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第五羽 楽しき夜

「うぅ……ほんとに……なんなの……」


 (ネズミ)の部屋を後にした歩柚(ふゆ)は、一目散にトイレへと向かった。この時の彼女の運が良かったのは、反対方向のトイレに向かっていたら、11(イヌ)と出会うことになり、その瞬間に彼の気迫に耐え切れず、そのまま我慢できずにその場で廊下に嘔吐したことだろう。


 そして、トイレで暫く吐き続けた結果、そのまますぐに自分の宿舎に帰ることが出来ず、歩柚(ふゆ)は休憩所のベンチに腰をかけて、じっと体調が回復するのを待った。


 そしてその間、彼女は改めてあの一言を思い出していた。


 〝お前は、まだ光を失っていないのか……ならば、殺すわけにはいかんな〟


「私が光を失っていないって……どういうことかな?」


 未だ震える手を合わせながら、瞳を閉じて、今日出会った不思議で凶悪な首狩兎を思いだす。


「あぁもう! どこをどう見ても……兎だったじゃん!? 喋ってたけど! 首を狩ってたけど!」


 結局、余計に混乱するだけであった。




「それで? 当然、追跡部隊である我が〝猟犬〟を放って良いのだろうな」


 先程、歩柚(ふゆ)から報告された事を、(ネズミ)は包み隠さず11(イヌ)に伝えた結果が、この言葉であり、さらに部屋の中には先ほどの威圧に加え、殺気までが加わり、既に藤獄秘書官の目は白目を剥き、口からは泡をふいていた。


「君達が出張るのは、先ず調査部の仕事のあとだろうに。先走ってはいけないよ。それに、〝猟犬〟が出たら間違いなく君も直接行くつもりだろう? そんなことをしたら、街が一つ消えかねない」


「それが……どうしたというのだ。()が任務から帰還しないという事は……俺達が動かずして、誰が動くというのだ」


「分かってるさ……そんなことは、分かってるとも。翔兄(しょうにい)の身に何があったのかを、他の十二支(ダース)に任せてなるものかよ!」


 とうとう机に潰れる程に力の籠った拳を叩きつけた(ネズミ)の瞳からは、押さえ込んだ筈の涙が溢れ出ていた。


「走太……」


「だけれども……今は、牙士郎兄(がしろうにい)も僕も、十二支(ダース)の一柱なのだから、勝手なことをしてしまうと、僕らが逆に粛清対象となるかもしれない」


「そうだな……それでは、意味がない。では〝猟犬〟は動かせずとも、〝野良犬〟共であれば良いだろう? あの駄犬どもであれば、死のうがどうなろうが問題ない。しかし、一人だけは〝猟犬〟を向かわせるぞ。これは、翔の兄貴の確認の為には絶対に必要だ」


「一人だけであれば、何とか誤魔化せるかな……明日には、調査部が動き出すよ。それまでに、何とかお願い」


「あぁ、翔の兄貴がどうなっていようと……兄貴は、必ず連れて帰させる」


「うん」


 そして11(イヌ)は部屋を後に、(ネズミ)もまた数分後には部屋を出たのだった。


 こうして部屋には、最終的には人には見せられないような状態になっている藤獄秘書官が、朝まで放置されることになるのであった。




 十二支(ダース)本部を出た11(イヌ)は、暫く一人でネオン街の下を歩くと、ある公園へと足を踏みれた。


(きり)、駄犬共を餌場に追い立て、塵を漁らせろ。そしてお前は、(ウサギ)を持ち帰れ」


「御意」


 闇に向かって発した言葉に対し、同じく闇から返答があった。そして、一陣の風と共に再び公園は静寂に包まれた。


「あんたが、誰かにやられるとは正直想像つかねぇんだわ。でもよ……分かっちまうんだよな、俺と走太にはよ。死んじまったんだろ、兄貴」


 何の因果か、11(イヌ)は夜空を見上げ、月を見る。


 その月より舞い降りし兎に、己が兄と慕う人間が狩られたというのに。




「そう言えば、俺の腹はアレが食えれば満足なんだが、陽士郎としてはどうなんだ? 腹は減るのか、俺は」


 (ウサギ)もう一つの心臓(マジックコア)を喰らったことで、上機嫌だった陽士郎だったが、ふと自身の肉体の事に関して疑問を抱き、地面に転がる(ウサギ)の骸を見下ろしながら呟いた。


「しかし腹が減るとしても、コレを食べたいとは思えんなぁ。まぁ、腹が減ったら考えるか。適当に金は、奪えば良いだろうしな。先ず、するべきことは……散歩だな!」


 あくまで魂は、もう一つの心臓(マジックコア)に宿ると言わんばかりに、岳弥の遺体さえもその場に放置して、陽士郎は大通りへと歩いていく。そして、当然の如く(ウサギ)の無惨な骸もそのまま捨てていく。


 この街のことであれば、今の陽士郎が知らない道はほとんどない。だからこそこの街の道に新鮮味などなく、意気揚々と歩くような道もないことも知っている。


 それでも陽士郎は、今にも鼻唄でも歌い出しそうな程に、上機嫌に歩く。


 まるでこれから、楽しいことがあることを分かっているかのように。


「月が綺麗なこの夜に、楽しいことがコレで終わる筈がないだろうさ」


 そして、月夜はまだ曇らない。


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