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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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72話 一斉検挙

 おどける様に言ったハーデスをじっと見つめながら、カガイはしばし口を噤む。

 だが、その内諦めたように嘆息するや、冷めた茶を啜って肩の力を抜いた。


「ま、いいでしょう。それ以上藪はつつかない事にします。こちらの願いは、そちらも十分ご理解されているようですし」

「勿論だ。スイの安全は保障しよう」


「クロイスにも頼まれているからな」と付け足すようにハーデスは語る。


「公爵令嬢の同行に疑問を呈す輩が出た時は、私の名を出して下さい。それでも引き下がらない場合は、都合のいい任務でも作りましょう」

「了解だ」

「それから、貴方の転移可能範囲がどれ程の物か私は知りませんが、出来る限りクロイスへの顔見せはさせてやってください。無事な所を見れるだけで、多少の小言は減るでしょうから」

「クロイスと同じ事を言うな。そちらも了解だ」


 旅立つ直前、クロイスに呼び出されたハーデスは、スイの身に危険が迫った時はすぐにリンドブルムに連れてくるようにと厳命されていた。彼の卓越した転移魔法の実力を知っていたからだ。

 ハーデスの転移可能範囲は星の全土に渡る。通常、転移魔法使いが長距離を転移する場合は、術者の魔力を用いた結節点を転移先に作らねばならず、それの無い転移はご法度とされていた。座標の定かでない転移は、転移者の命に関わるからだ。

 だが、ハーデスの転移はその常識すら覆す。律の管理者である彼にとって、座標が定かでないという事態は発生しない。だからこそ、その事実を知っているクロイスは、例えどんな場所に居てもハーデスがスイをリンドブルムに連れ帰る事が出来ると見込んだ上で頼み事をしていたのだった。

 そんな二人の会話を知らないカガイは、「心配性は変わらずですねぇ」と言いながら口角を上げる。


「では、クロイスと同等――もしくはそれ以上の使い手である貴方に、こんなお願いは出来るでしょうか?」

「なんだ」

「犯人の一斉検挙、というやつです」





 ***





 頬に冷たい指が触れる感覚がある。細い指だ。

 ささくれも感じない滑らかな指先の感触から、男はふと「そういえば、公爵令嬢を手籠めにする所だったな」と思い出し、にへら、と相好を崩した。

 よほど自分の技が良かったのか、まさか令嬢から誘うように触れてくるとは、と嬉しく思いながら、「お嬢様……」と自身の思う一番男前の声色で呼びかけ、ゆっくりと瞼を開く。


「……誰がお嬢様ですか、誰が」

「……えっ」


 男の視界に入ったのは、美しい公爵令嬢ではなかった。壮年で痩せぎすの眼鏡の男――ルナマリア神殿のカガイ神官長がそこに居た。

「どうしてカガイが!」と青ざめた矢先に、自分がスイの側にいた剣士に昏倒させられた事を思い出す。反射的に距離を取ろうと身体に力を入れたが、身動き一つ取れなかった。椅子に座る形で拘束されていたからだ。

 じめじめとした石造りの狭い部屋は光源が一つしかなく、真上の天井からぶら下がるランプの灯りしか頼りになるものがない。視線の先には牢獄らしい頑丈な鉄格子があり、窓も無い上にやけに静かなため、男は今いるここが地下である事をなんとはなしに察した。

 拘束された椅子は特注品なのか重い鉄製で出来ており、何故か四足の足から真四角の天井の隅に向かって鎖が繋がれている。記憶が間違っていなければ倒れた所はパルメア大運河を走る船の上であったはずで、いつの間にこんな場所に連れて来られたのか男は皆目見当がつかなかった。

 あれからどれ程の時間が経ったのかも分からず、混乱して呆ける口に、カガイが持っていた布を乱暴に突っ込む。

 唐突な仕打ちにくぐもった声を上げた男だったが、カガイが隣に立つ長身の男に「ハーデス、どうでしょう?」と何かを頼むのを見て、思わず身を震わせた。

 血の様に赤い瞳。青白い髪を逆立てた、冷たい表情の長身の男――ハーデスは、縛られた身体をじっと見つめる。

 拘束されて、舌を噛まないよう口に布を突っ込まれて、叫び声も外に届かない地下で――そこまで揃えば、男の頭には「拷問」の二文字しか浮かばない。

「まだ未遂だ!」だの「誤解だ!」だの男は弁明するべく叫んだが、その言葉のどれもが口に入れられた布に吸われて、呻き声にしかならなかった。

 そんな男の様子を気にも留めないように見つめていたハーデスだったが、「これだろうか」と男の左腕を指さす。


「僅かに魔力を感じる」

「なるほど? ちょっと見てみましょうかね」


「失礼しますよ」と言葉では丁寧に言いつつも乱暴に男の袖を破ったカガイは、左腕に刻まれた黒い蛇の刺青を見つめ、ふむ、と頷いた。

 

「ウロボロスの紋章ですね。おやおや、これが引っ掛かりましたか」

「むー!」

「蛇が誰に飼われたのか、はたまた飲み込みにやってきたか……。ま、なんにせよこれを検挙出来るのは僥倖です。一気にやって貰えますか?」

「この街にいる奴だな? 構わないが、この部屋に全部詰めるつもりか?」

「いいえ? ちゃんと別室はご用意しておりますよ」


 そう言うと、カガイはハーデスを手招きして男のいる牢獄から外へと連れ出した。

 その後、石壁のとある一部を掌でぐっと押す。すると、拘束されている男の足元から、異音と共に床が無くなり始めた。


「むーーー! むー!」


 中央から四隅に向けて瞬く間に床が無くなっていく。カガイの押したスイッチに連動して、壁に仕舞い込まれるように石畳の床が動いたのだ。

 そんな牢獄の中央で、椅子に拘束されながら宙づりになった男はもはや気が気ではない。天井の隅から椅子に繋がる鎖だけが命綱で、あまりの状況に涙を流しながら牢獄の外にいるカガイに助けを求めた。





