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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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幕間3-4 竜姫の下駄

 スイが幼い頃に着ていた薄水色のワンピースを身に纏ったリンが、難しい顔をしながら両腕をぴんと横に伸ばしている。服飾職人の採寸作業が擽ったいらしい。

 身じろぎする度に窘められるので、必死に堪えた結果が表情に出ていた。


「……フフ」

「笑うな、十兵衛」


 不機嫌そうに睨んだリンに、「いや、悪かった」と素直に謝る。

 人の姿を保つというのも大変なのだなぁと思いながら、十兵衛は布地と肌の色合いをチェックされているリンを眺めつつ、物思いに耽った。







 ――この世界には、『亜人』という種が存在する。


 それは、生殖能力の低い魔物が人間を浚い、子を産ませた結果生まれた悲劇の種族だった。

 人よりも強靭な身体を持ち、けれども魔物よりは弱く、その異形の姿と半端な力からどちらの種にも忌み嫌われた。

 人との戦争においては必ず前線の肉壁とさせられ、国では苛烈な奴隷作業を強いられ、軽んじられる事に我慢の限界を迎えた亜人達は、ヨルムンガンドから逃げ出した。

 命からがら辿り着いたウェルリアード大陸で、彼らはひっそりと隠れ里を築く。

 しかし、亜人を魔物と見る人間は多く、見つかり次第虐げられた。また、変わった身体的特徴から金を持った好事家(こうずか)に目をつけられ、人身売買の対象にされることもあった。


「亜人達も職が無いと生きていけないからね。わざと好事家に隠れ里の存在を教えて、仲間を売る者もいるんだよ」

「…………」

「リンは、姿形だけ見ると亜人に近い。だからこそ君は高価な宝飾や衣装で着飾り、亜人とは違う者である事を世に示さねばならない」


 しばらく人の姿であると決めたリンに、クロイスは亜人の歴史と共にそう告げた。

 話し合いの中で、リンが竜である事は公表するが、リンドブルムである事はしばらく伏せる事になった。『リンドブルムと魔法使い』の改変のためだ。


 混乱が起きないよう徐々にルーク・ベルヴァインの名を世に知らしめ、それが偽りでない事実であると本人が出てきて締め括る。

 そのために『聖地ドラクレイドからやってきた竜の姫君』という嘘と本当を混ぜ合わせた内容を公にする事とし、その地位に見合い、かつ亜人の見た目であるリンを守るための【武器(ふく)】を用意するべく、服飾職人達が呼ばれたのだった。







「すぐ脱げるようにした方がよろしいでしょうか」

「……えっ?」


 信頼のおける職人達ではあるが、念の為という事でクロイスに頼まれ用心棒役も兼ねて同席していた十兵衛は、思いも寄らない言葉をかけられて瞠目した。

 目を瞬かせる十兵衛に、職人が再度尋ねる。


「リン様の衣服の事です。するりと脱げるようにした方がよろしいでしょうか?」

「ぬ、脱げ……!? い、いや、俺はそんなつもりは」

「阿呆。勘違いをするでない」


 しどろもどろになる十兵衛に、リンが呆れたように溜息を吐く。


「竜に戻る時に服が破れたら事だからな。出来るのであれば、そういう意匠で頼む」

「畏まりました」

「あ、あぁ、そういう……」

「まかり間違っても我はお前とそういう関係にはならんぞ十兵衛」


「何せ人妻だからな!」と首から下げる懐中時計を愛おしそうに撫でたリンに、十兵衛も不満そうにふいと横を向いた。


「失礼な。俺とて童女趣味はない」

「誰が童女だ! 我は千二百歳だぞ!」

「百歳が人の一歳になると言ったのはお前だろう? アレンと同い年じゃないか」

「百倍違うわ!」

 

変身(トランス)】の魔法が竜族の常識を反映した事を、十兵衛は指摘する。

 十二歳の少女姿のリンは実際の年齢から年上ぶろうとするのだが、はたから見ると背伸びをして大人ぶろうとする子供のようにしか思えなかった。

「はいはい」と軽く流す十兵衛に、リンは頬を膨らませる。そのやり取りを笑ってみていた職人は、採寸の記録と布地の選択を終え、小さく溜息を吐いた。


「しかし……困りましたね。靴の方は如何致しましょう」

「あぁ……」


 職人の言葉に、リンが眉尻を下げて自身の足を見やる。

 リンの手指と足指には鋭い爪が生えており、切ろうが削ろうが元の形に戻ってしまうため、靴から爪が飛び出てしまうのだった。


「最初から靴を履かないというのは駄目なのか?」


変身(トランス)】がかかっていようが、竜の丈夫さは健在だ。

 裸足でも十分問題はないと告げるリンに、うーんと難しい顔で職人が唸る。


「身分の高い方が裸足で歩くというのは、私は聞いた事がありません。勿論竜族の皆様が裸足というのは承知しているのですが、第一印象で違和感を覚えさせないようにという点を考えると、やはり履物はお召しになられた方が宜しいかと」

