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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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77話 公爵令嬢の手料理

「結婚してくれ」


 低く、真摯な声色だった。背筋がぞくぞくする程真っ直ぐな瞳で見つめられたスイは、ごくりと生唾を飲み込んで一歩後ろに下がる。

 あまりの迫力に、本能的に身体が危機を感じたようだ。だが、ドキドキと胸を高鳴らせ戸惑うスイを、まるで逃がさないとでもいうかのように前に出てキッチンの壁へと押し付ける。


「あ、あの……!」

「頼む。結婚してくれないか。是非とも毎日このご飯を食べたい」

「あの、あ、あのですね!」




「もうリンちゃんは結婚してるでしょ!」




 迫ってくるリンを「もう!」と怒ったように押しのけたスイは、「はーびっくりした!」と胸を撫で下ろしながら煮込み途中だった鍋の前に戻った。

 そんな風に真剣に取り合わないスイを不満に思ったのか、リンがむー! と頬を膨らませて腕を組む。


「オーウェンと結婚してるがスイとも結婚したい! めちゃくちゃ料理上手じゃないか! こんなご飯だったら毎日食べたいぞ!」

「褒めて頂けるのは嬉しいですけど、ご飯目当ての結婚なんてヤですよ」

「なんでだ! だってこれが毎日食えるんだぞ! 十兵衛だってそうは思わんか!」


 同意を求めるようにリンが十兵衛に話を振る。海鮮風の味付けで作られたもち麦のリゾットに舌鼓を打っていた十兵衛は、「へ?」と呆気に取られたように顔を上げた。


「え、なんだ? 何の話だ?」

「スイの飯が旨すぎるから毎日食べたい! つまり結婚してくれと望まれてもおかしくないだろってことだ!」

「あ、ああ、なるほど……」


 そう言われて、十兵衛は食卓に並ぶ食事の数々を眺めた。

 二枚貝を酒で蒸した貝の酒蒸しに、刺身を葉野菜と砕いた木の実と共にあえる事で作られた海鮮サラダ。オーブンで香草とキノコと共に焼かれた白身魚は皮はぱりっと芳ばしく、身からはほくほくと湯気が立ち、噛めばしょっぱさと共に魚本来の甘みが広がる。

 ベーコンとカレン草で作られたキッシュは、たくさん食べるガラドルフやハーデス、リンのためにボリューム満点の大きさで作られていた。

 アレンと十兵衛には、細かく刻んでやわらかく煮た根野菜ともち麦の海鮮風リゾットが振舞われ、優しい味わいの穀物のスープもついている。


 これだけの量を手早く作り上げてしまった手腕を、十兵衛も心の底から賞賛する。「いや、確かに気持ちは分かる」と頷いた十兵衛の反応に、固唾を飲んで見守っていたスイが嬉しそうに目を煌めかせた。


「ほんとですか!」

「あぁ。だが俺なら……」

「じゅ、十兵衛さんなら……?」


 真剣な眼差しで十兵衛を見つめるスイを、アレンとリン、ガラドルフがニヤニヤしながら見つめる。

 スイが十兵衛にほのかに好意を抱いているのをリンは勿論知っていたが、アレンとガラドルフも普段の様子から察する程にはなっていたのだ。

「いけ! 攻めろ!」だの「十兵衛! ちゃんと巧いこと言って!」だの「お嬢も大きくなったなぁ」だの三者三様の思いを抱いていたが、そんな三人の期待を十兵衛は見事に裏切った。


「スイ殿に料理を教えて貰いたいな」

「……えっ?」

「は?」


「なんでそうなる!?」と疑問符を頭に浮かべるリン達の様子もつゆ知らず、十兵衛はもち麦のリゾットをスプーンで掬って眺める。


「こちらではこれが病人食なのだろう? であれば覚えるに越したことはない。今はスイ殿が元気だから作って貰えているが、逆にスイ殿の調子が悪い時に、これを作れる人間がいた方がいいだろう?」

