1.新しい自分として
短い話です。よろしくお願いします。
夢の中で、私は灯りもつけず、泣き濡れていた。
今日、婚約者に婚約破棄を告げられ、父様には家門の恥と詰られた。
私はそんなに悪い事はしていないのに。彼女が婚約者と腕を絡めて親しくしている事が我慢できず、ちょっとした嫌がらせはしたかもしれない。
でも、婚約者のいる男性に性的に擦り寄る彼女程、悪い事をしたわけじゃない。
怪我だって、彼女が態と私にぶつかってきて、勝手に階段から落ちただけだ。
私はしていないと言ったのに、信じて貰えない上に、態度がふてぶてしいと蔑まれた。
私を庇ってくれる人もいなかった。
鏡で自分の顔を見る。顔立ちは悪くないが、きつく見える顔。
今は、泣き過ぎて、酷い顔をしている。
明日には、修道院へ行く馬車が迎えに来る。
迎えに来た馬車に乗って、3日。私をここに送った人達はここの事を知って居たのだろうか?
貴族嫌いな人々は、罪を受けてやって来た私に、ことごとく辛く当たった。
殴られ、蹴られ、想像もした事のない扱いを受けた。
ここに来て2週間、家から手紙が届いた。いつも私に優しかったお兄様が、私を信じて事件を調べて下さっていたこと。そして、その先で、暴漢に襲われて亡くなったことが書かれていた。
私はお兄様を偲んで、声をあげて泣いた。私がこんな事にならなければ、優しいお兄様を失わずにすんだのに。
私がもっと強かったら、もっともっと。
また違う道があったのかもしれない。
私は、殴られて、痛む体を引き摺りながら、塔の階段を登った。
次に生まれかわる事ができたら、私はもっと強い人間になろう。体を鍛え、彼らに好き放題にされない強さを身につけよう。
そして、大切な人を奪われないようにしよう。
塔のてっぺんから、身を投げて、私の一生は終わった。
私、ケイシー・トルティドールの。
私は、幼い頃から祖父の影響か、武術が大好きだった。
剣道、空手、柔道、弓道。
他の女の子が好むようなテニスやダンスには興味を持てなかった。
特に剣道は大好きで、高校では、インターハイで優勝する程に腕をあげた。
そんなある日、友達の社交ダンスのコンテストに応援に行き、その踊りの思いもよらない激しさに目を奪われた。
私も踊ってみたい。
皆が夢中になるダンスも激しい。でも何故か、社交ダンスには目を奪われた。
私は、友達の通う教室に通い、ひたすらダンスの腕を磨いた。
両親は早くに亡くなったが、株等の投資で資産を増やしてくれていたので、私の生活は困る事はなくて、祖父と二人暮らしの生活は寂しくはあったが、楽しかった。
祖父がいる間は。
大学二年の時、祖父が癌で亡くなり、一人ぼっちになった家は、無性に寂しかった。
人が居ることがどんなに心休まるものか実感した。
寂しい。寂しい。寂しい。
あれ程頑張ってきた剣道も、社交ダンスも何もかも、全て色褪せた。こんなんじゃ駄目だと思うのに、なかなか気持ちは浮上しない。
ひたすら無心になって竹刀を振る。
「誰か!!!」
キャーと言う悲鳴の後に女の人の叫び声が聞こえ、登っていた横断橋の上を見上げれば、ベビーカーが落ちて来る。
咄嗟に足を踏み出し、ベビーカーを抱えるが、私の体は、ベビーカーごと地面に落下した。
最後に聞いたのは、赤ちゃんの泣き声。
ああ、赤ちゃんは無事だったみたい。良かった。
そして、私、佐藤ゆきえは、意識を失った。
私は、まだ、物心つく前から、貴族令嬢にあるまじき遊びが好きだった。
握り拳大の石を両手に掴んでは、それを上下に上げ下ろしし、仰向けに寝転んでは、足を揃えて上げ下ろしする。
