8.マリーの自由の為に
男爵は、ダニエルの報告によると、小物感溢れる悪者だった。
マリーの事は、元々自分の子供とは思っていなくて、彼女の美貌だけが目的だった。年頃になったら、都合の良い条件で、金持ち貴族の妾にするか、もし、学園で、高位貴族の目に留まれば、玉の輿を狙うつもりだったようだ。
「酷い!それって人身売買じゃないの!!」
「だと思う。そんな人だから。」
「でも、人身売買ならば、上手くすれば証書があるかもしれない。」
「証書?」
マリーをお金で売った証書。それがあれば、マリーを男爵家から自由にしてあげられる。
「でもさぁ、姉様もダニエルも、そう言うけど、マリーはそれで良いの?平民に戻っちゃうんだよ。親もいないし、どうするの?僕と結婚する?」
「はぁあ、マティアス何言ってるの?」
「えーっ。僕、マリーが好きだよ。年下はだめ?」
マリーが困った顔をしている。本当にマティアスったら!
「悪い話じゃないと思うけど?」
「ダニエルまで!」
「考えてみろよ。マティアスなら浮気もしないし、優良物件じゃない?侯爵はムスタファが継ぐし、伯爵を貰って家を構えるわけだから、食いっぱぐれはないよ。どう?」
「それはそうだろうけど、マリーの気持ちが一番大事でしょ?」
マリーはどうしたいのかなぁ。
「私は、……好きな人と、お店をする約束があって……。」
いつの間に!相手は誰?最近マリーが一緒にいる人と言えば。
「マリー、もしかして、相手って、シド?」
「……うん。」
シドは我が家の料理人。最近、マリーが料理を教えて貰っている人だ。私達より10歳上の寡黙で体が大きい人。
「約束しているの?いつの間に?」
「ついこの前、約束して、私が卒業したら、侯爵様にお願いして、店を始めるつもりなの。」
真っ赤なマリーが可愛くて、思わず抱きしめてしまった。
「ケ、ケイシー。」
「マリーおめでとう。マティアス失恋決定だわね!」
マティアスの悔しそうな顔。ちょっと可哀想だけど仕方がないわ。私も、マリーが妹になったら楽しかったけど、友達だから良いわ。
とにかく、証書を探さなきゃね。
「ダニエル、どうやって証書を探すの?」
「男爵の屋敷に忍び込む。」
「危険です。男爵の屋敷には、いつも怪しげな男達が居るんです。」
「でも、僕達は、多分、そいつらよりも強いって!大丈夫。大丈夫。」
お気楽なマティアスらしい意見。
「ねぇ、マリー。男爵の屋敷にお友達を招待してくれない?」
「お友達?」
「そう。私達三人。」
マリーがびっくりして私を見る。だってとりあえず家に入れるのよ。半分楽が出来るじゃない。
「良いね。」
ニカッとダニエルが悪い顔で笑う。きっと私も悪い顔になってるんだろうな。
「あーあ。姉様のどこが淑女なんだよ。僕でも淑女になれそうじゃないか。」
「失礼ね!」
「ケイシーは、これで良いんだよ。」
「そうよ。ダニエルが良いって言ってくれるからいいの!」
「わかりました。私が家に戻る時に一緒に来て頂けますか?男爵は、絶対に皆さんを断ったりできませんから。」
「まぁ、そうだね。」
さぁ、予定は決まった。頑張るわよ!
人払いをして話をしていた私達は気づかなかった。
水色のドレスが私達のいた場所から、静かに離れていくことに。
私達は一週間後、段取りを決めて、男爵家に向かった。
当然、事前に男爵には連絡済み。お友達三人連れて行きますってね。
馭者には、今夜は一晩、こちらに泊まるので、明朝迎えに来るように頼んだ。馭者は静かに頷いて頭を垂れた。
何だかいつもの人と違って見えるけど、今日はマスクをしているから?
「風邪を引いたの?気をつけてね。」
屋敷に入ると馬車が遠ざかって行く音がする。
男爵は、ハンプティダンプティみたいな人だった。って誰?
相変わらず、ゆきえの知識はよく分からない。
ずんぐりむっくりしたハゲ親父をそう呼んでいるらしい。
「マリー、おかえり。なかなか帰ってこなかったから、寂しかったよ。こちらがお友達かい?」
「ええ。」
「ヨルムンガンド公爵家の嫡男、ダニエル・ヨルムンガンドです。」
「トルティドール侯爵家の次男、マティアス・トルティドールと、長女のケイシー・トルティドールです。」
「これは、ようこそお越し下さいました。」
「お父様、学園のお友達です。今日は我が家にお泊まり頂くので、よろしくお願いします。」
「部屋は準備してあるよ。案内させよう。」
ハンプティダンプティが握手しようと手を伸ばしてくる。
ダニエルとマティアスだけ握手してもらった。私は淑女ですから。今日は、外向けの淑女顔です。
何だか、ハンプティダンプティの視線が気持ち悪い。さり気なくダニエルが視線を遮ってくれた。ありがとうダニエル。
私達は、男爵との嬉しくない夕食を共にし、談話室で四人で当たり障りのない会話をした。どこで誰が聞いているか分からない。慎重に。慎重に。
相談で決めていた、夜中に、小さなノックの音がする。
音を立てないように気をつけて扉を開ければ、黒い服を着たマティアスとダニエル。私とマリーも、ドレスではなく、黒の乗馬服。
マリーの案内で、男爵の執務室を目指した。
「マリー、鍵は?」
「これです。」
部屋の中にひとけはなし。静かに入り、持ってきたロウソクをつける。机の引き出しには大事そうな書類は無かった。
書棚の中も調べてみるが、収穫は無し。
「自分の寝室に隠しているのか、それとも協力者に預けてるのか。」
「男爵の性格ならば、自分で持っていると思ったのですけど。どうします?」
皆で腕を組んで考える。あまり時間はかけられない。小さいロウソクの明かりも、真っ暗な時間には目立つ。
私は悩みながら、書棚にもたれかかった。
ギィィィィィィィィ
軋みながら、書棚が倒れていく。
ええ!ちょちょっと!!
思わず、手をばたつかせると、ダニエルが私の体を抱きとめてくれた。
「開いた。」
「開いたね。」
ゴクリと唾を飲み込み、開いた場所に踏み込んだ。
そこは、小さな部屋になっていて、扉の付いた収納があった。
私達はその収納を開けて、中の書類を調べた。
マリーの売買契約書もあったけど、他にも悪事の証拠になる書類がいっぱい入ってる。
「全部持ち出す?」
「それしたら、すぐにバレちゃうよ。」
「バカねマティアス。持ち出すなら、逃げ出すに決まってるでしょ。」
「あ、そうか。」
私達は書類を根こそぎ抱えると、小部屋の外に出た。
「そこまでです。」
眩しい明かりに目がチカチカする。でもこの声は、男爵!
「いたずらは困りますね。書類を置いて、向こうを向いて下さい。」
男爵と一緒にいるのは用心棒っぽい5人。私とダニエル、マティアスは目を見交わすと、剣を抜いて突っ込んだ。私とダニエルで2人、マティアスが1人。
「そこまでです。」
振り返れば、男爵の手には拳銃が。まだ殆ど流通していないものをまさか男爵が持っているとは、思わなかった。
どうしよう。これって絶体絶命。
その時、窓ガラスが割れて、黒い人影が飛び込んできたと思ったら、男爵を手刀で気絶させた。
誰?敵?味方?
「逃げるぞ。」
誰か分からないけど、とりあえず逃げよう。