8話 首切り侍の継ぐ役目
「なんだ? 君達は冒険者達に頼まれて救援に来てくれたわけじゃないのか?」
問いへの反応が悪い三人を怪訝そうに見る男に、十兵衛が刀を収めながら答える。
「我々は近隣のカルド村から参った。村長のオル殿とアレンという少年の頼みで」
「アレン! アレンだって!?」
驚いたように声を上げる男に、十兵衛達は「やはり、」と目を見合わせて頷いた。同様に、無事であった事にほっと安堵の息を吐く。
「アレンの親父殿か」
「ああ、すまない、自己紹介もせず……。アレンの父親のアイルークという。薬草売りを生業としている。ところでアレンとは? どこで知り合いに?」
矢継ぎ早に問うアイルークに、十兵衛は自己紹介を含め、手短に事の経緯を語った。
マルー大森林の中で狼に襲われていたアレンと出会った事。アレンは一週間も戻らない父親を心配して、隣村まで探しに行こうとしていた事。アレンを村に送り届けた際、村長からカルナヴァーンという魔物の将の所業を聞き、手を貸すためにやってきたこと。
全てを聞き終えたアイルークは納得したように頷くと、「では私がお願いした冒険者達に出会って、ここに来たわけではないんだな」と溜息を吐いた。
「冒険者?」
「魔物を狩ったり、未知を既知とするべく冒険をする者を冒険者というんですよ」
安全だと確信したのか、スイが馬上から降りながら答える。
「その冒険者達に伝令を頼んだのですか」
「あ、ああ。彼らはカルナヴァーンを追ってマルー大森林に来たらしいんだが、もう他の討伐隊に追い払われた後だったようで、物資補給にこの村に寄ったと言っていた。丁度私が薬草を売りに来た一週間前のことだ」
しかし、とアイルークが眉根を寄せる。
「もうその頃には、村人達が十数人程カルナヴァーンに汚染されていて……」
「冒険者チームに治癒師はいなかったのですか?」
「奇跡でなくとも汚染を遅らせる事は出来るはずです!」と声を上げるスイに、力なくアイルークが首を横に振る。
「治癒師はいた。だが、彼女の見立てではもう浸食が進んで手は打てないと」
「そんな……」
「呻き声が聞こえるだろう。あれは魔物化一歩手前の者達だ。……私が、麻痺毒を打って留めている」
十兵衛とスイは息を呑んだ。アイルークは震える拳を握りしめ、「一週間前でさえ、もうギリギリだったんだ」と苦しげに告げた。
「助からないと分かったから、私と村人達で頼んだんだ。冒険者に、どうか人間である内に死なせてあげて欲しいと。その卓越した剣の腕で、苦しませずに殺してあげてくれと」
「…………!」
「汚染された者達からも乞われていたんだ。まだ人の意識がある内に、皆を傷つける前にどうか、と。でも、断られたんだ……!」
高ぶる感情を抑えきれないまま、アイルークは涙を滲ませながら声を上げた。
「自分の剣は魔物を狩るためで人を狩るためではないと! だから殺せないと! だったらせめて魔物になる瞬間まで居てくれないかと頼んだら、それも嫌だと逃げたんだ!」
「アイルークさん……」
「だからその背に叫んだんだ。頼むから人を呼んできてくれって。どんな人でもいい、苦しませずに殺せる人を呼んでくれって。それまで私が保たせてみせるからって」
悔しそうに唇を噛み締めるアイルークを労わるように見つめながら、十兵衛はアレンの話を思い出していた。
村に送る道中、アレンはそれはもう得意げに父親の話をしていた。
父親は薬草の知識に富んでおり、難しい薬は作れずとも腹痛に効く薬や傷薬はお手の物で、近隣の村々で評判の薬草売りだったと。
その審美眼で摘まれた薬草は本職の薬師達にも好評で、それがアレンは誇らしいと笑顔で語っていた。
――そんな男が、今、泣いていた。自らの力不足を嘆いていた。
麻痺毒しか作れない自分を。「私がもっと毒にも詳しければ」と、人の命を奪うための知識を知らなかった事を。ただただ、心底悔しそうに嘆いていたのだ。
それがどれほど辛い事か、と十兵衛はアイルークの内心を慮る。彼は薬草売りなのだ。人を救うためにこそ使われる知識が今は必要ないなどと、奪う知識が欲しかったなどと。そんな事を、彼の口からこれ以上言わせたくなかった。
「……よく、頑張った」
ぽつりと、十兵衛は呟いた。
涙を流しながらアイルークは顔を上げ、真っ直ぐこちらを見つめる黒い目に視線を合わせる。
「アイルーク殿は、よく頑張った。今自分が出来る精一杯を尽くしたのだ。足りぬものなど、何もない」
「しかし……」
「人には役目という物がある。他者へ繋げるために努力されたアイルーク殿を責めるは、自身とてお門違いというものだ」
「……十兵衛、さん」
十兵衛の言葉に後押しされるように、スイも力強く頷いた。「アイルークさんはとても努力されたと思います!」と重ねるように言葉を繋げる。
その答えに微笑んだ十兵衛は、「それに、」と打刀の柄におもむろに手をやった。
「ここに首切りに長けた侍がおる。命を奪うはお手の物だ。ここから先は、どうか俺に任せてくれ」