入られて損はない。寧ろ、喜ばしいことだ」

「恐れ入ります」

「アイリス、分かっているとは思うが……。失礼なことだけはするなよ。不興を買うなどあってはならない」

「心得ております」

「隣国に側室制度があればな。まぁ、外遊中だけの相手だとて、価値はある。求められるままに、差し出しなさい。いいな?」

「はい……」


 そのような甘やかな関係ではないのに。そもそもとして、伯爵家のためにパートナーを受けたのではない。アイリスの中に反抗心のようなものが芽生えたが、その場ではぐっと呑み込む。


「もう下がりなさい」

「失礼いたします」


 いつものように一礼して、部屋を後にする。アイリスは、緊張から解放されて息をついた。そして、悲しげに目を伏せる。

 いま家を追い出されれば、頼る当てのないアイリスが行き倒れるのは目に見えていた。それに伯爵家の令嬢でなくなってしまっては、シャルルとはもう会えなくなってしまう。


「ままならないものね」


 父の言うことも一理あるのかもしれない。アイリスとて、このひと時の幸福だけでいいと願ったのだから。


「だから、伯爵家から連れ出して貰いなさいって言ってるのよ」


 これは一人で抱えきれずに、クロエに吐露した結果の言葉である。少しの呆れを滲ませたジト目で見られて、アイリスは居心地悪そうに視線を泳がせた。


「というか、王子殿下は口説きに来たと言っていたじゃない。素直に口説かれときなさいな」

「あれは、そ、そういうのでは……」

「そういう意味じゃなければ、何なのよ」

「うぅ……」


 そんなことは、アイリスが教えて欲しい。どうしてもただ単純に、舞踏会でのパートナーの件だけのことなのではと思えてならないのだ。


「仕方がないわね。わたくしの言葉を繰り返して」

「うん?」

「私は世界で一番かわいい」

「えぇ!?」

「ほら、繰り返す!」

「わ、わた、私は、かわい、い……」

「世界で一番!」

「せ、せか、世界で、いちばん??」

「私は素敵すぎる!」

「わ、わたしは、すて、き、すぎる!」


 半ばやけくそ気味に、アイリスはクロエの言葉を繰り返す。


「私をエスコート出来ることを光栄に思いなさい!!」

「えぇえ!? エスコートして頂いて感謝しかございません!!」

「何でよ」


 流石にそこまでの自信溢れる言葉を繰り返す度胸がアイリスにはなかった。クロエは仕方がないとでも言いたげに、溜息を吐き出す。


「あのねぇ」

「面白いことしてるなぁ」


 急に入ってきた第三者の声に、アイリスもクロエも固まる。二人して、声の主へと勢いよく顔を向けた。


「お、王子殿下!?」

「あれ~? 声に出てた??」

「いつから……」

「それは秘密。話が終わるまで待ってるつもりだったんだけど」

「お待たせしてしまい」

「いいよいいよ」


 シャルルは楽しげなニコニコとした笑みを浮かべながら、手をヒラヒラと振る。いったいどこから聞かれていたのだろうか。


「そうだ。自己紹介してなかったね。オレは、シャルル・スエ・ポプラルース」

「お初にお目にかかります。クロエ・マディルドと申します。よろしくお願いいたします」

「うん。よろしくね~」


 頗る機嫌の良さそうなシャルルに、アイリスまで釣られて頬を緩めてしまう。目が合って、シャルルはいつものようにへにゃりと笑んだ。


「今日は、どうされたのですか?」

「待ち合わせの確認をしておこうかと思ってね。えっと……そう、くるまを王女殿下が用意してくれるそうなんだ。スタジッグ伯爵邸まで迎えに行っても大丈夫かな?」

「ええと…………」

「是非! アイリスをよろしくお願いいたします!!」

「クロエ!?」


 両親と妹の顔が浮かび返事に困っていたアイリスに痺れを切らしたのか、クロエが力強くそう言い切る。狼狽するアイリスと満面の笑顔のクロエを交互に見て、シャルルは一つ頷いた。


「勿論だよ。任せてくれていいからね」

「……!?」

「感謝いたします。そうそう、流行りの正装を見に行かれるとか。でしたら、王都で有名な仕立て屋は三軒ほどありまして」

「なるほど、三軒か~。特にドレスの仕上がりが完璧な針子がいるのは?」

「そうですね……。上位貴族のご令嬢御用達でしたら、スクワロルでしょうか」

「ありがとう。じゃあ、そこに行こうかな」

「お役に立てて光栄でございます」


 トントン拍子に正装を見に行く仕立て屋が決定する。アイリスは展開の早さについていけずに、オロオロとすることしか出来なかった。


「あぁ、そうだ。スタジッグ伯爵令嬢は、世界で一番かわいいよ」

「……え?」

「そのキミをエスコートできる栄誉をいただけたこと、光栄に思うね」


 それは、先ほど繰り返したクロエの言葉で。アイリスは聞かれていたことを理解して、羞恥で顔を真っ赤に染め上げた。


「~~っっ、と、とんでもないことでございます!!」


 しかし、シャルルの声音には冷やかすような感じはなく。柔らかな表情も相まって、アイリスは目を回しそうになったのだった。

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