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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第一章:冥王と侍
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7話 次元優位の孝行

 先導するスイを追うように馬を駆けさせる。その最中、十兵衛は背後にいるハーデスにこっそりと声をかけた。


「ハーデス。先の質問のことなんだが、俺の足が速くなってるのはどういうことだ」

「ああ、あれか」


「あれは次元優位が働いているからだ」とハーデスは事も無げに言った。


「次元優位?」

「お前は元々この世界と比べると高次元領域に生きる人間だ。故に低次元領域のこちらでは次元差による優位性が高まり、生物として破格の能力を持っていることになる」

「……それはつまり、子どもが急に壮年の剣豪になるようなものか」

「そんなものだ」


「足が速くなったのも身体能力が次元優位で反映されたからだろう」と補足したハーデスに、十兵衛は考え込むように黙りこんだ。

 未知の世界で、未知の存在と同行し、ましてや荒唐無稽にも一番高位な神となるという目的を目指すなら、この能力は非常に有効的なものなのだろう。

 しかし、唐突な能力の向上に自身の身体がついてこない事も問題だった。


「……すまんが、その優位性を無くすことはできるだろうか」

「……何?」


 目を丸くするハーデスに、十兵衛は凛とした声色で告げる。


「次元優位とやらで強くなったとしても、思うままに扱えないのなら意味がない。これから戦闘の可能性があるなら、なおさらだ」

「…………」

「それに、幼少の頃より血を吐くような鍛錬をし、剣の腕を磨いてきたのだ。そんな降ってわいた力を手に入れて楽をするなど、過去の自分に申し訳が立たん」


 揺るぎない眼差しで前を見据える十兵衛に、ハーデスは目を瞬かせ、小さく笑みを浮かべた。

 そういう所は好ましいな、と評価しながら、十兵衛の肩に手を置く。


「分かった。だが、生憎無くすことは出来ん。入れ替える事は出来る」

「入れ替える……?」


 言うや否や、律の者としての力を発動させる。さほどの負担も無く十兵衛の望む通りに優位性を取り払ったハーデスは、一つ頷いた。


「お前の身に起きていた優位性の恩恵は、お前の世界に生きる人間に一時与えた」

「は?」

「視た所、老化で身体が重くて畑仕事が出来んと嘆いていた老婆がいたのでな」

「ま、まてまて。次元優位はこちらにいるから存在するのではないのか?」


 そんなことが可能なのか!? と目を白黒させながら後ろのハーデスに問いかける。元より破格の存在ではあるが、もはや想像の遥か上を超えていく所業に十兵衛は内心冷や汗をかいた。


「そうだとも。だがお前はいらないと言った。しかし無くす事は出来ないので、恩恵の旨味だけを老婆に与えてやった、という所だ」

「身体が軽いと喜んでいるぞ、良かったな」と目を細めるハーデスに、十兵衛は頭に大量の「?」を浮かべながら無理やりにでも納得した。


 細かい所を聞き始めたらまた目が回って吐くかもしれない。気軽に話しているがやはり規格外の男だと思いながら、「それなら、まぁ良かった」と十兵衛は乾いた笑いを零した。


「とはいえ、お前の中に可能性だけは残しておく」

「可能性?」

「次元優位を使う可能性だ。この先、己の限界を突破して何かを成したい時、強く願うといい。過去の自分に申し訳が立たなかろうが、そうも言ってられない時もあるだろう」

「……分かった」

「まぁ、その時は老婆がまた寝込むだけよ」


「使い辛いんだが!」と腹の底から突っ込みの声を上げた十兵衛に、ハーデスは心底楽しそうに笑った。





「ご歓談中失礼します!」


 先を走っていたスイが速度を落として轡を並べる。

 横に並ぶや、「目印の大樹を超えました。間もなくです」と固い表情で告げた。


「承知した。道なりに真っ直ぐなのであれば、これより私が先頭を走ります」

「分かりました。お願いします」


 頷いたスイが後方へと回る。十兵衛は戦闘に備えて打刀を抜くと、厳しい表情で前を見つめた。

 さほど時を立たずして隣村の遠景が見えてくる。アレンの村と比べるとあまりにも閑散とした様子に、十兵衛とスイはごくりと生唾を飲んだ。


「ハーデス、」

「ああ、いるぞ」


 権能で命を見たハーデスは、十兵衛からの言外の問いに端的に答える。それがどういう命とまで問わなかったのは、彼なりの線引きだった。


 村に近づくとなおさらその異常さが際立つ。外に人影一つ見えないのに、呻き声だけがやたらと聞こえるのだ。

 十兵衛は村の簡易な門前で馬から飛び降りると、まだ騎乗しているスイを留めた。


「スイ殿はどうぞ、騎乗したままで。いざとなれば馬を駆ってお逃げください」

「十兵衛さん、でも……」

「物陰にいるのか、家の中に集まっているのか……。なんにせよ、戦はこちらの領分ですのでお任せを」


 そこまで話した所で、「誰かいるのか!」という声が間近にあった家屋から上がった。

 隙無く刀を構えた十兵衛に、スイは手綱を握りしめる手に力を込める。

 さほど時を立たずして扉が開き、転び出るかのように赤毛の男が飛び出してきた。


「ようやく来てくれたか! 冒険者の彼らはやってくれたんだな!」

「は……?」


 唖然とした十兵衛は、男をじっと見つめる。無精髭を生やし、ひどくやつれた様子の顔は、どこかアレンに似た風貌のように思えた。


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