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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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76話 白亜のエレンツィア

「それにしても、こうも早く解放されるとはなぁ」


 取られた装備も無事に戻り、大勢の騎士達に頭を下げて見送られながら留置場を後にした十兵衛は、隣を歩くハーデスを素直に賞賛した。

 そんな十兵衛に対してハーデスは小さく笑うと、「知り合いの知り合いがいたんだ」と述べた。


「知り合いの知り合い?」

「リンドブルムの街に着いた時、スイが勧めた串焼き屋があっただろう?」


 問われて、在りし日の記憶を思い出す。

 丸羊の串焼きを扱っていたフォガの事だと思い至ると、「彼の知り合いがいたのか」と目を丸くした。


「そうだ。壊れた遊覧船が収められた船渠(せんきょ)に、船長がいてな。私の事を知っていたようなので話を聞けば、どうやらフォガの友人だったらしい」

「は~、なるほど……」

「そこから芋づる式にカルナヴァーン関連の事が話題に出たわけだ」


 船渠で出会った船長は、十兵衛が捕まった事を知らないようだった。そこで手短に事の次第を伝えると、彼は大慌てでカルナヴァーン討滅戦の話を騎士達にしたという。

 被害者であるはずの船長が「十兵衛さんは魔石で得た国家予算級の金を神殿に全部寄進した聖人君子だぞ! そんな彼が下手な嘘吐くもんか!」と怒りながら語るわ、壊れた船はハーデスがあっという間に魔法で直してしまうわで、騎士達は顔面蒼白になって大急ぎで十兵衛の解放に向かった。

 十兵衛がリンドブルムで受けたエレンツィア近辺の依頼から、この町の冒険者ギルドにも話がいっていたようで、そこからも話の裏付けが取れたためなおのこと良かったらしい。


「なんとまぁ。情けは人の為ならずだな」

「まさしくハイリオーレだ」

「本当だ!」


「よく出来てる」と十兵衛は面白そうに笑う。


善因善果(ぜんいんぜんか)。仏教にもある話だ」

「だなぁ。……ともあれ、この結果に至ったのは間違いなくお前のおかげだ。ありがとう」

「……そこまで見越して捕まりにいったくせに」

「ははは!」


 ふん、とハーデスはそっぽを向く。だが、律の管理者でもてらいなく告げられる感謝の言葉は嬉しい。

 時の律との話を思い出しながら、ふっと頬を緩めたハーデスは、朝日に照らされるエレンツィアの街並みを穏やかな気持ちで眺めた。


「美しい町だな」

「あぁ」


 なだらかな斜面に成り立つエレンツィアは、石で出来た建物が建ち並ぶ町だ。だが、同じ建築様式のリンドブルムと似ているようで違う所は、その全てが真っ白な漆喰で塗り固められている所である。

 景観を保持するためか、建物の壁という壁は白で統一されており、屋根は明るい青色系統の丸屋根で構成されていた。

 通りは石畳で出来ていたがこちらはカラフルな色合いで、町を跨ぐような大通りが二つある。日が昇ってだいぶ経つためか、ぽつぽつと馬車や人が行き交い始めていた。

 パルメア大運河から人工的に作られた支流には、先ほどハーデスが直したばかりの跳ね橋がある。大型船以外は本来はそこから町に入り、町の中央にある桟橋で下船出来るようになっていた。

 本来は今日の昼頃あそこに降り立つはずだったのになぁと思いつつ、ハーデスは目線をついと横に向ける。


 ――視線の先、町から少し西の方角に、ハーデスの目当てであるバブイルの塔が堂々たる姿で建っていた。

 

 地面に対して少し斜めに建っている塔は、白い町並みであるエレンツィアと反して、黒くごつごつとした棘の目立つ材質で構成されている。リンドブルムで見たルナマリア神殿の意匠とは真反対のデザインであり、どこか禍々しいものを感じるような異様な雰囲気だった。

