57話 きっと死ぬなら、
ジーノが来てから、ダニエラの動きが格段に変わった。
創造する草木の成長速度が倍になり、ダニエラの意志に沿い動くはずの木が、ジーノの光魔法による誘導でも導かれるようになったため、攻撃予測が立てられなくなったのだ。
二人の魔法使いによる攻撃に影の竜が大いに翻弄されるのを見ながら、十兵衛は感嘆の溜息を吐く。
「【創造木魔法・アジリの木】!」
「【燦然たる光】!」
複数の棘の生えた木が何本も生えたかと思うと、その成長先に飛んでいるジーノが光魔法で誘導し、木の成長を根元から大きく曲げる。
まるで地引網のように姿を変えたアジリの木達は、距離を取っていた影の竜を後ろから引き寄せるように幹をしならせた。
通常であれば木の棘など鱗の守りで防がれるものだが、十兵衛によって切り落とされた尾と翼のせいで、剝き出しの箇所がある。そこに容赦なく突き刺さった棘に、影の竜は苦悶の声を上げてたまらず前へと跳んだ。
「来たぞ十兵衛!」
大水球のせいで彼方に飛んでいた大斧を拾っていたガラドルフの声に、十兵衛は頷き駆けだす。足を落として動きを止めねば、核を探すのも容易ではない。
ダニエラ達の作ってくれた好機を上手く利用せねばと思った矢先、がくん、と足から力が抜け、無様にも大地に転がった。
「十兵衛!」
「十兵衛君!」
――一瞬、何が起こったのか分からなかった。
戦闘に高揚し、分泌されていたアドレナリンのせいで判断が遅れる。
しかし、さほど時をおかずして、十兵衛は太腿に鈍い痛みを感じた。
――影の竜より放たれた小さな水の礫が、十兵衛の足を貫いていたのだ。
影の竜は、学んでいた。
己の身を傷つけられるのは、この男の持つ剣に他ならないと。
この男の接近だけは、許してはならないと。
そう考えた影の竜は、大魔法を唱えるより連射の出来る魔法に意識を切り替え、未だ大地に残る大海嘯の名残を使い小さな水の礫を作り出した。
ただの水の礫も、速度を持てば石をも穿つ。
水竜の名を体現するが如く容易に水を繰る竜は、十兵衛に向かって千を超える礫を発射した。
「いかん! 十兵衛! 大盾を使って隠れろ!」
ガラドルフの大声に、十兵衛は足の痛みをおして弾かれるように走り出した。
ガラドルフの大盾には【魔法返し】の魔法が込められている。魔石を埋め込んだ魔装具の効果で、水の礫ぐらいであれば凌げると判断した上での指示だった。
それに一分の疑いも持たず、十兵衛は近くにあった大盾を渾身の力で拾い上げ、ガラドルフが構えたように地面に刺して後ろに隠れる。
――途端、豪速で発射された水の礫が、散弾のように大盾へぶつかった。
いくら魔法返しが効いていると言えど、水の礫がぶつかる力が消えるわけではない。十兵衛は身を低くしつつも押し返されそうな大盾をその身で懸命に押さえ、竜の猛撃を堪えた。
しばらくすると、大盾からの負担が消える。
肩で息をしながら窮地を脱したことに安堵の息を吐いた十兵衛は、突如背筋に走る悪寒に目を見開き、その六感の導かれるまま、おもむろに天を見上げた。
「おい……!」
「嘘……やめて……!」
震えるような声がダニエラから零れる。
同じくジーノも、目を見開いてその光景を見つめていた。
――先ほど防いだはずの水の礫が、半円を描くように十兵衛の周囲を取り囲んでいたのだ。
水が在る限り、水竜の攻撃が止むことはない。
あの場で大魔法である大海嘯を使ったのも、こういった細やかな魔法攻撃に使うためだったのかとガラドルフは歯噛みする。水の無かった平原は、すでに影の竜の独断場に変えられていたのだ。
