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第二羽 一羽と一人

 今日、私は初任務だった。


 珍しく月が見える夜、下っ端の私の仕事は何かトラブルが発生した時の伝令係だった為、現場から少し離れたビルの上で、月明かりの中にいた。


「いくら新人だからって、任務の詳細を全く知らされないのって、どうなのよ」


 出てきたとはいえ、故郷の街に任務で来れることを知った時は、案外心が弾むものだと少し驚いたが、きっとそれは、もしかしたら彼に会えるかも知れないと考えたのかもしれない。


「陽士郎は、相変わらずバカやってるんだろうなぁ」


 あいつに唯一褒められたことのある黒髪を風になびかせながら、私は珍しく月光が照らす故郷の街を眺めていた。 


 待機してから、十数分たった頃だろうか。耳にかけていた通信魔導具から、任務完了との連絡が、部隊の上官から入り、私はやや緊張感が和らいだのを感じていた。


(ウサギ)様が現場に来られるという任務だったから、どんなもんなのかと思ってたけど、大したことなさそう」


 この時の私は、というよりも、きっと部隊の全員がこんなこと(・・・・・)になるなんておもってなかったに違いない。 


 私は、悪い夢を見ているのに違いない。


「おい! 早くここから離脱す……るぞ?」


「本部へ伝りぇぃ」


「ひぁぎ」


 治安組織〝十二支(ダース)〟の4(ウサギ)に所属する先輩隊員達が、私の目の前に血相変えて戻ってきたと思ったら、コレ(・・)だよ?


 見えない何かに、まるで刈り取られるように、首が落ちていくんだもの。


「あれ……私、暇すぎて任務中に居眠りしたみたい」


 何故なら、兎は言葉を話すことはない筈だし、何より人の首を蹴飛ばして遊ばないからだ。


「お前で、最後だな」


 私の前には、首のない先輩達が地面に横たわり、その身体の上に座る兎がいただけだった。


「あ……え……い……や……」


 本当は、分かっている。この場の空気が、コレが夢でないことを、証明しているのだもの。


「ん? お前は、まだ光を失っていないのか……ならば、殺すわけにはいかんな」


「……え?」


 そして、その首狩り兎は私の首を刎ねずに、月に向かって跳ねて消えていったのだった。






「さて、漸く静かになったようだ」


 再び、陽士郎の遺体の上に跳び乗った白兎は、もはや元が白だとは思えないほどに、ドス黒い赤に染まっていた。


 そして、その小さき前脚で器用に水晶玉を掴んでいた。その水晶玉の中には、この白兎の下に横たわる青年の顔が映し出されていた。


「思った通りに、とても澄んだ黒だ……これから私はお前に、お前は私になる」


 楽しそうに、そして嬉しそうに呟くと、陽士郎の顔が映る水晶を飲み込んだ。


「決して越えられなかった〝色の壁〟は、底無しの憎悪と憤怒がぶち壊すだろう。代わりに、俺が〝高めた強さ〟を捨てることになるが仕方のないこと。月兎の境界の消滅こそが、奴を殺せる唯一無二の方法なのだから」


 兎が身体を震わすと、返り血で染まっていた毛色が、瞬く間に元の白亜へと変わっていく。そして、前脚を自身の首の横に添えた。


「ここで俺は終わり、ここからが俺たちの始まりだ」


 次の瞬間、前腕が流れるように真一文字に動くと、ごとりと兎の首が陽士郎の骸の上に落ちた。そして、兎の身体から流れ出る血は、狙っているかのように、(ウサギ)が穿った陽士郎の身体の穴に注ぎ込まれた。


 その血は次第に輝き始め、周囲の暗闇を消し去ろうせんばかりに、全てを白く染めてしまっていた。


 やがて最後は、兎の全て(・・)が栓が抜けた穴に水が流れるかのように吸い込まれ、最後は頭部がまるで栓をするかのように、傷穴にすっぽりとはまっていた。


 光を失い、月明かりに照らされた兎の顔は、恐ろしげに嗤っていた。


 そして、やがて陽士郎の傷を癒すかのように、肉体と同化していき、恐ろしげな顔も綺麗な人の肉体へと変わったのだった。




 その街は、所謂スラム街だった。


 首都東京都内であるが故に、その闇も深く濃いものだった。


 それでも街で育った者の中には、この街の中でも希望を捨てずに生きる者たちがいた。


 彼らは弱かったが、それでも力を合わせ生き抜いてきた。


 やがて彼らの中から、力を持つ者が現れた。


 運が良かったことに、彼は頭も良く、それでいて力も上手く扱うことができた為、やがて彼はこの街の一角を牛耳るまでに至った。


 そして秘密裏に、力無き者達を守り、育て、救い始めた。


 しかし、彼らは知らなかった。


 この街だけでなく、この国を支配する層達の異常なまでの臆病さを。


 この国の支配に逆らおうとすることは、たとえ最底辺のスラム街の一角を収めたに過ぎず、反逆と呼ぶにはまだ児戯に等しい規模の組織だとしても、許されることはなかった。


 政府直属特務機関〝十二支(ダース)〟による粛清は、この国に住む者達全てが対象となる。


 たとえ本人達に反逆の意思がないような幼な子だったとしても、絶対なる殺意は平等に執行される。


 今宵の出来事は、国中で起きていることの氷山の一角でしかない……筈だった。


 ただ一つ違っていたのは、今宵は夜空に月が美しく輝いていたことだろう。




「はぁぁあぁ」


 陽士郎の骸であったものが、寝起きかのように大きな欠伸をしながら上体を起こした。


 気怠そうな瞳と表情は、先ほど絶命した人間とは思えないほどに、普通(・・)だった。そして立ち上がると、横に倒れる岳弥(がくや)の腰のホルダーから、彼が忍ばせていたナイフを引き抜くと、ある骸に向かって歩き出した。


「えっと、なんて言ってたっけな。んっと、あぁそうだ、マジックコアだ。ピエロのは……この辺かなっと」


 路上にうつ伏せにと倒れている首無しの(ウサギ)の骸を見下ろすと、躊躇なく胸にナイフを突き立てた。しかも、一回ではなく何回も繰り返していた。


「あぁ、くそ。感知がザルすぎて、全然当たらねぇ。はぁ、いい加減当たれよっと」


 ぶつくさと文句を言いながら、更に数回ナイフを突き刺していると、まるで硝子が砕けたかのような音が響き渡った。


「お、やっとかよ」


 その音を聞いた陽士郎が嬉しそうに呟くと、(ウサギ)の傷穴から淡い光の粒子が漏れ出すと、大きくあけた陽士郎の口の中に吸い込まれていった。


「あぁああぁあああぁうめぇえええぇええええぇ!!!!」


 全ての光の粒子を吸い込んだ陽士郎の第一声は、狂ったかのような叫び声だった。




 月には 兎が住んでいるというけども


 月の兎は 何を食べるのだろうね?


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