4.プレゼント
屋敷に戻った私とマティアスは、当然お小言を覚悟していた。
父様は、護衛から報告を受けていて、一部始終ご存知だ。
夕食の席の父様と母様の視線が厳しい。
「ケイシー、マティアス。私が何を言いたいかわかるな?」
「えーっと、悪者退治をした、こと、ですか?お父様。」
こら、間違ってるよ、マティアス。
ほらぁ、父様の眉間のシワが深くなったでしょ!
「ケイシー、お前もそう思っているのか?」
「ち、違います。私達が、護衛に相談もなく、あの男達に近づいたのは間違いでした。すみません。」
「そうだな。」
「え?そうなの?」
こら!マティアスのバカ!
「マティアス、お前にはゆっくりと反省する時間が必要なようだ。一週間、部屋から外に出ることを禁じる。」
「ええーっ。お姉様は?」
「ケイシーは理解しているから問題ない。ただし、外出は二人とも一ヶ月認めない。」
お姉様ずるいと睨むマティアスを無視して、食事を口にする。反省は必要。反省してお利口になろうね、マティアス。
週末、学園の寮からムスタファ兄様が戻ってきた。
私達は思いっきり願いを込めて作ったお守りを渡すのだ。
「お兄様、これ、私達から。」
渋い銀色が兄様の剣帯に似合うと、決めた。
「ありがとう。早速付けさせて貰うよ。」
柔らかく微笑んだ兄様は、すぐに剣帯に付けてくれたが、戸惑ったように手を見ている。
どうしたんだろう、どこか引っ掛かりでもあったかな?
「お兄様?」
「う、うん。ケイシー、マティアス、このお守りに何を込めてくれたのか教えてくれる?」
「兄様、僕は、兄様が試合に勝てますようにと願いを込めました。」
「ありがとう。ケイシーは?」
「身体強化と防御力上昇を……」
ゆきえの知識で、戦闘って言えば、これ!って思ったのは間違いだったかも。
「そう。そんなおまじないは初めて聞いたけど、これは、うん、どうしようかな。」
「ムスタファ、どうかしたのか?」
「リンダ、庭から拳大の石を2つ持ってきてくれないか?」
「はい。ムスタファ様。」
すぐにリンダが石を持ってきてムスタファに渡した。
「見ていて下さいね。」
ムスタファはひとつの石を片手に握り、グッと力を入れた。
パァァァァン!!!
石が粉々になる。
「兄様、カッコイイ。」
いや、マティアス、違うでしょ!
「後は、防御力か。」
兄様、兄様、もう良いです。お願い、もうやめてください!
ムスタファは渡された石をマティアスに渡して、自分の腕を叩けと言う。当然、面白がっているマティアスは大喜び。
兄様に叩きつけられた石は、兄様を傷つけることなく、足元に散らばった。
父様も母様も青ざめている。理解していないマティアスだけが大喜びだ。
「ケイシー、これはわかってやったの?」
「お兄様、いいえ。」
ムスタファ兄様の笑顔が怖い。必死に首を振る。降りすぎて首が痛くなりそうだ。
「ムスタファ、それはケイシーのまじないなのか?」
「そうです。他の人間には知られる訳には。とても危険です。」
「……その通りだ。ケイシー、二度とこのまじないをしてはいけない。いいな。」
「はい。お父様。」
しない。絶対しない。怖かったぁ。
「せっかくのプレゼントだけど、これは使えない。すまないね。父様、預かって頂けますか?」
「わかった。私が預かろう。」
私はもう1つのお守りに込めたおまじないを思い出した。大丈夫だよね。
ダニエルのお守りにかけたおまじないは、精神耐性強化。
目に見えるものじゃないから、大丈夫。多分……。
秋には学園に入学する。かつてのケイシーの事を時々考えるようになった。
それは、ダニエルの為の、公爵夫人教育だったり、兄様の学園スケジュールを聞いた時など、一層意識してしまう。
私は、そんなに嫌われる真似はしていなかったと思うけど、友人は少なかった。夫人教育は学園の授業後に受けていたから、友達と過ごす時間が無く、何となく周りにも嫌厭されていたと思う。
学園で教育を受けなくていいように、今のうちから教育を受けたいと頼んで来て頂いた家庭教師には、あっという間に教育完了のお墨付きを貰ってしまった。
「もう、お嬢様は、完璧です。特にダンスは素晴らしくて、私など足元にも及びませんわ。」
「そうなの?ケイシー、どこでダンスを練習したのかしら?」
「お母様、そ、そうね、剣術に似ている気がするの。」
「まあ。」
言えない。ゆきえの覚えたダンスが体に染み付いているなんて。私は、曖昧に笑って誤魔化した。
他の教育も以前のケイシーの記憶があるので、スムーズだった。以前のケイシーは、完璧な淑女と呼ばれていたのに、断罪され、死んでしまった。
私は、外面だけの淑女でいい。後は、自由でいたい。
ダニエルのお守りを渡せたのは、私の教育が終わった後だった。
どうやら、公爵夫人が、勉強の邪魔をしてはいけません、と、我が家に遊びに来ようとする彼を止めていたらしい。
「久しぶり。」
「うん。」
「勉強終わったって?」
「そうよ。」
「その割に、全然変わらないな。」
「変わらないとダメ?」
「変わらない方がいい。」
「じゃあ、そうする。」
いつも通りのダニエルに、何故か安心する。
そっと、お守りを出して、渡した。
「何?」
「お守り。」
「え?なんで?」
「お兄様にマティアスとプレゼントしたの。その時、気に入って。ダニエルにあげようと思って。」
「ありがとう。何のおまじないがかかってるんだ?」
「内緒。」
ダニエルは、箱から取り出して、手のひらに乗せた。
「光の加減で、色が変わるの。」
「ふうん。本当だ。ケイシーの色。」
「違うわ。ダニエルの目の色でしょ!」
「私にとっては、ケイシーの目の色の方が嬉しい。」
顔が赤くなる。最近のダニエルは、時々こんなキザなことを言う。恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。