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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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87話 高位神官の訪問

「本当にこちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 信徒のお祈りの対応や事務作業をこなす傍ら、いつも以上に教会――エデン教会を磨き上げるようせっせと掃除をするヴィオラは、同じく掃除を行う主教――グスタフ・モルドーに問いかける。


「勿論いらっしゃるでしょう。高位神官が街に訪れたのであれば、教会に訪問するのは当然です」


 短い黒髪に年相応の皺を刻んだグスタフは、ヴィオラの問いに肯定してみせた。

 グスタフもヴィオラもエデン教会において職務上は同じ格の者であるが、教会の責任者であるグスタフは教会の(あるじ)――【主教(しゅきょう)】という肩書きがある。

 職務上では同じであっても、主教であるグスタフの事をヴィオラは敬意を払って接していた。

 年若いのも相俟って、力仕事や床掃除などもグスタフに代わって積極的にヴィオラは行う。そんな頼もしい後輩にグスタフは微笑むと、「ともあれ、お守りの納品が終わった後で良かったですね」と嘆息した。


「それはほんとに! じゃなきゃ僕、ヘロヘロの状態で応対することになってましたよ」

「ヴィオラには一手に担って貰ってますからね。感謝しておりますよ」

「いいえ~! その分、グスタフ主教や先輩達には患者さんの対応をお任せしていますから、申し訳ないぐらいです」


 王都から配られる血晶石の欠片に奇跡を込めるのは、教会で一番若手であるヴィオラの仕事だった。まだまだ新米神官であるため、奇跡の力も使用回数もヴィオラはさほど育っていない。信徒を足で集める事もしなくてはと思いつつ、日々のお守り作業で忙殺されているのがちょっとした悩みでもあった。


 だが、奇跡を何度も使用することで練度自体は成長する。神官は精神力を対価に神に奇跡を願うが、練度を高めれば必要以上の奇跡の現出を防ぐことが出来るのだ。消費する精神力を大幅に少なくすることは、結果的に奇跡の使用回数の増加にも繋がるのだった。

 だから、これが修行でもあるのだとヴィオラは納得している。納得はしているものの、「もうちょっと使える奇跡が増えればな~」とはこっそり思っているのだった。


 エデン教会に高位神官が訪れるのは初めての事ではない。ここに勤めるようになってから、ヴィオラも幾度か高位神官に会っていた。

 王都からやってきた高位神官達は、皆形式的なやり取りだけ行い、信徒の増加傾向に対する多少の小言と教会で受け持っている患者の治療を一手に終わらせて去るのが常だった。

 だから、ヴィオラは今日もそんな感じの一日になるだろうと思っていたのだ。



 ――史上最年少の高位神官が、教会の扉を叩くまでは。




 ***




 ルナマリア神殿とはまた違う装いだが、エデン教会もおおよそ白い色合いで纏められている。屋根や所々アクセントのように使われる色は街の家々と同じ青色で、ここでも統一感を出しているのだなと十兵衛はぼんやり思った。

 神社の鳥居も大概は朱色であるが、たまに石で作られた物や木肌の残る原木そのままの鳥居もある。形だけは同じでも、その町々で地域差があるのは日本もこの世界も同様のようだった。

 教会の周囲には瑞々しく咲き誇る花々が広がり、そちらは色とりどりの装いで見目に鮮やかだ。見た事も無い花だなぁとしげしげと見つめていた十兵衛は、赤と黄色に染まる花を見てはっと目を瞠った。


「この花、髭がある!」

「……は?」


 隣を歩いていたハーデスが怪訝そうに片眉を上げる。


「ほら! 立派な口髭を蓄えた男の顔に見えないか?」

「見えんこともないが……。前から思っていたがなんでそんなに髭にこだわりがあるんだ、お前」

「童顔なのが嫌なんだ」


 つるっつるにされた事を未だに根に持っている十兵衛は、ふん、とそっぽを向く。「確かに髭の生えたおじさんみたいですねぇ」とヴィオラの花を同じ様に見ていたスイは、十兵衛の様子に苦笑した。


「髭の無い十兵衛さんは、精悍なお顔立ちで私はいいなって思いますよ」

「少なくとも山賊には間違われない」

「クソ……俺の顔の毛根が弱いばかりに……」

「そんなにお髭に興味があるのでしたら、十兵衛さん、きっとドワーフの国に行ったらびっくりするでしょうね」


 可笑しそうに笑ったスイに、きょとんと十兵衛は目を瞬かせる。


「あぁ、ガラドルフの親父殿の……」

「そうです。ガラドルフ様は大きな体躯のお方ですが、ドワーフの方々は本当はもう少し小さい背丈の種族なんですよ」

「そうなのか」

「えぇ! そして、男女ともに立派なお髭を蓄えていらっしゃる、髭好きの方からすれば聖地のような国ですね」

「だ、だ、男女ともに……!?」


 心からびっくりして固まる十兵衛に、ハーデスもスイも肯定するように頷いた。


「よっぽど交流のある者しか、ドワーフの男女の区別は一見では分からんらしい」

「そうそう! なのでドワーフの方に話しかける時は、『そこのおじさん』とか『お嬢さん』を使うとうっかり失礼になっちゃうかもしれないので、『そこの素敵なお髭のお方』って声をかけるんですよ」

