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冥王と侍【連載版】  作者: 佐藤 亘
第三章:竜と聖騎士
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61話 伝えたい君へ

 ――約三百年前、オーウェンは魔王を討ち、人と魔族の戦争を終わらせた。


 その偉業を讃え、レヴィアルディア王国の国王から公爵の爵位と土地の授与を提案され、現在のオーウェン領とされる土地を彼は賜る事となる。

 オーウェンは知らなかったが、彼が竜と共に街を作っていたのを国王は知っていたのだ。故に、土地を与える大義名分を作るため、国王は彼に魔族との戦争の参加を推奨したのだった。

 こうして名実共に一領地の主となったオーウェンは、魔王の魔石で作った究極の魔道具を土産に、水の都へと戻ってきた。


 ――が、そこでリンドブルムがオーウェンを探しに旅立った事を、彼は知る事となる。







◆◆◆







「オーウェンは、すぐにでもリンドブルムを追って旅立とうとした。けれども、民が止めたんだ。公爵となった彼は領地を守る義務があり、旅立つにしてもせめて誰か代役を立てないと混乱が起きる、と」

「…………」

「そこで彼は、古くからの友人であり、リンドブルムの創成を手伝ってくれた、とある賢者を呼び寄せた。――名を、ルーク・ベルヴァイン。大魔法使いオーウェンが唯一敵わない、転移魔法の天才だった」







◆◆◆







 ――オーウェンの頼みを聞いたルークは、初めこそ断った。彼も彼で賢者として名を馳せていた上に、そもそも友であり好敵手のオーウェンの代役など、死んでも嫌だと思ったのだ。

 けれど、切々とリンドブルムへの思いを語るオーウェンに、ルークは同情する。

 結局、どうせさっさとオーウェンがリンドブルムを見つけるだろうと思い、ルークは渋々ながら代役を引き受けた。

 その際に作ったのが、『沈思の塔』だ。

 大魔法使いと賢者が二人揃って代役の内容について議論を重ね、また、二人だけの約束を交わしたのもその塔の中での事だった。







◆◆◆







「精神統一のための塔じゃなかったんですね……」


 己のルーツを根底から覆される事に驚きを隠せないスイは、茫然としたまま呟く。

 それに頷いたカガイは、「だからじめじめの塔だと言ったでしょう」と鼻で笑った。


「リンドブルムを失ったオーウェンの、後悔と嘆きの権化ですよ」







◆◆◆







 かくして、オーウェンはルークに水の都の全てを任せて旅立ち、ルークは友とリンドブルムの帰りを、代役を果たしながら待っていた。

 しかし、待てど暮らせども、二人は帰って来ない。

 人を派遣し、時間がある時は自分も転移で世界を巡って二人の動向を追ったが、彼らの行く先をルークは見つける事が出来なかった。

 そうして何十年も経ったある日、ルークの元に訃報が届いた。


 ――友である、オーウェンの死だった。


 信じられない思いで遺体が収められたという王都に向かい、棺を開ける。

 そこにある遺体を見て、彼の手に握らされた魔道具を見て、ルークは、友の死が真であった事を知る。

 それは、彼がリンドブルムに会えないまま、志半ばに死んでしまった事と同義だった。


 国王の了承を得て、彼の手から魔道具を抜き取ったルークは、それを手に水の都へと戻る。

 そうして彼は、街に生きる民と自身の家族に、こう宣言した。




 ――これより私は、代役ではなく、真にオーウェンとして生き、死ぬこととする。名をルーク・オーウェンと改め、未来永劫リンドブルムの街と共に、オーウェンの名を遺す事を至上の命題とする。



 ――故に私は、リンドブルムとオーウェンの物語を紡ごうと思う。多少の違いは生まれようが、それは割り切って欲しい。真実を語れば、ルーク・ベルヴァインが出てきてしまうからだ。一人の大魔法使いと一匹の竜が成し得た偉業に、私の名は必要無い。



 ――この宣言は、当代を持って秘匿とし、真実はオーウェンの名を継ぐ者のみに伝える事とする。以降、ベルヴァインの名は忘れ、皆は私をオーウェンと呼ぶように。







 

