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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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69話 暴走遊覧船

「もう……何? 十兵衛煩い……」


 十兵衛がハーデスの名を叫んだ時だった。それまでぐっすりと眠っていたアレンが、むずかりながらゆっくりと身を起こした。

 アレンも十兵衛と同様、睡眠薬入りの飲食物を口にする機会が無かった。吐いていたからだ。

 船酔い組の二人は、この船で唯一リンの用意してくれた浄化された冷たい水しか、口に出来ていなかったのだった。


「アレン……!」

「何? 夜中に煩いんだけど」


 あまりの非常識さに眉を顰めるアレンに、十兵衛は「すまん」と素直に謝る。


「だがそうも言ってられない事態なんだ!」

「はぁ?」


 と、その途端船が大きく揺れる。はっと十兵衛が窓の外を見ると、河の中央から船体が大きく右に逸れ始めていた。

 

「まずい……!」

「任せろ!」


 窓の外で飛んでいたリンが、即座に魔法を唱える。ウィルの得意としていた、【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】だ。水竜として名高いリンにとって、水の操作など児戯に等しいものだった。

 リンの操作下に置かれたパルメア大運河の水は、術者の意に沿うように動き、波を作って船体を中央へと戻す。

 その絶技に感嘆の息を吐いた十兵衛だったが、リンの「船の速度を落とせるか!?」という焦りの滲んだ叫びにはっと目を瞠った。


「速度を?」

「ああ! 我の魔法で岸壁へぶつかるのは防げるが、自分の創造した水が使えん以上パルメアの河の水を使うしかない!」

「……つまり?」

「つまり! こんなに速いと操作下に置く水の更新がとんでもないってことだ!」


 爆速で河の上を走る船に沿う水の事を、リンは指す。

 【流水(アクアリック)操作(オペレーション)】でパルメア大運河全域を操作下に置くなど出来るはずもなく、リンはおおよその距離ごとに操作下に置く水を変えていた。それがどれ程の重労働であるかを十兵衛が知る事は出来なかったが、リンの焦燥を見て、頼まれた内容が一刻も早く成すべき物である事は察した。

 未だ事情を呑み込めていないアレンは目を瞬かせていたが、今この船の中で動けるのはアレンと自分しかいない、と決意する。

 スイを一人にする事も出来ないため、未だ眠り続けているスイを抱きかかえた十兵衛は、アレンに自分に着いてくるように言った。


「道中、現状について伝える! まずは船の操作が出来る場所に向かおう!」




 リンの外からの誘導を頼りに十兵衛とアレンは操舵室に辿り着いた。

 部屋には内側から鍵が掛かっていたが、鍵ごとドアノブを打刀で刳り抜いた。「えぇ……」とドン引きするアレンに、「後で謝るから……!」と十兵衛は宥める。


「話を整理するけど、とりあえずなんか悪い奴がいて、乗客どころか船長まで眠らせて船が暴走中ってことだよね?」

「そうだ。理解が早くて助かる」

「それで、一番何とかできそうなハーデス様が、犯人をカガイ神官長の元へ輸送中と……」

「……あぁ」

「それ、今じゃなくても良くなかった?」

「あの時はこうなると思わなかったんだ!」


 アレンの冷静な突っ込みに、十兵衛はわっと顔を両手で覆った。


 狭い操舵室に唯一ある椅子には、毛布をかけられたスイが寝ていた。船長は何度か頬を叩いて起こそうとしたがまったく起きなかったため、今は船室で爆睡しているガラドルフの膝枕で寝かせている。

 アレンはぐるりと操舵室を見渡しながら、ぐっと眉根を寄せた。舵ぐらいは分かるが、他の機器となるとまったく分からない。そもそも山村で育ったアレンにとって、この遊覧船自体が初めての乗り物だった。

 かくいう十兵衛も似たようなもので、まったくの門外漢である。そもそも戦国時代の日本より、この世界の方がよほど文明レベルが高い。出会う乗り物全てが十兵衛にとって初めてのものばかりだった。


「リンは分かんないの!?」

「分かるか! 竜が船に乗るとでも!?」

「乗ってたじゃん! 今日!」

「だったら今日が初めてだと分かるだろうが!」


「アホか!」と窓の外で怒るリンに、アレンはむーっと頬を膨らませた。

 つまりここに頼りになる大人は一人もいないという事だな、とアレンは内心溜息を吐く。だが、それでもなんとかしなければいけない。ハーデスがいつ帰ってくるか分からない以上、最善は尽くさねばならなかった。

 何せ、この速度のままいけばエレンツィアどころか海の方まで出てしまう。海に出るぐらいならまだいいが、途中で船の運行を阻む跳ね橋でもあったら目も当てられない。アレンは目の前の機器を眺めながらうーんと唸ると、「せめて言葉が分かれば……」とぽつりと呟いた。


「言葉?」


 きょとんと目を瞬かせた十兵衛に、はっとアレンが口を閉ざす。

 だが、逡巡の後に、アレンはこっそり「男同士の秘密だぞ!」と言いながら十兵衛の耳に口を寄せた。


「頭の中に辞書があるんだ」

「……は?」

「ハーデス様の魔法でね」


 悪戯っぽそうに笑ったアレンが語ったのは、こういう話だった。




 クロイスの屋敷に滞在中、勉強のために図書室を借りていたアレンは、たまたま居合わせたハーデスに辞書の引き方を教わったという。

 そのおかげで多くの言葉を知る事が出来るようになったが、さすがに高価な辞書を借り受ける事は出来なかったため、調べたい言葉が残ったまま図書室を後にする事となった。

 もっと学びたかったとしょんぼりと肩を落としていたアレンを、ハーデスが哀れに思ったのか、ふとした時に「辞書はまだいるか」と聞いてきた。

 あるならぜひとも欲しいと答えたアレンだったが、クロイスの持ち物を盗む事など勿論出来ない。買うにしてもそんなお金も無いので一体どうするのかと聞くと、ハーデスが読むことで記憶した辞書を、丸ごと脳内に移すのはどうだと提案してきたのだった。


「……吐いただろ」

「え、なんで分かったの」


「俺にも経験があるからだ」と、十兵衛は苦笑した。


 十兵衛の言った通りトイレで悶絶する程嘔吐したアレンだったが、それが落ち着いた頃には、自分が脳裏に浮かべた言葉をまるで映像で見るかのように辞書が開かれ、学ぶことの出来る【脳内辞書(レキシコン)】が在ったという。

 全知を賜った訳ではない。だが、己が知りたいと思った言葉を思い浮かべると、まるで実際に辞書を引くように、知りたい言葉に紐づけられた言葉の全てを学ぶことが出来るようになったのだった。


「言葉の辞書は俺の脳にある。だから、ここにある機器の言葉がいくつか分かれば、そっから紐解けるかなって」

「言葉……」


 十兵衛は悩むように顎に手を当てると、船という言葉を軸に連想を始めた。


「舵、(いかり)、帆、(かい)……」

「櫂は初めて聞いたかも! 意味は……待って、この船手漕ぎじゃないから!」

「そもそも俺だって船は門外漢なんだ! リンは何か思いつくことはないか!」

「何をだ!」

「船だ! 船に纏わる言葉を連想して聞かせてくれ!」


 二人でこそこそ何を話しているかと思えば、この期に及んで連想ゲームとは! とリンは呆れたように眉根を寄せる。

 だが、十兵衛もアレンも真剣な眼差しであったので、リンは水の操作に注意を払いながら長い年月で培った記憶の海を辿り始めた。


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