「十兵衛さん……」

「それに、俺の故郷では姫君にも値するスイ殿が作っているんだ。末子とはいえ武家の男だからと、俺が作らない理由にはならないさ」


 にっこりと笑ってみせた十兵衛に、スイは唇を震わせると、「くっ!」と歯噛みして顔を逸らした。


「スイ……」


 気持ちは分かるぞ、と肩を震わせるスイにリンが寄り添う。せっかく腕によりをかけて作った料理が、恋の成就の一手に繋がらなかったのだ。

 元気を出せ、と背を擦った所で、リンはそれが大きな勘違いである事を知った。


「推せる……」

「へ?」

「そういうとこ、ほんと推せるんですよね十兵衛さん……!」


「ずるい……!」と頬を赤らめて両手で顔を覆ったスイを、リンは呆れたように見やった。

 なんだかんだでこのすれ違い具合がお似合いだなこの二人は、と内心で溜息を吐く。

 そんなやり取りに介入する事無く黙々と食事を続けていたハーデスが、一息ついてハンカチで口を拭い、スイの料理の腕についての話題に乗っかった。


「しかし、十兵衛の言う通り、公爵令嬢の身の上でここまで作れるのは珍しいんじゃないか? 公爵邸には料理人がいただろうに」


 ハーデスの言う通り、オーウェン公爵邸には腕利きの料理人達が雇われていた。成り上がりの身であればまだしも、スイは生まれた時から公爵令嬢の身分である。

 趣味程度なら分かるものの、この速さやクオリティともなると普段からしてる者でなければ出来ないはずだと突っ込まれたスイは、「それはですねぇ、」と微笑んだ。


「母の影響です!」

「スイの母親の?」


 スイの母であるレティシアは、竜好きの神官だった。幼い頃から竜の伝説に恋い焦がれ、竜と友達になる事を夢見ていたレティシアは、いつか竜と出会った時に少しでも仲良くなれるように色んな方面の努力を積んでいたという。


「その一つに、料理があったんです! 長命種である竜族は、珍しい物や鉱石、宝石が好きなタイプの他に、グルメな竜もいると知りまして」

「あ、ああ。まぁ確かにそういう竜もいるな」


「長く生きると食事しか楽しみが無くなることもあるんだ」と頷くリンに、十兵衛とスイはなんとはなしにハーデスを見た。


「なんだ」

「いや……」

「なるほどなと思って……」


 そんなグルメな竜と出会った時のために、レティシアは料理の腕を磨いていた。その娘であるスイも、母の影響を存分に受けて今に至るという。


「神官として患者さんのために病人食を作る事もありますからね。普通のご令嬢と違うのは、そういった所が関係してるわけです」

「なるほどな。おかげでスイの宣言通り、私の舌はすっかりお前の料理の虜だ」

「えっへっへ~! 褒めてももうお魚の煮込み料理しか出ませんよ~!」


 嬉しそうに頭を掻くスイに対して、「十兵衛じゃなくてお前が言うんかい!」とリンが脳内で突っ込み、アレンががっくりと肩を落とす。

 だが、そんなリン達の内心を知る由もないスイは「だから今、ちょっと嬉しいんです」と微笑んだ。


「お母さんと私の親子二代に渡る努力が、ようやく結ばれたんだなって」


 向かい合う形でそう言ったスイに、思わぬ言葉を受けたリンが目を見開き、ふるふると身体を震わせる。


「……うむ、うむ!! この白竜リンドブルムが、スイとレティシアの料理の腕を認めよう! 是非とも二人纏めて友となって、たくさん美味しいご飯を食べさせて欲しい!」

「リンちゃん~! ありがとう! 大好きですよ!」

「我も大好きだぞスイ!」


 女子二人の熱い抱擁を、男性陣が微笑ましく見つめる。

 そんな中で、スプーンで掬ったままだったリゾットをようやく頬張った十兵衛は、「出汁の味に近くて旨いな~!」と一人顔を綻ばせるのだった。

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