◆◆◆







「……その約束は、見事に果たされたわけだ」


 ルークと民のオーウェンを思う心が、数百年に渡る秘匿を実現した。その奇跡と貫かれた意志に、十兵衛は胸を熱くする。

 ベルヴァインの名は忘れられ、真実を知る者はオーウェンの名を継いだクロイスただ一人となっていた事に、リンドブルムは大きく目を見開いて涙した。


「……どうして、そんな……!」


 リンドブルムとオーウェンがした事は、リンドブルムが大好きな水で遊べる場所を作ろうというきっかけの発露にすぎない。

 偉業というなら、かの装置を作り上げ魔王を討ったオーウェンと、街を守り続けたルークこそ名を残すべきだろうとリンドブルムは思う。

 けれども、そんな彼女にクロイスは優しく微笑むと、その首元にかかる懐中時計をそっと掬った。


「歴史の中だけでも、ルークは二人を寄り添わせたかったんだ」

「……な、なんで……」

「愛していたから」


 真っすぐに黄金の瞳を見つめるクロイスに、リンドブルムは息を呑む。


「オーウェンは、リンドブルムを愛していたんだ。……種族を越えたその愛を、ルークだけが知っていた」

「――っ!」

「あの腰抜けは、戦に旅立つ前に君に思いを告げられなかった。だから、オーウェンの名を継ぐ者ただ一人だけが、彼の思いをずっと大切に秘めて生きてきた」


 懐中時計を開き、その中のとある箇所を押して、クロイスは黄金の輪を取り出す。

 それはクロイスのモノクルの輪と同じサイズで、その内周には「オーウェンから、愛するリンドブルムへ」という文言が刻まれていた。


「今の君には、大きすぎる指輪かもしれないね」


 そう言って手渡された指輪を、リンドブルムは震える手で受け取る。

 頬に幾筋も涙を流しながら、耳まで真っ赤にしてリンドブルムは慟哭した。



「我だって、お前の事を愛していたよ、オーウェン――!」



 ――三百年、贖いに塞いでいた心に、一気に過日の思い出が沸き起こる。


 出会い頭に怒られて、どれほど憎らしかったか。けれども、真実リンドブルムの事を考えて提案してくれた話に、どれだけ心が躍ったか。

 オーウェンと二人で、あーでもないこーでもないと言いながら街づくりをした時の高揚。

 パルメア大運河の水の流れを変えるために、ルークを呼びだしたオーウェンが二人で転移魔法を展開して、その出来の差に喧嘩し始めたのを止めた時の慌て具合。

 完成した水の都を誇らしく眺めながら、隣に立ったオーウェンがリンドブルムへかけた言葉。



 ――いつでも来いよ、リンドブルム。例え俺が死んだって、この街の名は変わらず残すから。水を愛したお前のための、世界でただ一つの街なんだからさ。



 愛しさも恋しさもこんなにも溢れてやまないのに、もうこの世界にオーウェンはいない。

 その事実がただただ辛く、けれども、彼の思いをこれまで引き継いできてくれたクロイス達に、感謝の念は絶えず。

 リンドブルムは、大粒の涙を零しながら指輪を胸に抱いて、咲き誇る様な美しさで笑った。


「……ありがとう、クロイス。そして、オーウェンの名を継いでくれた子供らよ」

「…………」

「――連綿と受け継がれた彼の思いは、確かに、白竜リンドブルムが受け取った」



 ――その言葉に、ぽろり、とクロイスが涙を零した。



 数百年に渡り背負わされてきた重責が、その瞬間に解き放たれたのだ。


 クロイスだけではない。父も、祖父も、曾祖父も。ずっとずっと街を守り、名を守り、リンドブルムとオーウェンのためだけに生きてきた。

 指輪の存在がばれないようにモノクルへと変えて、街を守る武器として使う事もあった。

 それが疑念を呼んで、先代と当代で言い争った歴史もあった。

 そんな歴史も踏まえた上で、ルークの願った思いを誠実に継いできたベルヴァインの一族を思い、クロイスは心から安堵の息を吐いて、嬉しそうに微笑んだ。


「こちらこそありがとう、リンドブルム。……ルークもきっと、『やっと伝えられた』と喜んでいるよ」








***










 ――西からの風に乗ってきた王花の花弁が、はらり、とその身を水路へと躍らせる。


 薄紅色の花弁が、水面に立つ輪へ寄り添うように舞う様を目にしながら、リンドブルムはゆっくりと裸足の足をつけてみた。

 朝日が昇りたての早朝の街に人気は無く、水路を通る船は一つも見当たらない。

 そんな中を、スイに贈られた水着を身に纏ったリンドブルムは、懐中時計を大事に抱えながら、トプン、とその身を水路に潜らせた。


 竜の身で泳ぐ時とは違い、人の身で泳ぐと水路の緩やかな水流にさえ身体が持っていかれそうになる。けれども、三百年ぶりの『リンドブルム』の水路はかの日と変わらない煌めきと冷たさで、その懐かしさに涙が滲んだ。