間に合わないと分かっていても、ガラドルフは駆け出す。雄叫びを上げながら大斧を影の竜の足に叩き込み、注意を引こうと躍起になった。
合わせて、せめていくらかでも防ごうと、ダニエラが十兵衛を守るように木魔法を唱える。
――が、詠唱速度は影の竜が上回った。
放たれた水の散弾が、一斉に十兵衛へと向かう。
その様を中央で眺めていた十兵衛は、己の死期を感じ、覚悟し、そして――
――笑った。
「――きっと死ぬなら、今じゃない」
着弾寸前、水がその動きを止めた。
震えるように礫が揺らぎ、十兵衛の身体ギリギリにまで迫っていたそれらが、見る間に距離を開けていく。
息を呑んだダニエラ達の前で、礫の形を保っていた水が見る間に蒸発し、あっけなくその姿を消した。
「馬鹿たれがぁ! 間一髪だったじゃねぇかあっぶねー!」
「大丈夫ですか十兵衛さん!」
冷や汗をこめかみに滲ませながら、ウィルが眉間に皺を寄せる。
それと同時に慌てて駆けだしていたスイが座り込む十兵衛に寄り添い、回復の奇跡をその身にかけた。
「ウィル! スイ様! なんで……!」
「あっちの用事が終わったんで、助っ人行ってこいってハーデスに転移させられたんだ」
「そしたらもう大ピンチだったから! 肝が冷えましたよ!」
「有難うスイ殿……っ!」
言うや否や、接近していた影の竜の足が十兵衛達を踏みつぶそうと迫る。
瞬時に十兵衛は刀を構えかけたが、はっと気づいて動きを止め、スイを抱えて駆けだした。
斬るにしても側にスイがいる状態では、その後に竜が倒れでもしたら二次被害に巻き込まれかねない。
自分は逃げきれてもスイが逃げきれない可能性を鑑みて走り出した十兵衛に、目を白黒させながらスイはその身を寄せた。
と、その瞬間に二人の見ていた風景が変わる。
竜がすぐ側まで迫っていたはずなのに、今いる場所は影の竜から遠く離れた場所だったので、スイと十兵衛は思わず目を見合わせた。
「……あ、あれ?」
「ス~~~~イ~~~~!!!」
天からスイの身が竦むような怖い声が降ってくる。
見上げた空の先で、空中に浮きながら仁王立ちする父親が、般若の表情でこちらを見ていた。
「馬鹿者! 後方支援が前線に出るなど言語道断! 神殿で何を学んでいる!」
「だ、だって十兵衛さんが怪我を……!」
「問答無用! 十兵衛君、良い判断だった、ありがとう。娘が戦闘の邪魔をしてすまない」
「い、いえ……」
スイを大地に降ろしてやりながら、地上へと降りてきたクロイスに視線を向ける。
「オーウェン公が来られたということは、そちらももう……?」
「ほぼ、な。ハーデス君がスイをこちらに送るというから、慌てて私も駆けつけたんだ。ソドム達には悪いが多少汚水を被って貰う事になった」
眉間に皺を寄せて頷くクロイスに、十兵衛は内心ソドム達に同情する。
上の命令に振り回される事は十兵衛にも経験があったので、「お可哀そうに……」とその心情を慮った。
「核の事だが、ハーデス君に聞いてきた。おそらく頭部のどこかにあるとのことだ」
「頭部……」
ゴーレムが最後まで変異を残していたのは、リンドブルムの頭だった。故に、核もそこにあるはずだというハーデスの推理を、クロイスは伝えに来たという。
「一度こちらに四人を転移させる。スイはガラドルフ達を回復するように。その後全員で総力戦だ」
「承知しました」
「はい!」
「さぁ、リンドブルム対オーウェンの再演だ!」
ぱしん、と拳を掌に合わせたクロイスが、楽しそうにその口角を上げた。