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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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89話 グスタフの分水嶺

 ルナマリア神殿の神官長であるカガイの仕事は、多岐に渡る。

 信徒や貴族からの寄進に対する書類チェックや、高位神官からの報告書に目を通し、追加の命令指示書作成。新米神官への血晶石のタリスマン授与の儀式や、研究中の奇跡解析業務。他の神官では対応できない怪我や毒を負った患者の治療に、毎月大金を寄進してくれる信徒との接待業務等々。

 新米神官達は「カガイ神官長はいつもお忙しそうだな~」とぼんやり思うぐらいだが、神官長に程近い高位神官達はその内情を詳しく知っているため、「絶対神官長になりたくねぇ」とドン引きしている程には、カガイは忙しい男だった。

 そんなカガイであるため、スイからの緊急報告を受けた今も、書類片手間に話を聞いていた。スイとてカガイの忙しさは理解しているが、それを踏まえてなお「由々しき事態なんです!」とこちら側に意識を向けさせる事に必死になっていた。


「急に転移魔法でやってきたかと思えば……。なんのために君を行かせたと? 高位神官でしょう。一人で対応なさい」


 カガイの執務室には、神殿騎士のシュバルツの他に転移で一緒にやってきた十兵衛とハーデスが居た。いつぞやの会談時と同じ様に黒革張りのソファに座りながら、十兵衛は執務机に両手をついて言い募るスイを見守る。


「それは勿論対応します! この神殿の高位神官の中で一番私に向いている任務ですから。ただ、お聞きしたいのはエレンツィアでの罪人の埋葬方法をカガイ神官長は御存じだったのかってことです!」

「外洋に沈める話でしょう? 知っていますよ」

「導きの祈りを捧げていないこともですか!?」

「……あ゛?」


 カガイの目が眼鏡の下で鋭く光る。周囲の者がぎょっとするぐらい低い声で唸ったカガイに、「それ見たことか!」とスイは嘆息した。


「ステラ=フェリーチェ大神殿から血晶石の欠片を融通されているお話は?」

「それも知っています。ですがあれは遠洋で漁をする漁師達のためも相俟っての話と聞いていましたが」

「機能しておりません。それどころか、冒険者さん達の手に少数しか渡っていない」


 だん! という激しい音を立てて、カガイが書類を執務机に叩きつけた。それを正面から見て受け止めたスイは、ごくりと生唾を飲みこみつつも内心で笑みを浮かべる。


 ――ほら。やっぱり、カガイ神官長はこういうお人なんだ。


 グスタフはカガイを自分の同類と見ていたようだが、そうではない。拝金主義でも、意地悪でも。カガイは真実『人のためにある神官』であると、スイは心から信じていた。

 人目があろうが構わずブチ切れてみせたカガイの姿こそ、その証左である。スイは安堵の息を吐くと、不敵に笑ってみせた。


「私のお話、聞いて頂けますよね? カガイ神官長」




 ***




「亜人の首輪に冒険者のお守り、ですか」


 苛つきを隠しもしない声で、カガイが呟く。それの意図が読めなかった十兵衛が、「亜人の首輪にあるとどうなるんですか?」と問うた。

 その問いに対し、スイが説明を買って出る。


「冒険者のお守りは、前提として奇跡が使えない一般人でも一度だけ奇跡が使えるアイテムになっています。自分の力ではどうにもならない時、『神様!』って思うこと、ありません?」


 そう言われて、苦しい時の神頼みが思い至った十兵衛は素直に頷く。


「そういう時に血晶石の欠片を持っていると、奇跡が発動するようになってるんです。勿論一般の人が自分で奇跡を選ぶのは出来ませんから、あらかじめ込められた奇跡が発動する感じですね」

「そして、神官の奇跡は対魔物に対して破格の力を発揮します。半分魔物である亜人を縛る楔に十分成り得る」

「……人が神に祈るだけで、亜人は死に至るのか」

「……えぇ」


 その答えに、十兵衛はぐっと拳を握りしめた。スピーが終始おどおどしていたのも、そのせいだと気づいたのだ。

 ほんの少し人の機嫌を損ねるだけで、神に祈られて死に至る。たった一度「神よ!」と人が願うだけで殺されるのだ。どれほど恐ろしい日々を送っていたのだろうと、スピーを慮って目を伏せた。


