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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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幕間3-2 恋愛よもやま話

「先日も思ったけど、やっぱ公爵邸のお風呂は違うね~」


 手元でシャンプーを泡立てながら周囲に目をやるダニエラに、泡が入らないよう目を瞑っているリンドブルムが「なるほど、これが風呂というものなのか」と頷いた。

 ハーデスの転移によってオーウェン公爵邸の風呂場に飛ばされたダニエラとリンドブルム、そしてスイの三人は、呼び寄せた使用人に脱いだ服を渡して、戦闘の疲れと汚れを落とすべく身体を洗う。

 汚水溜まりにいたリンドブルムとスイは言わずもがな、ダニエラも影の竜の大水球に飲まれたり濡れた大地を駆け回ったせいで泥だらけになっていたので、すぐにでも風呂に入れる環境は非常に有難かった。

 救出作戦を立てた日からそのまま宿泊していたダニエラは、勝手知ったるという風にシャワーやシャンプーを使いながらリンドブルムの髪を熱心に梳く。


「やー、これが普通と思わない方がいいよリンドブル――リン。普通はもっと狭いから」

「そうなのか。だが、今の我の身体ならどんな小さな風呂でも入れそうだ」

「あはは。さすがにそこまで小さくはないよ」

「こらリンちゃん、髪の毛が引っかかっちゃうからまだ動かないでください」


 スイの指摘に、自身の身体を確認するべく(さす)っていたリンドブルム――リンが、ぴたりと身動きを止めて大人しくなった。

 スイとダニエラから、「リンドブルム本人だけど、人の形を取っている間は他者の混乱を防ぐのも兼ねて、愛称で呼ぶのはどうですか?」と提案され、リンドブルムが受け入れたのだ。

 その結果、人の年齢で齢十二歳程の小さなリンドブルムは、「リン」と呼ばれるようになったのだった。

 長年の祠生活でごわついた髪――(たてがみ)を、スイとダニエラが二人がかりで熱心に洗う。相当においもきついだろうに、何も言わずに一所懸命やってくれる二人に感謝しながら、リンは大人しく作業が終わるのを待った。


「リンの髪色、白と桃色のグラデーションがかかって良い色だね」

「そうだろうか? 元は毛先まで真っ白だったんだが……。毒竜になりかけたせいで染まったのだろうな」

「王花の大樹の花弁みたいですよ! とってもとっても綺麗です」

「……あの立派な大樹に例えてくれるのか。ありがとう」

「すっごかったでしょ~! 自慢の一品よぉ!」


 えへん! と胸を張るダニエラに、スイは笑う。


「王花の大樹は図鑑で見た事があったんですが、直接見るのは私も初めてでした。あれって本当はもっともっと成長に時間がかかるものなんですよね?」

「普通はね。でもウィルとジーノの魔法があれば、私の生やす木は爆速で成長するの」




***




「実は、ウィルは水の創造と操作系の魔法しか覚えていないんだ」


 一般市民に広く開かれている大衆浴場で、ジーノから聞かされた話に十兵衛は目を丸くする。

 その場にいたハーデスとガラドルフも興味深そうに耳を傾け、当のウィルは「やめろやめろ」と遮るように手を振った。


 戦友達との裸の付き合いに同席したがったクロイスは、「自分の身分を考えなさい」とカガイに叱られ帰されたため、ここにいるのは残った五人だけだ。

 まだ昼間なのもあって利用客も少なく、戦いの後の疲労を癒すように広い湯船にゆったりと浸かりながら、十兵衛はジーノが話すのを促した。


「何か理由があるのか?」

「ダニエラのためだよ」

「おいジーノ!」


 恥ずかしいのか頬を染めて眉間に皺をよせたウィルが、ジーノを背後から締め上げる。

 

「ぐぇっ! やめろウィル! 事実だろうが!」

「正直に話してんじゃねぇよ馬鹿!」

「ウィルはダニエラ殿が好きなのか?」


 ジーノの言葉に察するものがあったのか、十兵衛は思いついた言葉を真っすぐに述べる。

 その問いに顔を真っ赤にしたウィルは、「うるせー!」と器用に両手から水鉄砲を十兵衛に飛ばした。


「そうなんだよ十兵衛。こいつちっさい頃からダニエラ一筋の純愛でさぁ。その癖よく喧嘩するからもう僕は目が離せなくって」

「ジーノだってダニエラのために光魔法の方向性変えたろ!」

「ダニエラのためだけじゃなく、ウィルのためでもあったよ。お前がそんなに本気なんだったら、ちょっとぐらいは手助けしてやろうと思うだろ?」


「僕は君の友でもあるんだぞ」と得意げにするジーノに、最早言葉もないウィルは「ぐぬぬ」と歯軋りをして黙り込んだ。


「ハハハ! 愛と友情のためとは熱いではないか。そりゃ良い花を咲かせるわけだ」


 器用に髭と髪を括り上げ、どっかりと湯船に浸かるガラドルフが楽しそうに笑う。


「魔法は方向性とやらがあるのか」

「なんだ、ハーデスだって魔法使いだろうに知らないのか? 成長に伴い星の力を新たに授かる時に、僕達は【星の原盤】を見るだろう? そこでどの魔法を得るか、もしくは練度を上げるか選んだだろ」