 広さだけではなく深さも十分に備えられている水路は、オーウェンが願った「リンドブルムが泳げる街」を、見事に叶えていた。

 そこから感じられる彼の途方もない愛情に身を浸らせながら、リンドブルムは縦横無尽に水路の中を泳いで回る。

 彼女の浄化の力が害してしまう魚達は、ここにはいない。水草も生えず、あるとすれば苔ぐらいのその水路に、実は絵が描かれている事をクロイス達は知っているのだろうか、とリンドブルムは思った。


 泳ぎながら水路の壁を手でなぞり、ゆっくりと苔を剥いでいく。

 その下に現れた色とりどりの魚や水草、そしてリンドブルムとオーウェン、ルークが共に泳ぐ絵を目にした彼女は、瞳にいっぱいの涙を浮かべて、懐かしそうに微笑んだ。


 絵を描こう、と言ったのは、ルークだった。

 リンドブルムに泳ぐ制限を課すのなら、彼女が見てきた水中の光景を、ここに描いてあげようと。

 特別な魔法のインクで水路中に描かれたその見事な絵の中で、ルークの絵だけが歪だった。オーウェンが描いたからだ。

 遠慮するルークを、「勝手に描いたれ!」と絵師の筆を奪って描いたオーウェン。そのあまりの粗雑さにルークが怒ってまた喧嘩になったのを、リンドブルムは笑いながら仲裁した。

 でも、そんなオーウェンの突拍子もない行動のおかげで、忘れられたルーク・ベルヴァインが確かに存在していたことを、この絵画は教えてくれる。

 その奇跡に、感じ入るように胸を押さえたリンドブルムは、ふと水中に影が出来た事に気が付いた。


 見上げた先で、数隻の小舟が浮かんでいるのが見える。

 その中の一隻から、見覚えのある手が二つ、まるで誘うように水中へと伸ばされていたので、リンドブルムは水を蹴ってその手へ向かって手を伸ばした。




「やっぱりここにいましたね、リンちゃん!」

「良い所に来たな。これから俺達一押しの劇が始まるんだ」


 船の上へ引き上げてくれたのは、スイと十兵衛だった。

 目を瞬くリンドブルムにスイは大きなバスタオルを肩からかけてやると、座るように促した。


「劇?」

「そう! 今日の公演はリンドブルムで一番人気の魔法劇団、ツリーメイト! ウィルさん達の公演ですよ!」


 あの者らは劇団員だったのか、と驚くリンドブルムは、しかし、と辺りを見回して首を傾げる。

 劇をするにしても、どこにも劇場らしきものが見当たらなかったのだ。

 周りには地下水路で助けてくれたオーウェン騎士団とガラドルフ、そしてアレンがいるくらいで、演じるウィル達さえ見つからない。

 きょとんとするリンドブルムに、同じく船に乗っていたハーデスが口角を上げると、「前だ」と顎で促した。

 促されるまま、水路の行き止まりであるパムレを見つめたリンドブルムは、下から小舟に乗って上がってくるウィルとダニエラ、ジーノを見つけて目を見開いた。


 朝日を背に水上エレベーターで上ってきた三人の服装は、かの日の戦いの時とは違う豪奢な衣装だった。

 青色の鮮やかで布地がはためく服を着たウィルに、黒く上品な衣装を纏ったジーノ。浅黄色のドレスを着たダニエラが、リンドブルムに向かって恭しく頭を下げる。


 一拍置いて頭を上げた三人は、指をぱちんと鳴らした。



 ――瞬間、大量の水が空に駆け上がった。


 

「な!?」


 慌てて船の縁を掴んだリンドブルムの目の前で、水が意志を持ったようにうねる。

 その水に纏わりつくかのように青々とした蔦が絡まり、色とりどりの光が照らして空中に「リンドブルムと魔法使い」の文字が浮かび上がった。




「ようこそお嬢様、水の都リンドブルムへ!」


「これより演じますは、古くからリンドブルムに伝わる、偉大な友が紡いだこの街の創成のお話です」


「史実と違う? もう知ってる? そんな貴女にこそお見せしたい!」





「水の魔法使い、ウィル・ポーマンと!」


「木の魔法使い、ダニエラ・ココと!」


「光の魔法使い、ジーノ・ロヴェーレによる魔法劇場!」







「どうぞ最後まで、ごゆるりとお楽しみください!」

 


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