65話 苦労人達の嘆息
リンドブルムより東に位置する港町、エレンツィアへは、定期便として直通の船が出ている。
ウェルリアード大陸の中央までパルメア大運河が跨っているため、リンドブルムとエレンツィアは普段から交易船の往来が盛んなのだ。荷だけでなく人も同様で、陸地を行くよりも安全で早い船は多くの人々の足として活躍していた。
船体は艶のある黒色。甲板上にはキャラメル色の木製の壁で作られた二階建ての船室があり、外の景色が楽しめるよう大きな窓が並んでいる。
一階の室内には赤く柔らかな毛足のソファが整然と置かれ、背凭れの位置を変えて向かい合わせに座るよう操作している乗客も見受けられた。
二階は広々としたマットレスが敷かれ、船員から毛布を借り受けて休める場所になっているという。
人々が多く行き来する賑やかな船着き場で、ロラントから切符を受け取りながらウィルの話を聞いていた十兵衛は、興味深そうに目を瞬かせた。
「船の中で泊まれるのか」
「エレンツィアまで半日ちょっとかかるからな。雑魚寝だが、寝られる場所があるに越したことはないだろ?」
「一応二部屋だけ船室の地下に個室が用意されてるんだけど、まぁ、すぐには用意出来……なかったんですね、閣下」
「出来るか! 乗船直前だぞ!」
こめかみに青筋を走らせたクロイスに、ダニエラが「あはは……」と乾いた笑いを零した。
ウィルとダニエラ、ジーノも、十兵衛達の旅立ちを見送りに来ていた。ウィル達は明日の公演を終えると、西の方へ旅立つという。
それは、リンの望んだ「ルーク・ヴェルバインの名を残すための旅」でもあった。創造魔法劇団ツリーメイトとして公演実績の多数ある彼らが、旅先で新たな「リンドブルムと魔法使い」の劇を演じ、徐々に広めていく役目を担う事となったのである。
スポンサーはクロイス・オーウェン、その人だ。冒険者としての冒険をこなしながら定期的に金銭が入る状況は有難く、三人は喜んでその提案を受け入れたのだった。
「そちらも、気を付けて。良い冒険になる事を祈っている」
「おう、十兵衛もな! 魔石の代わりを探すなんて前人未踏の行いだけど、お前なら果たせるって俺は信じてるぜ」
「ありがとう。ウィルも、そっちの方も含めて頑張れよ」
「そっち?」
「大丈夫だよ十兵衛。ちゃんと僕が良い感じになるよう導いてやるさ」
「っ!? そっちってそういう……っ! ばっかテメー!」
「ははは!」
飛んできた拳を軽くいなしてやりながら、十兵衛は楽しそうに声を上げて笑った。
そんな男子三人とは相反して、ダニエラ、リン、スイの女子三人は、不機嫌そうに唸るクロイスの機嫌を取ろうと困り果てていた。
カガイ神官長の命によりスイが同行する事になったため、公爵令嬢の身分を鑑みて現状で出来る限りの安全を確保しようとクロイスは手を回した。だが、いきなりとあっては各所もそうすぐには対応できなかったのだ。
ぐぬぬ、と歯軋りをするクロイスに、ダニエラが「まぁまぁ」と宥めにかかる。
「大丈夫ですよ閣下! 聖騎士として名の知れたおやっさんも側にいますから」
「おうとも。我が輩がきちんと目を光らせておくわい」
「はー……頼むぞガラドルフ……。せめてスイの任務が終わるまでは同行してやってくれ……」
「俺もスイ様を一人にしないよう気を付けるよ!」
「うむ。アレンと同様、我も出来る限りスイの側に着いているから、そう心配するなクロイス」
「アレン君……リン……!」
「なんだ、そんなに心配ならここから着いてこずとも私が転移魔法で」
「ハーーーーデスさん! この船で頂けるパルメア運河の魚料理ってすっごく美味しいんですよ! ご存じでした!?」
「何? それは初耳だな。よし、行くぞスイ」
「お前……」
「丸め込まれるのが早すぎる……」と、さっさと乗船してしまったハーデスとスイを見送りながら、十兵衛は呆れたように溜息を吐く。
そんな十兵衛の肩にクロイスは両手を置くと、「くれぐれも宜しく頼む」と頭を下げた。
「まったく、カガイ神官長も何を考えておられるやら……。面倒をかけて申し訳ないな、十兵衛君」
「お任せ下さい。私の方でも注意を払います。それに、一応ハーデスにも話は通しておられるのでしょう?」
船着き場に着いた時、ハーデスとクロイスは空高く飛び上がり、二人だけで何かしら会話をしていたのだ。それを指摘する十兵衛に、クロイスは隠すことなく頷く。
「あぁ。いざとなった時の対処は頼んである。だが、なんかこう、ハーデス君は頼りになるんだがならない所もあってだな……!」
「お気持ちは……重々……」
二人だけが分かる暗黙の話に、周囲に居た面々は首を傾げる。
この世界において、諸々の真実を知るのはクロイスとスイ、十兵衛とハーデスの四人だけだ。
その内明かす相手も増えるかもしれないが、今だけは分かち合えるのが互いしかいない事実に、苦労人二人は心から溜息を吐くのだった。