私のそんな動きを兄様が真似し、護衛騎士が真似していた事を私は知らない。
歩けるようになれば、兄様の真似をして、庭師に貰った枝を振り回すようになった。剣の型とは違うその振り回し方に、兄様の指導に来ていた剣聖が興味を抱き、父様に相談して、私も習わせて貰えるようになった。
私は初めて剣を握った夜、私の中に二人の人間の思いが残っている事に気がついた。一人は黒髪黒目の佐藤ゆきえ、もう一人は、寂しく塔から身を投げた、ケイシー・トルティドール。
そして、私は、6才のケイシー・トルティドールだ。
「お嬢様、お茶の時間にしましょう。」
「はぁい。」
私は、二人の気持ちに影響を受けているのか、とても人に甘えるのが好きだ。今も大好きな侍女のリンダに駆け寄ると、ポフンと抱きついた。
「あらあら、お嬢様は甘えっ子さんですね。」
「リンダ大好き。」
「私もですよ。」
私の後ろから、兄様と、師匠も姿を表し、へらりと笑う私の頭を撫でてくれる。
私はそれが嬉しくて、また、キャッキャッと笑った。
「ケイシーはこんなに可愛らしいのに、今日はケイシーに負けそうになったんだよ。リンダ、信じられる?」
「あら、まあまあ。」
「本当にそうですね。ムスタファ様にはもっと頑張って頂かなくては。」
「あー、はいはい。師匠は厳しい。」
私は兄様の膝に乗せてもらって、クッキーに手を伸ばし、それを兄様の口元に差し出した。
「私、もっと強くなって、お兄様を守るの。」
「ふふふ。ケイシーは僕を守ってくれるの?嬉しいね。では、僕もケイシーを守れるようにもっと強くなろう。」
思い出の中のケイシーの兄はあまり剣術が得意ではなかったが、目の前の兄様は剣の腕が良い。優しくて、綺麗で、強い自慢の兄様だ。
兄様は私が差し出すクッキーを食べると、私にもクッキーをとってくれた。
お茶を飲み、おやつを食べると、途端に私は眠くなる。
兄様にさらさらと頭を撫でられていると、気持ちよくて目が閉じてしまう。
「兄様、大好き。」
「僕もだよ。可愛いケイシー。」
母様は私を産んだ後から、時々体調を崩してはよく寝付いていた。それは思い出の中のケイシーとも同じ。
父様は公爵としての仕事も忙しく、母様の事も気遣っているので、私や兄様の事は、使用人に任せ切りだった。
二人の事を思い出した私は、ゆきえが好きだったマッサージを母様にしてあげようと、そっと母様の部屋に行った。
「お母様。いい?」
「いいわよ。でもごめんなさい。少しだけね。」
母様は今日もあまり顔色が良くない。
「お母様、少しだけ、私がお母様の体をマッサージしてもいい?」
「マッサージ?分からないけど、良いわよ。」
私は母様にうつ伏せになってもらい、ベッドに乗ると、母様の背中をゆっくりとマッサージした。首筋、背中、足から足裏まで。
思った以上にリンパの流れの悪い母様の体を優しく優しく、マッサージする。
少しずつ、母様の体が温まって、顔の血色が良くなっていく。
「どう?お母様。」
母様は驚いたように、自分の手や、首筋を触った。
「とても気持ちが良かったわ。ケイシー、誰に教えてもらったの?」
「分からない。」
「そう。とても気持ちがいいわ。ケイシー、ありがとう。」
「うん。また、マッサージしに来てもいい?」
「ありがとう。お願いするわ。」
母様に優しく撫でてもらい、私はすごく気持ちが良かった。
その夜、いつもは部屋で食事をする母様が、ダイニングに来てくれた。偶然、その日は、父様も仕事を早めに終えて帰宅したので、家族四人揃っての夕食。
いつもは厳しい顔の父様が、その日はすごく優しい顔をしていた。