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第12話 大賢者、人とヒツジを行き来する

「ふっ、しかしセージにまた会えるとは……長命種は寂しいことばかりだと思っていたが、長く生きるとこんなこともあるんだな」

「メェぇぇー」

「しかし、どうしてそんな姿に……事情を詳しく話してみろ」

「メェぇぇー、メェぇぇー」

「人間の言葉で話せ、馬鹿者」


 ミストにごつんと頭を叩かれて、俺は人間性を取り戻した。


「うーんとねえ、まあさっきもちらっと話したけど、俺自身も詳しいことはわからんのよ。邪神の封印で死にそうなってるときにさあ、神様っぽいボイスが心の中に響いてきて? 転生させたげるよー、みたいな? それで俺はね、来世はびしょ……困っている人を助けたいなあってピュアな心で願ったわけ。そしたらね、このヒツジさんボディに入り込んでて、魔力過多で死にそうになってたメリスちゃんを助けたってわけ」

「ふうむ……色々な意味で信じがたい現象だな……」


 ミストが細い目で俺をじぃっと見てくる。

 俺が美少女になりたいなんて願ったことはトップシークレットだ。

 どんぐりの蹄をかちかちと鳴らしながらタップダンスを踊ってごまかす。

 一通りステップを踏んでから、俺はまくし立てた。


「っていうかさ、俺のことなんかより気になるのはお前のことなんだけど? ねえねえ、性転換とかしちゃったの? そういうポーションができたとか? 実験中の事故で女の子になっちゃったとか? ねえねえ、女の子になるってどんな気持ち? トイレとかどうするの? お、お風呂はどこから洗う? こう、身体に引っ張られて、男が好きになっちゃったりするの? ねえねえ、ねえねえ?」

「……私は元から女だ」

「メェぇぇーっ!?」

「だからそれをやめろっ!」


 またごつんと叩かれて、俺は人間性を取り戻した。

 なんか癖になりそうな予感がある。

 俺は内心で戦慄した。


「つ、つまりミストさんは、お、私たちのパーティにいたときから、じょ、女性だったのでありましょうか?」

「素と外面(そとづら)が混ざって挙動不審になってるぞ。昔の通りに接してくれればいい。そうだ、私は最初から女だ」

「な、なぜ隠されていたのでありましょうか?」

「だからいつも通り話せ!」


 またごつんと叩かれた。いかん、これはたぶん癖になった。

 俺は内心で恍惚とした。

 気を取り直して質問し直す。


「なんで男のふりをしてたんだよ」

「お前たちのパーティに加わったのは私が最後だろう? 男三人の所帯に女一人が入ったらどうなる?」

「あー、気を使うわな。揉め事のタネにもなりやすい」

「そういうことだ」


 ミストはこくりと頷いた。

 あー、この知的クール系陰キャ仕草、間違いなくミストだな、と俺は改めて実感した。


「それにしても、なんでバレなかったの? 何年も一緒に旅してたのに、おかしくない?」

「それはお前たちが揃ってバカばかりだったからだろ。まったくバレないから女として自信をなくしかけたぞ」

「それは、すまん……」

「謝られると逆にキツイからやめろ」


 気まずい空気が流れた。

 いまにして思えば、宿に泊まるときはいつもミストだけ自腹で個室を取っていたし、一緒に風呂に入ったり水浴びをすることもなかった。顔も中性的な美形だし、虫に驚いて「キャッ」とか悲鳴も上げてた。


「どうして気づかなかったんですかね、俺?」

「知るか、バカッ!」


 この短時間で何回バカって言われたんだろう。

 数えておくべきだったのかもしれない、と俺はぼんやりと思った。


「それで、話を戻すがお前はこのメリスって子に魔法を教えたいんだな?」

「そうそう、このままだといつかパンクしちゃうからね」


 俺がミストにバカバカバカバカ言われている間も、メリスちゃんはすやすやと眠っていた。

 うふふ、かわいいね。よだれ垂らしちゃってるよ。俺はヒツジさんアームでそっと拭いてあげた。


「俺も教えてみてはいるんだけどさあ、なんていうか、俺って天才肌じゃん? こう、普通の人がつまずくポイントがわからないっていうか、わからないことがわからないっていうか、どうも上手くいかないんだよなあ」

「ちっ、相変わらず腹立たしい上から目線だな。どんな教え方をしてるんだ? 私を生徒に見立てて、《発火》の魔法でも教えてみろ」


 ミストが腕を組んで胸を反らす。

 生徒の態度じゃないだろそれは……だが、組んだ腕の上で大きなおっぱいが強調されたのですべてを許した。


「ええと、《発火》だろ? まずは指先にこう、魔力を集めて、えいやっ……いや、《発火》なら、えやっくらいかな。びゅっと魔力を放出して、びしっとぶつければ――ほら、《発火》だ」


 どんぐりの蹄の先に火花が散る。

 せっかくだから7色に光らせてみよう。うふふ、きれいだね。


「零点。教師の試験があるなら落第もいいところだな。それで魔法をおぼえられるやつがいたら奇跡だ」

「ぐっ、だが俺はこんなかんじで教わったぞ!」

「お前もお前だが、お前の師匠も何なんだ……」

「つかさ、お前ならどんなかんじに教えるんだよ! 偉そうに言うからには、俺より上手く教えられるんだろうなあ? 実演して見せてほしいっすねえ」

「うっざ! 当たり前だろう。だが二度手間も面倒だ。明日、このメリス君が起きたらやってみせるよ」


 そんなこんなで、俺とメリスは学院で一泊することになった。

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