「そうか……」

「あー……下駄は駄目だろうか?」

「げた?」


 おずおずと提案した十兵衛に、職人とリンが振り向く。


「聞いたことはないか? こういう物なんだが」


 手近にあった紙と万年筆を使い、十兵衛はさらさらと下駄の絵を描く。それを目にした職人は、「見た事がございませんねぇ」と顎を擦った。


「しかし、きちんとした履物ではございますね」

「あぁ、木で出来ているものでな。黒漆――あー、黒い艶のある塗料を塗って、高価な布地で鼻緒を締めれば、そこそこに上等な物に見えるとは思う」

「なるほど! それはよいデザインですね。ただ、その下駄に合う木というのが私の知識では皆目見当がつかず……」

「木か……」


 思案した十兵衛が、「あっ」と声を上げる。


「知り合いにその道に詳しい者がいる。そちらに聞いてみよう」







***







「で、私の所に来たわけだ」

「あぁ。日常的に履く物に向いている木材で、何か心当たりはないだろうか?」


 公爵邸の庭で庭園のスケッチをしていたダニエラが、十兵衛の話に興味を持った。

 一緒にやってきたリンの足元を見ながら、思案気に首を傾げる。


「俺の国では、軽くて丈夫な木が使われていたんだが……」

「そうだなぁ~、マキの木なんてどうだろう」


 腰に下げていた魔導書を開いたダニエラは、ぺらぺらと頁を捲る。

 それをしげしげと眺めていたリンが、ふと声を上げた。


「この本は、頁ごとに紙が違うのか?」

「お、いい点に気が付いたねリン。そうだよ。この魔導書は、それぞれの頁で使用する素材が違うんだ」


 ダニエラが語る所によると、木を一から創造するよりも、創造したい木から作られた何某かを媒介に創造する方が魔力の消費が少ないという。

 故に、この魔導書は様々な木を素材にして形成されているとのことだった。


「この頁とこの頁の間に、破れた紙があるでしょ? これは影の竜戦で使ったノギの木の頁よ。こんな感じで、使った木の頁は無くなっちゃうの」

「また頁は足すのか?」

「そう! まぁノギの木なんかはよく使うから、いっぱい予備の紙は作ってるけどね。紙が作り辛い木なんかは、代わりに木皮を貼ってるってわけ」

「なるほど……」

「で、お目当てのマキの木はこれだ」


 該当の頁を捲ったダニエラは、創造魔法でマキの木を一本、庭に生やしてみせる。

「勝手に庭に生やして大丈夫なのか!?」と冷や冷やする十兵衛の前で、ダニエラは満足そうにマキの木を撫でた。


「おー立派立派!」

「良い広葉樹だな」

「でしょ~! 木目は光沢があって美しいし、耐湿・耐乾性にも富んでる! 家具にもよく使われるわ」


「きっと履物にだってぴったりよ!」とダニエラは自信満々に片目を閉じてみせる。


「じゃあ十兵衛君、早速そのご自慢の剣で木材にしてよ」

「えっ」


 打刀で!? と驚いた十兵衛だったが、実際の所この世界のどんな鋸よりも切れる実力がある。

 用途が違うんだがとは思いつつ、リンの水球で上部を支えて倒木を防いでもらいながら、十兵衛は刀を振るった。

 程よい間隔で木を伐採し、その中の一つを手ごろな大きさの角材へと変える。


「おお~、お見事!」


 拍手を送るダニエラに苦笑しつつ、十兵衛は角材を手にとって顎を擦った。


「おおよその形には切り出せるが、そこから先はやすりとノミがないとだなぁ」

「必要ですかな?」


 その声に三人が目を向けると、屋敷の方から道具箱を持ったロラントが歩いてきた。


「ロラント殿!」

「職人から下駄の話を聞きましてね。その上で庭に木が生えましたから、必要になるかと思い諸々揃えて参りました」

「ゆ、優秀……」


 上部の広がった枝葉の片づけは、竜の剛力で手折りながら集めるリンに任せて、ダニエラとロラントは十兵衛の作業を興味深く見つめた。

 先んじてリンの足のサイズを採寸した十兵衛は、ペンと定規で二枚歯――駒下駄の形を取る。

