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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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88話 新たな商品

「あ、あの、ごめんなさい。君の服を借りてしまって……」


 エレンツィアの中央通りを手を引かれながら歩くスピーが、もじもじと俯きながら謝罪する。彼の手を握って歩いていたアレンは、「君じゃなくて、アレンな!」と指摘し、歯を見せて笑った。


「スピーは十歳、俺は十二歳! 年上の俺が年下のスピーにお下がりを渡すなんて、当たり前のことだろ~?」


「村じゃトレイル兄ちゃんの服貰ったりしてたし!」とアレンは当然のように言う。

 だが、スピーにすれば仕立ての良い服を用立てて貰うこと自体が驚きなのだ。尻尾のせいでアレンのズボンに穴をあけてまで着せて貰った服に、ただただ恐縮していた。


「でも、でも僕は亜人で……」

「だけど、俺とスピーは話せてる」


 振り向いたアレンの瞳を、スピーは目を丸くして見つめる。


「俺の父ちゃん、治癒師でも薬師でもないのに、隣村で魔物になってしまった人を自分に出来る事を尽くしてずっと診てたんだ。村の人も最期の瞬間まで患者さんの事、人として扱ってたって」

「…………」

「そんな父ちゃんの背を見て育った俺がさ。亜人だからって偏見だけでスピーを魔物扱いしたら、きっと父ちゃんにしばかれるよ」


「あ、偏見っていうのは、偏った見方って意味な! 難しい言葉はなんでも俺に聞けよ!」と兄貴分らしい言葉で締めて、アレンは明るく笑ってみせる。そんなアレンを潤んだ瞳で見つめたスピーは、小さな声で「あり、がとう」と呟いた。


 二人のやり取りを後ろから見ていたガラドルフが、ふっと目を細める。留守番をしていたリンから事の次第を聞いたガラドルフは、少し心配していたのだ。

 アレンにとってスピーは、初めての亜人との邂逅になる。ガラドルフが過去に見てきた亜人の中でも、スピーは割合人に受け入れられやすい体つきをしていた。故にそこまで忌避感は無かったのだろうとは思いつつ、友のアイルークの在り方がアレンに引き継がれた事の喜びを噛み締める。


 ガラドルフにとっても、亜人の存在は複雑だった。元神殿騎士として、聖騎士として、冒険者として。亜人含む魔物は、全て討つべき存在だからだ。だが、友であるアイルークの負った苦悩が、その短絡的な考えに待ったをかける。

 害されるから、こちらも害する。だが、そうではない存在を「いつか害するかもしれないから」と討つ事は間違っているのではないか、と。

 人とて、罪を犯すかもしれない可能性を誰もが孕んでいる。だから先んじて殺すのかといえば、そうではない。だったらその常識を亜人達に向ける事だっておかしくはないはずだ、と考える己の思考に、ガラドルフは内心苦笑した。こんな小難しい事を己がいちいち考えて悩むようになるなど、思いもしなかったからだ。

