3.彼女との出会い
私は、マティアスとリンダを連れて、街に買い物に出かけた。目立たない場所で馬車を停めて、徒歩でお目当ての店へ。
私とマティアスは強いから帯剣してるし、護衛は必要ないと言えば、母様に叱られ、仕方なく護衛も一人つけている。
買いたいものは剣帯につけるお守り。
この国の人間は、少しだけおまじないの力がある。子どもの持ち物には健康のまじない、結婚指輪には相手の幸せ。
ほんの少しだけ思いが手を貸してくれる。
これが尊い身分であれば、その力は強くなり、効果は高い。とはいえ、おまじないなので、ゆきえが知っていたような【魔法】のような力はない。
それでも近く学園で剣術試合があると聞けば、私もマティアスも、ムスタファの為に、何かしたかった。
二人でおまじないの効果を上げる飾りを売っているという店に行き、お守りを、うんうん悩みながら買った。
店でお金を払う際、綺麗なお守りを見つけた。光線の加減で緑色に見える。ダニエルの瞳のよう。
「お姉様、ダニエルに、買うの?」
「え?え、ええ。どうしようかな。」
「買えば?喜ぶと思うよ。」
「う、うん。」
どうしようと、悩みながらも、私は、えいっと、兄様のお守りと一緒にお店の人に渡した。
「別にお包しましょうね。」
お店の人の言葉に頷いて、ワクワクしながら、リボンがかかるのを見ていると、不意にマティアスに言われた。
「でも、お姉様、意外だな。ダニエルに自分の色を贈るなんて。」
「え?」
緑色よ。ダニエルの色じゃない。
それを言えば、マティアスは驚いた顔をする。マティアスには光線の加減で、私の瞳と同じ青に見えたと言う。
「どうしよう。マティアス、私、そんなつもりじゃ。」
「大丈夫、ダニエルは喜ぶから。」
顔を赤らめながら、店を出て、買ったものをリンダに渡した時、肩越しに女の人が男の人に突き飛ばされるのが見えた。
私は、マティアスの腕を引き、そこに向かって走り出す。マティアスもすぐに気づいて、お互いに剣に手をかけた。
「おい。何をしている!」
マティアスの声に男達が振り返るが、私とマティアスを見て、女と子どもと見くびったのが見て取れた。
「その人を離せ。」
マティアスがスラリと、剣を抜くが、男達は嘲笑してくるだけだった。しかし、私達の後ろに護衛が立っていることに気づき、そそくさと逃げていった。
母様が護衛をつけた理由がわかった気がする。私達だけでは、駄目なんだ。剣が強くなったのに、女だと言うだけで、弱いと思われる。何だかとても悔しかった。
悔しいのはマティアスもで、弟は色が変わる程、剣の柄を握りしめていた。
私はそっとその手に手を重ね、見上げる彼に頷いた。
男達に絡まれていたのは、可愛い女の子だった。
地面に転がる彼女に手を貸して立たせ、ハンカチで、土汚れを落としてあげると、すっかり恐縮して、深く頭を下げた。
「すみません。助けて頂き、ありがとうございます。」
頭をあげた少女の顔は、あまりにも見覚えのあるものだった。
私の婚約者に身を震わせながら抱きつき、彼に私を断罪させた、あの女子生徒。
「怪我はない?あなたお名前は?」
私の声は震えていないだろうか?まさかこんな所で彼女と出会うとは思ってもみなかった。
「あ、怪我は擦り傷だけなので、大丈夫です。私、マリーと言います。」
「家まで送るよ。また、あの男達が来たら、困るだろう?」
マティアスの言葉にマリーは困ったような素振りを見せた。
何だろう?襲われたばかりなのに怖くないのだろうか?
「ケイシー様。」
護衛がそっと囁いて、目配せする方を見れば、さっきの男達が物陰からこちらを覗いている。ニヤニヤした嫌な笑い方。あの笑い方をゆきえは見た事があった。
「あなた、さっきの男達とは知り合い?」
マリーの体がピクリと緊張した。やっぱりそうだ。
「お姉様?」
「すすんで協力しているの?それともイヤイヤ協力させられているの?」
「……」
「護衛の彼がいるから、あの男達が危ないと思って、あなたは別のカモを探した方がいいと、判断してる?」
マリーは目に涙を浮かべながら、必死に首を横に振った。
美人局の真似をしているのに、やっぱり彼女は無垢で守ってあげたいと思わせる見た目をしている。
「じゃあ、あの男達を捕まえてあげるから、この街の警邏部に一緒に行こうか?」
「お姉様、何を言ってるの?」
「マリーはわかるよね。どうしたいの?このまま同じ事を繰り返すの?いつかは皆に知られてしまうよ。それでもいいの?」
嘘だ。思いの中のケイシーが知る彼女は、悪者になった事はなかった。そう言えば、ケイシーの悪行の中に、街のゴロツキを雇って彼女を襲わせたって言うのがあったけど、あいつらかぁ。
見つけた今のうちに捕まえた方が良さそうだよね。
私は目配せだけで護衛に合図する。
マリーは、何度も口を開けたり、閉めたりして、どうしたものかと悩んでいるのがわかった。そのうち、キッと私を睨みすえる。こんな顔できるんだ。
「ほっといて!あんた達に何がわかるのよ。怪我もさせて無いし、女の子を助けていい気分になったでしょ。」
「そうね。今は怪我をしていないわ。でも、あなたを送っていこうとしたらどうなったかしらね?」
「チイッ。」
痛烈な舌打ち。
こらマティアス、そんなに驚いた顔をしないの!
お前もかブルータス、ってどんな意味?ゆきえの知識は時々訳が分からない。
私との会話でヒートアップした彼女と、その様子に慌てる男達は、護衛がいつの間にか男達の背後に移動していたことに気づかなかった。
あっという間にのされた男達と彼女を捕まえて、警邏部に突き出した。男達より、彼女の方が大変だった。暴れる暴れる、女豹って感じだね。
「あんた達は、お金を持ってるじゃない。恵んでくれても良いでしょ!何が悪いのよ!!」
「こんなやり方しなくても、あなたならいい相手を見つけられるでしょ?優しくて、お金持ちの相手を見つければ、苦労しないんじゃないの?」
「え?何言ってるの。そんな人、そこらに転がっているわけないじゃない。あんたは女だって言うのに、そんな剣も持ってるし、守ってくれる騎士様もいるから分かんないのよ!」
「何が分からないの?」
「弱いものは強いものに従わせられるの。確かにあいつらとグルだけど、仲間になってたからおやじから守って貰えてた。でも、そうじゃなきゃ、私はどんな目に合ったか分からない。あんたみたいなお嬢様は親に殴られた事もないんでしょ!」
「そうね。でも、喧嘩になったら、私も弟も父様より強いから、殴られたりはしないと思うわ。ねぇ、マティアス、そうよね。」
「う、うん。」
マリーは、目をシロクロさせている。
「強いんだ。」
「うん。そう。」
「私も強くなったら、あんたみたいになれる?」
「なれるよ。」
「そっか。そうだね。ねぇ、あんたの名前は?」
「ケイシー・トルティドール。強くなりたかったら、私を訪ねてきて。」
「お姉様、何を言ってるの。」
「良いのよ、マティアス。ねぇマリー、まだやり直しはきくわ。私の手を取るつもりがあれば、いらっしゃい。」
マリーは何も言わなかった。彼らの罪はどうなるだろう。学園で、また彼女に再会できるのだろうか?