「……そう、だったな」


 ジーノの言葉に頷きながら、ハーデスは考え込むように黙る。

 そんなハーデスの様子に不思議そうにしながらも、ジーノは「で、話を戻すけど、ウィルはそこでずっと練度を上げるのを選んでたわけだ」と語った。


「普通はより強大な魔法を選んで成長していくのに、ウィルは水操作の練度を上げていたんだ。ダニエラの木の隅々まで、その生命の源を届けるためにね」

「だから竜血の操作も可能だったのか」

「そういうこと。そうしたウィルのひたむきな愛が、もう一人の女性を救う事にも繋がったわけだ」

「愛だな」

「愛だね」

「てめぇらぁ~~!」


 怒りと羞恥で全身を真っ赤に染めたウィルが、僅かに残っていた魔力を練り上げる。

 彼の背後から徐々に盛り上がる大波に影の竜の大海嘯を見た十兵衛とジーノは、慌てて宥めにかかった。


「ま、まてウィル! 僕が悪かった!」

「すまん! 別にウィルを馬鹿にしたわけではないんだ!」

「問答無用だオラー!」


 湯船の湯が、一斉に十兵衛とジーノに襲いかかる。「わー!」と流される二人に対して、こっそりガラドルフの大きな背に隠れて避けていたハーデスは呆れたように白い目を向けた。


「風呂のマナーとやらがなっとらんぞあいつら」

「ワッハッハ! まったくだ! ……しかしすごいなウィルは。今のは小規模とはいえどう見ても大海嘯だったぞ」


 顎髭をしごきながら面白そうに言うガラドルフに、ハーデスも鋭い目でウィルの魔法の行使を見つめる。


「……そうだな。明らかに水操作のそれではなかった」

「ふむ。ま、あの戦いでウィルの魔法に何か変じるものがあったのだろう。良い事だ」

「…………」




***




「愛ですねぇ……」

「愛だなぁ」

「ちょっと、やめてよ二人とも」


 ウィルとジーノの魔法と歴史について聞かされたスイとリンは、感じ入るように深々と頷く。

 それを両手を振って誤魔化しながら、ダニエラは困ったように溜息を吐いた。


「だから二人にはすごく感謝してるし、ちょっと負い目もあるんだ。私の魔法のために方向性を変えて貰っちゃったから」

「でも、それはウィルさん達のダニエラさんに向ける期待の表れでもあると思います」

「あぁ。そしてダニエラは、きちんとその期待に応えているように我は思うぞ」


 十分に身を清めた三人は、湯に浸かりながらダニエラの昔話に花を咲かせる。

 そんな中でかけられたスイとリンの言葉に苦笑したダニエラは、「そうだといいなぁ」と湯船の縁に顎を乗せた。


「私、孤児でさ。両親が魔物に殺されて路頭に迷っていた時、たまたま行き会った旅の一座に拾われたんだ」

「…………」

「でも、旅芸人なんて金銭的に余裕のある職じゃないでしょう? だから、旅の途中で訪れた村の、孤児院も併設している教会に預けられてね。そこでウィル達と出会ったの」


 元々その村の住人だったウィル達は、孤児院の子供達とも分け隔てなく遊んでいたという。

 そんなところにやってきた一人ぼっちのダニエラを、年の近い者同士仲良くしてほしいという大人達の願いに応えて、二人は積極的に関わろうとした。

 同い年のウィルと三歳年上のジーノは、親も知り合いもいなくなって塞ぎこむダニエラを懸命に励ましてくれたという。それでもなかなか笑顔を見せなかったダニエラに、ある日ウィルが一輪の花を持ってきた。


「女の子には花だって、ジーノに教えられたんだって。で、律儀にあいつは自分の一番綺麗って思う花を山から摘んで持ってきてくれたの」


「なんかそれがやたら嬉しくってさぁ」と、はにかむようにダニエラは笑った。


 両膝を草の汁と土で汚したウィルの厚意を、ダニエラは素直に受け取った。可哀そうな子供というよりも、普通の女の子扱いをしてくれたウィルの気持ちが嬉しかったのだという。

 ところが、大事にしていた花が数日も経つと茶色に染まって枯れてしまい、見るも無残な姿に変わってしまった事にダニエラは大泣きした。ウィルがせっかくくれた花を、自分の無知で台無しにしてしまったと思ったのだ。


「それまでぼーっとしてるだけだった私がわんわん泣いたから、ウィルもジーノも大慌て! それからかな。私、木の魔法使いになりたいなって思ったの」

「頂いた花を、大事にしたかったんですね」

「そう。どんな草木も創造できる、樹木のプロフェッサー。そんな魔法使いになれたら、貰った花をまっ茶色にして泣き喚くなんてこと、きっともうしないでしょう?」



 