 黙り込んでいるからいかんのだな、と嘆息し、左肩の上で勝手に座りながらガラドルフの兜を弄んでいたリンに声をかけた。


「使者に貰ったカードを使う店にはまだ着かんのか」

「そろそろじゃないか? スイは中央通り沿いに歩けばすぐ見つかると言っていた」

「そんなにでかいのか」

「たぶん。仕立て屋も兼ねていると言っていたからな。そこそこの規模が必要なんだろ」

「ほーう。では我が輩も一着作って貰おうか」


「普通の服屋じゃ着れないサイズばかりなのだ」と眉尻を下げるガラドルフに、リンが可笑しそうに笑う。


「お前のでかさは規格外だからな。エルフとドワーフがくっついて、何をどうしたらそうなるんだ」

「我が輩にも分からん。なにせ世界で初めての二種族のハーフだ」

「他にはいないのか」

「まだ我が輩一人だけだなぁ」


「ようよう、世界は変えれんもんだ」と鼻を鳴らす。


「我が外で生きていた三百年前に、ガラドルフのような存在はいなかった。そう考えれば、ほんの少しは変化しているように思えるがな」

「それこそ尺度の違いだな」

「確かに」


 そうこうする内に、大きな裁ちばさみを看板に掲げた、服屋の店が視界に入った。

 店頭のガラスケースの向こう側では、マネキンが豪奢なドレスで身を飾り、間から覗き見れる店内はたくさんの意匠の服が並んでいる。いくつか靴もあるようで、その中に「リンドブルム発祥! 丸十字ブランドの下駄、取り扱ってます!」という宣伝文句と共に黒塗りの駒下駄も置いてあった。

 エレンツィアが船を使って荷をリンドブルムに届けるように、リンドブルムもエレンツィアへと荷を運ぶ。内陸と海を繋ぐ二つの街は密接に関係しており、その証明が目の前にあるようだとリンは目を細めた。


「いらっしゃいませ~!」


 店の扉をガラドルフが開けると、足元をアレンとスピーが通り抜ける。合わせるようにリンも肩から飛び降りて後ろから続いた。

 それを見た店の店員が、不快そうに眉を顰める。ツーブロックに整えられた薄茶の髪に豊かな髭を生やした中肉中背の男は、彼らの保護者と判断したのか、ガラドルフの前に立つや「店主のヘンリーと申します」と頭を下げた。


「お客様。申し訳ございませんが、当店は亜人の入店をお断りしております」

「おう、それはすまぬな。だが我が輩の方も事情があるのだ」

「こちらにも事情がございます。どうしてもという事でしたら外でお待ち頂いて……」

「リン、その兜をこっちにくれるか」


 未だ兜を抱えたままだったリンが、ガラドルフに向かってそれを放り投げる。

 いつも装備している白銀の鎧は宿に置いてきたため、今のガラドルフはラフな私服だ。だが、それでもこれだけは必要だと持ってきていた兜を、ガラドルフは店主の目の前で被ってみせた。

 その瞬間、店主――ヘンリーが驚愕に目を瞠る。


「が、が、ガラドルフ様!?」

「やっぱり。毎度思うがなんでこれを被らんと分かって貰えんのだ」

郵便大鷲新聞(ポスグルプレス)のお写真はいつもフルフェイスのものですから! いやはや、当店にようこそ!」


 あれほど文句を言っていたことも忘れたかのように、ヘンリーは揉み手をして歓迎する。こういう時は肩書きは便利だなぁとガラドルフは思いながら、アレンにスピーの服を見繕うよう言い渡した。


「亜人の少年の服をお求めなのですか?」

「いくつかな。あの尻尾があるから、手直しも頼む。代金に関してはこのカードを使って欲しいとオデット伯爵から預かった」

「こちらは……! なるほど、承知しました」


 ガラドルフからカードを預かったヘンリーは、何もかもを承知したように頷く。

 聖騎士のガラドルフがオデット伯爵からの優待券を預かって、亜人の少年の服を買う。そこに大いなる策謀をヘンリーは感じ取ったのだ。「伊達に一等地で服屋をやっていませんとも!」と内心拳を握りながら、歴戦の商売人でもあるヘンリーはプロフェッショナルのサービスに努めた。


