5.マリーとの再会
学園入学まで、あと少し。
私が入学する時には、兄様は卒業してしまう。兄様と一年でも被れば良かったのに。
素敵な兄様は、学園でもきっと凄く人気があったと思う。だって、生徒会長をしていたんだから。
兄様と一緒だったら、ケイシーの学園生活も違っていたんだろうな。でも、私も、同じ生活を送るつもりはないから。
ダニエルとも、きっと大丈夫。大丈夫。
「お嬢様、お嬢様を訪ねてきた者がいるのですが……。」
庭で素振りをしていたら、リンダが呼びに来た。でも、なんか様子がおかしい。
「お客様?どなた?」
「それが……。男爵令嬢との事なのですが、お嬢様に訪ねてきていいと言われたと……。」
「ああ!マリー?」
「ご存知なんですか?」
「うん。ここに案内して、お茶を用意してくれる?」
「はい。」
迷いながらリンダが連れてきたのは、マリーだった。
「お嬢様が、訪ねてこいって言ったから。」
気まずげに立つマリーは、平民服ではなく、ドレスを身にまとっていた。じっと、私の剣を見ている。
「本当に剣を使えるのね。」
「そう。座って。お茶を飲みながら、話しましょう。」
モジモジしながらも、マリーは椅子に腰をおろし、お茶を啜った。
「美味しい!」
「良かった。お菓子も食べてね。」
「うん。」
お茶を飲みながら、今日、どうしてマリーが来たのか考えていた。あの時私は、強くなりたかったらと言ったはず。
「強くなりたくなった?」
マリーは、まだ話すのに躊躇しているようなので、待つ事にした。
お茶が少し冷めてきた頃に、やっと口を開いた。
「私、秋から学園に通う事になったの。」
「何があったの?」
「親父が私を貴族に売ったの。」
「え?」
「貴族の隠し子ってふりして私をワーグナー男爵に売ったのよ!」
「男爵がどのような方かは知らないけど、それならお父さんから離れてきちんとした暮らしができるようになるんじゃないの?」
「違う!男爵は、学園で男を見つけて物にしてこいって言うの。馬鹿にしてる!私は娼婦じゃないのに!!」
そうか、彼女が学園の男子生徒を誘惑していたのには、そんな理由があったのかと、マリーが可哀想になった。
「誘惑しなくてもいいんじゃない?」
「でも、言う通りにしないと男爵に殺される。」
マリーが左手の袖をめくって見せた肌には、何本もの鞭の痣があった。
「私は弱くて、あいつの好きにされるのが、悔しい。」
「わかった。あなたを強くしてあげる。でもね、剣で人を殺しちゃダメ。約束できる?」
「あいつを殺しちゃ駄目なの?」
「そう。人を殺せばあなたが罰せられてしまう。そんなの、損でしょ?あなたに自由が無くなるのよ。」
「うん。わかった。」
いつから彼女に教えよう。学園入学まで、あと半月しかない。
「学園に入学すれば、寮生活になって、男爵に会わなくなるでしょう?それからにする?」
「良いの?」
「約束したから。それに……」
マリーが、音を立ててカップをソーサーに置くのを見る。
「ねぇ、これから貴族として生きていく覚悟はあるの?」
「覚悟?」
「そうよ。覚悟。」
「分からないけど、何か覚悟しなくちゃいけないの?」
「勉強は学園で覚えるとしても、どこまで勉強は進んでいるの?」
「男爵が家庭教師をつけてくれて、勉強してる。」
「マナーは?」
「何も……。!男爵が平民育ちと噂になるだろうから、かまわないだろうって。」
「貴族はマナーに煩いの。貴族として生きていくなら、マナーは身につけないと、マリーが辛くなるわ。」
「そう、なの?」
「そうよ。」
マリーの顔に困惑が浮かぶ。つい、言葉が出てしまった。
「教えようか?」
「良いの?」
「貴族で生きていく事にする?」
「分からないけど、マナーは覚えたい。」
「じゃあ、入学したら、予定をきちんと立てようね。」
「ありがとう。やっぱりあなた、いい人ね。ここに来るの、凄く迷った。思い切って来て良かった。」
安心したのか、ふわりと笑った顔は、やっぱり可愛かった。
それから、私とマリーは色々な話をして、いつの間にか、私はマリーが好きになっていた。
やっぱり彼女は人に好かれるところがある。
恋敵を自分で育ててどうするって思うけど、マリーとは友達になれる気がしている。もし、ダニエルが彼女に惹かれたらと思うと不安だけど、その時は、ダニエルにも、マリーにも、自分の素直な気持ちが言えると思う。
恋だって、正々堂々とすれば良い。
それで、ダニエルが彼女を選んだら、思いっきり泣いて、泣いて、彼に恨み言を言ってやろう。
だって、気持ちが変わった彼がいけないんだから。
でも、ダニエルには、私を好きなままでいて欲しいな。