 その麓には大きな広場の設けられた建物が建っており、それが魔法学校である事をハーデスは書籍から学んでいた。


 星の祝福を受けて魔法の力を授かった者は、そこで魔法の基礎知識を学ぶ。

 教えられるのは、力の出力の方法や禁じ手、基本的な魔法の種類などだ。魔法の構成については【星の原盤】の方向性によって人それぞれ変わるなるため、応用までは学ばない。

 ただ、自分の使いたい魔法がどんな魔法であるかは、そこに所属する教師達から学べる場合もあるため、長く魔法学校に滞在して方向性を吟味する魔法使いもいるという。


「三日後だったか」


 バブイルの塔を眺めながらぽつりと言ったハーデスの言葉に、十兵衛も目線を塔に合わせ肯定するように頷いた。


「アレンの儀式の事だろう? 俺もそう認識している」

「……さて。どんな秘密が待っているやらだ」


 そう事も無げに呟きつつも、未だ沈黙を貫くこの星に対して、ハーデスは不愉快そうに眉を(ひそ)めるのだった。

 





 ***





 滞在予定の宿を先んじて押さえていたスイ達と、ようやく二人は合流した。

 アレンとリンの二人がわいわいと十兵衛を囲み、謝るわ怒るわ拗ねるわの二重奏をし始める。そんな二人に目を白黒させる十兵衛を、「その前に!」と引っ張りだしたスイが、頬に手をあてて回復の奇跡を施した。


「痛かったでしょう、十兵衛さん。ごめんなさい、重要な時に寝てしまっていて……。神官ともあろう者が薬の混入に気づかないなんて、心から反省してます」

「ありがとうスイ殿。何、あのガラドルフでも気づかない薬だったんだ。そんなに落ち込まないでくれ」

「我が輩は気づいておったがな」

「えっ!?」


「初耳だが!?」と全員の視線を受けたガラドルフはあっけらかんと答える。


「酒に入りすぎってぐらい入っておったからそりゃ気づくだろうて。途中で抜いてやったわ」

「嘘だ! 十兵衛が船長を運んでお前の膝枕で寝かせた時もぐーすかいびきかいてたくせに!」

「最初は起きていたぞ? あの曲者が何をやらかすか知りたかったから寝たふりしておったのだ。まぁ二階はお前達がおったしな、出番はなかろうとほろ酔いの気持ちのまま目を瞑ったらそのまま本当に寝てもうた」

「ば、ば、馬鹿者ーー!!」


「我らがどれだけ苦労したと思ってーー!!」とガラドルフをぼこすか殴るリンに、「ワッハッハ!」とガラドルフは笑うだけで取り付く島もない。

 脱力したように空笑いしたスイと十兵衛は、はぁ、と大きく溜息を吐いた。


「とんでもない旅立ちになっちゃいましたね、十兵衛さん」

「違いない。まぁでも、皆無事で何よりだ」

「それは本当に……」


 そこでスイの言葉を遮るように、ぐぅ、と十兵衛の腹が鳴る。

 そういえば死ぬほど腹が減っていたんだ、と恥ずかしさから頬を赤くした十兵衛を、スイは目を丸くして見つめると優しく微笑んだ。


「朝ご飯にしましょうか! でも十兵衛さんもアレン君も胃腸が弱ってるでしょうから、まずは麦粥からですね」

「十兵衛は牛の乳は嫌だそうだ」

「ハーデス!」


「なんだ、お前がそう言ったんじゃないか」と不思議そうに言うハーデスに、十兵衛は「好き嫌いを言う童みたいだろ! やめろ!」と慌てながら遮る。

 そのやり取りをおかしそうに見ていたスイが、「では海鮮風にしましょう!」と申し出た。


「エレンツィアは港町ですからね。美味しいお魚もいっぱいありますよ」

「……()()()()()って、スイ様が作るの?」

「お二人がお嫌でなければ!」


 そんなスイの言葉に、アレンも十兵衛も嫌なわけがないとふるふると首を横に振る。


「この宿は釣りを楽しむお客のために、部屋に炊事場が着いてるんですよ。そこで多少の料理は作れますよ」

「自分で釣った魚もそこで捌けるわけだな」

「えぇ! 食材も目の前に市場がありますから、ぱぱっと買ってきましょう」

「それがいい。何せ薬の盛られた飯を食べたばかりだからなぁ」


「安全なご飯を食べたい所ではある」と頷くリンに、それは確かにと全員が頷いた。


「こう見えてお嬢は料理上手だぞ。楽しみに待つといい」


 唯一スイの手料理を振る舞われた事があるガラドルフが、うんうんと頷く。

「それは楽しみだ」と笑った十兵衛を見たスイは、むん! とやる気を出して袖を捲った。


「お任せください! このスイが、皆さんの舌を虜にしてみせますよ!」

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