幕間3-3 神官と魔法使いの秘密
ルナマリア神殿には、慰霊碑の建つ区画がある。
リンドブルムの北東には遺骨の収められた大きな墓地があるが、そこまで足を運べない者達のために、墓地に埋葬されている人々の名が刻まれた慰霊碑が作られた。
朝日が登ったばかりの早朝、人気のないそこでクロイスは慰霊碑に祈りを捧げる。そこには、彼の愛した妻の名があった。
――レティシア・オーウェン。
スイが九歳の時に病で亡くなった彼女は、誰よりも好奇心が旺盛で、愛情深い神官だった。
――私、竜とお友達になりたかったのよ
――クロイスと結婚すればオーウェン家に嫁ぐことになるから、竜との縁も結ばれるかしら
一世一代の告白をしたクロイスに、あっけらかんとそう言ってみせたレティシア。「君は私を通して竜しか見ていないのか!?」と泣きそうになったクロイスに笑って否定して、真実その愛をクロイスに向け続けてくれた最愛の妻。
そんな彼女の笑顔をいつだって思い出せる程、深く記憶に刻み込んでいるクロイスは、慰霊碑に花束を並べながら小さく笑った。
「君の代わりに、スイが竜と友になったよ、レティシア」
リンドブルムの騒動が終わって数日。リンドブルム――リンがこっそり水路に泳ぎに行ったのを見送った面々は、ウィル達の提案を元に『リンドブルムと魔法使い』の公演をする事となった。
パムレの使用許可を出し、邪魔が入らないように騒動に関わらなかったオーウェン騎士団にこっそり警備もさせた。そこまでした上で、クロイスは一人、神殿にやってきたのだ。
そうして慰霊碑に祈りを捧げていた所に、小さな足音が近づいてきた。
「おや。観に行かなかったのですか、クロイス」
「そういう君もだろう? カガイ神官長」
来るだろうと思った男が、予想通り現れる。
いつもの祭服を身に纏い、金と宝石で作られた杖を手に持っていたカガイは、腹心の神殿騎士に離れるよう命じてクロイスに歩み寄った。
「いつもと同じ内容なのでしょう? であれば観る必要もありません」
「さーすが、『リンドブルムと魔法使い』マニア。そらでセリフも言えるのでは?」
「うるさいですね」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くカガイに、クロイスは苦笑する。
カガイは、孤児だったレティシアの後見人だった。否、レティシアに限らず、カガイは多くの孤児の後見人を担っている。
彼が民の間でドケチ神官だと罵られる程拝金主義者の姿勢を貫いているのも、彼には守るものがたくさんあるからだ。故の彼の行動に敬意を払っているクロイスは、そんなカガイが唯一心をひた向けるこの街の物語とそれに纏わる出来事に、のんびりと思いを馳せた。
レティシアを妻に迎えるとなった時の事だ。後見人として諸手続きをするために公爵邸にやってきたカガイは、食事会の場でクロイスをアルコール中毒でひっくり返らせた。
奇跡の悪用一歩手前の所業だ。彼曰く、物語に描かれない『リンドブルムと魔法使い』の話を知りたかったとのことだが、強制的に酔わされたクロイスから語られた話にカガイは目を剥いた。
――ひどいネタバレをよくも!
――君のせいだが!?
公爵に対する悪行に下手をすれば斬首物の事態だったが、妻を迎える寸前に後見人を死なせるなどもってのほかだとクロイスが拒んだので、カガイの罪は内密に処理された。
何より、ずっと一人で秘密を抱え続けたクロイスにとって、カガイの存在は救いでもあったのである。
――もしかしたらいつか、リンドブルムがこの街に帰ってくることがあるかもしれません。その時、代々繋いだ魔法使いの大きな役目も終わってしまうのかもしれない
――そんな日が来ても、いかにこの街が偉大で素晴らしいものであるかを、残していこうじゃありませんか。……ま、遥か未来のリンドブルムは、魔法使いの都市ではなく神官の都市になっているかもしれませんがね
レティシアとの式を控えたある日、ルナマリア神殿の大改装計画を担っていた男が、にやりと笑ってそう言った。
二柱で支えると言えないもんかねと、秘密を知ってしまった男の配慮に苦笑しつつ、クロイスも話に乗っかる。
――神官と魔法使いの都市、リンドブルム。物語に負けない浪漫があるじゃないか!
カガイとクロイスの目論見通り、リンドブルムは破格の成長を遂げる。
竜と魔法使いの伝説が残る街は広く魔法使いに愛され、また大きな神殿へと変わったルナマリア神殿は、多くの信徒と神官を生んだ。
交易都市という利便性もあり、リンドブルムは世界中から頼りにされる街へと変わったのである。
今や世界に広く名を轟かせた『リンドブルム』という街名は、物語に残さずとも人々の心に残るものになっていた。
「何をにやけているんです」
在りし日に思いを馳せていたクロイスを、カガイは白い目で見やる。
それに誤魔化すように笑いながら立ち上がると、クロイスは今頃公演が行われている西のパムレへと視線を向けた。
「君の言った『いつか』が来たんだなぁと、思ってね」
「……えぇ。新たな時代というやつですね」
カガイの語る、新たな時代。
それは、オーウェンの名と共に、ルーク・ベルヴァインの名を残す事だった。創成の竜である、リンドブルムからの提案だ。
歴史の中だけでも寄り添わせたいと願ったルークの思いとオーウェンの愛は、リンドブルムが受け取った。故に、今度はリンドブルムの願いとして、ルークの功績と仲の良かった三人の思い出ごと残して欲しいと考えたのだ。
急な公表は民に混乱を招くので、ゆっくりと広めていくこととなった。それを担う者も、すでに選定済みである。
これからどんな風に変わっていくのか、クロイスには分からない。けれども、これまでの歴史とリンドブルムの存在が、悪い様には導かないだろうという確信があった。
西風に乗ってくる桃色の花吹雪をその身に受けながら、クロイスとカガイは鮮やかに彩られるリンドブルムの街並みに、愛おしそうに目を細めるのだった。