「助けてくれと言っているようだが」

「何を馬鹿な事を」


 男の魂の声を聴いてそう伝えたハーデスに、カガイは眉を(しか)める。


「助けるも何も、まだ何もしてないでしょう」

「床が無いからそう言っているのでは?」

「無いからなんだって言うんです。椅子があるでしょう椅子が」


 椅子なぁ、とハーデスは鉄格子の向こうで天井からぶら下がっている椅子を見つめる。四方から繋がれているため程良いバランスは保っているものの、男が動く度に揺れる椅子に快適さは皆無だ。

 何より足元が頂けない。床を失った牢獄は、頭から落ちれば容易に死ねる程の深さに変わっていた。

 穴の広さは牢獄よりは一回り大きくなっており、上から下に続くにつれ台形の形で面積が広がっているのが見て取れる。

 

「というかそもそも、こんな代物を作る必要があるのか」


 ハーデスとカガイがいるのは、ルナマリア神殿の地下であった。神殿は女神レナを奉る信仰の場であり、病や怪我を治療する病院の側面もある。そんな場所の地下に、まるで拷問にも使えそうな仕組みを持った牢獄がある事が、ハーデスは意外に思えたのだった。


「罪人を入れる事がありましてね」


 問われた事について、カガイはすんなりと答えた。


「罪人を?」

「ええ。奇跡の使用における協力者としてですが」

「実験、ということか?」

「そうとも言えます。我々は神より奇跡を賜りますが、奇跡にも技の【格】という物がありましてね。奇跡ごとの治癒力の違いというものを測るべく、研究する必要があるのですよ」


 カガイは語る。曰く、神から賜った奇跡は人を癒すものではあるが、奇跡によって治療可能の限界値というものが存在することを。技によってそれは大きく変わり、使用者の精神力と患者の負傷具合を鑑み、最適化を模索するために実験が必要であることを。


「治癒とは何を指すのか。火傷、裂傷、打撲、骨折……。最低レベルの奇跡が出来る限界値は? 次点の奇跡が治せるものとは? そういう知識を、神は授けて下さらなかった」

「…………」

「故に神官は、人を救う奇跡をより深く知るために、人に徒なす人を実験に使う事もあるわけです」


「まぁ長い歴史の中でだいぶと紐解けましたが」とおどけるように言ったカガイは、黙するハーデスに仕方なさそうに口角を上げた。


「……こういった手合いは、私クラスの神官だけですよ。心配せずとも、スイは噛んでおりません」

「……そういうわけではないのだが」


「片手落ちの奇跡だな」とだけ口にして、ハーデスは不機嫌そうに腕を組んだ。


「それで? あの紋章と同じ物が刻まれた人間を、その穴に転移させればいいのか?」

「そうですね。多少は頭から落として頂いても構いません」

「悪いがそういうのは無しだ。五体満足で届ける」


 律の管理者は、生きとし生けるものの寿命を妨げない。そこだけは譲れないため、全員を生かして捕らえる事を宣言したハーデスは、転移魔法を発動させるべく指を弾こうと構えた所で、はた、とあることに気が付いた。


「……クロイスに気づかれてはならないんだな?」

「それは勿論。気づかれれば芋づる式にスイ関連の事もばれるでしょうし」

「……あ~~~~……」


「何を当然な事を」と片眉を上げるカガイに、ハーデスは長い溜息を吐く。

 ハーデスは、ヴァルメロがリンドブルムを襲撃した夜の事を思い出していた。

 あの日、クロイスはリンドブルムにかけてある感知魔法で魔物の襲来を察した。【賢者の兵棋】の応用魔法だ。

 魔物や魔法の類がリンドブルムに張り巡らされた魔力の糸に触れた場合、瞬く間にクロイスの元に情報が届く。虫一匹も通さない、という程細かくは張られていないものの、几帳面な彼らしい緻密さでリンドブルムを守る陣が張られていた。

 この星のルールに則った方法で行使しているハーデスの魔法も、同じく感知に引っかかる。内側故に多少の目こぼしはされようが、それでも各地で発生した転移魔法が一カ所に集まる事態など、間違いなくクロイスは不審に思うだろうとハーデスは眉根を寄せた。

 

「感知阻害魔法を行使するか? いや、あいつの事だから阻害魔法の阻害も準備している可能性があるな。偽装を施すにしても高度すぎると私の行使だと間違いなくバレ……」

「何をごちゃごちゃと言っているんですか」

「……一斉検挙のリスクが高すぎて悩んでいたんだ」

「おや、出来ないんですか。君ともあろう人が」


 そんなカガイの煽りに、むっとハーデスは口をへの字にする。

 

「出来ないわけがないだろうが。だが、慎重を期して一人ずつ連れてくる」


 ようは感知されなければいいのだ。魔力の糸の間で転移を行い、編み目を縫うように紋章を持つ者達を集める。だが、それは非常に地道な作業であり、時間がかかる仕事であるのと同義だった。


「せめて船がエレンツィアに着く前までに終わらせないといかんな……」


「どうして私の周りに居る人間はこうも管理者使いが荒いんだ」と内心で独り言ちながら、ハーデスは肩を落とす。

 そうしてカガイの願いを実行するべく、最初の捕獲対象者の元へと転移するのだった。

 

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