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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第四章:律の管理者と死霊術師
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64話 旅の道連れ

 第一印象は、狩衣のようだと思った。

 丸襟の白い狩衣もどきは背中の方で割れており、首元と腰に紐結びがある。肌着は紺色の腹掛けで肩は出ており、二の腕からは着物と似ているものの布地の薄い袖が、髪と同じ色合いの桃色のグラデーションで広がっていた。

 腰下は何層もの布が折り重なるプリーツ型のスカートを履いており、こちらも腹掛けと同じく紺色で長さは膝上である。そこから伸びる足はスカートとほんの少しの間を開けて黒く長い足袋で覆われており、後ろが紅の紐で編み上げられていた。足先は勿論、十兵衛の作った黒く艶のある赤い鼻緒の駒下駄だ。

 

「どうだ? 十兵衛!」


 耳と角についた輝かしい装飾品を鳴らして、リンがくるりと目の前で回ってみせる。

 その様を眺めて、十兵衛は目を細めて微笑んだ。


「ああ。よく似合っている」








 竜の姫君という名分のために作られた服が、旅立ちを前にしてついに完成した。

 滑らかで光沢のある美しい布地に、見る者の目を引く立派な宝飾品の数々。リン自身の顔立ちが美しく高貴なのも相まって、これは確かに姫君と思われるだろうと感じたのと同時に、この服の一切を用意したクロイスの懐事情を少し心配した。

 満足そうに隣で頷いていたクロイスに十兵衛が気遣わしげに目を向けると、視線の合ったクロイスが「何、実は私以外にもスポンサーがいるんだ」と軽く手を振った。


「カガイ神官長がね。竜の姫君とお近づきになっておきたいということで、いくらか出してくれている」

「カガイ神官長が……」


「まーそのお金も元を辿れば私のなんだけどなー」と半目になったクロイスに、十兵衛は苦笑した。


「ありがとうクロイス。今の我では何も返せないのが心苦しいが……」

「なぁに。君達が魔石に代わる代替エネルギーを見つければ、何もかも帳消しだろうさ。その時は是非私も一枚噛ませてくれよ?」

「それは勿論」

「まぁすでに十兵衛君から大分と儲けさせて貰ってるんだがね」

「?」

「あー……」


 首を傾げるリンに、十兵衛は肩を竦めて、ぽつぽつと経緯を語った。


 リンのために作った下駄の仕上げを頼んだ木工師から、是非下駄を売らせて欲しいという声が上がった。立派な商品になると思われたのだ。

 商売の方面は門外漢の十兵衛はとりあえずといった体でクロイスにお伺いを立て、駒下駄を目にしたクロイスが「オーウェン家で取り扱い、売り上げを十兵衛君に還元する形にしよう」と申し出た。信じられないことに、公爵閣下のお眼鏡にもかなったのである。


 十兵衛がその理由を聞くと、リンドブルムの街特有の風土が関係していた。


 革靴が日常的に履かれるこの世界において、川の近くであるが故に湿気の多いこのリンドブルムでは水虫の病が多発していた。特効薬はすでに開発されているものの、湿気と革靴という根本的な所が直らない限りは永遠に鎮まる事のない病だったのだ。

 通気性のいい靴の開発も進んではいたが、急遽そこに趣があり高級感の漂う黒艶の駒下駄が降臨した。竜の姫君が身に着けるという、謳い文句付きである。

 これに食いつかない商売人は無く、安価なマキの木で作れるというその手軽さから爆発的な人気を博したのだった。

 石畳の上で歩くとカラコロと音が鳴るのも気に入られているようで、現在リンドブルムでは駒下駄と布地の足袋が流行り始めている。


「いいねぇ駒下駄……。二枚歯だけではなく一枚歯や高下駄など、種類も様々あるというじゃないか! 今後バリエーションの展開も視野に入れて市場を広げていこうと思ってるよ」

「そうですか……。お役に立てたようで何よりです」

「なんだ十兵衛。存外嬉しくなさそうだな」

「俺が冒険者ギルドで受けた依頼よりも大きな額がポンポン入ってくるのがなぁ……」


「まぁ商売というのはそういうものなのだろうが」と十兵衛は眉尻を下げて嘆息した。


 支度金ぐらい用意すると申し出たクロイスの厚意を丁重に断り、十兵衛はリンの服が完成するまでの間、冒険者ギルドに通って依頼をいくつかこなしていた。

 ギルドに所属せずとも特別扱いで受けられるよう、オーウェン家が発行した身元保証書である銅板付きのネックレスに特別な紋章を刻み、それを証明として取り計らってもらうべくクロイスが手配したのだ。