「え、ええ~~~! す、すごい行きたい! 次はそこに行きたいぞ!」


 完全に興味本位で旅の予定を口にする十兵衛に、二人は面白そうに笑った。十兵衛の思惑はどうあれ、魔石に変わる竜の鱗を使った道具の生産や解析には、手先が器用で技術力のあるドワーフ族とのパイプは欲しい所である。

「ここのバブイルの塔見学が終われば、そこも検討しよう」と提案を受け入れたハーデスは、教会の扉の前に立ったスイに目をやった。


「さ、高位神官殿はここからどうする?」

(から)め手なしの、正面突破ですとも! たのもー!」


 道場破りさながらの様子で、スイは教会の扉を叩く。呆気に取られる二人を置いて、スイはもう一度ノックした。


「そんなに何度も叩かれずとも、十分聞こえておりますよ」


 さほど時間を置かずに、教会の扉が開かれる。中から出てきたのは、十兵衛よりも少し上背のある短い黒髪の神官だった。

 神官は扉を開けるや、目の前にいたスイに視線をやり、少しだけ目を見開く。


「スイ・オーウェン高位神官……」

「御存じでいらっしゃいましたか」

「……それは、勿論。史上最年少の高位神官を、知らぬ神官はおりません」


「ようこそいらっしゃいました。主教のグスタフと申します」と名乗った男――グスタフは、恭しく頭を下げると腕を広げて三人を中へと誘うのだった。




 ***




 エデン教会で一番いいお茶を用意しながら、ヴィオラは好奇心が抑えられないまま目を煌めかせていた。

 なにせ目の前にいるのは、史上最年少で高位神官になったかのスイ・オーウェン公爵令嬢なのだ。

 現在十八歳の彼女が高位神官になったのは、二年前の十六歳の時である。十九歳の新米神官であるヴィオラにとって、スイは遠い憧れの存在でもあった。

 それが今目の前にいる事実に、感動が溢れて身を震わせる。普通なら同席出来ないはずの自分がここにいる事が出来るのも、「冒険者のお守りを製作している方に会いたい」というスイの願いがあったからだ。「とんでもない幸運だ~!」と神に感謝を捧げながら、ヴィオラは応接室のテーブルに人数分の茶器を並べるのだった。


「お忙しい所、お時間を作って頂きありがとうございます。本当は日中の業務が終わる頃合いを見て伺う予定だったのですが……」

「いえ。オーウェン高位神官こそお忙しい身であられるでしょう。リンドブルムから遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」


「何より、朝方は大変でしたねぇ」と労わるグスタフに、スイは「いやはや、お騒がせしまして」と頭を下げた。それに、ヴィオラははっと目を見開く。

 という事はつまり、あの事故を対応した高位神官はスイになる。相当な怪我人の数だったと聞き及んでいたため、それを見事治癒してみせた彼女の凄さに、尊敬の念が尽きなかった。


「さ、さすがですオーウェン高位神官……! 一気に範囲回復の奇跡をご使用になられたのでしょうか!?」

「こら、ヴィオラ……」

「いいえ。命の危機に関わるような緊急性が無い限り、過ぎたるは猶及ばざるが如しですから。お一人お一人診る手法を取りました」

「なるほど……!」


 ヴィオラの勝手に、グスタフは「申し訳ない」と頭を下げる。気にした風を見せずに首を振ったスイを、ヴィオラは尊敬の眼差しで見つめていた。

 怪我の治癒を施す回復の奇跡は様々あるが、過分な治癒は患者の不調にも繋がる。いわゆるランナーズハイのような陶酔状態に陥る事があるのだ。そのため、腕の良い神官ほど過不足のない奇跡を使うとは広く知られた知識でもあった。

 それを知らなかったのか、スイの隣に座っていた総髪の男――十兵衛が、「なるほど、それで」と得心したように頷いていた。


「ところで、そちらの……えー、ハーデス殿と十兵衛殿、でしたね。お二人は同席のままで宜しいのですか?」


 高位神官の業務に付き添うのは、通常神殿騎士になる。そうではない部外者を同行させている事に疑問を呈すグスタフに、「父とカガイ神官長から太鼓判を押された護衛です」とスイは微笑んだ。