 大きさ的には懐刀の方が便利ではあったが、さすがに殿から賜った刀で木材加工をするのも気が引けて、引き続き打刀を使った。

 豆腐のように切れる切れ味に、「相変わらずとんでもない次元優位だ」と十兵衛は内心舌を巻く。

 おおよその形をとった下駄を、今度はノミを使って角取りを施し、(きり)で三か所下穴開けた。

 その下穴を刳り抜くように彫刻刀で穴を広げると、そこでようやくやすりがけに入る。

 そこからは手伝えそうだと思ったロラントが片方の下駄を担当して、二人でしょりしょりと木のささくれを削った。


「十兵衛君、手先が器用な方だよね」

「そうだろうか?」


 一連の作業を見ていたダニエラは、「そうだよ」と頷いた。

 片付け終えたリンも途中から観察していたので、同意するように縦に頭を振る。


「言っておくが、ここから先はさすがに出来ないぞ。塗料や仕上げは木工師に頼まないと」

「そこは私の方から手配致しましょう」

「ありがとうロラント殿」

「いや、だとしてもよ! 十分器用だって。なんか木材加工の仕事とかしてたの?」

「仕事なぁ……」


 何かあったかなあ、と首を傾げた十兵衛は、そこで思い当たる事があって声を上げた。


「あぁ、そういえばしていたな」

「え、何々!?」

「殿……我が主に、動物の人形などを作って差し上げていた」

「え! すごいじゃん! ちっさい王子様だったの?」

「いや、俺より二つ上だ。……目の見えないお方でな」


 目を瞬かせたダニエラとリンに、十兵衛は昔語りをする。


「小さい頃から、俺は主の世話役を申し付けられていたんだ。目の見えない主のために、たくさん本を読んだり、木の文字盤を使って文字をお教えしたりしていた」

「……そうだったの……」

「あぁ。で、まぁ本には色々な情報が載っているだろう? 植物などは手を引いて直接触って頂く事も出来たんだが、動物は難しくてな。なんとかならないかと色々考えて、人形を作ることにしたんだ」


 初めは上手に出来なかった人形も、練習を重ねるにつれ上手になっていったと十兵衛は笑う。


「新作を差し上げる度に喜んで貰えるのが、何よりも嬉しかったよ。主の部屋には、俺の作品がたくさん並んでいた」

「……過去形、なんだな」

「あぁ。城が燃えたからな」


「あの部屋も丸ごと焼け落ちた」と目を伏せ静かに告げた十兵衛に、話を聞いていた三人はぐっと息を呑んだ。


「……お辛かったですね」


 その時の十兵衛の心情を慮るロラントの労わりに、十兵衛は「ありがとう、ロラント殿」と礼を述べる。


「俺が器用だとするなら、それはまぁ、主のおかげというわけだな」

「十兵衛の優しさのおかげだろう」

「そうよ。めちゃくちゃ良い家臣じゃない」

「えぇ。とても恵まれた主君のように思います」


 そうフォローしてくれた三人の言葉を聞いて、十兵衛はうまく笑えなかった。

『八神城』落城の日。茜色に染まる空と火の熱さ、仲間達の切腹前の笑顔と鮮血が、未だに記憶に鮮やかだ。

 フラッシュバックするその光景に胸を痛め、手を震わせた十兵衛は、誤魔化すように声を張った。


「さ、出来たぞリン! 後は綺麗に装飾するだけだ」

「あぁ。ありがとう十兵衛」

「私とスイ様の分も作ってよ十兵衛君! 出来たら一緒にお散歩しよう? リン!」

「分かった。じゃあもう少し待っててくれ」

「お手伝い致しましょう」


 よく晴れた空の下、とりとめもない雑談と共に、久々の木材加工に勤しむ。

 この世界にはない、しかし懐かしい下駄に郷愁の念を駆られながら、十兵衛は目を細めるのだった。





 ――後日、下駄の加工を頼んだ木工師から、「この下駄をうちで売らせてくれ!」と騒動になったのは、また別の話である。

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