 そもそもカルナヴァーンを討ったという事実から冒険者間でも十兵衛の名は高く評価されており、自分達が手こずるものをやってくれるのであればと、好意的に受け入れられたのだった。


 ハーデスの転移魔法のおかげで遠い地での依頼も即座にこなして当日中に帰ってくるため、十兵衛とハーデスの名声は鰻登りだった。魔石の一切をギルドに還元しないという状況も、先のカガイ神官長への寄進のおかげで大した不満も起きる事無く済んでいる。暗黙の了解で神殿に寄進されているのではと思われたのだ。


 そんなわけで、そこそこ難易度の高い討伐依頼をいくつかこなしていた十兵衛だったが、そこで得た稼ぎよりも駒下駄の稼ぎの方が大きい事にやるせなさを感じて、しょんぼりと肩を落としていたのだった。


「ま、まぁまぁ……。我もこの駒下駄はすごく気に入っているからな! 広まるのは良い事だ」

「ありがとう……」

「ちゃ、ちゃんと十兵衛君の名も記しているから! ね! ね!」

「はぁ……」


 クロイスの言う通り、十兵衛の名から一文字とった「十」の字のマークが、丸十字の形で売られる下駄の全てについている。故に、冒険者間だけではなく一般市民の間でも広く十兵衛の名が好意的に知られつつあった。

 それはハイリオーレが高まる事をも意味していたが、「俺はその内下駄で神になるのでは?」という疑いの心が、十兵衛に一抹の不安を感じさせていたのだった。


「ただいま戻りました! 買い物はばっちりですよ!」


 丁度の頃合いで、賑やかな声と共に部屋の扉が開いた。スイである。


 十兵衛達の旅立ちの日に休暇をあてたスイは、普段の神官服ではなく幾分かラフな装いだった。

 フリル襟の薄水色のシャツに白い薄手のカーディガンを羽織り、膝丈のベージュのスカートを履いている。先の丸いヒールの靴は黄色く、春らしいアクセントになっていた。

 高位神官として忙しくしているためか、余りにも神官服の方を見慣れている十兵衛からするとスイの私服は珍しい。冒険者ギルドにいるアンナとは違い、落ち着いた意匠で肌をそこまで見せていない格好にほっと息を吐くと、「スイ殿もお似合いだ」と素直に褒め讃えた。


「はぇ!?」

「その服だ。よく似合っている」

「ひゃ、ひゃい! ありがとう、ございます……!」

「たらしだなこいつ」


 側に寄って来ていたハーデスに、リンがこっそりと告げる。たらしの文字を脳内辞書で引いたハーデスは、「分からんでもない」と頷いた。


 十兵衛は知らなかったが、滞在最終日である今日、スイは十兵衛と買い物に行くと思っていたのだ。

 旅立つ前に揃えるべき品はいくらかある。それを共に選ぼうと思い、可愛らしく、かつ十兵衛でもぎょっとしないような服装を吟味して選んでいたスイは、蓋を開ければ荷物の亜空間収納が可能であるハーデスが買い物役と知って心底がっかりしたのだった。