 スピーとショーケースを眺めていたアレンは、後ろから「どのような物をお求めでしょう?」と尋ねてきたヘンリーに素直に助けを求める。


「動きやすい服と、スピーみたいな足の爪の長い子でも履ける靴が欲しいんだ」

「普段使いの服ですか? それともお出かけ用の服が宜しいでしょうか?」

「あ、そうか。どっちも三着ずつかな。動きやすいのは大前提で!」

「承知しました。ご要望に沿った物は、こちらのケースにございます」

「靴に関しては駒下駄でいいだろう。我とお揃いだ」


 その言葉を耳にして、ふとヘンリーはリンに目を向ける。彼女が来ている衣装をじっと見つめると、唖然と口を開いた。


「ピンクダイヤの角飾りに赤い鼻緒の黒塗りの駒下駄! 加えて最高級絹の桃色染め……! も、もしや竜姫リン様で!?」

「え、なんで分かるんだ」

「当店でも扱っている丸十字ブランドの下駄ですが、その成り立ちを知らない商売人はおりませんとも!」


 ヘンリーは語る。かの英雄、八剣十兵衛が、リンドブルムに訪れていた竜姫の足に合うような駒下駄を用意したこと。その行いが結果的に民の風土病改善に繋がり、下駄という新しい履物が広く世に伝わり始めたことを。


「十兵衛、有名になってるなぁ……」

「それはもう! 駒下駄に合う服を売るべく、今どこの仕立て屋でも開発に必死ですよ!」

「あ、その話なんだけど……」


 背に背負っていた小さな鞄から、アレンがぼろぼろに破れた布地の服を取り出した。

 焼け焦げや洗ったとはいえ血の痕も残るそれに、一同が目を丸くする。


「どうしたんだ、それ」

「これ、十兵衛の持ち物なんだ」

「えっ!?」

「服屋に行くって聞いたから持ってきたんだ。十兵衛は前に『これは特殊な加護がかかってるからたぶん直せない』って言ってたけど、似たような服が仕立てられないかなって思ってこっそり借りてきた」


「何せタダだし」とちゃっかりしてみせるアレンに、ガラドルフが笑う。


「なるほどな。そりゃあ十兵衛とて、故郷の服が着れれば嬉しかろう」

「うん。ヘンリーさん、これと似たようなのって作れるかな?」


 英雄の故郷の服を手に取れる機会とあって、ヘンリーの身が感動に震える。「少々お待ちくださいね!」とアレンから服を預かったヘンリーは、店の隅にある仕立て台に大きく広げてみせた。


「構造自体は非常にシンプルな物ですね……。立体的というより平面的な感じに思えます。どのように着衣されていましたか?」

「羽織るように着て、帯っていう腰紐を締めてたよ。着物っていうんだって。最初に会った時十兵衛は袴っていうズボンもはいてたけど、その服だけでも着れるようになってるって言ってた」

「なるほど……」


 アレンからもたらされた情報を脳内で映像化しながら、ヘンリーはブツブツと呟きつつ考える。

 素材的に、この着物は汗を吸うような造りになっていない。であれば、普通裏地に縫う形になるが、裏地の布は表と変わらない。そうなると肌着用の同じ丈の物が必要で、と思い至ったあたりで、ヘンリーは「はーっ!」と声を上げた。


「ここが襟で! あ、なるほど!? ということは肌着の色合いを変えて少し見せる形でも出来……あっ、付け襟も出来ますね!? 待って、となると帯のバリエーションもより複雑に展開が……あーーーっ!!」

「ヘ、ヘンリーさん……?」

「少年! お名前は!?」

「あ、アレンです……」


 かっ! と目を見開いて振り向いたヘンリーに、驚きながらアレンが自分の名前を口にする。そんなアレンに、「アレン君! ありがとう!」とヘンリーは大声で礼を述べた。


「最っ高のインスピレーションが降りてきたよ! これと似た着物、作ってみせるからね!」

「あ、ありがとう……。あ、そうだ、なるべく早く仕立て上げられる?」


「俺、ガラドルフのおっちゃんと四日後の朝にはここを発つんだ」とアレンは語る。


「だから、その前に十兵衛にプレゼントしたいなって思って。せっかくだし、着てる所も見たいからさ」

「とうっ、尊い……!」

「アイルーク、育て方がうますぎる……!」

「アレンは良い子だな……!」


 大人三人がくっと目頭を押さえるのに対し、アレンはスピーを連れて「じゃあそっちは任せて良さげな服選ぼうぜ~!」とワイワイとショーケースに向かう。


 このエレンツィアで日本に通ずる新たな商品が出来つつあることを、十兵衛はまだ知らないのだった。

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