「オデット領は亜人の売買が盛んと聞きます。好事家達に安全も兼ね備えた首輪もセットで売りつけるわけですか」

「そう、私も見ています。そこでの経済効果が思った以上の物だったから、首輪を大量に生産して冒険者のお守りが本来の用途で足りなくなった。だから罪人の埋葬方法にそれらしい大義名分をつけてレイスを発生させ、大神殿からの更なる融通を取り付けたのではないかと」

「甘いですね、スイ。そんなに小さく纏まる話ではありません」


「え……」と目を丸くするスイに、カガイは深く溜息を吐く。


「まったく。腐り果てたか、嘆かわしい……」


 そう言うや、カガイは執務机にあった一枚の書類をスイに渡した。受け取ったスイはさっと目を通し、驚愕に目を見開く。


「え、エデン教会からルナマリア神殿への寄進額……!? ここ数年でおかしくありません? これ!」

「うちだけじゃないですよ。ステラ=フェリーチェ大神殿にいる知り合いの方でも見て貰いましたが、あちらは十年前と比べてほぼ数倍です」

「な、な……!」

「元々それを調べさせるために君を行かせたんですよ。金回りの事は令嬢の君向きの話ですからね。教会が妙に豊かすぎれば、間違いなく気づくと思いまして」

「それはまぁ、はい……」

「オデット伯爵との何かしらの癒着は予想していましたが、血晶石の欠片を得るためにレイスまで発生させるとは、まったく恐れ入る……」

「その大神殿は、この事態を知らないのか?」


 不思議そうに首を傾げるハーデスに、「いや、」と声を上げたのは十兵衛だった。


「知った上で放置している」

「……と、私も予想します。十兵衛、やはり君は()()()()()()にも明るいようですね」

「名のある方の側仕えだったので、勘が働くだけです」


 それだけ言って黙した十兵衛に、カガイもそれ以上は突っ込まなかった。ただ、一つ嘆息して頬杖をつく。


「罪人の埋葬に導きの祈りを使わない事を、エデン教会は隠していなかった。冒険者達も知っていたようですからね、その思想が当然の事であるとされていたから、誰も問題視しなかった。――ですが、何故か私は()()()()()です」

「同じく、私もです。オーウェン領に勤める神官には伝えられなかったのでしょうか」

「伝わっていたとしても、すでに高位神官の調査済みとあればそれ以上口は出さなかったのでしょう。そういう思想もあるか、で済まされていた」

「大神殿の手がかかった高位神官しか、これまで調査に入らなかった……」

「おそらく。私の元にまで詳細が上がって来なかったのは、そうした問題意識の無さが広まっている現状に加え、中央からの情報統制がなされていたからでしょうね。この件を知れば、カガイ・アノックは絶対に見逃さないだろうと」


 エデン教会からの大量の寄進に目が眩んだ大神殿は、血晶石の欠片を融通してもらうためにエデン教会が作った海底墓場の存在を黙認した。僅かな元手で大金が手に入るのであれば、些末な事と判断したのだ。

 本来、冒険者のお守りは非常に安価な値段で卸されている。冒険者ギルドに勤める冒険者達が(もたら)す情報を、神官達も重要視しているからだ。故にこそギブアンドテイクで彼らのために用意されていたものが、いつしか本来の用途から大きくかけ離れ、亜人の売買における必要物資の高額品へと変貌したのだった。

 教会が神殿に寄進する意図は、「何かあった時にはご助力お願いします」といった政治的側面に加え、高位神官にいち早くなりたがる神官の賄賂も含まれている。大神殿に勤める神官はそれだけで人々に讃えられ、信徒の増加傾向が高い。選ばれた者しか勤められないと言われるその聖地に行くことは、神官達の誉れでもあった。

 グスタフがカガイについて言及したのも、おそらくこの賄賂の件についてだろうとスイは思う。あれだけの寄進を遠慮なく受け取っている拝金主義のカガイも、大神殿と同じ認識だと勘違いしたのだ。

 だが、彼にとってそこが分水嶺だった。拝金主義を装っていても、カガイのそれはステラ=フェリーチェ大神殿の腐り果てた思考とはまったく別の物であったのだ。


「カガイ神官長……」


 不安げに伺うスイに、カガイはフン、と忌々し気に鼻を鳴らす。


「いい機会です。堂々と中央に喧嘩を売ってやりますよ」


「十兵衛!」と名を呼ばれて、十兵衛ははっと姿勢を正す。


「君の勇名を存分に使わせて頂きます。宜しいですね?」


 悪役じみた笑みを浮かべるカガイに、十兵衛は目を丸くする。だが、すぐにふっと顔を緩めると、にっこりと笑ってみせた。


「どうぞ、よしなに」

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