「ですので、どうぞ普段と変わりなくやりましょう。――それではお伺いしますが、こちらのエデン教会で何かお困りごとはありませんか?」

「えぇ。ああ、でも強いて言うのであれば……奇跡をかけても怪我の治りが遅い患者が幾人かおりますので、出来ればオーウェン高位神官の診断をお願いしたく思います」

「魔物の毒関連でしょうか。承知しました、こちらで対応致しましょう」


「他には何かありますか?」と問うスイに、悩むように目を伏せたグスタフは、そのまま首を横に振った。

 確かに、ヴィオラもそれ以上思いつく事が無い。高位神官の手を借りたいような事があったかなあと首を捻りながら、ふと一つ思いつくものがあって「あっ、」と声を上げた。


「最近、冒険者の人達によくお守りについて尋ねられるんですよね」

「ヴィオラ、それはオーウェン高位神官の手を煩わせるような事では」

「いいえグスタフさん、こちらも併せて伺いましょう」


 眉を顰めたグスタフに、スイは鋭い視線で牽制する。ヴィオラはきょとんと目を丸くしていたが、促されるままに語った。


「エレンツィアでは、罪人をレナ様の御前に送らないようにしているのは御存じでしょうか?」

「えぇ。神への不敬を慮る思想だと、私も思います」

「ですよね! 人に徒成す人は人に在らず。この思想がもっと広く伝わればと思うのですが、地理の関係上エレンツィアぐらいしか向いてなくて」

「遠い外洋に沈めれば、アンデッドやレイスの被害も遠ざけられますからね。ですが、それでも海を行く人々の安全を守るために、神官やお守りはより必要になりましょう?」

「そうです! だから、エデン教会では王都のステラ=フェリーチェ大神殿から、血晶石の欠片を少し融通して頂いてるんです」

「その件については、大神殿直々に許可を頂いております」


 ヴィオラの説明に付け加えるように、グスタフが口を挟む。スイは「そうですか」と素直に頷き、ヴィオラの淹れた茶を一口飲んだ。


「それで? ヴィオラさんが不思議に思ったのはどの点についてでしょう?」

「あぁ、えっと……、冒険者の皆さんがいつも僕に会う度に『本当にお守りを作ったのか』って聞くんですよね。多すぎるってぐらいちゃんと毎回納品してるんですけど」

「何者かが着服している可能性があると?」

「……そのようですね。ヴィオラ、何故言わなかったんです」


 グスタフの言葉に、ヴィオラはびっくりするように目を見開く。言わなかったも何も、ヴィオラは冒険者達にそう言われた事を毎回グスタフに伝えていたのだ。

 だが、それをここで口にする事は、スイの目の前でグスタフの管理不行き届きを公言する事に繋がる。それなら泥を被るのは新米の自分の方が大事にならなくて済むか、と、ヴィオラは気を回して「すみませんでした」と謝るに留めた。


「とはいえ、着服の件はさすがに高位神官の手に余ります。丁度今朝方の事故で騎士団長のフェルマンさんとお知り合いになったので、そちらに伝えておきますね」

「ありがとうございます。私の方でも、詳しい情報をオデット伯爵に伝えておこうと思います」

「えぇ、宜しくお願いします」


 優雅に微笑んで見せたスイは、「それでは、私はこの後療養所に向かってから帰ります」と告げて立ち上がった。随分あっさりしているなぁとヴィオラは驚きつつも、見送るために同じく立ち上がったグスタフに続いて腰を上げる。


「最後にお聞きしますが、冒険者のお守りはヴィオラさんが全て作っておられるのですか?」


 その問いに、ヴィオラは元気よく「はい!」と声を上げた。


「修行がてら、たくさん祈りと奇跡を込めております!」

「そう。頑張っておられるのですね」

「はい……恐縮です……!」


 感動に打ち震えながらヴィオラは頭を下げる。そんな二人のやり取りを見ながら、グスタフが「こちらも、最後に」と低い声で呟いた。


「カガイ神官長は、こちらの件を知っておられると認識しておりますが、その上で貴女様を遣わされたのでしょうか?」

「……えぇ。神官長直々に指名されて、こちらに参りました」

「……であれば、よいのです。突飛な質問、大変失礼致しました」

「構いませんとも」


「それでは」と小さく頭を下げて、スイが教会を後にする。それに付き従うように、ハーデスと十兵衛も後ろに続いて去って行った。

 その背を見送りながら、ヴィオラは深く溜息を吐く。


「は~……緊張しましたね、グスタフ主教……!」


「噂に違わない美人さんでもあったし! 凄い迫力!」と拳を握るヴィオラに、グスタフは「そうですね」と端的に述べる。


「まったく、本当に。……手汗が気持ち悪いぐらいですよ」

 

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