***




「優しい話だ」


 魔力切れで鼻血を噴いてひっくり返ったウィルを、露天のベンチで寝かせて介抱しながら、十兵衛はジーノの話に微笑む。


「世話の焼ける二人だよ。ま、僕の方がお兄さんだから、面倒みてやらないとと思って今に至るってわけだ」 

「ジーノは幾つなんだ?」

「二十六だよ。ウィルとダニエラが二十三歳。そういう十兵衛は?」

「二十五だ。ジーノの一つ下だな」


 その言葉に、ジーノが目を丸くした。


「驚いた! もっと下かと思ってたよ」

「……童顔なんだ」

「なるほどねぇ。僕はてっきりスイ様と同じくらいかと」

「我が輩もそう思っとったわ」

「スイ殿はお幾つなんだろうか」

「確か十八だったはずだ」


 露天風呂に浸かり直しながら会話に参戦するガラドルフに、十兵衛は興味深そうに頷く。


「その年で高位の神官というのは、凄い事なのでは?」

「いや、実際すごいよ。魔法も奇跡も幾らか才能っていうのは必要だったりするんだけど、彼女はまさしく持ち得る者だね」


「でもオーウェン家の跡取りなのに、どうして魔法使いにならなかったんだろうね」と首を傾げるジーノに、確かに、と十兵衛も不思議に思う。

 その真相を知っているガラドルフは口角を上げるだけで、「ま、色々あるんだろう」と流すに留めた。


「ところで僕らの話ばかりしたけど、十兵衛はそこんとこどうなんだ?」

「そこんとこ?」

「恋愛話! なんか無いの?」


 きょとんと目を瞬かせる十兵衛に、ジーノが興味津々という風に迫る。


「恋愛……」

「ほら! スイ様とも親しい感じだったじゃないか」

「あれはまぁ、戦友という意味ぐらいでそれ以上の事はないぞ?」

「え~?」

「それにまだ兄上達が嫁を貰っていないからなぁ。先に俺がどうこうというのは土台無理な話だ」

「なんだ十兵衛、兄がいたのか」


 英雄の兄弟と聞いて、ガラドルフも興味を持った。ジーノとガラドルフの前のめり具合に慄きつつも、「大した話じゃないぞ」と十兵衛は頭を掻いた。


「七人の兄と一人の姉がいるんだ」

「し……七人と、一人……!?」

「八人兄弟!?」

「あぁ。その内三人の兄がまだ嫁を取っていないんでな。いい加減決めて欲しい所だが、そこが纏まらんと俺に話が下りて来ない」

「……もしかして十兵衛もいいとこの出?」


 てっきり自分と同じ庶民の出と思っていたジーノは、恐る恐る伺う。

「いいとこかは分からんが」と苦笑しながら、「八神(やがみ)家に先祖代々長く仕える、八剣(やつるぎ)家の末子だよ」と答えた。


「えー! 貴族じゃないか!」

「貴族ではないぞ」

「やつるぎ……まさか、八本の剣が何かまつわっていたりするのか?」

「鋭いなガラドルフ。まさしくそうだ」


 驚くガラドルフに、十兵衛は語る。

 八剣家には、先祖代々受け継がれる八振りの刀があること。

 それが家名の由来ではあるが、当代が「八剣(やつるぎ)の剣を八人の剣士に」と望み、その通りに子供が作られた事。


「ん? でも一人は姉だったんだよな? お姉さんが継いだのか?」

「……いや。俺の国では戦は男の領分だった」

「……十兵衛……」


 年の功から察する事があったのか、労わるような目を向けるガラドルフに、十兵衛は軽く笑う。


「……ま、先にガラドルフが言ったように、俺にも色々あるわけだ」




***




「で、スイ様は十兵衛君がちょっと気になってる、と」

「な、な、なんでそんな話になるんですか!」


 ウィルとジーノのどちらが好きかという話になりかけた所を、ダニエラが上手に誘導して話を変えた。

 ダニエラの問いに顔を真っ赤にしたスイを、「おお……」とリンが目を瞠って眺める。


「すごいなダニエラ。ご明察のようだ」

「ふふん。女の勘よ!」

「ちょっとリンちゃんまで! ち、ちが、ちが……わなくもないですけどぉ!」


 もう! と頬を膨らませるスイに、ダニエラとリンが笑う。


「十兵衛君って、庶民の出にしては礼儀作法がしっかりしてるじゃない? いいとこの出なんだったらスイ様にもチャンスがあるかなって」

「いや、ちょ……!」

「そうか、スイはクロイスの娘なんだものな。身分というものがあるわけだ」

「そうよリン。まぁでも十兵衛君の偉業があれば、身分の差なんてあってないようなもんよ」


「何せ英雄だし」と頷くダニエラに、納得したようにリンも頷く。

 そんな二人に顔どころか身体まで真っ赤にして肩を震わせたスイが、「もーー!」と吠えた。


「絶っ対に内緒ですよ! これは! 女の子同士の秘密です!」


「約束ですよ!」と小指を突き出したスイに、ダニエラとリンが顔を見合わせて破顔する。

「はいはい」と笑いながら了承して、かしましい三人娘は小指を交差して固い誓いを交わすのだった。

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