 一応誘いはしたものの、冒険者ギルドでエレンツィア方面で出来そうな依頼を受けてくるという予定があったと聞けば、無理には言えない。

 故に、目論見が外れた事に内心気落ちしていたスイだったが、十兵衛の一言で一気に気分が上向くのだった。


「ロラント殿も、付き添いありがとうございました。ハーデスが失礼な事をしていなければいいのですが……」

「おい、お前な」

「いえいえ。楽しいお買い物でしたよ」


 十兵衛の礼に、ロラントは目を細めて軽く首を横に振った。

 公爵令嬢と二人きりでの買い物など、醜聞の的である。そのため、クロイスからの命でロラントも買い物に付き従っていたのだ。

 十兵衛の言い様に不満げに腕を組んだハーデスを、「お前は態度が尊大だから心配なんだ」と十兵衛はじと目で見やった。


「尊大でいろと言ったり心配だと言ったり……なんなんだお前は」

「あ、れはまた別の話だろ!」

「同じだろうが」


 ビシッと額にデコピンを決めたハーデスに、「痛っ!」と十兵衛が抗議の声を上げる。

 勢いよく睨みつけた十兵衛だったが、目の前の男が少し嬉しそうに口角を上げた事に、思わずきょとんと目を瞬かせた。


「エレンツィアへの船は昼過ぎに出るんだったかな」

「はい、クロイス様。すでにガラドルフ様とアレン君は現地におられるかと」

「そうだった。ではそろそろ行こうか」


 元から海へ出る船でガラドルフの両親の住む街へ向かう予定だったアレン達と、エレンツィアまで同行する旅になる。ついでに行う予定だったアレンのバブイルの塔における儀式に、参加させてもらうためでもあった。

 すでに旅支度を終えている十兵衛もリンも、すぐに出立できる状態だ。ハーデスは元より準備など必要ともしていないので、この三人を見られるのもあと僅かしかない事をスイは寂しそうな目で見つめた。


 スイはルナマリア神殿に勤める高位神官だ。公爵令嬢という肩書からも、よほどの要請が無い限り外に出る事は許されない身である。

 スイ自身の考えとしては旅の要となる治癒役として十兵衛達について行きたい気持ちでいっぱいだったが、自らの領分というものも十分に弁えていた。

 

 そんなスイを、ロラントが苦笑して見つめる。

「そういえばお嬢様、」とわざとらしく声を上げ、その懐から一つの手紙を取り出した。


「カガイ神官長から、預かり物があるのです」

「カガイ神官長が……?」


 手紙を受け取ったスイは、封蝋を慎重に取って中身を読む。最初は仕方なさげに読んでいたスイだったが、読み進めるやどんどん目が煌めき始め、読み終わると同時に「やったー!」と声を上げた。


「な、なんだ?」

「十兵衛さん! 私もエレンツィアへ着いて行きます!」

「えぇ!?」

「ロラント! 数日分の旅支度の用意を! 私はすぐに着替えてきます! 皆さん、もうちょっとだけ待ってて下さいね!」

「こ、コラ! スイ!」


 カガイからの手紙を放り出して猛スピードで部屋を出て行ったスイを、一同が呆気に取られて見つめる。

 そんな中、床に落ちた手紙を拾い、埃を払ったロラントが微笑みながらクロイスに差し出した。


「カガイ神官長からクロイス様にお見せする許可も得ておりますので、どうぞご覧ください」

「……まさか……ロラントお前……」


 渡された手紙をざっと読んだクロイスは、胡乱気な目をロラントに向ける。


「いつの間にカガイ神官長と親しくなったんだ! えぇ!?」

「何を仰います。私も敬虔なレナ教の信徒ですから、神官長を尊敬し、お慕いするのは当然の事かと」

「よくもまぁぬけぬけと……!」

「えぇと……話が見えないのですが、どういう……?」


 憤慨するクロイスに、おそるおそる十兵衛が声をかける。

 クロイスは深く溜息を吐くと、「任務だ」と一言告げた。


「エレンツィアの教会の様子を伺ってこいだと。定時連絡みたいなものだ」

「え……手紙で済む話では……」

「普通はそうなんだが、高位神官が現地に赴くことで見える問題もある。あー……スイが身近にいるせいで分かり辛いとは思うが、高位神官はそんなに数がいるわけではないんだ」

「…………」

「怪我人や病人の人数の確認や、レナ教の信徒の増加具合。不足人員などを把握する。高位神官が現地に赴くのは、緊急性があった場合その場で一人で対応しろ、という要素も込められているわけだ」

「……実はスイは凄い神官なんだな?」

「そうなんだよ……頭の痛い事に……」


「凡庸であればどれ程良かったか……」と眉間に皺を寄せるクロイスに、リンは「そもそもお前が優秀なのだから、到底無理な願いだろ」と突っ込んだ。


「君に褒められるのは嬉しいが、ことこれに関しては喜びたくない……!」

「あはは。素直に喜んでおけ」

「厭だー!」


 頭を抱えて蹲るクロイスを、リンが笑いながら肩を叩いて宥める。

 その様子を苦笑して眺めながら、十兵衛は今日からの旅も変わらない面子で行ける事になった喜びに、人知れず頬を緩めるのだった。

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